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FILE1.痴漢幽霊騒動

その2-1

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 T市内をまががる元国鉄の列車内で、双葉は静かに目を光らせていた。日時は、九十九つくも 明可めいかからの依頼を受けた翌日の朝である。
 月曜日ともなれば、阿藤探偵事務所のあるGちょうの駅から乗っても通勤通学を目的とした人々でごった返している。乗車率は8割を超えた車内で、一般的な学生らしく振る舞うのは目的があった。

『双葉ちゃん、そっちはどうだ?』

 耳に付けたイヤホンから阿藤 零士の声が聞こえる。アマチュアでもこっそり会話が出来るのだから便利な世の中だ。

「アリガトウゴザイマス。私ノ名前ハ、エミリー、デス」

 なぜか片言で適当に呟いた双葉。

『よし、引き続き見張っててくれ』

 零士もそれにちゃんと答えて、監視を任せた。その零士はというと双葉から少し離れた位置、座席に挟まれる形で明可に付き添っている。囮調査など依頼人も巻き込むためやりたくはないのだが、痴漢とやらが高確率で現れるタイミングもここだけなのも確かである。
 明可のような女性は再度被害を受けやすく、一度許すとつけあがるのもこうした犯罪の特徴だ。

「コレハ、ペン、デス」

 スマホで勉強する振りをして意識は気配を探る。特に同一の学生服に注目していた。明可が努める学校の生徒が痴漢の加害者である可能性が高いからだ。
 双葉は少しばかり記憶を遡る。
 ――。
 ――――。
 緊張をほぐす目的もあって通常の民家を事務所にしたものの、明可はセミロングのストレートヘアを弄って落ち着かない様子。

『先週くらいのことです。その日は午後からの出勤予定で、半休を頂いていました』

 それでも、ポツポツと話し始めてくれた。よそ行きの服装でいつもの電車に乗っていたことをから切り出す。

『いつもと違う様相だったからでしょうね。学校の生徒も近くにいながら、私だと気付いていませんでした』

 自嘲なのかどうなのか、影が薄いのかもとやや複雑そうである。このあたりからさらに話しづらそうな様子を見せる。

『込み始めたところで、確かに、私の臀部を触る手があったんです……。今でも信じられません。なにせ、我が校の生徒でいっぱいの車内なのですよ……!』
『えっと、落ち着いて……』
『深呼吸、深呼吸』

 少し感極まってしまった明可を落ち着かせる。すべてを聞かずとも明可の言いたいことはわかる。

『自分の生徒がそのような卑劣な犯罪に手を染めているのか、確かめたいのです……』

 それが依頼人の語った内容である。
 ――。
 ――――。
 双葉が再び車内に意識を巡らせたところで、奇妙な気配を感じ取る。

「……ッ」

 息を潜めるような、それでいて焦りを手に取るようなほどわかる微動。それが背後から伝わってくるのだ。異様な気配の主は目的の学校の生徒ではない女生徒だ。

「駅へはどう行ったら良いですか?」

 標的こそ違うものの痴漢が現れたことを察知して、双葉は零士に報告を入れる。明可に異変がないことにすぐ気づいた名探偵は問い返す。
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