忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

文字の大きさ
104 / 188
第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第104話 名前を呼ばないてんぱい

しおりを挟む
 テンキの足は、迷うことなく路地裏の奥へと進んでいた。

「ハァ……何故ボクは、歩イテルんダ?……コノ身体ハ、既にボクのモノなのニ」

 空っぽの器。喪失の石で、自我も、理性も、喪失しているはず。

 それなのに。

『玄太ヲ……助けナきゃ……』

 まただ。

 知らない名前を呼ぶ声が、脳裏にこだまする。これは記憶だ。器の記憶が、意志もなく溢れ返ってくる。

 この名前を呼ぶたびに、胸が妙にざわめく。

「……クッダラなイ」

 思わず漏れる。人間感情は、本当に合理的じゃない。

「特ニ、愛トカ言ウ、不条理ナ感情!」

 愛のためなら苦痛を避けず、死を恐れず、命すら投げ出す始末。

「厄介なバッドステータスだナァ…」

 愚かで、滑稽で、理解不能。

 でも、なぜかこの意志から抗えない。足が勝手に進む。

 トトトッと路地裏を進むと、人の気配は消え、海鳴りだけが響いている。

「ン~……コッチか……」

 テンキは静かに屋根を跳び、物陰を抜ける。目的地へ通じる最短距離。

「着イタぞ、生意気ナ器め!」

 海辺の倉庫。開いたままの扉。器が探している者が、ここにいるのが分かる。なんたって神だから。

「ボクの神力が、逆に利用サレルとハネ」

 倉庫の扉が軋んだ。ゆっくりと開いたその隙間から、すっと滑り込むと、中にいた見張りの男が、物音に気付いてこちらを振り向いた。

「おい、誰……」

 次の瞬間、男の額に氷塊がめり込んでいた。振り向くよりも速く、反応よりも先に。地面に倒れ伏した男の体からは、凍った煙が立ち昇っている。

「コレが雹(ヒョウ)かァ。コッチノ世界ニハ無い天候ダ」

 口に出すその声は、どこか楽しそうだった。倉庫内を進みながら、テンキは別の見張りを見つける。

 二人目。背中を向けていた。

 テンキが掌をゆっくりと上げると、空気が揺れる。小さな風が、巻き上がるように指先に集まった。

 ひゅん!

 風の刃が、男の首をきれいに切り裂いた。首と体が数秒のタイムラグを持って別々に崩れ落ちた。

「フフ……突風!切レ味イイネ」

 悪びれる様子も、感情の起伏もない。ただ遊ぶように殺す。死体を踏んで進み、地下への階段を見つけた。階段の前の鉄格子に鍵がかかっていたが、それも関係ない。風の刃で簡単に道が開いた。

「スカイリンク、便利ダナ……マ、器は全然使いコナセテ無カッたケド」

 地下は、しんと静まり返っていた。潮の匂い、血の匂い、鉄の匂い……そして、人の気配。

 一番奥の角、錆びた格子の向こう。

 いた。

 その牢の中には、藁の上で眠る少年と、その横に寄り添う仔牛。

「……コレが、ゲンタか」

 興味なさげに呟いてから、視線を仔牛に移す。小さな角、ゆるゆるした体、なんか見覚えがある形。

「オイ起キろ……って、アレ……?コノ仔牛……」

 テンキの中で何かが、ざわめいた。

「コレッてボクが使役シタ、……クダ……」

 その瞬間、階段の上から声が響いた。

「侵入者だ!!囲め!!」

 その声に玄太が目を覚ました。少し寝ぼけたまま、格子の向こうを見つめる。

「……ふぁ?て、てんぱい?」

 暗がりの中、そこに立っていたのは確かに、見覚えのある背中だった。けれど目の前で起こる信じられない光景。

「……え?え?……嘘?」

 雷鳴のような一閃が地下を走る。

「ガギャアアアア!!」

 地下の空気がビリビリ震えて、階段を駆け下りてきた男の胸が裂けた。その体が転げ落ちる間もなく、別の一人も稲妻が直撃して黒こげになった。前のめりに倒れながら、男は呻く暇もなく絶命する。

「ナンダ。脆イナ……」

 冷たい。

 その声には、天貴の温かみも、皮肉もなかった。感情のない自動音声のような抑揚。

 そして。

 ズチャッ。

 最後の一人。膝をつきながら懇願するように手を伸ばしかけた男。

「やめろ……待……!」

 風の刃は、叫ぶ間も与えられなかった。赤黒い霧のような血が、地下にゆっくりと広がっていく。

 そして、一部始終を目にした玄太。

「……こんなの嘘だ!……てんぱい、なんで?」

 玄太は、震えながら呆然とした。目の前のそれは、たしかにてんぱいだった。でもその目は、冷たく、どこも見ていない。

「て、てん……ぱ……」

 ふらつきながら、格子のそばまで近づく。

「い……じゃない…?」

 その声に、テンキはちらっと玄太を見た。

「ン…?」

 目が合った。けれど、笑わない。

 バシュ!

 そして、テンキは面倒くさそうに錆びた格子を簡単に壊す。刃が少し玄太の腕を掠めた。

「痛っ!」

「……オイ人間、デロ!」

 名前を呼ばない。

 腕の心配もしない。ただ、見下ろすように、フンと鼻を鳴らすだけ。

「……お、おまえ……だれだよ……」

 玄太の問いかけに、不気味にニヤけるテンキ。

「ハハ……ドウ見テモ、テンキでショ?」

 その一言に、玄太の心臓がビクリと跳ねた。

「……お前は…違う…」

「……酷イナぁ。器ガウルサイかラ、助ケに来タノに」

 助けに来た?ふざけるな。これのどこがてんぱいなんだ。

「その体を…勝手に使うな…」

 無表情のまま、玄太の反応を静観するテンキ。

「……てんぱいの手を……勝手に血に染めるな!!」

 震える声。誰でもないテンキに向かって、玄太は思いっきり言い放った。

 すると、そのテンキは、ククッと無邪気に笑った。

「ナンダ、モウ気ヅイタノ?」

 ゾクッとした。

「て、てんぱいをどこへやった!!」

「テンパァ?………アぁ!器ノ自我ナンテ、トックニ滅ンダケど?」

 挑発するような声。

 だけど、どこか歪んでいた。余裕の裏に、微かににじむ焦り。まるで玄太の言葉が、何かを突き刺したかのように。

「……嘘だ。てんぱいはまだ、その中にいる」

「イナいヨ~ダ」

「いる!じゃなきゃ、ここに来るはずがない!」

「……」

 一瞬だけ、応えが止まった。その沈黙が、何よりの証拠だった。

 そのとき、階段の上から再び怒号が響いた。

「侵入者だ!下にいるぞ!!」

 複数人の足音が、ドドドと階段を軋ませながら迫ってくる。鎧がぶつかり合う重たい音、剣の鞘が壁に当たる音、息を荒げた声。すべてが、地響きのように地下を揺らす。

「よし!これで捕らえろ!!」

 ジャララララ──!!

 金属が擦れる異音。空間を裂くような風切り音と共に、それは投げ込まれた。

 封魔鎖。

 禍々しい紋様が刻まれたその鎖は、宙を泳ぐようにうねりながら、青黒い光を放っていた。まるで生き物のように動き、地面すら滑るようにして天貴に向かっていく。

「……ッ!」

 テンキが振り返る。魔力を籠めた掌がわずかに上がる──が、遅い。

 封魔鎖は、風より速く飛んでいた。

 バシュン!!

 その鎖が、テンキの全身を正確に絡め取る。瞬時に、バチバチッと火花のような魔力の干渉音が走った。

「なッ……?グッ……!?な、ナンダコレ……!」

 バチバチとスパークする封魔鎖。足元には、黒々とした魔法陣が浮かび上がる。

 身体がビクンと痙攣し、テンキの動きが封じられていく。足元の地面が、濃く黒い封印紋で染まり、全身に重しのような重圧がかかっていた。 

「……ッ、コレ……ヤバ……ッ」

 テンキの片膝が、崩れるように落ちた。体を支えようと踏ん張るが、力が抜ける。掌に力が入らない。視界がぐらぐらと揺れる。

「……ク……ッ、ボクハ……神だゾ……!」

 情けなくつぶやく声に、プライドと焦りが滲む。

「はっは~!封魔鎖だっ!魔力はもう使えねぇだろォ!!」

 どこからともなく響く兵士の嘲り笑い。だが、テンキは声の主を睨み返すことすらできなかった。

「よし!今のうちにダストラの回収だ!収穫が無いとゲド様に殺されるぞ!」

 兵士たちは膝をつくテンキを無視して、それぞれの牢屋へ向かう。

「……グッ……ガッ……」

 膝をつき、倒れるテンキ。

「て、てんぱいぃぃぃ!!」

 そして敵兵たちに、連行されていく囚人たち。

「くっ…はなせ!」

「アストラが目覚めるなんて、嘘だったのか!」

「はははっ!信じる方が馬鹿だろ!お前らはただの餌だ!」

 騙されたダストラの男女が、手枷をかけられ、無理矢理外へと引きずられていく。

「……え、みんなどこに……!」

 玄太が叫ぼうとしたそのとき。

「その太った小僧も一緒に連れてけ!」

 玄太の首根っこを掴もうと、デカい兵士が手を伸ばしてきた。

「は、はなせッ!」

 玄太は叫び、じたばた暴れたけど、大人の兵士の腕力には勝てない。まるで荷物みたいに、片腕で軽々と持ち上げられてしまった。

「ちょっ、マジではなせってば!てんぱあぁぁぁぁぁ!!」

 玄太の叫びが地下に響いた、そのときだった。

 ──ビクッ。

 鎖に絡め取られて動けなかった天貴の体が、ぴくんと跳ねた。まるで、何かに反応したみたいに。

「……げ……んた……?」

 声が聞こえた。

 あの無機質だったテンキの声じゃない。どこか、かすれてて、弱々しくて……でも、ちゃんとした「てんぱいの声」だった。

「……玄太…どこ……だ………?」

 名前を呼んだ。間違いなく呼んだ。

 目を見開いて、ぼんやりした視線で、必死に何かを探してるみたいに、あちこちを見回して。

「あ……ぁ……あれって、本物のてんぱいだ……」

 胸がドクンと跳ねた。

 信じられない。でも、目の前にいるのは、あの大好きなてんぱいだ。凶暴なテンキじゃない。あの目は、絶対にてんぱいの目だ。

「てんぱぁああああいっ!!」

 叫ぶしかなかった。叫びながら、暴れる。何でもいい、オレの声を、ちゃんと届けたかった。

「オレっすよ!玄太はここにいまぁぁぁぁす!!」

 すると天貴の指が……ほんのちょっとだけ、動いた。

「……げ、玄太……こっちへ…………」

 うわ、言った。言ったよ。これ、絶対本人登場だ。

「ぅぁああああああ……てんばぁぁぁ!!!」

 涙が、こみ上げてきた。

「……いく……なっ……玄太……うぅ……」

 そう言った天貴の顔が、ぐしゃって歪んだ。眉が寄って、口元が小さく震えて……今にも泣きそうで。

「……グス……てんぱい、泣かないでよ……」

 変な鎖に縛られたまま、泣きそうな顔で、こっちを見てる。オレのこと、ちゃんと見てるのに。すぐそこにいるのに。その手に触れることさえできない。

「ぅああ……てんぱいぃ……!!」

「玄太……玄太ぁ……」

 もうダメだ。涙がどんどん溢れてくる。止まらない。止められるわけ、ない。

 引き離されながらも、ふたりは泣きながら、目だけは逸らさなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】自称ワンコに異世界でも執着されている

水市 宇和香
BL
「たとえ異世界に逃げたとしたって、もう二度と逃さないよ」 アザミが高校二年生のときに、異世界・トルバート王国へ転移して早二年。 この国で二十代半ばの美形の知り合いなどいないはずだったが、 「キスしたら思いだしてくれる? 鳥居 薊くん」 その言葉で、彼が日本にいたころ、一度だけキスした同級生の十千万堂 巴波だと気づいた。 同い年だったはずのハナミは、自分より七つも年上になっていた。彼は王都から辺境の地ーーニーナ市まではるばる、四年間もアザミを探す旅をしていたらしい。 キスをした過去はなかったこととして、二人はふたたび友人として過ごすようになった。 辺境の地で地味に生きていたアザミの日常は、ハナミとの再会によって一変し始める。 そしてこの再会はやがて、ニーナ市を揺るがす事件へと発展するのだった…! ★執着美形攻め×内弁慶な地味平凡 ※完結まで毎日更新予定です!(現在エピローグ手前まで書き終わってます!おたのしみに!) ※感想や誤字脱字のご指摘等々、ご意見なんでもお待ちしてます! 美形×平凡、異世界、転移、執着、溺愛、傍若無人攻め、内弁慶受け、内気受け、同い年だけど年の差

【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―

綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。 一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。 もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。 ルガルは生まれながらに選ばれし存在。 国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。 最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。 一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。 遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、 最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。 ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。 ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。 ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。 そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、 巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。 その頂点に立つ社長、一条レイ。 冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

【完結】竜討伐の褒賞は、鹿角の王子様。(志願)

N2O
BL
執着王子 × 異世界転生魔法使い 魔法使いが逃げられなくなる話。 『上』『中』『下』の全三話、三連休中に完結します。 二万字以下なので、ショートショート𖤣𖥧𖥣 Special thanks illustration by okiagsa様(X:@okigasa_tate)        MBM様(X:@MBMpaper) ※独自設定、ご都合主義。あしからず。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

俺の推し♂が路頭に迷っていたので

木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです) どこにでも居る冴えない男 左江内 巨輝(さえない おおき)は 地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。 しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった… 推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

処理中です...