サトリ妖怪ちゃんは悟らない。これは恋ですか?いいえ、余計なお世話です。

AAKI

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1話『スズ視点』・少しだけ変わった通学路

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 東先生が出ていってすぐ、私はカーペットやズボンにシミが残らないよう作業を開始しました。

 温まぬで湿らせたタオルをかけて、ズボンも風呂桶にためたお湯でつけ置きします。汚れを浮かしている間に食器を片付け、水切棚へと並べるとひとしきりの作業は終了です。ズボンと違ってカーペットは洗えませんから、ティッシュペーパーでトントンと叩いて浮き出た汚れを吸い取ります。

「ふぅ……あ、時間」

 一仕事が終わったので、急いで学校へ行かなければなりませんでした。

 一息と顔を上げたところで、テレビの時計を確認した際のことです。

『まず第一の公約として、あやかしの暴走によって壊れた都内施設の補填に関する条例の制定! 次に狐狗狸こくり(ないしはコックリ)カジノの規制! 最後は妖に対する生活保護受給の停止です!』

 都知事立候補者である柳井やなぎいさんでしたか。やや小太りでメガネをかけた男性が、メディアの取材を受けているシーンが映っていました。

 私達、人外たる妖と人間が交流するようになって早一世紀が経とうかというころ。今までは表向きは普通に付き合えていて、親密な関係を気づけていたはずでした。しかし、やはり種族が違うと関係性に亀裂が現れてくるものです。

 私などはサトリ妖怪でありながら、集中しなければ働かない程度に他者の心を読む力が弱く、見た目も毛深いことを除けば人の暮らしに馴染みやすかったです。

 先生も気を使ってくださるのですが、やはり余計な気遣いをさせてしまっているのでしょうか。

 心を読めば良いではないかと思われるかもしれません。しかし、人の社会で暮らす以上は必要なときを除いて頼るべきではないと思っています。

「そろそろ行かないとっ」

 テレビの時計が7時を過ぎたところで、ボーッとしていられないことを思い出しました。

 電気を消し、ガスの元栓を確認して、戸締まりもしっかりしたら出発です。少し遅くなったせいか、マンションの管理室にいるはずの人影はありません。いつもであれば、窓の向こうにいる1つ目のお姉さんに挨拶するのですが。

「おはようございます」

 こちらを見つめてらっしゃった同じマンションに住むご近所さんに代わりに挨拶をして、私はいつもと同じようで少しだけ違う通学路を歩き出しました。

 先生のお世話をさせていただくようになってまだ二日目……やっぱりちょっとだけ新鮮です。

 少し遅くなってしまったのでこのままだと遅刻ギリギリですが、体毛を隠すため服が冬服のままなのでなかなか走るに走れません。そのため、学校までほぼ一本道となった通学路で、合流してきた生徒の皆さんと一緒に歩くこととなりました。

「おーい、スーズー!」

 そうなると、遅刻ギリギリ組とハチ合うのは必然です。後ろから駆けてきて、私に挨拶してくれたのはキジムナーの少女リンリンちゃんの声でした。

 茶褐色の艷やかな短髪を後ろに残しながら、すごい速さで近寄ってくるのが予想できます。なので、私も急いで振り返り挨拶を返します。

「おはよう、リンリンちゃアッ……」「グホッ!」

 私の足の側面が見事に、リンリンちゃんのお人形さんほどの体を捉えました。自分の走力をすべて体に受け、酷いダメージを受けてしまいました。

「ご、ごめんなさいッ」

「きゅ~……」

 私は慌ててリンリンちゃんを助け起こしましたが、すぐには復活しなさそうです。目を回している小さな体を抱き上げつつ、何度となく謝罪するのでした。

 続けて歩み寄ってきたベルちゃんを含め、周囲の皆さんはいつものことと笑って通り過ぎるのです。

「おはよう、スズ。あんまりゆっくりしていると、先生の授業に遅れるわよ」

 『先生』のところを強調しながらも、ベルちゃんは私達を囃し立ててきました。なぜでしょう?

 とりあえず、アズマ先生に怒られないよう急がなければならないのは確かなのですが、なぜか――文字通り――潰れてしまっているリンリンちゃんを抱えて走るのはもっと難しいです。

「りんりんちゃん、勝手に持ち運ぶと三半規管が駄目になるからって……」

「まったく」

 私が以前に注意されたことを律儀に守ろうとして、ベルちゃんは呆れながらも楽しげに言いました。

 金髪の長いストレートヘアーを揺らしながら、密かに笑っているベルちゃん。リンリンちゃんがベルちゃんにからかわれて、それを私があたふたと仲裁するのが毎日のことです。そんないつものことが楽しいのです。

「いつまでも『ヌコ&ネズー』みたいに潰れてないの」

「あっ……」

 ベルちゃんは懐かしい作品名など言いながら、リンリンちゃんを横からかっさらっていきました。何をするのかと思った次の瞬間には、リンリンちゃんの口を指で広げながら軽く一振りしました。

 空気がゴム人形のような体に流れ込み、簡易ながらもふくれて元通りに。

 リンリンちゃんを地面に立たせると、ベルちゃんはそそくさと学校へ歩き去ってしまいました。
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