こーる・おぶ・くとぅるー ~ひと夏の呼び声~

AAKI

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1.入院とツカサ

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 サイアクだ……。
 お父さんの仕事の都合つごうで海の見えるまちに引っ越してきたのは良かったものの、引っ越し作業の初日に食器たながコケて足を大ケガしちゃったんだ。
 まぁ、ボクが遊んでいてコカしちゃったんだから文句も言えないけど……。

「全治二週間の骨折ですって。翔吾しょうご、大人しくしてるのよ?」

 病院のベッドに寝転んだボクに、お母さんは少し困ったような笑みを浮かべて言った。きっと、またさわいで看護師かんごさんやお医者さんを困らせると思ってるんだ。
 寝てばかりじゃとてもヒマだから出歩きたいのは確かだけどね。

「わかってるよ。さっさと帰りなよ!」

 小うるさいお母さんを早く追い払いたくて、ボクはついつい乱暴に言ってしまった。

「はいはい……」

 お母さんの顔が寂しそうになった。最後にもう一度、「大人しくしてないとヒマなのが伸びるからね」としつこく言って、病室を出て行った。

「こんな人形、もう子供じゃないのに。新しいゲームでも買ってきて欲しかったなぁ」

 お母さんが遠くに離れたのを足音で確認かくにんした後、早く良くなるようにと置いていってくれた古いクマのヌイグルミを放り投げた。5才くらいのころには抱いて寝ていた、とても古びたヌイグルミがポンポンと廊下へと転がり出る。

「もう10才なのにさ」

 子供あつかいされているのが気に入らなくて、ボクはヌイグルミを見つめながらボヤいた。
 すると、視界の端に小さな足が映った。

「ん?」
「これ、アナタの?」

 女の子だ。ボクの投げ捨てたヌイグルミを拾い上げた長い黒髪の女の子。
 差し出された手も細くて、肌の色も少し白すぎるくらいかな。ドキリとするくらいキレイな顔なのに、覇気のない様子が怖いくらいだ。

「あ、うん……」

 いらないものだったけど、なんだか断れない雰囲気ふんいきがして、短髪をいてもたつきながらもベッドを降りて行く。そしてもう片手でヌイグルミを受け取った。

「あなた」
「ボクは新田しんた ショウゴ、小学4年生だ。足を折っちゃってしばらく入院」

 名前を聞かれたからついつい自己紹介しちゃった。名前の漢字は病室のネームプレートを指して教える。

「そう。ワタシは東風海こちうみ 都華咲つかさ

 ツカサは変わらない小さな声で淡々と名前を言った。
 見た目は小柄だけど、態度たいどからしてあまり変わらない年かもしれない。まあ、あんまし性格は合わないかもね。

「あの――」
「あれ~、ツカサちゃんが他の子とお話してるなんて珍しいね」

 ツカサが何かを言いかけたところで、かんご師のおば……おネエさんが話しかけてきた。ボクを担当してくれているかんご師さんだ。

「ショウゴ君は今日入院したばかりなのに、もう打ち解けちゃうなんてね。もしかして、はは~ん」

 おネエさんはなんだか変なことを考えているみたいだ。

「な、なんだよ……」

 笑い方が気持ち悪かったからついつい乱暴に聞いてしまう。

「ううん、ツカサちゃんは口数は少ないけど美人さんだもんねぇ。ショウゴ君も男の子なんだなぁって」
「ち、ちげぇよ! そういうのセクハラって言うんじゃねーの!」
「はははっ、難しい言葉を知ってて大人だね」

 ボクの態度に対して仕返しのつもりなのか、分かっているはずなのにしつこく絡んでくる。お医者さんに言いつけてやろうかな!
 ツカサはボクらのやりとりを見飽きたみたいで、独り歩いて行ってしまう。

「ツカサちゃん?」
「検査、自分で行けるから」
「そう? 1階の精神科だからね」
「うん」

 それで良いのかはわからないけど、ボクの知ったことじゃないから良いか。
 ひとしきりからかわれたところで、原因のツカサがいなくなったので収まる。おネエさんもさすがにかんご師さんらしいことをし始める。

「あんまり暴れると足に響くからね。さ、ベッドに戻ろっか。いくら患者さんが2人しかいないといっても、迷惑は迷惑だしね」
「誰が暴れさせたんだよ……。ところで、さっきの子って」
「ふふ~ん、やっぱり気になるんだ」
「だからちげぇって!」

 そんなやり取りをしつつ、ボクは逃げるようにベッドへと戻った。カーテンの向こうにいるであろうもう一人の入院患者さんは、ケンカになんの反応もせず身動き一つみせない。本当に誰かいるのか気になってしまうな。

「えっと、いろいろ気になることはあるんだけど、ツカサってちょっと変わってるよね」

 そんなことよりツカサのことだ。は良いんだけど、不思議ふしぎな感じをどう表現して良いかわからずそう聞いてみた。

「ん~、あまり個人情報って話せないんだけどなぁ。まぁ、訳あって地元では有名な子だよ」
「ふぅん。じゃあ、こっちの学校に通ったら確実に顔を合わせることになるんだ。かんご師さんはツカサを担当して長いの? 割りと入院してそうな感じだったけど」

 さすがにどんな病気で入院しててとか、細かいところは教えてくれない。この街でも名前の知られた子なのに、友達は少ないみたいな言われ方だったけど。よっぽどの事情があるんだろうか。
 まあ、友達になってやらなくもないけど。

「どうだろうね。退院できると良いんだけど……」
「え?」
「うぅん、大丈夫! ワタシもお医者の先生も頑張るからきっと大丈夫だからね!」

 一瞬にしておネエさんの顔が曇ったからボクは驚いたけど、スグにパァと顔を輝かせて言葉を続けた。思ったよりも重たいのかも……。

「ショウゴ君が友達になって応援して上げたら、学校でも会えるようになるからさ!」
「うん、わかったよ」

 ボクは、使命感ていうのかな。こうして会ったのも意味があるのだと思って、ツカサの友達になって上げようと決めた。

「夏休みももうすぐだし、ツカサが無事に退院したら一緒に遊んで上げるよ。海も行く。お祭りなんかにも」

 ボクは窓の外を見て、せっかく近くにキレイな海もあるんだからと退院後のことを思ってワクワクする気持ちをちょっと表に出した。

「あぁっと、遊ぶのは良いけど、ここの海は泳ぐの禁止だよ。あっと、まぁ、その、お祭り、一緒に行けると良い、ね……?」

 泳げないんだ? でも、何気なく言ったことなのにおネエさんはなんだか言いづらそうになった。無理やり話を変えようとしたんだけど、そちらでもやっぱり言葉をつっかえさせる。
 なんだろう、ツカサのことと言い、海のことと言い、お祭りにさえ何か隠し事があるみたいだ。

「ねぇ、なんでそんなに言いづらそうにするのさ」
「えっと、それは……あんまり怖がらせたくなかったから……」
「怖がるってなにさ?」

 聞き出そうとついつい不キゲンに言うと、かんご師のおネエさんは視線を左右に泳がせながらも答えてくれた。いまさら子供あつかいだよ。

「えぇっとね、昔から海での事故が絶えなかったの。ショウゴくんくらいの子たちが何度もおぼれて亡くなるのが続いてね。病院も近いのに助からないなんてことばかりだから、呪いなんじゃないかって……」
「……」

 悲しそうに、悔しそうに、そして自身が怖がっているのを押し込めている感じで、おネエさんは話してくれた。ボクも、怖くなんてないけどフンイキに飲まれてツバをノドの奥へと落とした。

「呪いなんて、あるはずないよ!」

 そしてついつい、何かをごまかすみたいに声を荒らげてしまった。

「ふふっ。やっぱり聞かなかった方が良かったでしょう? 運が悪くて治療が間に合わなかっただけで、呪いなんていうのはウソっぱちかな」

 ボクを安心させようとしたみたいに、またさっきまでと同じ笑顔を浮かべた。本当は、おネエさんの方が信じてたんじゃないかな。うぅん、助けられなかったっていう子たちへの罪の意識みたいなのを感じてるように思えた。

「ただ、そういうのを信じちゃってるお年寄りも居てね。街でのお祭りじゃないけど、狭い地域ではお祈りのための祭事が行われるようになってね」

 おネエさんは続ける。

「『シチュウノチンサイ』って言って――。まぁ、それはいっか」

 シチュウノ……何? 小難しい話だというのはわかった。

「さて、おネエさんは他にも仕事があるから行くね。何かあったらそこのスイッチ――ナースコールを押してね」
「う、うん」

 おネエさんがお面を付け替えるみたいに何度も笑顔と不思議な顔と満面の笑みを切り替えるから、なんだかそれすらも不気味に思えてしまったよ。
 それでもおネエさんは軽い足取りで病室を出て行った。

「ふぁ~」

 なれない環境でいろいろと話したせいか、不意に眠気ねむけがやってきて大きくアクビをするボク。
 それから数分としないうちに、固すぎず柔らかすぎないベッドの寝心地で数分とせずイビキをかいていた。
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