アルカポネとただの料理人

AAKI

文字の大きさ
10 / 39

Menue1-6

しおりを挟む
 着々と裏でも計画が進み、時は1920年5月10日。

 今度こそコロシモに料理を食べてもらおうと、エポナは張り切って準備をしてきた。

「よぉ、スカーフェイスにその料理人」

 そうからかいつつ声をかけてきたのは、鉄砲玉ことイェールだった。

 コロシモの知り合いだと言われれば納得はいくが、普通ならここでもっと疑うべきであった。

「それは止めてくれって言ったじゃないですか……」

「まるでセットのように扱われるのは心外だ」

 カポネとエポナは、揃ってイェールに反論した。

「クケケケッ。悪い、悪い。まさか、カタギを引き抜いたりマフィアについていこうって奴がいたもんでな」

 傷顔のことを言って許されるのは僅かだ。とは言え、確かに二人ともおかしな関係と言えた。

 さておき、トーリオも到着したためエポナ達は約束した通りコロシモの店へと向かう。カポネとガウチョが納品の作業をしている間に、ジャズバーの方で料理を振る舞う予定である。

 4人も5人もやってきたエポナ達を見て、コロシモも少し驚いた様子。

「大所帯でどうしたんじゃい。あー、フランキーまでいるとはの……。まぁ、入れ」

 イェールはニューヨークにいることの方が多く、当然のようにいるのは不思議だろう。コロシモは一瞬だけ思案するも、だいたいの目的を察したらしくエポナ達を招き入れた。

 エポナは早速、舞台のある店内を進んで厨房へと向かう。ちなみに、その舞台はおかしなダンスとかではなくジャズを奏でる人々で埋まっている。

 黒人達によるジャズは有名ではあるものの、鑑賞させてもらえるのはエポナにとって初めてである。いや、そもそもが音楽に興味がないのだ。

「まぁ、料理ができるまで演奏でも聞いててくれよオジキ」

「あ~? 誕生日はまだ先じゃぞ」

 トーリオに勧められるまま着席させられたコロシモは、文句を言いつつも接待が始まると静かになる。

 良い音楽が流れている時に邪魔をするのは野暮だと知ってのことか。それと、初めてのオープンキッチンでありながら、勝手知ったる家であるかのように振る舞うエポナに感心したのだろう。

「うちで雇った覚えはないんじゃが」

「経験があれば導線くらい算出できるさ」

 エポナは自慢するでもなく答えると、いつものように調理を始めた。

 軽快に、ときにムーディーに流れる音楽に乗せて、鍋の中でじゃがいもが煮える。大鍋では米と海鮮が蒸され、湯気の笛をハーモニーに混ぜ入れる。今朝から手に入れてきた新鮮な魚を、冷やしに冷やした包丁でそぎ切りにする。

 最高のもてなしのため、以前よりも準備を整えてやってきた。

「よし、まずは前菜だ。食前酒もそろそろあきただろう」

 エポナはまず、刺し身から提供した。

 基本的に出回っているお酒で刺し身に合うものはないが、サワー系のカクテルであれば可もなく不可もなく飲める。荷を運び入れる合間に、バーテンダーの経験を持つカポネが手伝ってくれて助かった。

 順当に食事を出していくが、既にコロシモは気づいていたようだ。

「外国由来のメニューばかりじゃな」

 そう、どれもエスニック料理と呼ばれる他国の料理だ。

「アメリカ産じゃなくてご不満か? 国産の人間なんて嫌いかと思っていたが」

「いや、奴らの飯なんぞ油の塊じゃからな。これで十分」

 単なる強がりかどうかは知らないが、コロシモが機嫌よく食べてくれているならばエポナも嬉しかった。コロシモの巨躯が、アメリカの油田のような料理が原因でないことを考え、もてなし方を工夫したのだ。

 酒の飲みすぎもいかがかと思うが。

「さて、えー、ちょっと並べすぎたか……」

 調子に乗って作りすぎたせいか、テーブルの上には料理が並びすぎてエポナ自身も呆れた。

 決してコロシモの食べる速度が遅いわけではない。作る速度が早すぎるのだ。

 それでも、そろそろカポネ達が仕事を終わらせてやってくるころで、人が増えれば問題なく消費できる。

「カカカッ! 満足させてもらったぜ、お嬢さん」

 十分にたらふく食べたと、コロシモが静寂を破って言った。気づけばジャズは止まり、人が舞台からいなくなっていた。

 エポナはまだ、それだけではおかしいことに気づけない。

「お気に召していただけて嬉しい限りだ……ん?」

 言葉の中の不自然にはなんとか気づけた。さっき、確かにコロシモは「お嬢さん」と呼んだ。エポナのことを。

「気づいた。いや、気づいてたのか?」

「当然。どんなに格好を誤魔化しても、笑顔だの身のこなしだの、随所に現れてやがる」

 気づかないのはカポネ達のような鈍感どもぐらいだと、コロシモは呆れたように笑った。とりあえず、女だからどうこうという性格でないらしくエポナとしては助かった。

「安心せぇ、誰のも言わん。どうせ傷顔どもの差し金じゃろって」

「そうか。まぁ、その、カポネもファミリーを思ってのことだから、許してやって欲しい……」

 エポナも、強引な接待だったことについてフォローを入れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...