ホラー短編集【キグルミ】

AAKI

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3篇目タイトル【キグルミ】

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 これは私がまだ二十歳くらいのころの話。連休を利用して大学のある地方から実家へ帰省し、また学校へ戻る際のことである。
 その大学というのが田舎にあって、山間を電車に揺られながらの帰途だった。日も暮れて窓に車内の様子が反射する。田舎では珍しくない二両編成の列車で、私が乗っていたのはその先頭車。だいたい真ん中あたりだっただろうか。
 閑散とした車内なので座席を2つ占領でき、窓に頭を預けて居眠りしていても問題ない。
 しかし、不意にドンッという音と前方へ傾く強い力があった。

『線路上に障害物がありましたので、安全確認のため一時停車します。ご迷惑をおかけして申し訳ございません』

 そんなアナウンスに半分目覚めかけた頭がはっきりとしてくる。鹿とでも衝突したのだろうと思った。
 疎らな車内を見渡しても乗り合わせたおばあさんや女子学生も騒ぐ様子はない。こういったことは3度目で、人が飛び込んだのに遭遇した際と比べれば野生動物など幾分いくぶんか気安い。
 すぐに動き出すだろうと携帯電話を取り出して画面に視線を落とす。時刻は7時半。次で降りる液くらいだ。
 しばらくアプリゲームでもして待っていたのだが、どこからかズルズルと重たいものが雑木林の地面をと擦れ合うような音がしてきた。窓の外からだ。
 初めは、車掌さんあたりが動物の遺体なりを線路脇に移動させているのだろうくらいに思っていて、まだゲームに目を向けたまま。
 しかし、どうも山の方へさらに入っていくようである。電車会社の規定など知らないのだが、そんなに遠くへ退けないといけないのかと訝しんだ。
 しかも、客車から見える側へというのもおかしい。せめて進行方向の茂みにでも隠すだろう。
 急ブレーキこそかけていたので、野生動物でもよっぽどヒドい姿にはなっていないはず。そう考え、思わず好奇心を出して見たくもないものを見ようとする。前のめりだった体を起こして外の人影らしきものに目を向けた。
 見てしまった。

「えっ?」

 思わず声を出してしまった。
 窓に映る私の像で透けた宵に光る2つの目。猿か何かの二足歩行で鹿を運ぶ生き物がいたからだ。
 人間とは違う丸くて輝く虹彩とたぷり10秒は見つめ合った後、それが明らかに猿とかではないことを認識し始める。なんせ、鹿だったはずの肉塊を運んでいるのだ。猿が肉食などという話は聞いたことがない。
 仮に一部肉の味を覚えた個体があったとして、それでも以上なのだ。車内に冷房のかかるような季節に、ソレは冬毛めいたボサボサの姿で、さらには顔からドタイが窮屈な被り物みたいに突っ張っている。なのに、そこより下は皮が余ってたれている。
 まるで、そう、何かが着ぐるみでも被っているかのようだった。
 見つめ合っている間に、そいつは笑ったような気がした。被り物で表情なんて動かないはずなのに。
 ヒドい悪寒がするのと同時に嫌な予感がして、私はまた身をかがめた。
 ソレは見て――見られて――いや、ソレを見たことを悟られてはいけないのだと本能的に感じた。人生で初めて冷や汗というものをかいたと思う。
 猿ではない何かは上手く電車にひかせた獲物を引きずって茂みへと消えていく……。

「あれを見たんだね」
「!?」

 急なことで驚いたが、ずっと静かだったおばあさんが話しかけてきたのである。おかしな声を上げたりしていたから気づかれるだろうが。
 得体のしれない存在について知っている素振りに思え私は振り返っておばあさんに聞く。

「アレが何なのかは知らないよ。ただまぁ、お稲荷さんをおたずねしておきなさいな」

 ヒトの皮は欲しがるから。そう言っておばあさんはうつむいてしまった。なぜだかそれ以上は聞けない空気だった。

『長らくおまたせいたしました。安全確認が終わりましたので、間もなく発車いたします』

 アナウンスが流れて、少しだけ現実に戻ってきたような気がした。
 電車は再び動き出して、20分くらいで目的の駅まで着く。
 夜道を歩き学校の下宿へと戻る間、私は心臓が飛び出そうな感覚に苛まれていた。明かりがある場所であればマシだが、田舎らしい人気の少ない道ではわずかな物音でさえ振り返ってしまう。
 そうしてなんとか無事に下宿へとたどり着いた。

南妙法蓮華経なんみょうほうれんげきょう、南妙法蓮華経……波阿彌陀佛なみあみだぶつ……」

 ほぼ一晩中、真言なんかをつぶやいていたと思う。食べ物があったからか、その日は何事もなく過ぎた。
 私も某匿名掲示板のスレなどたまに巡回する身である。アレはスレにもあったヒサルキとか、ある人物の娘さんをさらおうとした怪物の他、そういう山の物の怪に類するものなのだろう。
 とりあえず、翌日には学校が終わると近所にある神社へと寄ってみた。学校からも近いためたまにサボりにくる場所だが、お稲荷さんはなかった記憶がある。仕方なく、狛犬の側にコンビニで買っておいたビーフジャーキーを置いていくことにした。
 昔話でも、猿の怪物が大犬に倒されるというのは聞いたことがあるので、本当に藁をも掴む思いだ。
 そして、その晩にヤツは訪れた。
 下宿の皆が寝静まった頃。夜ふかしする人が誰もいなかったのは、連休の遊び疲れか本能的に察してか。

南妙法蓮華経なんみょうほうれんげきょう……!」

 昨晩と変わらず祝詞やらを口にしながら布団に潜り込んでいた。そんな私の鼻を突いたのは、獣臭さとでも表現するものだった。シャンプー嫌いのペットに顔をくっつけたときの匂いをずっと強くして、突き上げるような不快感のエッセンスした感じである。
 ザクザクと下宿周りに撒いてある砂利を踏みしめる音がする。音が近づくにつれて異臭も強くなり、唸り声めいたものも聞こえるようになった。
 心の底から怖いというのはこういうことなんだと。ただただ、口をつぐんで布団にくるまっているしかできない。
 ついにそいつは私の部屋の下までやってきて、窓をガタガタと揺らす。外など見れないがあの物の怪なのだとわかった。どうしてか視線や足の運びでそう感じ取れた。
 バンバン、バンバンと激しくガラスが叩かれ砕けてしまうのではないかと思えた。
 無理やり入って来ようとしないのは、たぶんまだ私を見つけられていないからだろう。
 このままやり過ごせないかとも思った瞬間、間延びした鳴き声が聞こえてくる。

「み~」

 いや、違う。

「み~つ~け~」

 そんなはず!

「た~」

 本当に見つかってしまったのかと、恐怖が限界に達した私は思わず叫びそうになった。

「ッッッッ!」

 だが、悲鳴が漏れるよりも早く外からバタバタという音が聞こえた。
 ハッと息を飲むと、またしばらくは黙っていることができるようになる。何が起こっているのかわからないうちに外の騒ぎは収まり、いつの間にか獣臭さが消えていた。
 布団から出てもう大丈夫かを確かめたかったものの、怖くてできず。気づけば眠りに落ちていたようで、朝日が顔を照らしたことで目を覚ます。

「……」

 私は、無事に朝を迎えられたことに喜びを感じ安堵の息を吐いた。
 まだ完全に危機が去ったわけではないが、とりあえず部屋の外にあたる窓の下まで行ってみる。何かが暴れまわったような痕跡。獣毛がいくらか堕ちているのを見つけた。
 私はさらに確認したくて件の神社にも行ってみた。案の定というべきか、狛犬のどちらもが片耳を失っている。

「ありがとうございました」

 お礼を言って、またビーフジャーキーをお供えして置いた。以前の分は、ゴミとして回収されたのかそれとも……。
 その日以来、私の身の回りで怪異らしいものは起こっていない。
 これが、アトラクション施設とかで着ぐるみを見るのが嫌になった理由である。
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