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着々と裏でも計画が進み、時は1920年5月10日。
今度こそコロシモに料理を食べてもらおうと、エポナは張り切って準備をしてきた。
「よぉ、スカーフェイスにその料理人」
そうからかいつつ声をかけてきたのは、鉄砲玉ことイェールだった。
コロシモの知り合いだと言われれば納得はいくが、普通ならここでもっと疑うべきであった。
「それは止めてくれって言ったじゃないですか……」
「まるでセットのように扱われるのは心外だ」
カポネとエポナは、揃ってイェールに反論した。
「クケケケッ。悪い、悪い。まさか、カタギを引き抜いたりマフィアについていこうって奴がいたもんでな」
傷顔のことを言って許されるのは僅かだ。とは言え、確かに二人ともおかしな関係と言えた。
さておき、トーリオも到着したためエポナ達は約束した通りコロシモの店へと向かう。カポネとガウチョが納品の作業をしている間に、ジャズバーの方で料理を振る舞う予定である。
4人も5人もやってきたエポナ達を見て、コロシモも少し驚いた様子。
「大所帯でどうしたんじゃい。あー、フランキーまでいるとはの……。まぁ、入れ」
イェールはニューヨークにいることの方が多く、当然のようにいるのは不思議だろう。コロシモは一瞬だけ思案するも、だいたいの目的を察したらしくエポナ達を招き入れた。
エポナは早速、舞台のある店内を進んで厨房へと向かう。ちなみに、その舞台はおかしなダンスとかではなくジャズを奏でる人々で埋まっている。
黒人達によるジャズは有名ではあるものの、鑑賞させてもらえるのはエポナにとって初めてである。いや、そもそもが音楽に興味がないのだ。
「まぁ、料理ができるまで演奏でも聞いててくれよオジキ」
「あ~? 誕生日はまだ先じゃぞ」
トーリオに勧められるまま着席させられたコロシモは、文句を言いつつも接待が始まると静かになる。
良い音楽が流れている時に邪魔をするのは野暮だと知ってのことか。それと、初めてのオープンキッチンでありながら、勝手知ったる家であるかのように振る舞うエポナに感心したのだろう。
「うちで雇った覚えはないんじゃが」
「経験があれば導線くらい算出できるさ」
エポナは自慢するでもなく答えると、いつものように調理を始めた。
軽快に、ときにムーディーに流れる音楽に乗せて、鍋の中でじゃがいもが煮える。大鍋では米と海鮮が蒸され、湯気の笛をハーモニーに混ぜ入れる。今朝から手に入れてきた新鮮な魚を、冷やしに冷やした包丁でそぎ切りにする。
最高のもてなしのため、以前よりも準備を整えてやってきた。
「よし、まずは前菜だ。食前酒もそろそろあきただろう」
エポナはまず、刺し身から提供した。
基本的に出回っているお酒で刺し身に合うものはないが、サワー系のカクテルであれば可もなく不可もなく飲める。荷を運び入れる合間に、バーテンダーの経験を持つカポネが手伝ってくれて助かった。
順当に食事を出していくが、既にコロシモは気づいていたようだ。
「外国由来のメニューばかりじゃな」
そう、どれもエスニック料理と呼ばれる他国の料理だ。
「アメリカ産じゃなくてご不満か? 国産の人間なんて嫌いかと思っていたが」
「いや、奴らの飯なんぞ油の塊じゃからな。これで十分」
単なる強がりかどうかは知らないが、コロシモが機嫌よく食べてくれているならばエポナも嬉しかった。コロシモの巨躯が、アメリカの油田のような料理が原因でないことを考え、もてなし方を工夫したのだ。
酒の飲みすぎもいかがかと思うが。
「さて、えー、ちょっと並べすぎたか……」
調子に乗って作りすぎたせいか、テーブルの上には料理が並びすぎてエポナ自身も呆れた。
決してコロシモの食べる速度が遅いわけではない。作る速度が早すぎるのだ。
それでも、そろそろカポネ達が仕事を終わらせてやってくるころで、人が増えれば問題なく消費できる。
「カカカッ! 満足させてもらったぜ、お嬢さん」
十分にたらふく食べたと、コロシモが静寂を破って言った。気づけばジャズは止まり、人が舞台からいなくなっていた。
エポナはまだ、それだけではおかしいことに気づけない。
「お気に召していただけて嬉しい限りだ……ん?」
言葉の中の不自然にはなんとか気づけた。さっき、確かにコロシモは「お嬢さん」と呼んだ。エポナのことを。
「気づいた。いや、気づいてたのか?」
「当然。どんなに格好を誤魔化しても、笑顔だの身のこなしだの、随所に現れてやがる」
気づかないのはカポネ達のような鈍感どもぐらいだと、コロシモは呆れたように笑った。とりあえず、女だからどうこうという性格でないらしくエポナとしては助かった。
「安心せぇ、誰のも言わん。どうせ傷顔どもの差し金じゃろって」
「そうか。まぁ、その、カポネもファミリーを思ってのことだから、許してやって欲しい……」
エポナも、強引な接待だったことについてフォローを入れた。
今度こそコロシモに料理を食べてもらおうと、エポナは張り切って準備をしてきた。
「よぉ、スカーフェイスにその料理人」
そうからかいつつ声をかけてきたのは、鉄砲玉ことイェールだった。
コロシモの知り合いだと言われれば納得はいくが、普通ならここでもっと疑うべきであった。
「それは止めてくれって言ったじゃないですか……」
「まるでセットのように扱われるのは心外だ」
カポネとエポナは、揃ってイェールに反論した。
「クケケケッ。悪い、悪い。まさか、カタギを引き抜いたりマフィアについていこうって奴がいたもんでな」
傷顔のことを言って許されるのは僅かだ。とは言え、確かに二人ともおかしな関係と言えた。
さておき、トーリオも到着したためエポナ達は約束した通りコロシモの店へと向かう。カポネとガウチョが納品の作業をしている間に、ジャズバーの方で料理を振る舞う予定である。
4人も5人もやってきたエポナ達を見て、コロシモも少し驚いた様子。
「大所帯でどうしたんじゃい。あー、フランキーまでいるとはの……。まぁ、入れ」
イェールはニューヨークにいることの方が多く、当然のようにいるのは不思議だろう。コロシモは一瞬だけ思案するも、だいたいの目的を察したらしくエポナ達を招き入れた。
エポナは早速、舞台のある店内を進んで厨房へと向かう。ちなみに、その舞台はおかしなダンスとかではなくジャズを奏でる人々で埋まっている。
黒人達によるジャズは有名ではあるものの、鑑賞させてもらえるのはエポナにとって初めてである。いや、そもそもが音楽に興味がないのだ。
「まぁ、料理ができるまで演奏でも聞いててくれよオジキ」
「あ~? 誕生日はまだ先じゃぞ」
トーリオに勧められるまま着席させられたコロシモは、文句を言いつつも接待が始まると静かになる。
良い音楽が流れている時に邪魔をするのは野暮だと知ってのことか。それと、初めてのオープンキッチンでありながら、勝手知ったる家であるかのように振る舞うエポナに感心したのだろう。
「うちで雇った覚えはないんじゃが」
「経験があれば導線くらい算出できるさ」
エポナは自慢するでもなく答えると、いつものように調理を始めた。
軽快に、ときにムーディーに流れる音楽に乗せて、鍋の中でじゃがいもが煮える。大鍋では米と海鮮が蒸され、湯気の笛をハーモニーに混ぜ入れる。今朝から手に入れてきた新鮮な魚を、冷やしに冷やした包丁でそぎ切りにする。
最高のもてなしのため、以前よりも準備を整えてやってきた。
「よし、まずは前菜だ。食前酒もそろそろあきただろう」
エポナはまず、刺し身から提供した。
基本的に出回っているお酒で刺し身に合うものはないが、サワー系のカクテルであれば可もなく不可もなく飲める。荷を運び入れる合間に、バーテンダーの経験を持つカポネが手伝ってくれて助かった。
順当に食事を出していくが、既にコロシモは気づいていたようだ。
「外国由来のメニューばかりじゃな」
そう、どれもエスニック料理と呼ばれる他国の料理だ。
「アメリカ産じゃなくてご不満か? 国産の人間なんて嫌いかと思っていたが」
「いや、奴らの飯なんぞ油の塊じゃからな。これで十分」
単なる強がりかどうかは知らないが、コロシモが機嫌よく食べてくれているならばエポナも嬉しかった。コロシモの巨躯が、アメリカの油田のような料理が原因でないことを考え、もてなし方を工夫したのだ。
酒の飲みすぎもいかがかと思うが。
「さて、えー、ちょっと並べすぎたか……」
調子に乗って作りすぎたせいか、テーブルの上には料理が並びすぎてエポナ自身も呆れた。
決してコロシモの食べる速度が遅いわけではない。作る速度が早すぎるのだ。
それでも、そろそろカポネ達が仕事を終わらせてやってくるころで、人が増えれば問題なく消費できる。
「カカカッ! 満足させてもらったぜ、お嬢さん」
十分にたらふく食べたと、コロシモが静寂を破って言った。気づけばジャズは止まり、人が舞台からいなくなっていた。
エポナはまだ、それだけではおかしいことに気づけない。
「お気に召していただけて嬉しい限りだ……ん?」
言葉の中の不自然にはなんとか気づけた。さっき、確かにコロシモは「お嬢さん」と呼んだ。エポナのことを。
「気づいた。いや、気づいてたのか?」
「当然。どんなに格好を誤魔化しても、笑顔だの身のこなしだの、随所に現れてやがる」
気づかないのはカポネ達のような鈍感どもぐらいだと、コロシモは呆れたように笑った。とりあえず、女だからどうこうという性格でないらしくエポナとしては助かった。
「安心せぇ、誰のも言わん。どうせ傷顔どもの差し金じゃろって」
「そうか。まぁ、その、カポネもファミリーを思ってのことだから、許してやって欲しい……」
エポナも、強引な接待だったことについてフォローを入れた。
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