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放たれた6発の銃弾は外れることなどなく、街角の小さな花屋に赤い赤い花を咲かせた。銃声の余韻が収まり、店員や少ない一般客の悲鳴が遠くに過ぎ去るころには、もはや実行犯達は立ち去っていた。
残されたのは本当に、本当に微かな、呟きだけ。
「……エポ、ナ」
そう、物思いに更けていたエポナの耳朶を撫でた。
「――エポナ=オブライエン」
「え?」
フルネームを呼ばれたことに漸く気づき、エポナは顔を上げて硝子板の向こうにいるトーリオを見た。
トーリオも怒っているわけではないのだが、エポナはせっかくの面会時間を浪費したことを謝罪する。なぜエポナがトーリオの面会に来ているのかと言うと、カポネがオバニオン暗殺の件で疑われており動けないからだ。
「あ、すみません……」
「いや、何を考えているかは妻からの話を聞いて予測は立つがなぁ。そのなんだ……」
刑務所の中で難しい顔をするトーリオは、エポナにかける言葉を考えあぐねている様子だった。
オバニオンの死は刑務所にも響き、エポナの心情も察するにあまりある。反面、カポネの立場や大義も否定は出来ない。
そのような板挟みの中でトーリオが出した結論は。
「カポネのことを支えてやってくれ」
という意味不明で無情なものだった。ただ、トーリオが頭を下げていることだけがカポネの感情を抑制していた。
「は?」
とりあえず、エポナの口から出たのはそれだけだ。
トーリオは頭を上げないまま目線だけを向けて続ける。
「ノースサイドの奴らは俺やあいつを許さないだろうよ。正直、俺はおっかねぇから」
トーリオはここで一旦刑務官の意識がどこに向いているかを確認して、エポナにボソボソと話しかけてくる。
「跡目を譲りたいと思う」
エポナにとって、オバニオンの仲間が報復しにくることも一家の跡継ぎも関係はなかった。
その点は聞き流し、内心では先程の言葉の意味を催促する。
「なんで、私にそんなことを……」
「お前さんは嫌ってるかもしれねぇけど、あいつは……いや、なんだかんだで互いの縁がわかってんだろうよ」
「縁……?」
トーリオの答えに、何のことかと頭をひねった。それでも、頭の片隅では今日まで二人でやってきた記憶が再生されていた。
何度も何度もカトゥーンのヒーローが殴り飛ばしても、しつこくやってくる。
「どんなに言い繕っても切っても切れない関係になってんやぞ。だから、あいつを支えてやれるのはエポナ、お前しかいないわけよ」
「……」
頭を下げられ請われると、心が揺らいでしまうのだからつくづく自分は甘いと思うエポナ。しかし、自分に何ができるのかとも考えた。
所詮は、
「ただの料理人だ」
エポナはそう評価せざるを得なかった。
けれど、顔を上げたトーリオは首を横に振って答える。
「いや、ただの料理人だからこそ良いんだろうて」
「?」
トーリオの言葉を理解しあぐねたエポナは、訝しい表情を向けるのだった。
「マフィアの世界にいながらマフィアに染まりきっておらくて、組織の在り方を判断基準にしない人材など普通じゃないぞ」
「いや、しかし、現に今回は私の裏切りが……あぁ」
トーリオの言葉を否定しかけたエポナは、カポネが下手くそな裏切りまで見越していたことに気づく。なにせ、オバニオンを助けるため反逆することを宣言したぐらいだ。
そういう意味では、エポナはマフィアに身を置くには不似合いな性格をしている。
またそれが、オバニオンの隠れ家を教えることとなったのは確かではあるが。まさか電話の値段から、該当距離を虱潰しにしてくるとは思わなかった。フシェッティの真面目さがあっての結果かもしれないが。
「悪い、嫌なことを思い出させたみたいだな。とはいえ、わかってくれたろうよ」
「わかりましたよ……」
トーリオは謝罪した。理解を押し付けられ、エポナはそれを受け取った。
いかにトーリオやカポネの責任だと転嫁しようとも、逃れられない罪がエポナにもある。
「助かる」
「止めてください。これは、単に私自身の贖罪です」
トーリオは遠回りなお礼をエポナに言うも、彼女はそんな立場にないと固辞を示した。
「跡継ぎのことはあいつにも連絡してあるでな。後は頼んだわ」
「……じゃあ、これで失礼します」
刑務官も時計を気にし始めたため、トーリオはシメの言葉を述べた。エポナも別れを告げて出勤に向かった。
正直なところ、このままお店に出ていかずに済むなら良いのにと思うエポナ。とはいえ無断欠勤できるほどの度胸はなく、カポネのことをトーリオに頼まれたからには休むなどという選択も無謀。
良くて、呼びに部屋までしつこくやってくるぐらいだろう。
「迷惑な……」
どうにせよ面倒臭いことになるのはわかっていたため、キリキリと痛みだしたお腹に耐えながら"フォア・デューセス"へと向かった。
お店へ近づくにつれて、徐々に喧騒が大きくなるのがわかる。
「何だ?」
エポナは、いつもと違う様子に誰ともなく尋ねた。まだ娼館の方も開いていない時間だというのに、何やら人が疎らながらに集まってきていた。
歩きながら考えて、思い至ったのは一つ。
残されたのは本当に、本当に微かな、呟きだけ。
「……エポ、ナ」
そう、物思いに更けていたエポナの耳朶を撫でた。
「――エポナ=オブライエン」
「え?」
フルネームを呼ばれたことに漸く気づき、エポナは顔を上げて硝子板の向こうにいるトーリオを見た。
トーリオも怒っているわけではないのだが、エポナはせっかくの面会時間を浪費したことを謝罪する。なぜエポナがトーリオの面会に来ているのかと言うと、カポネがオバニオン暗殺の件で疑われており動けないからだ。
「あ、すみません……」
「いや、何を考えているかは妻からの話を聞いて予測は立つがなぁ。そのなんだ……」
刑務所の中で難しい顔をするトーリオは、エポナにかける言葉を考えあぐねている様子だった。
オバニオンの死は刑務所にも響き、エポナの心情も察するにあまりある。反面、カポネの立場や大義も否定は出来ない。
そのような板挟みの中でトーリオが出した結論は。
「カポネのことを支えてやってくれ」
という意味不明で無情なものだった。ただ、トーリオが頭を下げていることだけがカポネの感情を抑制していた。
「は?」
とりあえず、エポナの口から出たのはそれだけだ。
トーリオは頭を上げないまま目線だけを向けて続ける。
「ノースサイドの奴らは俺やあいつを許さないだろうよ。正直、俺はおっかねぇから」
トーリオはここで一旦刑務官の意識がどこに向いているかを確認して、エポナにボソボソと話しかけてくる。
「跡目を譲りたいと思う」
エポナにとって、オバニオンの仲間が報復しにくることも一家の跡継ぎも関係はなかった。
その点は聞き流し、内心では先程の言葉の意味を催促する。
「なんで、私にそんなことを……」
「お前さんは嫌ってるかもしれねぇけど、あいつは……いや、なんだかんだで互いの縁がわかってんだろうよ」
「縁……?」
トーリオの答えに、何のことかと頭をひねった。それでも、頭の片隅では今日まで二人でやってきた記憶が再生されていた。
何度も何度もカトゥーンのヒーローが殴り飛ばしても、しつこくやってくる。
「どんなに言い繕っても切っても切れない関係になってんやぞ。だから、あいつを支えてやれるのはエポナ、お前しかいないわけよ」
「……」
頭を下げられ請われると、心が揺らいでしまうのだからつくづく自分は甘いと思うエポナ。しかし、自分に何ができるのかとも考えた。
所詮は、
「ただの料理人だ」
エポナはそう評価せざるを得なかった。
けれど、顔を上げたトーリオは首を横に振って答える。
「いや、ただの料理人だからこそ良いんだろうて」
「?」
トーリオの言葉を理解しあぐねたエポナは、訝しい表情を向けるのだった。
「マフィアの世界にいながらマフィアに染まりきっておらくて、組織の在り方を判断基準にしない人材など普通じゃないぞ」
「いや、しかし、現に今回は私の裏切りが……あぁ」
トーリオの言葉を否定しかけたエポナは、カポネが下手くそな裏切りまで見越していたことに気づく。なにせ、オバニオンを助けるため反逆することを宣言したぐらいだ。
そういう意味では、エポナはマフィアに身を置くには不似合いな性格をしている。
またそれが、オバニオンの隠れ家を教えることとなったのは確かではあるが。まさか電話の値段から、該当距離を虱潰しにしてくるとは思わなかった。フシェッティの真面目さがあっての結果かもしれないが。
「悪い、嫌なことを思い出させたみたいだな。とはいえ、わかってくれたろうよ」
「わかりましたよ……」
トーリオは謝罪した。理解を押し付けられ、エポナはそれを受け取った。
いかにトーリオやカポネの責任だと転嫁しようとも、逃れられない罪がエポナにもある。
「助かる」
「止めてください。これは、単に私自身の贖罪です」
トーリオは遠回りなお礼をエポナに言うも、彼女はそんな立場にないと固辞を示した。
「跡継ぎのことはあいつにも連絡してあるでな。後は頼んだわ」
「……じゃあ、これで失礼します」
刑務官も時計を気にし始めたため、トーリオはシメの言葉を述べた。エポナも別れを告げて出勤に向かった。
正直なところ、このままお店に出ていかずに済むなら良いのにと思うエポナ。とはいえ無断欠勤できるほどの度胸はなく、カポネのことをトーリオに頼まれたからには休むなどという選択も無謀。
良くて、呼びに部屋までしつこくやってくるぐらいだろう。
「迷惑な……」
どうにせよ面倒臭いことになるのはわかっていたため、キリキリと痛みだしたお腹に耐えながら"フォア・デューセス"へと向かった。
お店へ近づくにつれて、徐々に喧騒が大きくなるのがわかる。
「何だ?」
エポナは、いつもと違う様子に誰ともなく尋ねた。まだ娼館の方も開いていない時間だというのに、何やら人が疎らながらに集まってきていた。
歩きながら考えて、思い至ったのは一つ。
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