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24P・裏切りの兆し
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訓練所としている王城の裏手へとやってきた。
いつものように、道具の整備を終えた兵士達が基礎練習や段取り練習を始めていた。そして当然ながら、国王陛下がやってきたことで臨時の隊長から臨時がかかる。
「打ち方やめッ! 整列!」
リナルドが止める間もなく、木剣などの武器が奏でる舞踏曲が止んだ。把握の早さや統率の具合は良いが、少しばかり気持ちに余裕がないようだ。
「あ~、楽にしろ。今日から、俺直々に訓練をつけることにした」
パスクは軽く合図を送って緊張を和らげた。
しかし、続くセリフで無言のざわめきが起こる。
宰相が訪れ、国王陛下が急遽訓練に参加することになり、不穏なものを感じ取っている者も少なくはないだろう。
「なぁに、怪我人は……全治2日ぐらいに収まるよう頑張ってみるさ」
「陛下、そういうことではないかと。後、一度に3名までにしてください」
その場に走った緊張が、単なる苦情のそれだと勘違いしたようだ。
「えー、詳しくは後に発表されるが、皆には一層の努力を頼みたい。そして、おかしな流言のないよう気持ちを引き締めて欲しい」
リナルドは騒ぎが大きくならないよう釘を刺した。まだ状況を伝えないのは、混乱を避けるためともう一つあった。
それは私刑を起こさないようにするためである。
工作のために潜入していつ敵と勘違いして、無実の一般人を攻撃する者も少なからず出てくるだろう。というのがリナルドの読みだった。
「それでは訓練を始める。一応、何か連絡事項があれば、臨時隊長」
質問などの機会を与えると話が進まなくなるため、急ぎ足に進めていった。ただ、訓練隊長からは聞くべきことを聞いておく。
「はいッ。特別な事項はありませんが、1名の病欠が」
「誰だ?」
別に訓練への欠席が珍しいわけではないが、今後の遅れは実力の格差につながる。確認しておくことは必要だった。
「ロジェ=ピグロンです」
「……そうか。では、始めろ」
意外な人物の名前が出てきて、リナルドは少しばかり言葉をつまらせた。誰もそれを不思議には思わなかったようで、淡々の指示を出す。
ロジェの実力からしてみれば、一度の休みで問題が出ることはないと判断したのだ。
「重体なのか?」
一応は心配する素振りを見せる。
「いえ、軽い感冒のようです。二日前にもなんともありませんでした」
「わかった」
会話を切り上げてリナルドは、いつもの通り細かな技術を教えるべく眺める。
この数日は訓練を見に来ることが出来なかったため、ロジェの様子は確認していない。いつかのことを気にしているわけではなく、偶然、ただ今日に限って体調が優れなかったというだけ。
そう納得するのだった。
パスクはその様子に気づいたわけでもなく、リナルドにこそこそと耳打ちする。
「後で個人的に訓練をつけるか?」
しかし、隊長の観点からしてその必要はないと判断した。
「いえ、ロジェ卿は若くして有能です。伸びしろもありますので、無理に陛下流の鍛錬をつけるずとも良いでしょう」
技術面では秀でていて、パスクのようなパワータイプではない。変な癖がついてはいけないと丁重に断った。
「そうか。そりゃ、普通に手合わせしてみたいところだな」
少し残念そうに言うパスク。
「……」
一瞬、胸の内をモヤッとしたものが通り過ぎた。
「どうかしたか?」
「いえ」
妙な沈黙に、流石にパスクも訝しんでくる。それを愛想笑いで誤魔化した。
嫉妬とも違う。あの時のことを思い出して奇妙な不安を覚えるのだった。
そして、訓練自体は――数人の軽症者を出すだけで――何事もなく終わりを告げるのだった。
その日の夜、リナルドがなんとか得た束の間の休息。汗を拭い、夕食を終え、部屋に戻ってきたところだ。
夜風に当たるため、扉を開いてジッと城下に目を向けた。
星空の見えない曇天の下、明かりをつけることなくそうしていると余計に涼しい。しかし、少し視線をずらすと不可解な光景が目に入る。
「……あれは?」
闇に慣れた目は黄金の御髪を捉えた。
それは遠目からでも、ロジェのものだとわかる。
別に外を出歩いていること自体は不思議ではない。体調不良で休んでいたため心配こそすれ、普段ならば気にすることなく窓を閉じたことだろう。
けれど、木陰に入って出てくる様子がないとなると倒れていないか心配になる。
「……無理に外出など。明日に差し支えるだろ」
様子を眺めつつ思わず呟いた。
迎えにいくべきかどうか悩んだが、いつかのことを思い出すと直ぐに動き出せなかった。
すると、何者かがロジェの消えた木陰へと近づいていくのが見える。
はっきりとした背格好はわからないものの、周囲を妙に警戒しているのがわかる。
まさかロジェと密会?
おかしな想像が頭を過ぎったが、その想像はすぐさま振り払われる。
「一体、何をしている?」
2階からでは会話を聞き取ることもできず、何者なのかも見えなかった。しかし、木々の動きにまったく変化はなく。
考えたくもないことだ。
リナルドはそれを探りに行くことも、追及することも出来ず時間が経過した。
いつものように、道具の整備を終えた兵士達が基礎練習や段取り練習を始めていた。そして当然ながら、国王陛下がやってきたことで臨時の隊長から臨時がかかる。
「打ち方やめッ! 整列!」
リナルドが止める間もなく、木剣などの武器が奏でる舞踏曲が止んだ。把握の早さや統率の具合は良いが、少しばかり気持ちに余裕がないようだ。
「あ~、楽にしろ。今日から、俺直々に訓練をつけることにした」
パスクは軽く合図を送って緊張を和らげた。
しかし、続くセリフで無言のざわめきが起こる。
宰相が訪れ、国王陛下が急遽訓練に参加することになり、不穏なものを感じ取っている者も少なくはないだろう。
「なぁに、怪我人は……全治2日ぐらいに収まるよう頑張ってみるさ」
「陛下、そういうことではないかと。後、一度に3名までにしてください」
その場に走った緊張が、単なる苦情のそれだと勘違いしたようだ。
「えー、詳しくは後に発表されるが、皆には一層の努力を頼みたい。そして、おかしな流言のないよう気持ちを引き締めて欲しい」
リナルドは騒ぎが大きくならないよう釘を刺した。まだ状況を伝えないのは、混乱を避けるためともう一つあった。
それは私刑を起こさないようにするためである。
工作のために潜入していつ敵と勘違いして、無実の一般人を攻撃する者も少なからず出てくるだろう。というのがリナルドの読みだった。
「それでは訓練を始める。一応、何か連絡事項があれば、臨時隊長」
質問などの機会を与えると話が進まなくなるため、急ぎ足に進めていった。ただ、訓練隊長からは聞くべきことを聞いておく。
「はいッ。特別な事項はありませんが、1名の病欠が」
「誰だ?」
別に訓練への欠席が珍しいわけではないが、今後の遅れは実力の格差につながる。確認しておくことは必要だった。
「ロジェ=ピグロンです」
「……そうか。では、始めろ」
意外な人物の名前が出てきて、リナルドは少しばかり言葉をつまらせた。誰もそれを不思議には思わなかったようで、淡々の指示を出す。
ロジェの実力からしてみれば、一度の休みで問題が出ることはないと判断したのだ。
「重体なのか?」
一応は心配する素振りを見せる。
「いえ、軽い感冒のようです。二日前にもなんともありませんでした」
「わかった」
会話を切り上げてリナルドは、いつもの通り細かな技術を教えるべく眺める。
この数日は訓練を見に来ることが出来なかったため、ロジェの様子は確認していない。いつかのことを気にしているわけではなく、偶然、ただ今日に限って体調が優れなかったというだけ。
そう納得するのだった。
パスクはその様子に気づいたわけでもなく、リナルドにこそこそと耳打ちする。
「後で個人的に訓練をつけるか?」
しかし、隊長の観点からしてその必要はないと判断した。
「いえ、ロジェ卿は若くして有能です。伸びしろもありますので、無理に陛下流の鍛錬をつけるずとも良いでしょう」
技術面では秀でていて、パスクのようなパワータイプではない。変な癖がついてはいけないと丁重に断った。
「そうか。そりゃ、普通に手合わせしてみたいところだな」
少し残念そうに言うパスク。
「……」
一瞬、胸の内をモヤッとしたものが通り過ぎた。
「どうかしたか?」
「いえ」
妙な沈黙に、流石にパスクも訝しんでくる。それを愛想笑いで誤魔化した。
嫉妬とも違う。あの時のことを思い出して奇妙な不安を覚えるのだった。
そして、訓練自体は――数人の軽症者を出すだけで――何事もなく終わりを告げるのだった。
その日の夜、リナルドがなんとか得た束の間の休息。汗を拭い、夕食を終え、部屋に戻ってきたところだ。
夜風に当たるため、扉を開いてジッと城下に目を向けた。
星空の見えない曇天の下、明かりをつけることなくそうしていると余計に涼しい。しかし、少し視線をずらすと不可解な光景が目に入る。
「……あれは?」
闇に慣れた目は黄金の御髪を捉えた。
それは遠目からでも、ロジェのものだとわかる。
別に外を出歩いていること自体は不思議ではない。体調不良で休んでいたため心配こそすれ、普段ならば気にすることなく窓を閉じたことだろう。
けれど、木陰に入って出てくる様子がないとなると倒れていないか心配になる。
「……無理に外出など。明日に差し支えるだろ」
様子を眺めつつ思わず呟いた。
迎えにいくべきかどうか悩んだが、いつかのことを思い出すと直ぐに動き出せなかった。
すると、何者かがロジェの消えた木陰へと近づいていくのが見える。
はっきりとした背格好はわからないものの、周囲を妙に警戒しているのがわかる。
まさかロジェと密会?
おかしな想像が頭を過ぎったが、その想像はすぐさま振り払われる。
「一体、何をしている?」
2階からでは会話を聞き取ることもできず、何者なのかも見えなかった。しかし、木々の動きにまったく変化はなく。
考えたくもないことだ。
リナルドはそれを探りに行くことも、追及することも出来ず時間が経過した。
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