サトリ妖怪ちゃんは悟らない。これは恋ですか?いいえ、余計なお世話です。

AAKI

文字の大きさ
6 / 21

5話・『アズマ視点』・夕刻の帰宅

しおりを挟む
 その日は、珍しく仕事が早く切り上がって帰ることができた。俺は小躍りしたい気分を抑えつつ、軽いステップだけ踏んで帰路をゆく。

「~♪」

 若干の鼻歌が混じった吐息に、通り過ぎる人も妖も奇異な視線を送ってくる。しかし俺は気にしなかった。

 別になにか趣味に打ち込む時間がどうとかそういうのはない。ただ、午後18時、夕方のこの時間に帰れるということだけが何故か純粋に嬉しかった。

 もしかしたら、最近はスズが夕飯を作って待っていてくれるから余計に心踊っているのかもしれない。

 いつもであれば20時ごろになっており、せっかくの料理も冷めていて一部を温め直すだけになっている。それをスズも一緒に、一緒の時間に食べるのだから忍びない。

「きっと、友達ともっと遊び……」

 スズの当たり前の学生生活を奪ってしまっているのでは、などと呟いてしまいかけたその時だ。見覚えのある姿が1つ――いや、2つばかし駅のある方からやってくるのがわかり、俺は本能的にハタリと口をつぐんだ。

 ほころんだ顔を、生徒達――ベルとリンリンに見られたくはなかったので心持ち引き締めておく。

「こんばんは、西先生」

 先んじて俺に気づいたベルが、偶然とばかりに手にした飲み物のカップを掲げつつ話しかけてきた。

「あぁ、こんばんは」

 嬉しいことを表に出さないよう、俺は抑揚を殺して応じた。

 飲み物はタピオカドリンクってやつか? リンリンには、一粒でもバクダンおにぎりレベルだな。

 ベルの肩に乗ってカップのフタを受け皿にドリンクやタピオカを頬張っているリンリンに、なんとも無意味な感想を抱く。

「あぁ、モグモグ、ニシセンばんは。ゴクゴク、ベルおかわり」

 食べるのに夢中だったリンリンも俺に気づいて、モッチリとした団子を咀嚼しミルクティーかなにかで流し込んだ後、友達感覚で挨拶してきた。あまりよろしい態度ではないのだが、放課後に細かいことを言っても野暮だと思い説教を飲み込んだ。

 俺も早く帰りたいので、最低限の会話で切り上げようとする。

「こんばんは。あまり、遅くなるなよ」

「まだ食べるの? あ、はい、用事が終わったら帰るから、ね」

 おかわりをねだるリンリンに、ベルが辟易した様子で俺にも対応する。どうやら、かなり前からドリンクを分け与えているようだ。

「だって共同出資じゃん。一番大きいやつじゃん。てか、そんなに飲むと太るぞ?」

「……」

 おっと、ここで俺を差し置いて2人の間で諍いが勃発しそうだ。リンリンが言えたセリフではないような気がするぞ。

 とは言え、教師の前で殴り合いなど始められないため、ベルが取った行動はというと。

「なら、残り全部あげるわ」

「マジか。ふとっぱア?」

 一線を越え始めていることに気づかず、さらに禁句を重ねたリンリン。ベルにガシッと腕ごと掴まれた次の瞬間には、カップの中へと頭からシュートされていた。

 超バイオレンス!

「ガボッ!? ガガボボボボボボッ!」

「お、おいっ……」

 必至に這い上がろうとするが、大きい目の入れ物の両端に手をついても力が入り切らず、滑りすらしてどうしようもない。俺も流石に引いた。

「大丈夫ですよ」

 ベルは、にこやかに目で笑わずに答えるのだった。

 誰が見ても大丈夫ではなさそうだが、結果としてはリンリンがタピオカミルクティーをすべて飲み干して無事だった。

 その間に起こったことというと、ベル達がこの周辺を歩いていた理由の説明である。

「新しくできたお店のドリンクだから試しに買いに行ったの。スズに届けようかと思ってたんだけど、ちょうど良いわ」

 そう言って、下げていた袋を掲げて見せてきた。どうやら、本当であれば3人で向かうつもりだったらしい。

 本当にスズの時間を食いつぶしてしまっていて、俺は申し訳なく思った。

 内心で懺悔している間に、ベルにドリンクを押し付けられついでになにかを呟かれる。

「西先生も、気を使って上げてよね」

「え……」

 その言葉に、スズの時間を奪っていることの後悔を悟られたのかと焦った。

 しかし、続きはちょっと違う。

「女の子なんだから男の人にはしたないこともできないから、溜まって暴発しちゃうかもしれないわ」

「溜まる……暴発……ゴクリッ。って、からかうんじゃないッ」

 ベルの挑発的な物言いに、スズのあらぬ姿を想像してドキッと胸が鳴った。固唾を呑んでなんとか危ない映像を追い出そうとして、ようやっとスズの妖力のことだとわかった。

 幾ら他者の心を読む力が弱いからといっても、長らくそうしていなかったら妖力が蓄積されてしまう。

「フフフフ、弱いほど警戒せずにいちゃうからね」

「そうだな。手当り次第に内心を暴露されちゃ敵わない」

 妖も人間も、こうして危険視する程度に妖力の暴走は危険だった。

 時には死傷者が出るようなこともあるため、実は笑い話じゃなかったりする。人間相手に妖力を発動させる必要があるというのも難儀な話である。

「妖力の件がなければ世の中、もっと平和になるんだけどねぇ」

 などと、どこというわけでもなく見つめながらベルが言った。

 多くの人間が、妖力の制止手段について『仕方ない』と思っていることだろう。

 俺もその内の一人だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...