忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第129話 厄災の足音

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 まともに動けねぇゲドの前に、俺はブルーストライクを構えてふんぞり返ってやった。

「はぁ……はぁ……ここまでだな、ゲド」

 その刃先を向けたまま、荒い息をつく。

「こ……、こん……な……事が……」

 ここで終わらせる……そう腹を決めかけた瞬間だった。

「天貴ぃぃっ!」

 吹雪をかき分けて、玄太のシャツ一枚のアリスが駆け込んできた。頬にはまだ煤が残っていて、裸足のままだった。

「アリス……ここだ!」

 元気そうなアリスの姿に、胸の奥が少しだけ軽くなる。けど、すぐに頭をよぎったのは……。

「おい、リオックと……ラクターさんは?」

「うん……」

 アリスはうつむいた。

「……コンバインさんと玄太さんに屋敷まで運んでもらったわ」

 そう絞り出した瞬間、目に涙が光った。強がってんのは分かる。俺だって胸が痛い。

「ほ、ほら!屋敷は……半分壊れちゃってるけど、ここよりは安全で……しょ……?」

 唇を噛み、無理やり笑おうとする。

 けど、その視線が膝をついて動けねぇゲドを見た瞬間、体がビクッと震えた。

「ゲド……!!」

 強がりは一瞬で剥がれ落ちる。

「コイツのせいで……コイツのせいでお父様は!!!」

 アリスの叫びが吹雪に飲まれていく。瞳には涙と怒りが入り混じって、燃えるみてぇに揺れてた。

 ……そうだ。ラクターさんをあんな姿にした張本人。

「アリス、下がってろ!見なくていい」

 俺はブルーストライクを構え直し、一歩ずつゲドに近づいた。

「天貴……」

 小さな声で、俺を呼ぶ。

「……どうするの?」

 涙を堪える目が、俺に答えを求めてくる。

「どうする、だと?」

 俺は短く笑った。

「決まってんだろ。ラクターさんをあんなふうにしたやつだ。容赦はしねえ」

 ゲドは膝をついたまま、もはや抵抗できそうにねぇ。

 ――そう思った、その時だった。

「………っ!?」

 風の向きが変わった。いや、正確には空気が急に淀んだような……。

「何だ……?この感じ……」

 まるでこの辺一帯が、見えねぇ巨大な手で空気そのものが掻き回されてるみてぇだ。

「天貴……変な匂いがする……なに、これ……?」

 頬を切る冷気が一段と鋭くなる。けど、それだけじゃねぇ。背骨の奥を氷の爪で撫でられたような悪寒が走る。寒さとは違う、体の芯を掴まれるような冷たさだ。

「……この気配……どっかで……」

 空気はどんどん重くなる。胸に鉛を押し込まれたみたいに呼吸が苦しい。吹雪の音が遠ざかり、代わりに何かが這い寄るような、低い唸りが大地の底から滲み出してきた。

 ……近づいてる。

「間違いねぇ……」

「天貴……!?」

 アリスの声が震える。俺の顔を覗き込むその目も、恐怖に揺れていた。

「…………あいつ」

 吐き出した声は、自分でも驚くほど低く震えていた。

「な、何が来るの……天貴……?」

 アリスが俺の袖を掴む。小さな指先が氷みてぇに冷たく震えていた。

(答えちゃいけねぇ……いや、言いたくねえ)

 名前を口にした瞬間、本当に呼び寄せちまう気がした。

 その時、風の音がふっと止んだ。

 ……静かすぎる。

「……ク、クク……」

 掠れた声が、白の帳の奥から漏れた。

「神の器を……追って……来やがったか……」

「……ゲド!?」

 血反吐にまみれたゲドが、膝をついたまま顔を上げる。息は荒く、今にも事切れそうなのに、口元だけが歪んで笑っていやがった。

「てめぇ……どういうことだ!」

 俺が怒鳴ると、ゲドは震える肩を揺らし、血に濁った声を吐く。

「……神喰いが……お前を…………喰いに……来たってことだ……」

「……いや、待て!あいつは……俺が倒したはずだ!!」

 ゲドの濁った目がギラリと光り、血に濡れた唇が吊り上がる。

「……ふっ……奴の呪いは……そんな簡単には……消えん……」

 喉の奥から血泡を吹きながら、それでも声を絞り出す。

「あれは……ダストラを……何十人も……生きたまま喰わせて……育てられた……呪いの存在……」

 その言葉に呼応するように、空気がさらに重く沈んでいく。

「……生きたまま……そんな……!」

 アリスが顔を覆って後ずさる。真っ青な顔で、唇も震えていた。

「クソッ!俺を倒すために、罪もねぇ人を何十人も喰わせやがって……」

 その上、玄太まであんなおぞましいもんに突っ込もうとしたってのか?……俺の背筋にも氷の刃みてぇな悪寒が走った。

「……神の器を……喰うために……作られた……まさしく……“神喰いの器”よ……!」

 最後の一言を吐き出すと同時に、ゲドの体がガクンと揺れた。

「ゲド……テメェはやっぱ、死んで詫びるしかねぇな!!」

 俺はブルーストライクを構え直し、その刃先をゲドへ振り下ろした。
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