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4話・『アズマ視点』・妖尊人卑2
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その日の1コマ目は、1年B組での授業は国語となる。
今日も全員出席で、そうだと宿題の収集にも困らない上に後で評価の抜けを確認しなくても良いため嬉しかった。というのは秘密。
いや、世の中は何事もうまくいくということはないのだ。集められた宿題のノートを並べながら提出状況を確かめていると、やはり足りないことがわかる。
「リンリン、またか……」
「へ、へへへ。いや、やったにはやったんだけどさ、家に忘れてきちまった」
必ず1人か2人ぐらいは宿題を忘れてくる。大体は誰がやらかすのか常連くらいわかるので、抜けている出席番号を見つけるのは容易だった。指摘すると、リンリンは頭を掻いて後ろの方からのたまうのだった。
笑って誤魔化そうとしているが、そうそう簡単ではない。俺が内心では呆れて言葉にならず黙って見つめているだけでも、それが静かな怒りだとリンリンが勘違いしてくれる。
「あ、えっと……その……ごめんなさい」
ついぞ涙目になって謝ったリンリン。それでも反省はしないのだろう。
とはいえ、固定ならば学期末の確認も楽である。しかし、ここでたまに出る例外が現れる。
「ごめんなさい。私も忘れてきちゃった」
なんと、性格こそ破綻していても表向きは優等生なベルが申し出たのだ。
「珍しいな」
出てきたのはそんな、無簡素とも言える声音と感想だった。
「私の妖力が、ね? 今日はカバンの中が一つ欠けちゃってた」
どうせそれっぽい言い訳で上手く躱してくるため、深く突っ込んでも意味がなかった。
彼女、ベルはイチタリナイ妖怪である。その名前から逸脱しない妖力を持ち合わせており、自他ともに何かが『一つ足りない』状況を作り出してしまう程度の能力がある。
「わかった。考慮しておく。じゃあ、教科書38ページを開け」
真偽を確かめる術はないため、俺はそれだけ言うと授業に移ろうとした。が、不都合は重なるとき良く重なるというも。
一分一秒も無駄にしたくないとは思いつつも、なにか申し入れがあれば聞かなければならない。お伺いしないと、今度は保護者のお言葉を拝聴するのに時間を食う。
「ねぇ、せんせー。暑いから空調強めて欲しいだわ」
授業開始前ではなく、いまさらそう言い出したのは肌を健康的な褐色に染めて派手目の化粧を施した少女である。髪の毛は、老いによる白髪とは違う美しい純白で真っ直ぐに長く床へ向かって落ちている。
「アメは、あぁ、氷雪妖怪だからな」
見た目に反してアメは雪女とでも言えば良い妖で、最近の日本の環境は厳しくなってきたらしい。十分に涼しい室内ではあるが、辛いというのであれば仕方がなかった。
寒い地方を出身とする妖怪も、真夏の炎天下でもなければまず溶けて消えたりはしない。普通の人間よりも暑さに弱いという程度である。
ちなみに、氷水でもかけて涼しくしておけばインスタント食品感覚でよみがえる。
そう、全く問題がない室温なのである。
「おいおい、これ以上下げられたら凍えちまうぜ」
制止をかけたのは、やや不良生徒とでも言えそうな見た目の鰐瀬であった。アメの隣ということもあって、彼女から漏れ出る冷気も合わさってかなり寒いことだろう。
「こっちは暑くて溶けちゃうだわさ! 別に、男なんだから少しぐらい冷えても良いでしょうだわ!」
「落ち着け。とりあえず、後2度だけ下げるから、各自自由に厚着しろ」
アメが鰐瀬に食いかかり、ケンカに発展しかねないので俺は急いで仲裁に入った。スズのおかげで他のクラスに比べて上着などの着用を認められているため、だいぶマシだ。
こうした衝突は人と妖の間で稀によくあること。
妖尊人卑の流れはうっすらと表面化していて、あまり妖側に譲るべきではないのだろうが俺の心は弱い。
「またアヤカシファーストかよ……」
「……授業を始めるぞ」
鰐瀬のボヤきを流して、俺は差し迫った時間を取り戻すために話を進めた。それ以後はなんとかハプニングもなく30分ほどで授業は終了したが、予定していた分が終わらなかったのは残念だ。
チャイムの音を合図に俺は教科書を閉じる。
「40ページは宿題にして、終わりにしよう。また調整しなおしか」
進行の度合いについて、言い残し最後は小さく呟いた。
「きりーつ、礼」
誰も気にした様子はなく、締めの挨拶をして完全にお終いとなった。
このまま立ち去っても良いのだが、様子がおかしかったスズだけ確認していく。
「スズ、朝調子が悪そうだったが」
「あ、いえ、ちょっと考え事をしていただけです。すみません」
「そう、か……」
俺が訪ねようとするとスズはあっさりと、ただ言いよどむように答えた。まさか今朝のことを引きずっているのではと、俺は不安になった。
そこへ茶々を入れてくるのはベルである。
「まったく、2人ともまどろっこしいなぁ」
「問題ないなら良い。では、次も遅れないように!」
何やら事情をご存知のようだが、やぶ蛇になりそうだったため俺は話を切り上げるのだった。何のことだかわからないなー。
今日も全員出席で、そうだと宿題の収集にも困らない上に後で評価の抜けを確認しなくても良いため嬉しかった。というのは秘密。
いや、世の中は何事もうまくいくということはないのだ。集められた宿題のノートを並べながら提出状況を確かめていると、やはり足りないことがわかる。
「リンリン、またか……」
「へ、へへへ。いや、やったにはやったんだけどさ、家に忘れてきちまった」
必ず1人か2人ぐらいは宿題を忘れてくる。大体は誰がやらかすのか常連くらいわかるので、抜けている出席番号を見つけるのは容易だった。指摘すると、リンリンは頭を掻いて後ろの方からのたまうのだった。
笑って誤魔化そうとしているが、そうそう簡単ではない。俺が内心では呆れて言葉にならず黙って見つめているだけでも、それが静かな怒りだとリンリンが勘違いしてくれる。
「あ、えっと……その……ごめんなさい」
ついぞ涙目になって謝ったリンリン。それでも反省はしないのだろう。
とはいえ、固定ならば学期末の確認も楽である。しかし、ここでたまに出る例外が現れる。
「ごめんなさい。私も忘れてきちゃった」
なんと、性格こそ破綻していても表向きは優等生なベルが申し出たのだ。
「珍しいな」
出てきたのはそんな、無簡素とも言える声音と感想だった。
「私の妖力が、ね? 今日はカバンの中が一つ欠けちゃってた」
どうせそれっぽい言い訳で上手く躱してくるため、深く突っ込んでも意味がなかった。
彼女、ベルはイチタリナイ妖怪である。その名前から逸脱しない妖力を持ち合わせており、自他ともに何かが『一つ足りない』状況を作り出してしまう程度の能力がある。
「わかった。考慮しておく。じゃあ、教科書38ページを開け」
真偽を確かめる術はないため、俺はそれだけ言うと授業に移ろうとした。が、不都合は重なるとき良く重なるというも。
一分一秒も無駄にしたくないとは思いつつも、なにか申し入れがあれば聞かなければならない。お伺いしないと、今度は保護者のお言葉を拝聴するのに時間を食う。
「ねぇ、せんせー。暑いから空調強めて欲しいだわ」
授業開始前ではなく、いまさらそう言い出したのは肌を健康的な褐色に染めて派手目の化粧を施した少女である。髪の毛は、老いによる白髪とは違う美しい純白で真っ直ぐに長く床へ向かって落ちている。
「アメは、あぁ、氷雪妖怪だからな」
見た目に反してアメは雪女とでも言えば良い妖で、最近の日本の環境は厳しくなってきたらしい。十分に涼しい室内ではあるが、辛いというのであれば仕方がなかった。
寒い地方を出身とする妖怪も、真夏の炎天下でもなければまず溶けて消えたりはしない。普通の人間よりも暑さに弱いという程度である。
ちなみに、氷水でもかけて涼しくしておけばインスタント食品感覚でよみがえる。
そう、全く問題がない室温なのである。
「おいおい、これ以上下げられたら凍えちまうぜ」
制止をかけたのは、やや不良生徒とでも言えそうな見た目の鰐瀬であった。アメの隣ということもあって、彼女から漏れ出る冷気も合わさってかなり寒いことだろう。
「こっちは暑くて溶けちゃうだわさ! 別に、男なんだから少しぐらい冷えても良いでしょうだわ!」
「落ち着け。とりあえず、後2度だけ下げるから、各自自由に厚着しろ」
アメが鰐瀬に食いかかり、ケンカに発展しかねないので俺は急いで仲裁に入った。スズのおかげで他のクラスに比べて上着などの着用を認められているため、だいぶマシだ。
こうした衝突は人と妖の間で稀によくあること。
妖尊人卑の流れはうっすらと表面化していて、あまり妖側に譲るべきではないのだろうが俺の心は弱い。
「またアヤカシファーストかよ……」
「……授業を始めるぞ」
鰐瀬のボヤきを流して、俺は差し迫った時間を取り戻すために話を進めた。それ以後はなんとかハプニングもなく30分ほどで授業は終了したが、予定していた分が終わらなかったのは残念だ。
チャイムの音を合図に俺は教科書を閉じる。
「40ページは宿題にして、終わりにしよう。また調整しなおしか」
進行の度合いについて、言い残し最後は小さく呟いた。
「きりーつ、礼」
誰も気にした様子はなく、締めの挨拶をして完全にお終いとなった。
このまま立ち去っても良いのだが、様子がおかしかったスズだけ確認していく。
「スズ、朝調子が悪そうだったが」
「あ、いえ、ちょっと考え事をしていただけです。すみません」
「そう、か……」
俺が訪ねようとするとスズはあっさりと、ただ言いよどむように答えた。まさか今朝のことを引きずっているのではと、俺は不安になった。
そこへ茶々を入れてくるのはベルである。
「まったく、2人ともまどろっこしいなぁ」
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