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Menue4-11
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トーリオが捕まってから数日が経過したころ、"フォア・デューセス"には一つの不発弾がもたらされた。いつ爆発しても良い代物である。
「……」
「……」
新聞に顔を埋める勢いで睨みつけ、力が入った体を小刻みに震えさせるカポネ。それを眺めるエポナ。
下手に触れて爆発させることを恐れて黙っているわけではなく、提供した料理が冷めないうちに食べて欲しいと沈黙で訴えているのだ。
「クソッ! あのじゃがいも野郎、兄貴を引っ掛けやがった!」
エポナの意図など気づかないか無視して、ニューヨーク・ポスト紙を投げ捨ててカポネは喚いた。
穴が開くほどなどという言葉はあるが、咥えていた葉巻に焼かれて確かに反対側が見えている。エポナは消火も兼ねて新聞紙を取り上げると、先程までカポネが見ていた紙面を見つめる。
「『北のダイオン、南のトーリオ、ともに捕まるも』か。トーリオさんだけ実刑を受けて、オバニオンの方は釈放ね」
「そうだ。あの取引は完全な罠だ」
「確証はないだろう?」
大見出しと流し読みだけで、エポナはだいたいの事情を察した。それを補完するかのようにカポネが言葉を咥え、唾棄せんとばかりに葉巻を灰皿に押し付けた。
エポナからそのことについて言うことは大してないが、温かい内に料理を食べて欲しいというぐらいだろう。
エポナは、モク臭さを払うように新聞紙を振ってからカポネに問う。
「それで、報復するのか?」
これほどの屈辱を受けたトーリオ一家が何もしないわけがないのだ。
「オバニオンの奴が心配か?」
「いや、誰が心配かとかじゃないさ。できれば誰にも傷ついて欲しくない」
からかうようなカポネの言葉を受け止め、エポナは心からの気持ちを訴えた。
「私の料理を食べてくれる人が減るのは勘弁だ」
いささか気恥ずかしくて、少し間を置いてからそう付け加えクリーム・ド・コッドフィッシュを勧めた。
茹でた白身魚――主にタラにクリームソースをかけた料理だが、淡白さに蛋白さを加えたところで味がボケてしまうというもの。そのため、茹でる代わりにムニエルのように軽く小麦粉を漬けて油で揚げてある。ソースにも、一度溶かして成形し直して味を整えたチーズを入れて、淡白さを緩和した。
なんとも不思議な表現だが、料理にこそ変化が必要なのだと思う。
「今は、腹は減ってないな」
「腹は、ね」
怒りで煮えくり返った腸には、エポナの料理とて入らないということのようだ。時間を置けば大丈夫だろうが、無理に食べさせることもできない。
また空気が悪くなってしまった。そんな瞬間、いつもであれば賑やかし担当の面々がやってくる。
「だーかーらー、本気じゃないわよ。お兄さん」
「どーだーかー、グルルル」
なにやらもめている様子だが、間延びした口論さえ今のスピーク・イージー内では優しい空気だった。ガウチョと妹が話しているのは多分、彼女が客にぞっこんではないかと兄が疑っているというあたりか。
「あー、うるさい、うるさい。オブライエンさん、助けてちょーだいッ」
ガウチョの疑惑の追及を強引に払い除け、妹は逃げるようにエポナへと近づいていった。
懲りない2人だと言わんばかりの視線が突き刺さるが、エポナなど完全なとばっちりである。さておき、今はそんな仲裁をしている場合ではないと諭さねばならない。
「悪いが」「あ、おいしそー。お腹空いてたんです」「お、おいッ」
空気や状況を読めるようで外しているガウチョ妹らしく、勝手にコッドフィッシュを食べ始めてしまった。そうしたズレた言動のおかげか、結果として場の空気は和らいだ。
とはいえ、まだ停滞前線になっただけの状態。ガウチョだって気づいていて、妹の暴挙に焦りを浮かべていた。
「まったく……」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「ん? おいひいですよ?」
エポナも止めようとするが、ガウチョ妹のハムスターみたいな惚け顔を見ては言っても仕方ないと思うのだった。
「ガウチョ」
「はいッ!?」
緊張が緩みそうになったところを、カポネがガウチョに話しかけた。ガウチョは妹の責を負わされるのではないかと、緊張のあまり棒状に直立した。
さすがのガウチョ妹もややまずい状況だと理解したのか、手を止めて咀嚼しているものを飲み込む。
「ちょいとお使いを頼まれてくれ」
「へ? あ、あぁ、別に構いませんけど……」
次に飛び出してきたセリフを聞いて、ガウチョはいささかの戸惑いを浮かべながらも承諾した。
エポナも何を何をさせようとしているのか首を傾げたが、カポネが説明する住所と伝言を聞いて合点がいく。
「ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区にある"ハーバード・イン"ってレストランに行って、俺からの伝言だと伝えれば向こうからアプローチしてくれる」
「って、お前ッ」
ガウチョに誰を迎えに行かせようとしているのか理解はするも、エポナに何かを言う権利などなかった。まさかフランキー=イェールまで呼び寄せようだなんて想定していなかった。
反面で確かに、トーリオ一家の中で鉄砲玉として動けて面が割れていないのはイェールぐらいのものである。
「……」
「……」
新聞に顔を埋める勢いで睨みつけ、力が入った体を小刻みに震えさせるカポネ。それを眺めるエポナ。
下手に触れて爆発させることを恐れて黙っているわけではなく、提供した料理が冷めないうちに食べて欲しいと沈黙で訴えているのだ。
「クソッ! あのじゃがいも野郎、兄貴を引っ掛けやがった!」
エポナの意図など気づかないか無視して、ニューヨーク・ポスト紙を投げ捨ててカポネは喚いた。
穴が開くほどなどという言葉はあるが、咥えていた葉巻に焼かれて確かに反対側が見えている。エポナは消火も兼ねて新聞紙を取り上げると、先程までカポネが見ていた紙面を見つめる。
「『北のダイオン、南のトーリオ、ともに捕まるも』か。トーリオさんだけ実刑を受けて、オバニオンの方は釈放ね」
「そうだ。あの取引は完全な罠だ」
「確証はないだろう?」
大見出しと流し読みだけで、エポナはだいたいの事情を察した。それを補完するかのようにカポネが言葉を咥え、唾棄せんとばかりに葉巻を灰皿に押し付けた。
エポナからそのことについて言うことは大してないが、温かい内に料理を食べて欲しいというぐらいだろう。
エポナは、モク臭さを払うように新聞紙を振ってからカポネに問う。
「それで、報復するのか?」
これほどの屈辱を受けたトーリオ一家が何もしないわけがないのだ。
「オバニオンの奴が心配か?」
「いや、誰が心配かとかじゃないさ。できれば誰にも傷ついて欲しくない」
からかうようなカポネの言葉を受け止め、エポナは心からの気持ちを訴えた。
「私の料理を食べてくれる人が減るのは勘弁だ」
いささか気恥ずかしくて、少し間を置いてからそう付け加えクリーム・ド・コッドフィッシュを勧めた。
茹でた白身魚――主にタラにクリームソースをかけた料理だが、淡白さに蛋白さを加えたところで味がボケてしまうというもの。そのため、茹でる代わりにムニエルのように軽く小麦粉を漬けて油で揚げてある。ソースにも、一度溶かして成形し直して味を整えたチーズを入れて、淡白さを緩和した。
なんとも不思議な表現だが、料理にこそ変化が必要なのだと思う。
「今は、腹は減ってないな」
「腹は、ね」
怒りで煮えくり返った腸には、エポナの料理とて入らないということのようだ。時間を置けば大丈夫だろうが、無理に食べさせることもできない。
また空気が悪くなってしまった。そんな瞬間、いつもであれば賑やかし担当の面々がやってくる。
「だーかーらー、本気じゃないわよ。お兄さん」
「どーだーかー、グルルル」
なにやらもめている様子だが、間延びした口論さえ今のスピーク・イージー内では優しい空気だった。ガウチョと妹が話しているのは多分、彼女が客にぞっこんではないかと兄が疑っているというあたりか。
「あー、うるさい、うるさい。オブライエンさん、助けてちょーだいッ」
ガウチョの疑惑の追及を強引に払い除け、妹は逃げるようにエポナへと近づいていった。
懲りない2人だと言わんばかりの視線が突き刺さるが、エポナなど完全なとばっちりである。さておき、今はそんな仲裁をしている場合ではないと諭さねばならない。
「悪いが」「あ、おいしそー。お腹空いてたんです」「お、おいッ」
空気や状況を読めるようで外しているガウチョ妹らしく、勝手にコッドフィッシュを食べ始めてしまった。そうしたズレた言動のおかげか、結果として場の空気は和らいだ。
とはいえ、まだ停滞前線になっただけの状態。ガウチョだって気づいていて、妹の暴挙に焦りを浮かべていた。
「まったく……」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「ん? おいひいですよ?」
エポナも止めようとするが、ガウチョ妹のハムスターみたいな惚け顔を見ては言っても仕方ないと思うのだった。
「ガウチョ」
「はいッ!?」
緊張が緩みそうになったところを、カポネがガウチョに話しかけた。ガウチョは妹の責を負わされるのではないかと、緊張のあまり棒状に直立した。
さすがのガウチョ妹もややまずい状況だと理解したのか、手を止めて咀嚼しているものを飲み込む。
「ちょいとお使いを頼まれてくれ」
「へ? あ、あぁ、別に構いませんけど……」
次に飛び出してきたセリフを聞いて、ガウチョはいささかの戸惑いを浮かべながらも承諾した。
エポナも何を何をさせようとしているのか首を傾げたが、カポネが説明する住所と伝言を聞いて合点がいく。
「ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区にある"ハーバード・イン"ってレストランに行って、俺からの伝言だと伝えれば向こうからアプローチしてくれる」
「って、お前ッ」
ガウチョに誰を迎えに行かせようとしているのか理解はするも、エポナに何かを言う権利などなかった。まさかフランキー=イェールまで呼び寄せようだなんて想定していなかった。
反面で確かに、トーリオ一家の中で鉄砲玉として動けて面が割れていないのはイェールぐらいのものである。
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