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18話・『アズマ視点』・単純なことを捻る奴

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 お岩さんって……。離婚調停やら何やらだっけ?

「そ、そうか……。まぁ、祝い事なら無下にはできないな」

 招いていないとはいえ、昼食を作ってくれるスズとセットでは断れなかった。それに、他人の祝勝も含めているとしても余裕があれば一緒に喜ぶのが渡世の義理ってもんだ。

 ラーンの言が全て事実かはわからないため油断こそしない。が、昼食の予定すら考えていなかったのは言い当てられているからな。

「ギョーザやで。縁起物なんさ」

 ウキウキなところを見ると、本当にラーンはお祝いをするためスズを誘ったのかもしれない。

 しかし、机の上のパソコンを見た瞬間に目を輝かせるラーン。

「ほほーう、これで何を観ていたのやら」

 当然、からかい方は下世話なやつだ。飯を作って、食って、帰れば何もなかったというのに。

「何って、いや、普通の動画だよ」

 俺はいたって冷静に答え、ラーンのちょっかいを否定した。冷静のつもりだが、普通かと言われれば微妙な内容なので言葉に濁りがでてしまった。

 それをラーンがどう捉えたかは一目瞭然で、笑顔は獲物を見つけた肉食獣へと変わる。

 ッ! 俺が、眼光にたじろぐだと……?

 ラーンは妖力でパソコンのソフトウェア面まで覗き込めないから、だからこそ、俺を煽りに煽って探り出そうとする。

「?」

 スズは何の話をしているのかわからない様子で、俺達のやり取りを眺めつつも昼食の準備を始めた。

 俺からラーンの考えを探る意味はなくなったので、後は相手の攻撃を駕ぐだけだ。そう考えていたところを、スズの一言が叩き壊してくる。

「私も、先生がどのような動画を好まれているのか気にはなりますね」

 単純だった構図が複雑に絡み合ってしまった。

「そうやよなッ」

 それを取り込んだのはラーン。

 受け流すだけでよかった挑発が、スズによって乱反射する。探り合いになった。腹の、掻っ捌きあいだ。

「……」

 俺はさらにたじろぐも、ここで気持ちで負けたら畳み掛けられるとわかっていて踏みとどまった。

 あのような内容をスズに教えて良いわけがなく。いや、ラーンにだって伝えるのははばかられるというもの。

 ふ、ふふふッ……。

 俺の中でフツフツと、怒りとは違う感情が湧き上がってくる。

「生徒達とのコミュニケーションを磨くための知識や、現代文に関する内容だな」

 俺は眼鏡を中指で押し上げて整えると、正午の日差しにレンズを輝かせて答えた。舐めてくれるなよ小娘と、俺はラーンに完全なる宣戦布告を申し入れた。喧嘩を買ったともいえる。

「休日もちゃんと学んでいらっしゃるなんて、さすがです」

 腹の奥で俺がどんなことを考えているかも知らず、スズは純粋にめて評価してくれた。ウソをつくのが若干申し訳ないが、これも方便というやつである。

「ふふ~ん」

 ラーンはというと、己の挑戦を受けてくれた俺に対して単眼を細めて見せた。

 ベルやリンリンと違うのは、ここで悦べる神経の図太さだろうか。末恐ろしい……が、相手にとって不足はない。

「生徒とのコミュニケーションって、今以上にどうするって言うん?」

 ラーンは、具体的な内容を聞いてきた。ボロを出させようって腹のようだ。

 質問の内容次第では適当に考えてあった例を上げれば良かったが、現状との比較を持ってきて阻止された。スズと今のような関係になっているだけでも過剰なコミュニケーションだというのに、どう答えろというのだろう。

 他の生徒とも、いささか距離感が近いのもラーンには知られているしな……。

「在り方を正すのも一つだが……やはり、パワハラだセクハラだ、体罰だ、といった世の流れをだな」

 世間一般に言われている話を用いて、自分は今のスズ達との関係が歪んでいることをやんわりと言いだした。

「まぁ、踏み込みすぎても良いことはないはわかるんよ。でも、それってスズが生徒だからなん? 妖だからってことはないん?」

「ッ……」

 わざとか、知らず識らずのうちに俺の懸念を拾い上げたか、ラーンは踏み込むべきところではない部分へと触った。

「え、えっと……」

「それはなぁ……」

 スズや俺は、捻れ始めた腹のさぐりあいに戸惑うしかなかった。

 大体がそうだ。単純な話で済むはずなのに、誰かが爆弾発言をしてめちゃくちゃにかき回してしまう。

 空気を読んで表情や声音で制止を伝えるが、一度火が着いてしまった爆発物は止まらない。

「そこははっきりした方が良いと思うんよ。妖を――」

 ラーンの口から、当然ながらその言葉が飛び出てくることは予想できていた。そのため、俺は先手を打って止めにかかる。

「――さっ、お腹が空いた」

「あ、えっと、は、はいッ」

「お、おぉう……?」

 スズにそう伝え、さっさと気を紛らわせてしまった。捻れを理解こそし得ないものの、流石にこれ以上は踏み込みすぎだと思ってか口を噤んだラーン。

 一線を踏みとどまらせたことで、とりあえずは俺も安堵して叱りつけたりしなくて済んだ。

 当然、後で注意喚起を行ったのは言うまでもない。
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