腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

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2話~フラグは立ったのか?~

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~フラグは立ったのか?~


 色々と考え込んでしまったが、気づけば中庭での式典は滞りなく終わり、六十人の生徒たちは聖堂に繋がる大食堂に集められた。
 これから幾つかのデピスタージュスクリーニングが始まる。

 デピスタージュとは『振り分け作業』のことだが、全ての結果により三つの寮が決定するのだから、俺は今、かなりドキドキしている。

 原作本編では、俺の推しカプ二人は当然のように同じ寮になり、セレスタンは別の寮になった。
 ――のだけれど、これまでの流れを考慮すれば、先の展開が全くもって予想か付かない。

 差し当たって、さっきの『ポケットチーフ受け渡しイベント』で、俺の右隣に座っているリシャールと俺の左隣に座っているアルチュールに『』は立ったのか??

 問題は、そこからなんだよな……、と思案しているうちに、ついついゲンドウポーズを取ってしまっていた。
 しっかし、なんか、俺、とてつもなく邪魔じゃね? 当て馬サブキャラが、推しカプ二人のド真ん中に座っていていいはずがない。
 ところで、アルチュールを挟んで俺の隣の隣に座るナタンが不貞腐れた顔をしている。まださっきのアルチュールが俺を『あんた』と呼んだことを気にしているのだろうか……。

「――では、次の列の方々、聖堂へ」
 聖職者らしいよく通る声をした司祭の呼びかけに応じ、席を立った者たちを何人かの若い修道士が粛々と付き添い案内していく。

 この国では、貴族、平民に関わらず、子供が生まれると『風・火・水・土』のいずれかに属する魔力の検査が行われている。

 余談だが、リシャール殿下は『土』、アルチュールは『火』、セレスタンは『水』の属性を持つ。勿論、例外はあれど、魔力潜在能力保持者は、ほぼ貴族上層部の血を引く者の中から現れるのだが、それは、ドメーヌ・ル・ワンジェ王国の始祖が半神半人で、四つの属性を持つ強力な魔力保持者だったという伝承が残っていて、その子孫が現在の貴族たちだからだ。

 『魔法』は国と国民を守るために神から与えられた聖なる力。

 貴族には権限があるが、魔物たちからたみを守らなければならないという大きな義務を背負う。
 王立寄宿制男子校ゼコールリッツ学院と、王立寄宿制女子校ゼコールディタリー学院は、俗にいう士官学校であり、最精鋭部隊養成所でもある。

 そして、魔力潜在能力保持者は、神が植えた二種の神木しんぼく、ローリエとオリーブ、いずれかの加護を授かる。
 現在、聖堂で行われているのデピスタージュは、十人の司教によるこの選別。

 結果により、二人の大司教の魔法で『加護の木』の樹液を使い生徒の両のてのひらに魔法陣が描かれる。
 この世界では、それを『ベネン』と呼び、これがいわゆる『魔法の杖』のような魔力増幅器にあたり、ローリエは各種魔法の中でも特に浄化系に優れ、オリーブは戦闘系に優れた加護を与える。しかし、幼少期にやってしまうと、もしも魔力が暴走し制御不能になったときに小さな体が耐え切れず死に至ることがあるため、過去の悲劇を教訓に加護を受けるのは選別された『ゼコールの学生』と『神学校の学生』に限られている。

 原作本編のセレスタンは神木しんぼくローリエの加護を、リシャール殿下とアルチュールがオリーブの加護を受けていたが――、
 これもどこまで改変されているのか……、と、色々と思案しているうちに順番が回って来たようだ。

「――では、こちらの列の方々、聖堂へ来てください」
 やって来た司祭と修道士は深々と頭を下げると、俺たちの先頭に立って歩き出した。


  ༺ ༒ ༻


 身長の倍以上はあると推測される両開きの重厚な扉が開かれ聖堂に入ると、高い天井から幾椀も伸びる大きなシャンデリアが頭上にずらりと等間隔に並びぶら下がっていた。そこここに置かれた大理石の彫刻、壁面にはめ込まれ外界からの陽光を帯びて輝くステンドグラス。
 小説では読んで知っていたし挿絵でも見たことはあったが、流石に本物は威容を誇っている。

 いや、さっき居た食堂の豪華さだけでも十分、俺はビビったけどね。

 それを上回る聖堂の荘厳さには思わず息をのむものがあった。しかし、肩が触れそうなほどの距離に推しカプが居るので気取られないようにしなければならない。
 なぜなら、俺ではなくはここに来るのは初めてではないし、豪奢な王宮にしょっちゅう出入りしている上流貴族。このような建物は見慣れている。

 とはいえ、俺は生粋の庶民。こういった空間に慣れるにも今しばらく時間がかかりそうだな――などと考えつつ、ふと隣のアルチュールに視線を向けると、彼は目をまん丸に見開いて驚きを隠そうともせず前方の光景に見とれていた。

 見た目は誰がどう見ても強烈にカッコイイくせに、こうしてたまに年相応の子供っぽさを見せるところが、またなんとも言えず好感が持てるんだよなぁ……。そのギャップがずるいっていうか、反則だろ、ほんと。

「――うん。いつ見ても、圧倒される程に見事な建築だな」
 俺は、こわばった様子のアルチュールに少しでも肩の力を抜いてもらいたくて、小声でそう声をかけた。口元にだけささやかな笑みを浮かべながら、視線を彼に向ける。
「あ……、ああ。俺の居た地域ではここまで立派な建物はなかったから、正直、びっくりしちまった……」
 アルチュールがそう応じる声は、どこか素直で、どこかはにかんでいた。
「言葉を失うよな」
「流石王都だ。人にも建物にも意表を突かれる」
「人に?」
 アルチュールは右の手の指で自身の前髪を一掴み持ち上げ、上目遣いでそれを見上げた。
「シルエットの領地周辺の者たちは、みんなこういう黒や黒に近い茶色の髪色をしている。だから、あんた……、じゃなかった。セレスを見たとき、銀髪なんて珍しいなと思ったけど……、同時になんて綺麗なんだと思った」

 ――なんて綺麗なんだと思った。

 この台詞せりふ……を、俺は知ってる。聞き覚えがあるなんて生易しいレベルじゃない。心の奥深くに刺さるように、くっきりと刻まれている。

「……それは、髪色……、だけのことだよな?」
 喉がひりつく。心臓が、ひとつ、強く打ち、次の瞬間には早鐘を打ち始める。鼓動がうるさい。自分の呼吸すら耳の奥で響いていた。

 ――頼む、これは偶然だと誰か言ってくれ。

 俺は心の中で必死になって神仏とマリンボール先生に祈った。祈らねばならなかった。このままではマズい。とてつもなくヤバい展開が始まりそうな気がして、頭の奥が警鐘を鳴らしていた。

「遠目に見ていた時はそうだが、近くで見るとセレス自身が本当に綺麗で驚いた」
 その言葉を発したアルチュールの目は、驚くほどまっすぐで、真剣だった。まるで他意などなく、ただ目の前の俺を、純粋に見つめている。

 ――なんてことだ。

 金髪と銀髪という違いこそあれ、けれどこの流れ、この言い回し、この空気。これは、本編で……、そう、本物の物語の中で……、『ポケットチーフのイベント』の後、アルチュールがリシャール殿下に向けて告げた、まさにあの言葉じゃないか。

 記憶と現実が、ぴたりと重なる感覚に、背中を冷たいものがひとすじ走った。


  ༺ ༒ ༻


 既にリシャール殿下は司教たちの前に通され、この場に居なかったのだけは幸いなことだった。

 まだだ。まだ間に合う。きっと、……いや、多分。大丈夫だ。俺にはこのバグを軌道修正し、アル×リシャに持ち込まなければならない使命がある。
 あ、ヤバイ。ここにはもう一人居たんだった。

 ナタンくん、今のやり取り聞いてた?

 古いロボット人形のようにぎこちなく振り向くと、背後で一部始終を見ていたナタンが燃え尽きた灰のように真っ白になっていた。そのまま彼は二人の修道士に両脇を抱えられるようにして奥へと連れ去られて行く。
「なあ、セレスの友達、大丈夫か? 緊張して固まっちまってたみたいだが」
「……そうだな」
 言い置いて俺は首を傾げた。彼はこういった場でじるほど繊細なタイプだっただろうか?
「んー、大丈夫だろう」
「王都の貴族たちはみな、子供の頃から知り合いなんだろ? さっきの友達とも長いのか?」

 毎年、僻地の貴族や留学生は、入学の式典や食堂でのみんなの和気あいあいとした様子を目の当たりにして、俗にいうというものを体験する。
 アルチュールの場合、ただ疑問に思っただけだろうけれど。

「まあね。彼の名はナタン・トレモイユ。男爵家の五男。友達、というか、友達でもあるんだけど、向こうの親と本人の希望で十五歳の頃から俺の家に住み、俺専属の侍従をしている」
「セレス専属の侍従?」
「勿論、この学院には使用人として来たのではなく、ナタンはちゃんと入学が許可され迎え入れられた風魔法の使い手だ。仲良くしてやってくれれば有り難い」
「ああ」と呟き、アルチュールが小さく溜息を吐いた。「セレスがあるじ……、それであんなに怒ってたのか。どうやら俺はしょっぱしに色々とやらかしてしまったようだ」
 あるはずがないがアルチュールの頭の上に見えたような気がする。

 まるでしょぼんとした大型犬だな。こんな姿を見せられたら、そりゃあ原作本編のリシャールも率先して手を貸したくなったはずだわ。もうちょっとで頭をなでてしまうところだった。

「ナタンにはあとでちゃんと言っとくから」
 なだめるような口調になっていたのが自分でもわかった。
「さっきも孤立しかけた俺を助けてくれたよな」
 アルチュールはぽつりと口を開いた。
 さっきまでのきっぱりとした物言いとは違って、どこか探るような、手探りの語調だった。
「兄のロベールに言い聞かさせてはいたんだ。俺は粗暴で口も悪い。礼儀を知らないから周囲に失礼なことをするな。気を付けるようにと。……ただ、俺がここに来たのは、一つの目的があったからで……、それさえかなえられれば他はどうでもいいと思っていた。他人と上手くやって行こうだなんて、わずらわしくてこれっぽっちも考えていなかった」
 その口調は不思議と寂しげで、何か大事なものを抱えた人間の影が滲んでいた。

 俺は、知っている。アルチュールがこの学院に来た本当の理由を。

 彼には、幼い頃から常に寄り添っていた黒いオオカミ犬がいた。名はノアール。
 共に駆け、共に笑い、ときには人里に迫る魔物に牙を剥いて立ち向かった。
 彼にとってノアールは、ただの従者や護衛ではなく、兄弟であり、友であり、もう一つの心臓のような存在だった。

 三年前――シルエット領地内に入って来た魔物との戦いのさなか、ノアールは深手を負った。流れる血を止めることもできず、命はもはや風前の灯火。
 そのとき、一つの術が施された。永遠に近い眠りを与える氷結魔法。

 それを行ったのは、アルチュールの兄ロベールだった。
 絶望に沈む弟の眼前で、彼はノアールを氷の中に閉ざした。「今は治せなくとも、この術ならば命をつなぎ止められる」と告げながら。

 その選択は、確かに命を救った。
 父、エティエンヌ・ド・シルエット子爵のように強く賢く、常に正しいと信じて疑わなかった兄の判断。
 アルチュールは兄を尊敬している。今でも、あの決断が最善だったと理屈では分かっている。

 ……それでも。
 領内の洞窟に移動させた氷の中で眠るノアールを見るたび、彼の胸は締め付けられる。
 確かに生きてはいる。だが目を閉じ瞬き一つすら許されず、ただ冷たい眠りに沈み続けているのだ。
「助けられた」という感謝と、「取り戻せない」という焦燥が、矛盾したまま彼の心を苛み続けていた。

 だからこそ、アルチュールは願っている。
 ノアールを目覚めさせ、治癒の術をもって完全に癒し、己の魂と契約し、今度こそ正しく『使い魔』として迎えることを。

 ――それが、彼がこの学院に足を踏み入れた真の理由。

 誰にも語らぬまま、胸の奥深くに秘めた望みだった。

 ……ああ、もう他のどんなバグでも受け入れよう。
 どうか、アルチュールが敬う兄の選択さえも超えて、全力で愛したあの黒いオオカミ犬と再び並び立てますように。

 心からそう願いながら、俺は「きっと叶うよ」と告げた。
 その声がわずかに震えていなかったかどうか、自分では分からない。
 だが、アルチュールが目を伏せ、小さく息をついたのを確かに見た直後、俺たちはほぼ同時に奥へと呼ばれていった。


  ༺ ༒ ༻



アンセートル神聖なるコロンヌ始祖のサクレ円柱
「アンセートル・コロンヌサクレ」
「アンセートル・コロンヌサクレ……」

 アルチュールと俺が主祭壇しゅさいだんへと歩を進めると、通路の両脇に並んだ司教たちが呪文を唱え始め、突き当りに五本の透き通った柱が直径三メートルほどの円を描くように現れた。その真ん中に円柱の台座があり、曇り空を閉じ込めたような手のひら大の水晶球が乗っている。柱は幻影だが、台座と水晶は実在するものだ。

「では、シルエット殿、こちらへ――」
 先に名を呼ばれたアルチュールが、一瞬、俺に視線を向けると、口元に微かな笑みを浮かべて「行って来る」と言った。

 ――くっっそイケメン!
 何気ない瞬間すら、どの角度からどう捕えても秀麗。無造作に視線を横に流しただけで、そこに一枚の絵画が完成する。過去の吟遊詩人たちがどんな謳い文句で取り繕ったところで、彼の美しさの百分の一も表現できないだろう。
 口角を少し持ち上げた唇の形は、空のどんな三日月の形よりも完璧だった。

 ……顔、直視出来ない。いや、見てるけど、息ができない。

 胸の奥がギュッと縮こまり、息を吸おうとしても喉がつかえてうまくいかない。無理やり視線を逸らそうとしても、意志に反してまた彼の顔に吸い寄せられてしまう。
 あれだ、これはもう重力。存在そのものに引力がある。
 その横顔の睫毛の長さとか、黒髪の艶とか、真っ直ぐな鼻筋とか……、いちいち反則だろ。天は彼に美貌を与えすぎている。
 何の冗談だ。息を吐いたつもりが、うまく声にならず、ただ喉の奥が熱くなった。

 ――流石、俺の推し! 尊い!

「水晶に触れて下さい」
 ここでは水晶の色の変化と光り方で、魔属性の最終検査と現在の魔力量の測定が行われる。

 修道士に指示され、柱の中へと進んだアルチュールが水晶球に静かに右手を置くと同時に、彼を中心として赤い光が柱の中に満ちていく。
 温かい色。そして、強い。柱の外にまで光が漏れ出している。想定通り、アルチュールは、かなりの魔力を保持していることが分かる。

「『火』の属性」
 二人の大司教が同時に発した。

 そして、柱に巻き付くようにして現れた枝の葉は――、
「『オリーブ』の加護」

 うん。これはマリンボール先生の世界観が忠実に再現されている。先ほど遠目に見ていたリシャール殿下のデピスタージュスクリーニングの結果も原作通り属性は『土』で『オリーブ』の加護。

 俺はほっと胸をなでおろす。

 一方、ナタンは『風』の属性、『ローリエ』の加護を受けていた。
 ナタンの加護は原作のセレスタンと同じだな……、と考えていると――、

「アンセートル・ベネトラクト・アコーデ」
「アンセートル・ベネトラクト・アコーデ……」

 樹液の入った小瓶を手に大司教たちの唱和しょうわが始まり、アルチュールのてのひらに魔法陣が浮かび上がる。
 頬を紅潮させ両手を見つめるアルチュールは、硬く閉塞した透明の水槽の中に、限りなく美しく小さな命が泳いでいるのを見付けたかのような表情をしていた。自分の手の中に生まれたその奇跡を、恐る恐る、でも嬉しそうに確かめている。やはり、子供だ。
「セレス!」
 両手を前に突き出し、完成した『ベネン掌の魔法陣』をこちらに向け、アルチュールが俺の名を呼ぶ。口元には抑えきれない笑みが浮かび、誇らしさがあふれすぎて、全身のどこにも収まりきっていない。俺に見てほしくて仕方がない、そんな気持ちが滲み出ていた。

 ……いや、これは子供ではないな。
 完全に肉球を見せて来るワンコだ。

 さっきはアルチュールの頭の上に耳が見えたが、今は腰あたりにブンブンと左右に振られている尻尾が見えるような気がする。俺は思わず小さく息を吐いて、ゆっくりと笑みを返した。

 ――まったく。こんな顔を見せられたら、どうして好意を持たずにいられるんだ。

「では、コルベール殿」
 アルチュールが柱の中から出たとほぼ同時に、まるで昭和の少女漫画に登場するような若く線の細い修道士に促され、リシャール殿下とナタン、そしてアルチュールに囲繞いにょうされながら俺は柱の中へと進む。
「お手を……」と言われて水晶球に触れた瞬間、周囲に響動どよめきが走ったあと、すぐさま時が止まったかのような静寂に包まれた――。

 あ、これマジでヤバいやつだわ……。

 理由は分からないが、俺が触れている水晶球を中心にして、聖堂内部全体が青みを帯びた『』に輝いている。
「……一体、どうなってんだよ」
 思わずぼそりと呟いたものの、冗談ではなく、これは確実にヤバい。本能で分かる。

 風の属性は『白』、火の属性は『赤』、水の属性は『青』、土の属性は『緑』色に水晶球が輝く。

 そう、水晶は『四色』のどれかに輝くはずなんだ。

 セレスタンの記憶では、乳児の頃に洗礼と属性検査のため、ここを訪れた時、水晶は『青』く光ったと母親のマーガレット・ギレヌ・コルベール公爵夫人から幾度も聞かされている。

 ――『銀色』って何なんだよ。

 何の属性なんだよ。知らねぇよ、こんなの。本に出て来なかったじゃねえかよ!
 聖堂全体が光り輝くとか、あまりにも規格外すぎる。演出が豪華すぎて、もはや宗教の奇跡とファンタジーの宴の悪魔合体じゃねぇか! どんだけ魔力持ってんだ、セレスタン!? ミラーボール十個集めても、ここまで眩しくならねぇわ!! 光の粒子が降ってくるたび、なんか神の祝福受けた気になってくるけど、こっちはただの転生モブですから! 
 もう、宇宙船が地球の牛をかっぱらいに来た時レベル。夜の牧場で目撃されるやつだよ!?
 いやいやいやいや、おかしい。
 こんなの、主人公サイドにもなかったろ!? せいぜい「天才的な魔術の才を持っていた」くらいだったはずだ。まさかここまでとは。ここまでとは!! なにこれー!?

 俺は一旦、ミラーボール……、じゃなくて水晶球から手を離し、あたりを見渡した。
 向かって左側の大司教は椅子のひじ掛けを両手で握りしめ、残る右側の大司教は中腰で立ち上がり二人とも凝然ぎょうぜんと固まっていた。殿下は驚きをあらわにし、ナタンは何故か祈るように手を合わせ、振り向くと何とも形容のしがたい表情を浮かべたアルチュールが俺に感情のこもった目を向けている。

 この状況は、今までのバグなんて無かったことにしてもいいぐらいの一大事だ。

「セレス……、こ……、これは……、『水』の属性を基調とした『光』の属性では……?」
 時が止まったかのような無音の中、口火を切ったのはリシャール殿下だった。
「おお……、確かに……」
「正に殿下の仰る通りなのかもしれませぬ。いや、そうとしか考えられませぬ」
 二人の大司教が続く。

 『光』の属性……?

 ああ、そういえば原作の中にさらっと触れられていただけだから記憶の隅っこに置き去りにしていたが、もしやそれは、『風・火・水・土』四つの属性を操ったワンジェ王国の始祖が持っていた
 今まで何人かの王と大司教にしか現れていなかったという『リュミエール』のことか??

 それが、なんで俺に??

 いや、だから、このドメワンの世界では、セレスタンはサブキャラ。
 根は良い奴だが口数が少なく、アルチュールだけに対しては常にペダンチック衒学的な態度を取っている所詮しょせんは『当て馬』に過ぎない。

 確かにコルベール公爵家は王族との繋がりがとても強い。過去に王女を妻として迎えた当主が何人も居るし、その逆、娘を王、王子、王家の親族の妻として送り出したことも多々ある。現にセレスタンの妹、フォスティーヌ・ギレヌ・コルベールは、リシャール殿下の筆頭妃候補。
 なので、今まで交じり合った王家の血のせいだろう、他の貴族の家よりは魔力持ちが続々と輩出されている上、魔力量が多い者も現れやすい――。
 これがこの国で王家に次ぐ権力を持つコルベール家が『始祖に二番目に近い』といわれる所以ゆえんだ。
 だからセレスタンも魔力量が多い……、それは話の流れからして理解できる範囲。

 問題は、『金のきみ』リシャール・ドメーヌ・ル・ワンジェ王太子殿下ではなく、『黒の騎士』アルチュール・ド・シルエットでもなく――サブキャラのセレスタンにこんな選ばれし勇者が持つようなバカげた『チート能力』が備わっていること!

 これではまるで、『銀のきみ』セレスタン・ギレヌ・コルベールがこの物語の主人公みたいじゃないか!?

「…………」

 無理無理無理。
 駄目だ。少し前から触れないようにしていたが、どう考えてもそこに行きついてしまう。しかしそう簡単に認められるか! 何年も推して来たカップルが目の前に居るんだぞ! そのメインキャラ二人を差し置いて、俺が主人公になるだなんて烏滸おこがましいにも程がある。ファンアートだって描いたし、推し二人の関係性を考察しながら原作を何周もして、寝る前には尊い妄想に耽っていた、あの二人が居るのに、俺が?

 それを……差し置いて……、俺が……?

 バカ言うな。メインに食い込んでどうすんだよ。何? 最近の転生モノは推しカプを喰いに行くスタイルなの? そんなの聞いてないんだが!!

「ロっ、ロード・コルベール!!」

 ……なんか今、すっごく嫌な予感がした。

 唐突に響いた声の方向に視線を流すと、床に尻もちをついた少女漫画風の修道士が、立てた右手人さし指を俺の頭上に向け指し示していた。
「何なんだよ、ったく……」
 見上げると、柱の一本一本を覆い尽くすかの勢いで、青々と茂った木の枝が下方へと一気に伸びて来ていた。

 葉っぱ……、盛り過ぎじゃね?? なにこれ? 密林アマゾン? 翌日配達? 南国リゾートの温室じゃねぇよな?
 いや、待って、葉の密度どうなってんの!? 

「た、多大なる『ローリエ』の加護!」
「ロ、『ローリエ』の加護!」

 ああもう。大司教が噛んだ。
 噛むよな、それは。無理もないよな。その気持ち、分かるよ。俺だって言葉詰まるもん、こんなの目の当たりにしたら。
 というか、加護の木が『ローリエ』って。うん、そこは原作通りなんだな。妙なところで忠実だな、おい。

 しかし、『ローリエ』の加護は、浄化系魔法の力を特に強化してくれる。
 セレスタンの保持する魔力量と、チート能力『リュミエール』があれば――、
 かなり高度な回復魔法が使えるヒーラー治療者となり、近い将来に起こるだろうと思われるスタンピード魔物の集団暴走で、大けがをするアルチュールを救えるのでは……?

 そうか、そうだ!
 俺、伊丹トキヤがこのドメワン世界に転生した理由――それは、アルチュールを救い、推しカプをハピエンに導くために違いない!

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