忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第165話 第三領域 ― 導きの大書庫 ― 後半

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 本来なら、見張り番に捕まった時点で終わりだ。

 崩壊王国オンラインの仕様では、見張り番に発見された瞬間、プレイヤーには強制的にデバフ《恐怖(フィア)》が付与され、そのまま戦闘に移行。

 《恐怖(フィア)》
 ・行動不能率80%
 ・全ステータス30%ダウン

 つまり、ほぼ全滅確定。絶対に見つかってはならない――そのはずだったのに。

「ぎゃ~はっははははははは!」

 そんな書庫番を目の前にして、玄太は腹を抱えて大爆笑。なんでこうなった?

「ぬしよ。大声をあげてはならぬのでは?」
「だめっ……くるし……むりだって……!クータン……お前……よりによって今……ぎゃははははは!!」

 フィアどころか、逆にテンションが振り切っている。ゲームなら全滅一直線なのに、現実の玄太は笑いで戦闘不能だ。
 本来なら見張り番に発見された瞬間、そのまま戦闘に移行するはずだ。だが。書庫番は、目の前で床を転げ回って笑う玄太と脱糞した仔牛を前に、ぴたりと動きを止めていた。

 リィ……ン……。

 やつの仮面がほんのわずかに傾く。まるで想定外の挙動。プログラムされていない展開。すなわち書庫番、対応不可。

「ぬしよ。見張りのやつが戸惑っておるぞ」
「……はぁ……はぁ、もうダメ、酸素が足りない。落ち着け……沈まれ、おれ」

 玄太は強制的に笑いを押し込め、心を無にして深呼吸。笑いの呪縛を振り切った瞬間、ピタッと固まった書庫番を冷静に見定めた。

「へぇ。こいつ、フィアが付与できないと襲ってこないんすね……思わぬ新発見」
「ふむ、こやつよく見ると愛嬌があるの」

 そう呟くと、玄太は立ち上がって本命の一冊を探してキョロキョロし始める。

「さ、もう怖くないし捜索再開っすよ」

 さっきまでの恐怖はどこへやら、玄太は平然と本棚を物色しはじめた。その後ろを、クータンがちょこちょこと小走りでついていく。そしてさらにその背後。敵意を失った書庫番が、無言で三番目の列に加わっていた。

「ぬ、ぬしよ!こやつ、我らにくっ付いてくるぞ」
「あ~、多分視界に入ったプレイヤーを追うように設計されてるんすよ」

「むぅ。落ち着かんの」
「ほっときゃいいっすよ。襲ってこないなら無害っしょ」

 三人一列、もはや意味不明な奇天烈パーティが棚から棚へと移動する。

「……あれ?おっかしいなぁ。全然見当たらないっすね」

 玄太は眉を寄せ、本棚を上下に追い直したが、やはり見つからない。

「のぅ、ぬし。その本とやら、どういった代物なのじゃ?」
「あぁ、王国禁書・崩壊歴っていう本なんすけどぉ……いつもなら見張り番避けて探してれば、そのうち金色に光る背表紙が見つかるんすけど」

 その瞬間だった。

「チリリン……」

 背後で鈴の音がさっきまでとは違う調子で鳴った。

「ん?お前、まさか王国禁書の場所分かるんすか?」
「チリン……」

 書庫番は、そのまますーっと奥の通路へ滑るように動き出す。まるで“ついて来い”と言わんばかりの挙動に玄太とクータンは顔を見合わせた。

「ぬし、あれは……案内しておるのか?」
「いや、知らんっすよそんな機能……でも、追ってみる価値はあるかも」

 二人は書庫番の後を追い、薄暗い最奥の通路へと足を踏み入れた。書庫番が一番隅の本棚の前でチリリン……と鈴を鳴らし、ぴたりと立ち止まっていた。

「……まさか、そこっすか?」

 玄太が近づいて棚を覗き込むと、白い背表紙の列の中に王国禁書・崩壊歴の背表紙を見つけた。

「あああ!マジであった!崩壊歴!!」
「チリン……」

 背後で、鈴がひとつだけ低く鳴った。

「見つけたか?しかし、金色に光らぬのじゃな」
「ん~……そういや、書庫番のヘイトが付いてると背表紙は光らなかったっけ」

「なれば、こやつが教えてくれなかったら詰んでおったの」
「そこ!そこなんすよ!」

 これは要するに、進行に弊害が出た時の緊急処置。イベントを進めようとするこの領域のルールが、書庫番のアルゴリズムを変えたのかもしれない。

「……バグじゃなくて、強制ルート補正ってとこか」

 玄太がそんな推測をしていると、書庫番はまた鈴を小さく鳴らした。そのまま、棚の前からすっと退いて道を空ける。

「ぬし……こやつは取れと言っておるのでは?」
「っすね……ここまで来たらもう、細かい事は気にしてる場合じゃない!」

 玄太は迷いなく手を伸ばした。手に取った瞬間、金色に発色する王国禁書。

「じゃ、じゃあ読むっすよ」

 分厚い表紙をめくると、古びた文字がぎっしりと並んでいた。ゲームなら勝手に変換されていた数百年前の異世界文字。翻訳機能無しでリアル玄太に読めるはずがない。そう思った時だった。

「リンリン………」

 背後で鳴った鈴の音をきっかけに、玄太の目の前が一瞬ぼやけてページの上の古代文字が すうっと形を変え始めた。

「ぬしよ。文字が化けておるぞ!ぬしの母国の文字ではないか!?」
「……え?いや、読めるわけないっすよ……読めるわけ……」

 玄太は目をこすってもう一度ページを見直すと、目の前の文字は慣れ親しんだあの文字に変化していた。もはやこいつ、崩壊王国のコンシェルジュだ。

「すげえ……読める……」
「ふむ。ならば、はよぉ読み聞かせるのじゃ」

 玄太はページをパラパラめくり、重要そうな内容でふっと手を止めた。

「あった!崩壊歴の記述……ここだ!」

【王国歴××年】
 ・水のアストラを操る奇跡の少年、世界の均衡崩壊を理由に“粛正”を宣言
 ・少年はクザン・アストレイを名乗る。創成神話の創造神と一致(機密事項)
 ・各地の水源が増幅・暴走――少年による世界水没計画が発覚
 ・王国上層部はクザンを名乗る少年から吸魔石による魔力吸収計画で対抗
 ・少年の魔力を吸った吸魔石が変質。導流晶と改名し、取り扱い注意

 玄太は導流晶の項目を読み終えると、手が止まった。喉の奥がごくりと鳴る。嫌な予感が、背骨の奥を駆け上がった。玄太は崩壊歴のページを再び見下ろした。

【水のアストラを操る奇跡の少年】
【世界の均衡崩壊を理由に粛正を宣言】
【少年はクザン・アストレイを名乗る】

「これって、水の女王セレヴィアさんが言ってた……でもなんでゲームの世界の書庫にこんな記述が!?」

 言いながら、玄太の胸がざわついた。崩壊歴に記された出来事は、ただの設定では済まない“何か”を帯びていた。
 本を持ったままフリーズする玄太の顔をクータンがそっと覗き込む。

「ぬし、何か思い当たる節でも?」
「うん……いやでも、これって……」

 玄太はページを指で押さえながら、息を飲んだ。

「これ……水のアストラを操る奇跡の少年って……まんまてんぱいじゃないっすか」
「むぅ?あやつの操るのは天候ではないのか?」

「いや、それがぁ」

 玄太はゆっくり崩壊歴の記述を追った。どれも、てんぱいの能力と無関係には見えない。

「クータン?前に、てんぱいはカラミティ・トリガーなんだって言ってたっすよね」
「うむ。神託により伝わる意識で主神より読み取ったが、我にも深意はわからぬ」

「カラミティ……それって確か、厄災とか天災とか……まさか……?」

 崩壊歴の“クザンを名乗る少年”の文字が視界に刺さる。

 てんぱいのスカイリンク。
 主神からクータンが読み取った引き金。
 そして、セレヴィアさんも知らなかった世界水没計画。

 全部がひとつの線に繋がっていく。

「そうか……スカイリンクは、お天気を変える為の力なんかじゃなかった……」
「むぅ?」

 玄太は震える息を吐いて、クータンを見つめた。

「天災……それも地上を洗い流す為の大洪水を呼ぶ、トリガーだったんだ!」

 書庫番が、背後でまた鈴を鳴らした。

 チリン……。 
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