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第一話・雪山のペンションで
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トイレの前で待っているのも変態チックなので、俺は踵を返してロビーへと向かおうとした。
その時だ。沖の悲鳴が響く。
「ヒャフンッ!」
その時、俺は何故か扉を開けて様子を見るという選択を取ってしまう。
「どうした!?」
理由などわからないものの。いや、これまでの沖とは似ても似つかない悲鳴に焦ったのだろうか。
警戒はしていても、彼女が女性であることに違いはない。
「痛た。た……?」「……」
トイレに飛び込むと沖と目が合った。それ以上に、臀部や腰が便器にはまり込んだ状態とか、色々と丸見えの部分とかに目がいってしまう。
内心で仕方ないことだと言い訳しつつ、俺はどう反応したものかと考えた。
「鍵、かけませんでしたっけ……?」
「オーナーが壊れてるって説明してたろ。聞いてなかったか」
ズレた質問をしてくる沖に答えるも、意味があるとは思えずただ呆れるばかりだった。
このまま見つめていても変態のそしりを受けるだけなので、ジャケットを脱いで大事なところを隠すために貸してやる。
「はい、引っ張ってください」
なぜか沖は、手渡そうとしたジャケットをギュッと掴んでそう言った。
「破れるわッ!」
思わず声を張り上げてしまった。フェミニストらしからぬ焦りだ。
それほど安っぽい服ではないが、一応は一張羅なので大事にしたい。
仕方なく俺は、ジャケットを沖の足から腰にかけて覆い被せ手を掴んで引っ張った。
「おっと。いや~ありがとうございます」
「次は気をつけてくれ……」
助け出したところで、俺はさっさとトイレから失礼させてもらった。
「大変だねぇ。保護者って感じだけど、別に深い仲じゃないみたいな?」
そう唐突に話しかけてきたのは、階段のところで待っていた青年だった。
俺より若くて、だいたい西尾と同じぐらいだろうか。優男という風体で、染めた金髪やシルバーアクセサリーなどを身に着けたチャラい格好をしている。口調なんかは女たらしっぽく、先程までの議論を聞いている限りは俺に近いが反フェミニストである。
「まぁ、そんな感じだな。えー……」
「宗方 竹虎。あんまり隙を見せない方が良いよぉ?」
名乗った彼から、沖がどう見えているのかはわからなかった。ただ、何かきな臭いものを感じているというのは同じらしい。
ただ沖が、ハニートラップを仕掛けられるような性格だとは思っていない。そのために探りを入れているとも考えられるが。
「すまない。忠告はどうも。まぁ、女性に手球に取られるのも悪くはないと思ってるけどな」
どうも同族嫌悪を感じてしまって、この宗方という男に対して友好的な態度を取れなかった。別に喧嘩をしたいわけでもないので、意見を交わす程度に留めておいた。
「女は皆、男を食い物にしようとしてるんだよぉ? 心配だなぁ……」
「女関係で嫌なことでもあったのか? 1度や2度の失敗でめげるな。若くて顔は良いんだから、チャンスはあるって」
なんだか可哀想になって、俺は宗方君を励ましてやった。
「そうですよ。何人にフラれても諦めない荒尾さんを見習いましょう」
「お、おう……」
いつのまにか――接近には気づいていたが――側までやってきた沖の皮肉に、俺の心はズタボロにされた。
「……」
宗方君は、あまり機嫌がよろしくない様子でロビーの方へと戻っていってしまった。
沖は、俺を見て「嫌われてるんでしょうか?」と視線だけで問いかける。俺も、宗方君の考え方はまだ良くわからないからなんとも答えられなかった。
こうして休憩が終わり、再び討論会が始まる。
「では、村田さんの意見から聞くとしようか」
すり合わせ通り、まず村田さんの論旨を聞くことにした。浅く広くって感じらしいので、沖の補助がなくても大体理解できるだろう。
村田さんはノートに挟んでいた一枚のA4用紙を取り出し、少し咳き込みつつも読み上げ始める。
「ゴホッ……えー、昨今増え始めているのはケホッ、ゴホッ……はぁ」
「あの、辛いようなら代わりに読みますが?」
流石に見ていて痛々しいと思ったか、沖が介助を言い出した。
「……えぇ、では、お願い」
村田さんも辛いのを認めて用紙を手渡した。
結構の文字数が書かれていて、パッと見る限りでは5分くらいは読み上げだけでかかるだろうな。この隙に俺も、少し行動を起こすことにした。
「オーナー、風邪薬とかはないのか?」
村田さんのことを気遣っているのもあるが、合法的にこの場から離れる手段を考えた。思い至ったのが、薬を探しにいく体で沖の視界から外れるつもりだ。
堀オーナーは俺の質問に対し少し考え、カウンターの方を見て答える。
「裏の倉庫に、少しあったと思う。白い救急箱みたいなやつだよ」
「わかった」
教えられた通り、俺はカウンターの向こうに見える扉へと向かった。
「『ノベッター』などのSNS上で活動するフェミニストならびに反フェミニストが特に、サブカルチャーの性表現へ噛み付く事例が増えている」
「……チッ」「フンッ……」
村田さんからのメモ用紙を読み上げて行く沖。それに対して、『ノベフェミ』だとか『反ノベフェミ』などと呼ばれることを心外に思ったのか、西尾や宗方君が不機嫌そうな反応を示した。
大体の方向性がわかり、沖もいささか気まずそうに頬を掻いた。
そんな様子を横目に、俺は逃げるようにして倉庫の扉を潜る。すまないな。
その時だ。沖の悲鳴が響く。
「ヒャフンッ!」
その時、俺は何故か扉を開けて様子を見るという選択を取ってしまう。
「どうした!?」
理由などわからないものの。いや、これまでの沖とは似ても似つかない悲鳴に焦ったのだろうか。
警戒はしていても、彼女が女性であることに違いはない。
「痛た。た……?」「……」
トイレに飛び込むと沖と目が合った。それ以上に、臀部や腰が便器にはまり込んだ状態とか、色々と丸見えの部分とかに目がいってしまう。
内心で仕方ないことだと言い訳しつつ、俺はどう反応したものかと考えた。
「鍵、かけませんでしたっけ……?」
「オーナーが壊れてるって説明してたろ。聞いてなかったか」
ズレた質問をしてくる沖に答えるも、意味があるとは思えずただ呆れるばかりだった。
このまま見つめていても変態のそしりを受けるだけなので、ジャケットを脱いで大事なところを隠すために貸してやる。
「はい、引っ張ってください」
なぜか沖は、手渡そうとしたジャケットをギュッと掴んでそう言った。
「破れるわッ!」
思わず声を張り上げてしまった。フェミニストらしからぬ焦りだ。
それほど安っぽい服ではないが、一応は一張羅なので大事にしたい。
仕方なく俺は、ジャケットを沖の足から腰にかけて覆い被せ手を掴んで引っ張った。
「おっと。いや~ありがとうございます」
「次は気をつけてくれ……」
助け出したところで、俺はさっさとトイレから失礼させてもらった。
「大変だねぇ。保護者って感じだけど、別に深い仲じゃないみたいな?」
そう唐突に話しかけてきたのは、階段のところで待っていた青年だった。
俺より若くて、だいたい西尾と同じぐらいだろうか。優男という風体で、染めた金髪やシルバーアクセサリーなどを身に着けたチャラい格好をしている。口調なんかは女たらしっぽく、先程までの議論を聞いている限りは俺に近いが反フェミニストである。
「まぁ、そんな感じだな。えー……」
「宗方 竹虎。あんまり隙を見せない方が良いよぉ?」
名乗った彼から、沖がどう見えているのかはわからなかった。ただ、何かきな臭いものを感じているというのは同じらしい。
ただ沖が、ハニートラップを仕掛けられるような性格だとは思っていない。そのために探りを入れているとも考えられるが。
「すまない。忠告はどうも。まぁ、女性に手球に取られるのも悪くはないと思ってるけどな」
どうも同族嫌悪を感じてしまって、この宗方という男に対して友好的な態度を取れなかった。別に喧嘩をしたいわけでもないので、意見を交わす程度に留めておいた。
「女は皆、男を食い物にしようとしてるんだよぉ? 心配だなぁ……」
「女関係で嫌なことでもあったのか? 1度や2度の失敗でめげるな。若くて顔は良いんだから、チャンスはあるって」
なんだか可哀想になって、俺は宗方君を励ましてやった。
「そうですよ。何人にフラれても諦めない荒尾さんを見習いましょう」
「お、おう……」
いつのまにか――接近には気づいていたが――側までやってきた沖の皮肉に、俺の心はズタボロにされた。
「……」
宗方君は、あまり機嫌がよろしくない様子でロビーの方へと戻っていってしまった。
沖は、俺を見て「嫌われてるんでしょうか?」と視線だけで問いかける。俺も、宗方君の考え方はまだ良くわからないからなんとも答えられなかった。
こうして休憩が終わり、再び討論会が始まる。
「では、村田さんの意見から聞くとしようか」
すり合わせ通り、まず村田さんの論旨を聞くことにした。浅く広くって感じらしいので、沖の補助がなくても大体理解できるだろう。
村田さんはノートに挟んでいた一枚のA4用紙を取り出し、少し咳き込みつつも読み上げ始める。
「ゴホッ……えー、昨今増え始めているのはケホッ、ゴホッ……はぁ」
「あの、辛いようなら代わりに読みますが?」
流石に見ていて痛々しいと思ったか、沖が介助を言い出した。
「……えぇ、では、お願い」
村田さんも辛いのを認めて用紙を手渡した。
結構の文字数が書かれていて、パッと見る限りでは5分くらいは読み上げだけでかかるだろうな。この隙に俺も、少し行動を起こすことにした。
「オーナー、風邪薬とかはないのか?」
村田さんのことを気遣っているのもあるが、合法的にこの場から離れる手段を考えた。思い至ったのが、薬を探しにいく体で沖の視界から外れるつもりだ。
堀オーナーは俺の質問に対し少し考え、カウンターの方を見て答える。
「裏の倉庫に、少しあったと思う。白い救急箱みたいなやつだよ」
「わかった」
教えられた通り、俺はカウンターの向こうに見える扉へと向かった。
「『ノベッター』などのSNS上で活動するフェミニストならびに反フェミニストが特に、サブカルチャーの性表現へ噛み付く事例が増えている」
「……チッ」「フンッ……」
村田さんからのメモ用紙を読み上げて行く沖。それに対して、『ノベフェミ』だとか『反ノベフェミ』などと呼ばれることを心外に思ったのか、西尾や宗方君が不機嫌そうな反応を示した。
大体の方向性がわかり、沖もいささか気まずそうに頬を掻いた。
そんな様子を横目に、俺は逃げるようにして倉庫の扉を潜る。すまないな。
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