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第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~
第104話 名前を呼ばないてんぱい
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テンキの足は、迷うことなく路地裏の奥へと進んでいた。
「ハァ……何故ボクは、歩イテルんダ?……コノ身体ハ、既にボクのモノなのニ」
空っぽの器。喪失の石で、自我も、理性も、喪失しているはず。
それなのに。
『玄太ヲ……助けナきゃ……』
まただ。
知らない名前を呼ぶ声が、脳裏にこだまする。これは記憶だ。器の記憶が、意志もなく溢れ返ってくる。
この名前を呼ぶたびに、胸が妙にざわめく。
「……クッダラなイ」
思わず漏れる。人間感情は、本当に合理的じゃない。
「特ニ、愛トカ言ウ、不条理ナ感情!」
愛のためなら苦痛を避けず、死を恐れず、命すら投げ出す始末。
「厄介なバッドステータスだナァ…」
愚かで、滑稽で、理解不能。
でも、なぜかこの意志から抗えない。足が勝手に進む。
トトトッと路地裏を進むと、人の気配は消え、海鳴りだけが響いている。
「ン~……コッチか……」
テンキは静かに屋根を跳び、物陰を抜ける。目的地へ通じる最短距離。
「着イタぞ、生意気ナ器め!」
海辺の倉庫。開いたままの扉。器が探している者が、ここにいるのが分かる。なんたって神だから。
「ボクの神力が、逆に利用サレルとハネ」
倉庫の扉が軋んだ。ゆっくりと開いたその隙間から、すっと滑り込むと、中にいた見張りの男が、物音に気付いてこちらを振り向いた。
「おい、誰……」
次の瞬間、男の額に氷塊がめり込んでいた。振り向くよりも速く、反応よりも先に。地面に倒れ伏した男の体からは、凍った煙が立ち昇っている。
「コレが雹(ヒョウ)かァ。コッチノ世界ニハ無い天候ダ」
口に出すその声は、どこか楽しそうだった。倉庫内を進みながら、テンキは別の見張りを見つける。
二人目。背中を向けていた。
テンキが掌をゆっくりと上げると、空気が揺れる。小さな風が、巻き上がるように指先に集まった。
ひゅん!
風の刃が、男の首をきれいに切り裂いた。首と体が数秒のタイムラグを持って別々に崩れ落ちた。
「フフ……突風!切レ味イイネ」
悪びれる様子も、感情の起伏もない。ただ遊ぶように殺す。死体を踏んで進み、地下への階段を見つけた。階段の前の鉄格子に鍵がかかっていたが、それも関係ない。風の刃で簡単に道が開いた。
「スカイリンク、便利ダナ……マ、器は全然使いコナセテ無カッたケド」
地下は、しんと静まり返っていた。潮の匂い、血の匂い、鉄の匂い……そして、人の気配。
一番奥の角、錆びた格子の向こう。
いた。
その牢の中には、藁の上で眠る少年と、その横に寄り添う仔牛。
「……コレが、ゲンタか」
興味なさげに呟いてから、視線を仔牛に移す。小さな角、ゆるゆるした体、なんか見覚えがある形。
「オイ起キろ……って、アレ……?コノ仔牛……」
テンキの中で何かが、ざわめいた。
「コレッてボクが使役シタ、……クダ……」
その瞬間、階段の上から声が響いた。
「侵入者だ!!囲め!!」
その声に玄太が目を覚ました。少し寝ぼけたまま、格子の向こうを見つめる。
「……ふぁ?て、てんぱい?」
暗がりの中、そこに立っていたのは確かに、見覚えのある背中だった。けれど目の前で起こる信じられない光景。
「……え?え?……嘘?」
雷鳴のような一閃が地下を走る。
「ガギャアアアア!!」
地下の空気がビリビリ震えて、階段を駆け下りてきた男の胸が裂けた。その体が転げ落ちる間もなく、別の一人も稲妻が直撃して黒こげになった。前のめりに倒れながら、男は呻く暇もなく絶命する。
「ナンダ。脆イナ……」
冷たい。
その声には、天貴の温かみも、皮肉もなかった。感情のない自動音声のような抑揚。
そして。
ズチャッ。
最後の一人。膝をつきながら懇願するように手を伸ばしかけた男。
「やめろ……待……!」
風の刃は、叫ぶ間も与えられなかった。赤黒い霧のような血が、地下にゆっくりと広がっていく。
そして、一部始終を目にした玄太。
「……こんなの嘘だ!……てんぱい、なんで?」
玄太は、震えながら呆然とした。目の前のそれは、たしかにてんぱいだった。でもその目は、冷たく、どこも見ていない。
「て、てん……ぱ……」
ふらつきながら、格子のそばまで近づく。
「い……じゃない…?」
その声に、テンキはちらっと玄太を見た。
「ン…?」
目が合った。けれど、笑わない。
バシュ!
そして、テンキは面倒くさそうに錆びた格子を簡単に壊す。刃が少し玄太の腕を掠めた。
「痛っ!」
「……オイ人間、デロ!」
名前を呼ばない。
腕の心配もしない。ただ、見下ろすように、フンと鼻を鳴らすだけ。
「……お、おまえ……だれだよ……」
玄太の問いかけに、不気味にニヤけるテンキ。
「ハハ……ドウ見テモ、テンキでショ?」
その一言に、玄太の心臓がビクリと跳ねた。
「……お前は…違う…」
「……酷イナぁ。器ガウルサイかラ、助ケに来タノに」
助けに来た?ふざけるな。これのどこがてんぱいなんだ。
「その体を…勝手に使うな…」
無表情のまま、玄太の反応を静観するテンキ。
「……てんぱいの手を……勝手に血に染めるな!!」
震える声。誰でもないテンキに向かって、玄太は思いっきり言い放った。
すると、そのテンキは、ククッと無邪気に笑った。
「ナンダ、モウ気ヅイタノ?」
ゾクッとした。
「て、てんぱいをどこへやった!!」
「テンパァ?………アぁ!器ノ自我ナンテ、トックニ滅ンダケど?」
挑発するような声。
だけど、どこか歪んでいた。余裕の裏に、微かににじむ焦り。まるで玄太の言葉が、何かを突き刺したかのように。
「……嘘だ。てんぱいはまだ、その中にいる」
「イナいヨ~ダ」
「いる!じゃなきゃ、ここに来るはずがない!」
「……」
一瞬だけ、応えが止まった。その沈黙が、何よりの証拠だった。
そのとき、階段の上から再び怒号が響いた。
「侵入者だ!下にいるぞ!!」
複数人の足音が、ドドドと階段を軋ませながら迫ってくる。鎧がぶつかり合う重たい音、剣の鞘が壁に当たる音、息を荒げた声。すべてが、地響きのように地下を揺らす。
「よし!これで捕らえろ!!」
ジャララララ──!!
金属が擦れる異音。空間を裂くような風切り音と共に、それは投げ込まれた。
封魔鎖。
禍々しい紋様が刻まれたその鎖は、宙を泳ぐようにうねりながら、青黒い光を放っていた。まるで生き物のように動き、地面すら滑るようにして天貴に向かっていく。
「……ッ!」
テンキが振り返る。魔力を籠めた掌がわずかに上がる──が、遅い。
封魔鎖は、風より速く飛んでいた。
バシュン!!
その鎖が、テンキの全身を正確に絡め取る。瞬時に、バチバチッと火花のような魔力の干渉音が走った。
「なッ……?グッ……!?な、ナンダコレ……!」
バチバチとスパークする封魔鎖。足元には、黒々とした魔法陣が浮かび上がる。
身体がビクンと痙攣し、テンキの動きが封じられていく。足元の地面が、濃く黒い封印紋で染まり、全身に重しのような重圧がかかっていた。
「……ッ、コレ……ヤバ……ッ」
テンキの片膝が、崩れるように落ちた。体を支えようと踏ん張るが、力が抜ける。掌に力が入らない。視界がぐらぐらと揺れる。
「……ク……ッ、ボクハ……神だゾ……!」
情けなくつぶやく声に、プライドと焦りが滲む。
「はっは~!封魔鎖だっ!魔力はもう使えねぇだろォ!!」
どこからともなく響く兵士の嘲り笑い。だが、テンキは声の主を睨み返すことすらできなかった。
「よし!今のうちにダストラの回収だ!収穫が無いとゲド様に殺されるぞ!」
兵士たちは膝をつくテンキを無視して、それぞれの牢屋へ向かう。
「……グッ……ガッ……」
膝をつき、倒れるテンキ。
「て、てんぱいぃぃぃ!!」
そして敵兵たちに、連行されていく囚人たち。
「くっ…はなせ!」
「アストラが目覚めるなんて、嘘だったのか!」
「はははっ!信じる方が馬鹿だろ!お前らはただの餌だ!」
騙されたダストラの男女が、手枷をかけられ、無理矢理外へと引きずられていく。
「……え、みんなどこに……!」
玄太が叫ぼうとしたそのとき。
「その太った小僧も一緒に連れてけ!」
玄太の首根っこを掴もうと、デカい兵士が手を伸ばしてきた。
「は、はなせッ!」
玄太は叫び、じたばた暴れたけど、大人の兵士の腕力には勝てない。まるで荷物みたいに、片腕で軽々と持ち上げられてしまった。
「ちょっ、マジではなせってば!てんぱあぁぁぁぁぁ!!」
玄太の叫びが地下に響いた、そのときだった。
──ビクッ。
鎖に絡め取られて動けなかった天貴の体が、ぴくんと跳ねた。まるで、何かに反応したみたいに。
「……げ……んた……?」
声が聞こえた。
あの無機質だったテンキの声じゃない。どこか、かすれてて、弱々しくて……でも、ちゃんとした「てんぱいの声」だった。
「……玄太…どこ……だ………?」
名前を呼んだ。間違いなく呼んだ。
目を見開いて、ぼんやりした視線で、必死に何かを探してるみたいに、あちこちを見回して。
「あ……ぁ……あれって、本物のてんぱいだ……」
胸がドクンと跳ねた。
信じられない。でも、目の前にいるのは、あの大好きなてんぱいだ。凶暴なテンキじゃない。あの目は、絶対にてんぱいの目だ。
「てんぱぁああああいっ!!」
叫ぶしかなかった。叫びながら、暴れる。何でもいい、オレの声を、ちゃんと届けたかった。
「オレっすよ!玄太はここにいまぁぁぁぁす!!」
すると天貴の指が……ほんのちょっとだけ、動いた。
「……げ、玄太……こっちへ…………」
うわ、言った。言ったよ。これ、絶対本人登場だ。
「ぅぁああああああ……てんばぁぁぁ!!!」
涙が、こみ上げてきた。
「……いく……なっ……玄太……うぅ……」
そう言った天貴の顔が、ぐしゃって歪んだ。眉が寄って、口元が小さく震えて……今にも泣きそうで。
「……グス……てんぱい、泣かないでよ……」
変な鎖に縛られたまま、泣きそうな顔で、こっちを見てる。オレのこと、ちゃんと見てるのに。すぐそこにいるのに。その手に触れることさえできない。
「ぅああ……てんぱいぃ……!!」
「玄太……玄太ぁ……」
もうダメだ。涙がどんどん溢れてくる。止まらない。止められるわけ、ない。
引き離されながらも、ふたりは泣きながら、目だけは逸らさなかった。
「ハァ……何故ボクは、歩イテルんダ?……コノ身体ハ、既にボクのモノなのニ」
空っぽの器。喪失の石で、自我も、理性も、喪失しているはず。
それなのに。
『玄太ヲ……助けナきゃ……』
まただ。
知らない名前を呼ぶ声が、脳裏にこだまする。これは記憶だ。器の記憶が、意志もなく溢れ返ってくる。
この名前を呼ぶたびに、胸が妙にざわめく。
「……クッダラなイ」
思わず漏れる。人間感情は、本当に合理的じゃない。
「特ニ、愛トカ言ウ、不条理ナ感情!」
愛のためなら苦痛を避けず、死を恐れず、命すら投げ出す始末。
「厄介なバッドステータスだナァ…」
愚かで、滑稽で、理解不能。
でも、なぜかこの意志から抗えない。足が勝手に進む。
トトトッと路地裏を進むと、人の気配は消え、海鳴りだけが響いている。
「ン~……コッチか……」
テンキは静かに屋根を跳び、物陰を抜ける。目的地へ通じる最短距離。
「着イタぞ、生意気ナ器め!」
海辺の倉庫。開いたままの扉。器が探している者が、ここにいるのが分かる。なんたって神だから。
「ボクの神力が、逆に利用サレルとハネ」
倉庫の扉が軋んだ。ゆっくりと開いたその隙間から、すっと滑り込むと、中にいた見張りの男が、物音に気付いてこちらを振り向いた。
「おい、誰……」
次の瞬間、男の額に氷塊がめり込んでいた。振り向くよりも速く、反応よりも先に。地面に倒れ伏した男の体からは、凍った煙が立ち昇っている。
「コレが雹(ヒョウ)かァ。コッチノ世界ニハ無い天候ダ」
口に出すその声は、どこか楽しそうだった。倉庫内を進みながら、テンキは別の見張りを見つける。
二人目。背中を向けていた。
テンキが掌をゆっくりと上げると、空気が揺れる。小さな風が、巻き上がるように指先に集まった。
ひゅん!
風の刃が、男の首をきれいに切り裂いた。首と体が数秒のタイムラグを持って別々に崩れ落ちた。
「フフ……突風!切レ味イイネ」
悪びれる様子も、感情の起伏もない。ただ遊ぶように殺す。死体を踏んで進み、地下への階段を見つけた。階段の前の鉄格子に鍵がかかっていたが、それも関係ない。風の刃で簡単に道が開いた。
「スカイリンク、便利ダナ……マ、器は全然使いコナセテ無カッたケド」
地下は、しんと静まり返っていた。潮の匂い、血の匂い、鉄の匂い……そして、人の気配。
一番奥の角、錆びた格子の向こう。
いた。
その牢の中には、藁の上で眠る少年と、その横に寄り添う仔牛。
「……コレが、ゲンタか」
興味なさげに呟いてから、視線を仔牛に移す。小さな角、ゆるゆるした体、なんか見覚えがある形。
「オイ起キろ……って、アレ……?コノ仔牛……」
テンキの中で何かが、ざわめいた。
「コレッてボクが使役シタ、……クダ……」
その瞬間、階段の上から声が響いた。
「侵入者だ!!囲め!!」
その声に玄太が目を覚ました。少し寝ぼけたまま、格子の向こうを見つめる。
「……ふぁ?て、てんぱい?」
暗がりの中、そこに立っていたのは確かに、見覚えのある背中だった。けれど目の前で起こる信じられない光景。
「……え?え?……嘘?」
雷鳴のような一閃が地下を走る。
「ガギャアアアア!!」
地下の空気がビリビリ震えて、階段を駆け下りてきた男の胸が裂けた。その体が転げ落ちる間もなく、別の一人も稲妻が直撃して黒こげになった。前のめりに倒れながら、男は呻く暇もなく絶命する。
「ナンダ。脆イナ……」
冷たい。
その声には、天貴の温かみも、皮肉もなかった。感情のない自動音声のような抑揚。
そして。
ズチャッ。
最後の一人。膝をつきながら懇願するように手を伸ばしかけた男。
「やめろ……待……!」
風の刃は、叫ぶ間も与えられなかった。赤黒い霧のような血が、地下にゆっくりと広がっていく。
そして、一部始終を目にした玄太。
「……こんなの嘘だ!……てんぱい、なんで?」
玄太は、震えながら呆然とした。目の前のそれは、たしかにてんぱいだった。でもその目は、冷たく、どこも見ていない。
「て、てん……ぱ……」
ふらつきながら、格子のそばまで近づく。
「い……じゃない…?」
その声に、テンキはちらっと玄太を見た。
「ン…?」
目が合った。けれど、笑わない。
バシュ!
そして、テンキは面倒くさそうに錆びた格子を簡単に壊す。刃が少し玄太の腕を掠めた。
「痛っ!」
「……オイ人間、デロ!」
名前を呼ばない。
腕の心配もしない。ただ、見下ろすように、フンと鼻を鳴らすだけ。
「……お、おまえ……だれだよ……」
玄太の問いかけに、不気味にニヤけるテンキ。
「ハハ……ドウ見テモ、テンキでショ?」
その一言に、玄太の心臓がビクリと跳ねた。
「……お前は…違う…」
「……酷イナぁ。器ガウルサイかラ、助ケに来タノに」
助けに来た?ふざけるな。これのどこがてんぱいなんだ。
「その体を…勝手に使うな…」
無表情のまま、玄太の反応を静観するテンキ。
「……てんぱいの手を……勝手に血に染めるな!!」
震える声。誰でもないテンキに向かって、玄太は思いっきり言い放った。
すると、そのテンキは、ククッと無邪気に笑った。
「ナンダ、モウ気ヅイタノ?」
ゾクッとした。
「て、てんぱいをどこへやった!!」
「テンパァ?………アぁ!器ノ自我ナンテ、トックニ滅ンダケど?」
挑発するような声。
だけど、どこか歪んでいた。余裕の裏に、微かににじむ焦り。まるで玄太の言葉が、何かを突き刺したかのように。
「……嘘だ。てんぱいはまだ、その中にいる」
「イナいヨ~ダ」
「いる!じゃなきゃ、ここに来るはずがない!」
「……」
一瞬だけ、応えが止まった。その沈黙が、何よりの証拠だった。
そのとき、階段の上から再び怒号が響いた。
「侵入者だ!下にいるぞ!!」
複数人の足音が、ドドドと階段を軋ませながら迫ってくる。鎧がぶつかり合う重たい音、剣の鞘が壁に当たる音、息を荒げた声。すべてが、地響きのように地下を揺らす。
「よし!これで捕らえろ!!」
ジャララララ──!!
金属が擦れる異音。空間を裂くような風切り音と共に、それは投げ込まれた。
封魔鎖。
禍々しい紋様が刻まれたその鎖は、宙を泳ぐようにうねりながら、青黒い光を放っていた。まるで生き物のように動き、地面すら滑るようにして天貴に向かっていく。
「……ッ!」
テンキが振り返る。魔力を籠めた掌がわずかに上がる──が、遅い。
封魔鎖は、風より速く飛んでいた。
バシュン!!
その鎖が、テンキの全身を正確に絡め取る。瞬時に、バチバチッと火花のような魔力の干渉音が走った。
「なッ……?グッ……!?な、ナンダコレ……!」
バチバチとスパークする封魔鎖。足元には、黒々とした魔法陣が浮かび上がる。
身体がビクンと痙攣し、テンキの動きが封じられていく。足元の地面が、濃く黒い封印紋で染まり、全身に重しのような重圧がかかっていた。
「……ッ、コレ……ヤバ……ッ」
テンキの片膝が、崩れるように落ちた。体を支えようと踏ん張るが、力が抜ける。掌に力が入らない。視界がぐらぐらと揺れる。
「……ク……ッ、ボクハ……神だゾ……!」
情けなくつぶやく声に、プライドと焦りが滲む。
「はっは~!封魔鎖だっ!魔力はもう使えねぇだろォ!!」
どこからともなく響く兵士の嘲り笑い。だが、テンキは声の主を睨み返すことすらできなかった。
「よし!今のうちにダストラの回収だ!収穫が無いとゲド様に殺されるぞ!」
兵士たちは膝をつくテンキを無視して、それぞれの牢屋へ向かう。
「……グッ……ガッ……」
膝をつき、倒れるテンキ。
「て、てんぱいぃぃぃ!!」
そして敵兵たちに、連行されていく囚人たち。
「くっ…はなせ!」
「アストラが目覚めるなんて、嘘だったのか!」
「はははっ!信じる方が馬鹿だろ!お前らはただの餌だ!」
騙されたダストラの男女が、手枷をかけられ、無理矢理外へと引きずられていく。
「……え、みんなどこに……!」
玄太が叫ぼうとしたそのとき。
「その太った小僧も一緒に連れてけ!」
玄太の首根っこを掴もうと、デカい兵士が手を伸ばしてきた。
「は、はなせッ!」
玄太は叫び、じたばた暴れたけど、大人の兵士の腕力には勝てない。まるで荷物みたいに、片腕で軽々と持ち上げられてしまった。
「ちょっ、マジではなせってば!てんぱあぁぁぁぁぁ!!」
玄太の叫びが地下に響いた、そのときだった。
──ビクッ。
鎖に絡め取られて動けなかった天貴の体が、ぴくんと跳ねた。まるで、何かに反応したみたいに。
「……げ……んた……?」
声が聞こえた。
あの無機質だったテンキの声じゃない。どこか、かすれてて、弱々しくて……でも、ちゃんとした「てんぱいの声」だった。
「……玄太…どこ……だ………?」
名前を呼んだ。間違いなく呼んだ。
目を見開いて、ぼんやりした視線で、必死に何かを探してるみたいに、あちこちを見回して。
「あ……ぁ……あれって、本物のてんぱいだ……」
胸がドクンと跳ねた。
信じられない。でも、目の前にいるのは、あの大好きなてんぱいだ。凶暴なテンキじゃない。あの目は、絶対にてんぱいの目だ。
「てんぱぁああああいっ!!」
叫ぶしかなかった。叫びながら、暴れる。何でもいい、オレの声を、ちゃんと届けたかった。
「オレっすよ!玄太はここにいまぁぁぁぁす!!」
すると天貴の指が……ほんのちょっとだけ、動いた。
「……げ、玄太……こっちへ…………」
うわ、言った。言ったよ。これ、絶対本人登場だ。
「ぅぁああああああ……てんばぁぁぁ!!!」
涙が、こみ上げてきた。
「……いく……なっ……玄太……うぅ……」
そう言った天貴の顔が、ぐしゃって歪んだ。眉が寄って、口元が小さく震えて……今にも泣きそうで。
「……グス……てんぱい、泣かないでよ……」
変な鎖に縛られたまま、泣きそうな顔で、こっちを見てる。オレのこと、ちゃんと見てるのに。すぐそこにいるのに。その手に触れることさえできない。
「ぅああ……てんぱいぃ……!!」
「玄太……玄太ぁ……」
もうダメだ。涙がどんどん溢れてくる。止まらない。止められるわけ、ない。
引き離されながらも、ふたりは泣きながら、目だけは逸らさなかった。
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