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17話・『アズマ視点』・単純じゃない世の中

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 俺は久しぶりの休日を、特に目的もなく謳歌していた。いや、もちろん、週に1度の休日ぐらいはある。

 が、あって無いとでもいうようなものはトンチの如く存在するのだ。

「何もない……。でも、何もないが素晴らし」

 俺は、ローテーブルに置かれたパソコンを眺めつつ緩んだ表情で呟いた。

 朝――ほとんど昼前――に起きてから、食パンとコーヒーを胃に詰め込んだだけでだらけ・・・るに至っている。何もやる気が起きないが、何もしていないのでは暇なためパソコンを付けた次第である。

 しかし、そういう不自由さこそに至福のひと時を覚えた。

「うーん? 『柳井の気まぐれミカンラジオ』か」

 適当に動画を、これはザッピングと言えば良いのか、まぁちょっと視聴しては次を開いてを続けていた。そんな中で一つの動画に行き当たった。

 都知事候補に出馬している男、柳井氏の動画である。

 動画を上げているということ自体は珍しくなかったし、柳井氏が党首を務める『人間第一党』が各種サイトで活動しているのも知っていた。とはいえ、活動の思想目的を考えれば一教師がおいそれと見られるものではない。

「えーと、妖の暴力性と『主自党』の不誠実さ、について。どれどれ」

 俺はタイトルを読み上げつつアイコンをクリックし、動画の再生へとこぎつけた。3時間程度ある再生時間の大半はまぁまぁくだらない雑談ではあるものの、なかなか興味深い話もあった。

 まず、俺の務める学校でも何度か起こっている妖による妖力の暴走で発生した様々な事件について、似たような例を上げつつ危険性を訴えている。次に現与党である『主自党』の妖寄りの政策を批判している。

 前者について、オールドメディアが報道しないまた歪んだニュースを流すため被害が拡大しているという。まぁ、学校などの各コミュニティが秘匿する部分もあるが、妖達を正しく理解せず報道していないのは確かだ。

『主自党のポンコツっぷりと言ったらなんだ! 妖を安い労働力として使いつつ、生活に困ったら生活保護を与える! そりゃ、働きながら貰う不正受給者が増えるに決まってるだろ!』

 確かに、妖との付き合い方は歪になり始めていた。既におかしくなっていた。

 もちろん、全ての妖がそうではないし、人間にだって悪いことをするヤツはいる。ただ、妖力暴走の件を踏まえるとやはり妖の方が多い。

『こういう問題がありながら、半世紀以上前の大戦を引きずって外国人特区なんてものまで作った! こちらの解決をしなせいで、妖達は己らの功績を誇り人間を見下し続ける! こんなことを許して良いのか!』

 続く柳井氏の言葉は、これまた日本にとって切実な問題であった。

 さらにさらに、妖とて全てが結果を自慢しているわけではない。『外国人特区』に困っている者もいれば、横暴な同類達に辟易している者もいる。

 日本を長く牛耳ぎゅうじってきた与党『主自党』がそれらに着手してこなかったわけないだろう。ただ、本気で解決に至るよりも合衆国との保安や人民国との経済、それらのつながりの方が重要と判断されたのだ。

 日本国民を、人間の民を視ていないと言われても仕方ない。

「まぁ、それぞれの利益のより良いを詰めるしかないんだよなぁ」

 俺は政治や人と妖の関係について、そう独り言でまとめた。

 民主主義は多数決ではあるが、余裕があれば少数意見も拾い上げるのがまたその思想が持つ形である。ただ、少数派を救うべきはずの野党が体たらくか尊妖側ではどうしようもないがな。

 仮に柳井氏が都知事に当選しなかったとして――そもそも主目的ではないが――次は国政選挙に出馬するつもりだろう。そのとき、政治が変わる可能性はある。

 ――ピーンポーン。

 未来の展望を思案した次の瞬間、お客さんがチャイムを鳴らした。

「はい? あー、んッ」

 来客の予定はなかったためやや素っ頓狂な声が出てしまった。俺は軽く咳払いして喉の様子を整えると、パソコンを閉じて玄関へと向かった。

 ドアビューアから見ると、まずスズの顔が見える。今日は休日だと伝えていたため、まさか来るとは思ってもみなかった。

「私です。スズです」

 スズは答え、俺も特に警戒することなく扉を開いた。

 しかし、そこにはもう一つの招かれざる客がいて、俺はその姿を見て硬直する。

「え、えっと……」

「あの、いきなりすみません。ろくなものを食べてないんじゃないかと……」

 俺が戸惑ったのを、突然の来訪のせいだと思ったのかスズはスーパーの袋を掲げてみせた。

 違う。問題はなぜ、隠れるようにしてドアビューアの死角からラーンが出てきたか、だ。

 偶然に見切れる位置に立っていたわけではないはず。こいつ、明らかに俺へのちょっかいを考えてスズの好意をダシに使いやがったな!

 ラーンの意図を察した俺は、もはや手遅れと理解し感情の昂りを抑えた。

 仕方なく二人を招き入れ、ラーンへの警戒に務める。

「まぁ、入れ。ラーンは、またどうして?」

 上手く探りを入れていく。

「お岩さんが400年近く経っての判決で勝訴したって聞たんやて。そのお祝いも兼ねてやね」

 ラーンはなんてことのない様子で答えた。
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