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FILE1.痴漢幽霊騒動

その1-3

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「名前さえ自己紹介していないのに……なんで?」
「なんでって、探偵だからさ」

 さらに零士はあっけらかんと答えるのだった。聞き方が悪いと理解した女性は語彙を変える。

「えぇっと、どういった情報から教師だとわかったのでしょう?」
「そうだなぁ。きっちり着こなしてはいるけど余裕がない感じがあるし、日曜日の昼前にやってくるのは仕事の忙しい人らだろ。後、靴の底に残ったチョークの粉だな」
「あ……」

 零士の答えを聞いて、依頼人は迂闊だったと自分の足を見た。確かに、僅かばかり革のローファーにチョークの粉が付着していた。
 しかし、まだ疑問は残る。

「でも、チョークが付着する別の理由もあるはずですっ。確証にまでは至らないはずでは?」

 証拠がなければ、ただ推測でカマをかけられただけである。

「それは無理だな。無理っていうのは、チョークの粉が他の場所で着くってことはないってとこ。昨日の雨は正午まで降り続いていた。さすがに普段からチョークを使う職場でなければ偶然とも考えられないだろ」
「……靴を、休ませるために昨日はこちらを履きませんでした」

 零士の指摘で、女性は諦めて自分のことを話し始めた。

「市内の百童子ももどうじ高校で教鞭を取っている九十九つくも 明可《めいか》と申します」
「おっと、大したものを用意してなくてすまない」

 律儀に名刺まで渡されるものだから、席につく前から交換会だ。

「最初こそ不安でしたが、信用の出来る方達のようで安心しました」
「県内屈指の進学校の先生にそう言われるなら実力を示せたってことかな。じゃあ、話を聞きましょうかね」

 明可は零士達について本音を吐露しつつもその実力を認めてくれた。ソファーに3人が着席したらようやく仕事の話だ。

「まず確認させていただきますが、痴漢の調査というのはなさっていますか?」
「痴漢の?」

 前提の確認は大事だがなかなかにレアな内容だ。零士も、初めて舞い込んだ要望に眉をひそめる。

「やっては、いませんか……?」
「いや、まぁ、詳細次第だけどよ。ストーカーみたいなやつか?」

 明可が表情を曇らせたため、まだ判断する段階ではないと釘を差す。ただ、そう聞いた零士とてチラッと双葉に確認をとってしまう。
 彼女は乗り気なようだ。

「良いんじゃないです。側溝の縁に生えた雑草みたいにしつこいストーカーみたいなヤツなんでしょう?」
「へ?」

 双葉の言い様に明可は目を白黒させた。

「1人くらいいますよね、そういうの。女として許せませんし、その依頼受けさせていただきます」
「あの、いえ、ありがたい申し出ですが……」
「おいおい、まだ一割くらいしか聞いてないのに決めたら、九十九さんも戸惑うだろうが」

 1人で突っ走る助手を、これまた見当違いの方向でたしなめる零士。しかし、当然ながらオーナー権限で話はトントン拍子で進んでしまったのである。
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