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第一話・雪山のペンションで
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天風さんって人はまだなんとかとっつきやすいが、俺に対する好感度はそれほど高くない。こりゃ、腕がなりますわ。
「あちらのきつい目な方が池田 志保先生です。いわゆるラディカル・フェミニズムの運動家ですね」
俺が戸惑っていると、沖が腕を引きながらも耳打ちしてきた。
俺達が一番上座をいただくのは申し訳が立たない。いや、こちらに目が向いている間に任務の資料を見つけたかったんだが。
「なんだか、嫌なことに巻き込まれそうだな」
「ふへへ、一蓮托生です。旅は道連れ世は情けとも言いましょうか」
「勘弁して欲しいね。で、そのラディカルとやらはどういう感じなんだ?」
抵抗したところでMCとして決定してしまった以上、マドンナ一同にお近づきになるという目的も含めて、断ることはできなかった。それならば司会者として仲裁と進行に努めつつ、彼女らのことを知ることにしよう。
「急進的なフェミニズムって意味ですね。誤解を恐れず言うなら、女性の女性による女性のための社会作りってところでしょうか」
「あー、この前もそういうのあったな。女性の方が性別的劣位に置かれているから痴漢なんかの被害に会いやすいんだって」
「そのために社会構造を改変すべきというのはわからなくもありませんが、私的な感情論に流されているので反感が大きいですね」
「ほぉ~――」
コソコソと情報のすり合わせをしている間にも、議論は進んでいった。
ペンションオーナーの堀 省三も軽食の準備を終えて議論に加わり、なかなか興味深い状況を呈する。
「――ということですが、堀さん。この漫画作品の規制について何か」
俺の板についたMC感はどうだろうか。
「えぇ、内容の可否はさておき、過剰な規制を、さらに私的というのは認めがたいものですね」
「個人の感情と基準だけで、表現を規制するのはいただけないよ! 表現の自由をないがしろにしているとよく言われる」
横槍を入れてきたのは、小太りという以外は特徴のない青年だ。俗に言うサブカルチャー系のコアなファン――オタクって人種であろう。
日本では馴染み深い話題として、漫画・アニメ作品を用いたポスターなどに批判が出たというものが持ち上がった。それについて、しばし静かであった彼、西尾 勇人が積極的に噛み付いているわけである。
好きなコンテンツが否定されるのが許せないという気持ちもわかる。
「ですから、別に作品自体を悪いと言っているわけではありませんッ」
池田女史は、論敵が増えたことに焦ったか声を荒げた。
「あーした絵や映像が許容されることによって、女性の存在理由が性的なものへと偏ることを懸念してるのです!」
「しょせんは絵じゃん? それに対してそういう見方をする方が、男女差別を助長させているんじゃないかッ?」
「絵の方が誇張が容易で、現に件のポスターも無理のある描き方だったわけでしょう? だから胸の大きな女性がからかわれて傷つく事例が止まないんです!」
西尾が噛み付くことが増えて、いささか論議が混沌としてきた。特に論旨がグルグル回ってしまっているのが原因だろう。
ここは一つ俺が。
「あー、なかなかに白熱してきたしここは一息つこうか」
ヤンヤンと言い合う六人の間に割って入って、クールダウンのために休憩を提案した。
「あー、賛成! 荒尾さん、もしかして本職はこのようなお仕事を?」
「いや、俺ってば天才だからな。なんでもそつなくこなすのさ。レディの扱いもな」
沖が褒めるものだから、フフンッと自慢げに言う俺。
「後の方は必要なさそうですね。節操なしって言われません?」
MCに不要なスキルは無視され、更には女性達の視線が突き刺さる。それもまた快感だ。
けれど、ちゃんと弁明するところは弁明する。
「違うぞマイ・フェア・レディ。宝石箱を宝石で一杯にしたくなるのと同じ、男の性というものさ」
チッチと指を振りながら舌を打つ。プリペイド携帯の中には、その宝石達が詰まっているのだ。
「果たして、その中のどれだけが本物でしょう。ガラス玉を並べても滑稽なだけでしょう?」
「な、何のことやら……。皆、忙しくて連絡が付かないだけだから……」
沖のからかうような指摘に、俺は言いよどんでしまった。凄腕の諜報員である俺を戸惑わせるとは、ホントにこいつはどこかの工作員なんじゃないだろうか?
ついつい、移動する沖についていってしまう程度に、俺は警戒してしまっている。
階段を通り過ぎ、共用トイレの前までやってきて漸く何をやっているのだと気づく。
「……」
先に入っていて、出てきた村田さんから変な目で見られている気がした。
沖は気にした様子もなく、思いついたように言う。
「次のコマーシャル開けは、村田さんの意見から聞いていきましょう」
「お、おぉ……」
「わかった」
まだ戸惑いから回復できない俺を差し置いて、村田さんとの間に確約ができてしまった。まぁ、確かにあまり討論に加われていなかったから良いんだが。
俺を横目に、沖はトイレへと消えていく。カチリと、虚しく鍵の回る音がする。
「あちらのきつい目な方が池田 志保先生です。いわゆるラディカル・フェミニズムの運動家ですね」
俺が戸惑っていると、沖が腕を引きながらも耳打ちしてきた。
俺達が一番上座をいただくのは申し訳が立たない。いや、こちらに目が向いている間に任務の資料を見つけたかったんだが。
「なんだか、嫌なことに巻き込まれそうだな」
「ふへへ、一蓮托生です。旅は道連れ世は情けとも言いましょうか」
「勘弁して欲しいね。で、そのラディカルとやらはどういう感じなんだ?」
抵抗したところでMCとして決定してしまった以上、マドンナ一同にお近づきになるという目的も含めて、断ることはできなかった。それならば司会者として仲裁と進行に努めつつ、彼女らのことを知ることにしよう。
「急進的なフェミニズムって意味ですね。誤解を恐れず言うなら、女性の女性による女性のための社会作りってところでしょうか」
「あー、この前もそういうのあったな。女性の方が性別的劣位に置かれているから痴漢なんかの被害に会いやすいんだって」
「そのために社会構造を改変すべきというのはわからなくもありませんが、私的な感情論に流されているので反感が大きいですね」
「ほぉ~――」
コソコソと情報のすり合わせをしている間にも、議論は進んでいった。
ペンションオーナーの堀 省三も軽食の準備を終えて議論に加わり、なかなか興味深い状況を呈する。
「――ということですが、堀さん。この漫画作品の規制について何か」
俺の板についたMC感はどうだろうか。
「えぇ、内容の可否はさておき、過剰な規制を、さらに私的というのは認めがたいものですね」
「個人の感情と基準だけで、表現を規制するのはいただけないよ! 表現の自由をないがしろにしているとよく言われる」
横槍を入れてきたのは、小太りという以外は特徴のない青年だ。俗に言うサブカルチャー系のコアなファン――オタクって人種であろう。
日本では馴染み深い話題として、漫画・アニメ作品を用いたポスターなどに批判が出たというものが持ち上がった。それについて、しばし静かであった彼、西尾 勇人が積極的に噛み付いているわけである。
好きなコンテンツが否定されるのが許せないという気持ちもわかる。
「ですから、別に作品自体を悪いと言っているわけではありませんッ」
池田女史は、論敵が増えたことに焦ったか声を荒げた。
「あーした絵や映像が許容されることによって、女性の存在理由が性的なものへと偏ることを懸念してるのです!」
「しょせんは絵じゃん? それに対してそういう見方をする方が、男女差別を助長させているんじゃないかッ?」
「絵の方が誇張が容易で、現に件のポスターも無理のある描き方だったわけでしょう? だから胸の大きな女性がからかわれて傷つく事例が止まないんです!」
西尾が噛み付くことが増えて、いささか論議が混沌としてきた。特に論旨がグルグル回ってしまっているのが原因だろう。
ここは一つ俺が。
「あー、なかなかに白熱してきたしここは一息つこうか」
ヤンヤンと言い合う六人の間に割って入って、クールダウンのために休憩を提案した。
「あー、賛成! 荒尾さん、もしかして本職はこのようなお仕事を?」
「いや、俺ってば天才だからな。なんでもそつなくこなすのさ。レディの扱いもな」
沖が褒めるものだから、フフンッと自慢げに言う俺。
「後の方は必要なさそうですね。節操なしって言われません?」
MCに不要なスキルは無視され、更には女性達の視線が突き刺さる。それもまた快感だ。
けれど、ちゃんと弁明するところは弁明する。
「違うぞマイ・フェア・レディ。宝石箱を宝石で一杯にしたくなるのと同じ、男の性というものさ」
チッチと指を振りながら舌を打つ。プリペイド携帯の中には、その宝石達が詰まっているのだ。
「果たして、その中のどれだけが本物でしょう。ガラス玉を並べても滑稽なだけでしょう?」
「な、何のことやら……。皆、忙しくて連絡が付かないだけだから……」
沖のからかうような指摘に、俺は言いよどんでしまった。凄腕の諜報員である俺を戸惑わせるとは、ホントにこいつはどこかの工作員なんじゃないだろうか?
ついつい、移動する沖についていってしまう程度に、俺は警戒してしまっている。
階段を通り過ぎ、共用トイレの前までやってきて漸く何をやっているのだと気づく。
「……」
先に入っていて、出てきた村田さんから変な目で見られている気がした。
沖は気にした様子もなく、思いついたように言う。
「次のコマーシャル開けは、村田さんの意見から聞いていきましょう」
「お、おぉ……」
「わかった」
まだ戸惑いから回復できない俺を差し置いて、村田さんとの間に確約ができてしまった。まぁ、確かにあまり討論に加われていなかったから良いんだが。
俺を横目に、沖はトイレへと消えていく。カチリと、虚しく鍵の回る音がする。
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