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オバニオンは、ヴァイスを慰めるように肩を手のひらで叩いて言う。
「俺がそんなことって言いたいよ。いずれママの花屋を継ぐつもりでいたから、ちょっと早いか遅いかぐらいさ」
「まぁ、あのお母ちゃんにお願いされていたんじゃしかたないなー」
頼られたのでは仕方ないと、ヴァイスは肩をすくめてみせるのだった。
一つめの決意が固まったところで、続いてもう一つの決意と決行をなさねばならなかった。
それは、勘違いではあるもののエポナをものにするため、トーリオを除くため戦わなければならないということ。その策を、オバニオンは既に考えてあった。元々、トーリオ一家とは同盟を組んでいるようで裏では妨害を続けていたので弱点はわかっている。
「どうせ引退はウソじゃないんだし、一芝居打つとしよう」
「あー? そんな良い手があるのかよ?」
「方法はだな、かくかくしかじか」
「ほう、まるまるうまうま」
オバニオンは策を話し、ヴァイスはこれを面白いと許諾するのだった。
この会議から時間は少し移り、5月19日。
「どうだー? この工場が土地付きで50万ドルなら安い買いもんだったろー。良い返事をくれて嬉しいぜー」
ヴァイスが変装してトーリオに持ちかけた商談が、今日やっと締結されたのだ。
「すぐにウィスキー作りをできるようにしてあったのはポイントが高かったな。金は振り込んでおいたから、アイリッシュ野郎に達者でなとでも伝えておけ」
「ハハハッ。それじゃ、これで商談成立ってことでー」
ただの経理側の部下だと思ってか、上からしゃべるトーリオに愛想笑いを返すヴァイス。怒っても策が破綻するだけなので、リーダーをバカにされたこともなんとか乗り切った。
「吠え面かきやがれ」
一言だけ、聞こえない程度に悪態をついた。
オバニオンの引退を期にという建前でウィスキー工場を破格で売り払った事実は、それから一月ほどで布石として機能する。
名実的にも社会的にも工場がトーリオ一家のものになる50万ドルの受け渡しが、売却した醸造所で行われていた。
「なんでぇ、わざわざお前さんが出向いてくれたのかい」
大金の入ったアタッシュケースを側におき、トーリオは挑発的にオバニオンへと発した。
「せっかくだから、引退のお祝いでもしようかと思ってね。取引の後、ちょいとばかし付き合ってくれるよね」
「カカカッ。随分と準備が良いじゃねぇの。まぁ、少しぐらい良いぞ」
暗黒街の群雄割拠を生き残ってきたさすがのトーリオも、引退を決意したことを確認してある男が喉笛の噛み付いてこようとは思わないようだった。
「では、商談通り。こちらに権利書などは揃えてあるよ」
言ってオバニオンは悟られないよう穏やかな表情を浮かべ、必要な書類をまとめたファイルケースを差し出した。引退するというのは事実であり、詐欺など働くつもりもさらさらない。自信を持って策にかけることができる。
トーリオは、僅かながら気を張りつつもあくまで対等な取引であることを示すため、自らお金の詰まったケースを持ってオバニオンへ近寄った。
「わざわざどうも」
「まぁ、ビジネスはビジネスだ。相手がアイリッシュ野郎でも礼ぐらいつくさんとな」
挑発を忘れないところがトーリオらしかった。
オバニオンもヴァイスも、我慢に我慢を重ねてなんとか取引を終えた。
「では、このめでたい日を祝おうか」
「待ってました。こいつはまた、良い代物をもってきたじゃねぇか」
「うちのに負けないものを作ってもらわないと、売ったかいもないからね。味を覚えて帰ってくれ」
トーリオを調子に乗らせるため、最高のウィスキーまで用意してきたのだ。
いくらでもあるよと、酔いつぶれるかどうかまで酒宴を設ける。経過する時間は、着実にトーリオを破滅へと引きずっていく。
飲みの席が始まってから2時間もするころ、ついに動きがあった。
「ん? なにやら慌ただしいな」
「どこかでケンカでもあったのかな?」
外から聞こえてくるサイレンの音にトーリオが気づくも、オバニオンは酔っ払った振りをしてとぼけるのだった。
生花の育成・出荷工場として偽装してあるこの建物に近づいてくるとは思ってもおらず、計画を知っていたオバニオンの部下を除いては反応が遅れてしまった。
ヴァイス達がいつの間にか退散した後、工場にはトーリオとその部下10名ほど。そしてオバニオンが残るのみとなる。
「警察だ! その場を動くな!」
轟音とともに入り口の木戸が打ち破られたすぐ、そのようなお決まりの聞き飽きたセリフが響き渡った。
本気で密造・密売の酒を摘発しようと全力を出してきたわけではない。カモフラージュしてある工場をいきなりガサ入れできたのは、当然ながら偶然ではない。
「な、な……なんだぁッ……! グウッ」
「大人しくしろ!」
酔の回っていたトーリオ達はほとんど抵抗する間もなく逮捕される。一緒にいたオバニオンもだ。
しかし、ことはお互い様というわけにはいかなかった。
「俺がそんなことって言いたいよ。いずれママの花屋を継ぐつもりでいたから、ちょっと早いか遅いかぐらいさ」
「まぁ、あのお母ちゃんにお願いされていたんじゃしかたないなー」
頼られたのでは仕方ないと、ヴァイスは肩をすくめてみせるのだった。
一つめの決意が固まったところで、続いてもう一つの決意と決行をなさねばならなかった。
それは、勘違いではあるもののエポナをものにするため、トーリオを除くため戦わなければならないということ。その策を、オバニオンは既に考えてあった。元々、トーリオ一家とは同盟を組んでいるようで裏では妨害を続けていたので弱点はわかっている。
「どうせ引退はウソじゃないんだし、一芝居打つとしよう」
「あー? そんな良い手があるのかよ?」
「方法はだな、かくかくしかじか」
「ほう、まるまるうまうま」
オバニオンは策を話し、ヴァイスはこれを面白いと許諾するのだった。
この会議から時間は少し移り、5月19日。
「どうだー? この工場が土地付きで50万ドルなら安い買いもんだったろー。良い返事をくれて嬉しいぜー」
ヴァイスが変装してトーリオに持ちかけた商談が、今日やっと締結されたのだ。
「すぐにウィスキー作りをできるようにしてあったのはポイントが高かったな。金は振り込んでおいたから、アイリッシュ野郎に達者でなとでも伝えておけ」
「ハハハッ。それじゃ、これで商談成立ってことでー」
ただの経理側の部下だと思ってか、上からしゃべるトーリオに愛想笑いを返すヴァイス。怒っても策が破綻するだけなので、リーダーをバカにされたこともなんとか乗り切った。
「吠え面かきやがれ」
一言だけ、聞こえない程度に悪態をついた。
オバニオンの引退を期にという建前でウィスキー工場を破格で売り払った事実は、それから一月ほどで布石として機能する。
名実的にも社会的にも工場がトーリオ一家のものになる50万ドルの受け渡しが、売却した醸造所で行われていた。
「なんでぇ、わざわざお前さんが出向いてくれたのかい」
大金の入ったアタッシュケースを側におき、トーリオは挑発的にオバニオンへと発した。
「せっかくだから、引退のお祝いでもしようかと思ってね。取引の後、ちょいとばかし付き合ってくれるよね」
「カカカッ。随分と準備が良いじゃねぇの。まぁ、少しぐらい良いぞ」
暗黒街の群雄割拠を生き残ってきたさすがのトーリオも、引退を決意したことを確認してある男が喉笛の噛み付いてこようとは思わないようだった。
「では、商談通り。こちらに権利書などは揃えてあるよ」
言ってオバニオンは悟られないよう穏やかな表情を浮かべ、必要な書類をまとめたファイルケースを差し出した。引退するというのは事実であり、詐欺など働くつもりもさらさらない。自信を持って策にかけることができる。
トーリオは、僅かながら気を張りつつもあくまで対等な取引であることを示すため、自らお金の詰まったケースを持ってオバニオンへ近寄った。
「わざわざどうも」
「まぁ、ビジネスはビジネスだ。相手がアイリッシュ野郎でも礼ぐらいつくさんとな」
挑発を忘れないところがトーリオらしかった。
オバニオンもヴァイスも、我慢に我慢を重ねてなんとか取引を終えた。
「では、このめでたい日を祝おうか」
「待ってました。こいつはまた、良い代物をもってきたじゃねぇか」
「うちのに負けないものを作ってもらわないと、売ったかいもないからね。味を覚えて帰ってくれ」
トーリオを調子に乗らせるため、最高のウィスキーまで用意してきたのだ。
いくらでもあるよと、酔いつぶれるかどうかまで酒宴を設ける。経過する時間は、着実にトーリオを破滅へと引きずっていく。
飲みの席が始まってから2時間もするころ、ついに動きがあった。
「ん? なにやら慌ただしいな」
「どこかでケンカでもあったのかな?」
外から聞こえてくるサイレンの音にトーリオが気づくも、オバニオンは酔っ払った振りをしてとぼけるのだった。
生花の育成・出荷工場として偽装してあるこの建物に近づいてくるとは思ってもおらず、計画を知っていたオバニオンの部下を除いては反応が遅れてしまった。
ヴァイス達がいつの間にか退散した後、工場にはトーリオとその部下10名ほど。そしてオバニオンが残るのみとなる。
「警察だ! その場を動くな!」
轟音とともに入り口の木戸が打ち破られたすぐ、そのようなお決まりの聞き飽きたセリフが響き渡った。
本気で密造・密売の酒を摘発しようと全力を出してきたわけではない。カモフラージュしてある工場をいきなりガサ入れできたのは、当然ながら偶然ではない。
「な、な……なんだぁッ……! グウッ」
「大人しくしろ!」
酔の回っていたトーリオ達はほとんど抵抗する間もなく逮捕される。一緒にいたオバニオンもだ。
しかし、ことはお互い様というわけにはいかなかった。
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