腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

文字の大きさ
23 / 112

23話~古代遺跡~

しおりを挟む
~古代遺跡~


 澄んだ水面に映る鎧と羽毛、そして、ヴァルカリオンたちの勇姿が、淡い木漏れ日を反射して揺れていた。だが、そこにとどまれる時間はわずかで、周囲の仲間と雑談する余裕などなく、皆がそれぞれ装備や騎獣の手入れに忙しい。
 俺も手綱の緩みを確認したり、パイパーのたてがみにブラシを入れたり、たわいない作業に集中する。
 ルクレールは、蹄鉄のチェックを終えると、鞍や鐙の状態をひとつひとつ点検し、締め直したり革を磨いたりして入念に世話をしていた。

「こうして見ていると……あんたって、本当に騎士なんだな、と思えてくる」
 思わず口にすると、しゃがんで作業をしていたルクレールが肩越しに視線を返して来た。
「ヴァルカリオンは、騎士にとっての誇りだからな。俺専属の馬でなくとも、手入れも、扱いも、すべてが任務の一部だ」
 俺は黙ってうなずく。
「そろそろ俺が何者か知りたくなったか、セレス」
 ルクレールは軽く口元を緩めて言った。
 俺は少しだけ声をひそめて答える。
「知りたくない……わけではない……」
 するとルクレールは立ち上がり、俺を真正面から見つめ、確かな決意を帯びた声で告げた。

「俺は――テネブリス・ノクターン夜の影所属の騎士だ」

 無意識に息を呑み、手綱を握る手に力がこもった。
 原作本編でその言葉を目にしたことがある。

 はかなげで麗しいリシャール受け殿下が乗った馬車が事故に遭う――いや、正確には仕組まれた罠であり、殿下が誘拐されるという一幕だった。
 そこで、テネブリス・ノクターン夜の影が総力を挙げて探索網を張り巡らせ、敵のアジトがあると思われる森を特定。たまたまその近辺には、陸軍近衛師団ギャルドアンペリアル四部隊の一つ、ルー・ダルジャン隊が展開していて、伝書使クーリエからの急報が入る。その隊には、入隊したばかりのアルチュールの姿があり、彼は仲間とともに直ちに救出に向かった。そして、拘束され媚薬を嗅がされ、弄ばれようとしていた殿下を、間一髪で助け出したのだ。
 アルチュールは、理を問うより先に賊徒ぞくと――リシャールにのしかかっていた人攫いの首を問答無用で容赦なく刎ね飛ばす。半狂乱のまま、あられもない姿で「見るな」と叫ぶ殿下を自らの外套で包み込み、抱きしめる場面は、読み手の胸を強く打つ名場面として記憶に残っている。

 あの、闇の騎士、テネブリス・ノクターン夜の影

 王直属にして、表に出ることはなく、諜報から討伐、鎮圧に至るまで、いわば国の「公安」や「特殊部隊」のような役割を担う組織。必要とあらば「機動隊」のように前線へ立ち、裏では暗殺すらも辞さない――そんな危険で不可欠な役目を負う者。
 隊は小規模な精鋭で構成され、隊員に選ばれるのは極めて難しいとされる。王国を陰から守る近衛師団。

 まさか、目の前にいる男が闇の騎士だったとは。

「……王直属が、こんなところでなにやってんだよ」
 俺の問いにルクレールは淡く笑みを浮かべ、軽く肩をすくめて言った。
「平時はな、案外暇なんだ。前にリシャールにも言ったが……俺が本当に忙しい時の方が、国にとっては大問題なんだよ」冗談めかしているようで、目の奥に宿る光は冗談ではなかった。「今回、俺は殿下の護衛任務に――そうだな……、志願して随行している」
「……なんだ。俺に会いに来たと言ったのは、やっぱり嘘だったんだな」
「いや」ルクレールは首を振った。「殿下にはすでに任じられた護衛がいる。今の殿下の担当騎士ロジェ・ラクロワが、ノクターンの一人で、俺の仲間だ。本来なら、俺はこの隊の副団長の下に控えて、単独で随行するつもりだったんだが……」
 そこで彼はふと視線を逸らし、低く吐き出すように続けた。
「三日前、酒場で――お前の本来の担当騎士モーリスと偶然顔を合わせた。奴は嬉しそうに、「次の学院の課外授業で『銀の君』とペアになった」と言っていた」
 ルクレールの口調には僅かな棘が混じっていた。

 課外授業の後、生徒と担当騎士の間で手紙のやり取りが交わされ、親密な関係になる例は少なくない、とレオから聞かされた。

「貴族社会では、もとより顔見知りの者同士が多い。中には、あわよくば――と下心を抱いて任務に臨む騎士すらいる。そいつがどういうつもりだったにせよ……俺は、無性に腹が立った」ルクレールは自嘲めいた笑みを浮かべた。「だから前の晩、酒をたっぷり飲ませて眠らせた。そして代わりに俺がお前の『担当騎士』としてここに来た。殿下の護衛なんて口実にすぎない。……単独随行だろうが、担当騎士だろうが、俺は本当に、セレス、お前に会うためにここに来たんだ」

 もしも――、
 本当にもしも……原作本編のように、アルチュールとリシャールが結ばれる世界だったとしたら……、そうなっていたとしたら俺は、目の前のこの男の差し伸べる手を取っていたのかもしれない。
 けれど、それはただの仮定だ。

 刹那、ルクレールがふと俺の髪に触れた。指先でそっと毛先をすくい上げ、結んだ組紐を見つめる。
「……これは、あの黒髪の子爵家次男からの贈り物か?」
 俺は「……そうだ」と、小さく答える。
 どうせ交換していたところを見ていたんだろう。嘘をついて否定したところで、また曖昧に誤魔化したところで、彼には通用しない。ならば、正直に頷く以外、選択肢は残されてはいなかった。
 ルクレールは目を細め、少し含みのある笑みを浮かべた。
「……まるで、お前が自分のものだと誇示しているみたいだ」
 返す言葉を探しかけた、その時だった。

「総員、鞍へ! 出立用意!!」
 低く響くデュボアの号令が、休息の空気を断ち切った。

 甲冑の擦れる音、革の軋む音が川辺を満たす。騎獣たちもあるじに従って立ち上がる。
 俺もルクレールも言葉を封じ、共に鞍へと跨がると、再び行軍が始まった。
 川辺を離れ、木々の間を進むたび、日差しは枝葉の隙間で揺らぎ、影を落とす。

 森の小径を抜ける途中、背後の茂みから小鬼ゴブリンが何体か飛び出したが、グリフォンの翼が一閃し、容易く地へ叩き伏せられた。頭上の枝からは牙を剥いた魔猿マンドラグールの集団が跳びかかったが、砦の兵が放った矢が正確に眉間を射抜き、無言で落下する。
 野犬じみた魔獣の群れも、そこそこ大きな熊の魔獣も、騎士たちが放った火の魔弾と水の障壁に阻まれ、散り散りに退いて行った。

 いずれも隊列を揺るがすには至らず、ヴァルカリオンたちは歩みを止めることなく淡々と進み続ける。
 やがて木々の間から、石造りの建造物の形が次第に姿を現した。日差しを受けた灰色の石組みは、一歩距離を縮めるごとに輪郭を際立たせ、重厚な存在感を増していく。
 遺跡はもうすぐそこだ。

 そのとき――、
 前を行く黒狼ガーロンが鼻をひくつかせ、唸り、足を止めた。

 異変を悟った騎士団長が即座に王旗を掲げ、鋭い声を放つ。
「――停止!」
 号令に従い、隊列が一斉に動きを止めた。緊張が森を満たす。
「どうした、ガーロン」
 デュボアがわずかに手綱を締め、鋭い視線を落とす。
 ガーロンは返答するように全身の毛を逆立て、牙を剥いた。

 ただならぬ気配を察したのだろう。ボンシャンがヴァルカリオンから軽やかに降り立つと、地面に掌を置く。触れた瞬間、土はふわりと指先にまとわりつき、ボンシャンの手はそのまま手首の上まで土の中へと沈んでいった。
「……何かの群れが来ます。早い!」
 その報告と同時に、カナードが両手を天に掲げた。
「――障壁布陣バリエ・ド・ロール!」
 澄んだ声が森を震わせ、眩い結界がぱん、と空気を裂いて前方に広がった。だが、流石のカナードでも、一人で形成する広範囲の障壁は、厚みは十分とはいえず、強化障壁ほどの防御力は期待できそうにない。
 生徒たちの間に不安のざわめきが広がった。

「……何が起こっているんだ」
 俺が馬上で思わず声を漏らすと、背後からすぐにルクレールの声が落ちてきた。
「心配するな。何のために俺がここにいると思っている」

 騎士団長の檄が轟く。
「生徒は身体強化魔法をかけ、生徒を乗せた騎士は、後退せよ!」
 騎士たちが慌ただしく手綱を返す。だが、間に合わない。
「そこまで来ています!」
 ボンシャンが叫び、地面から手を抜くと、ヴァルカリオンの背に再び身を躍らせた。
「全員――戦闘態勢!」
 デュボアの声が場を震わせた。

 号令と同時に、砦の隊士たちが障壁の前へと即座に前進し、一斉に腰へと手を伸ばす。そこには魔法で小型化された槍が収められていて、柄を握りベネン掌の魔法陣に魔力を蓄えた瞬間、眩い光とともにそれらはすらりと伸び、たちまち本来の武具へと変じる。
 後列の騎士たちは剣を抜き放ち、ヴァルカリオン共々の防御と自身の身体強化の魔法を纏わせ、迫り来るものを迎え撃つ体勢を整えていた。
 あちこちで、「安心しろ」「何も問題はない」と、生徒たちを落ち着かせる声が聞こえて来る。

 森の奥から、木々をなぎ倒す轟音が近づく。
 鳥が一斉に飛び立ち、枝葉が弾ける。
 直後、前方の木々を揺るがすように土煙が立ち上り、岩のように硬い皮膚をもつストンボア猪型魔獣の群れが突進してきた。

 グリフォン隊と寮監たちがすぐさま迎え撃つ。前方で、かなりの数のストンボア猪型魔獣が剣と槍、魔法で仕留められる。しかし、残りの群れは何故か恐怖に駆られたかのように隊の横合いから駆け抜け、背後へと逃げ去って行った。

「……様子がおかしい」
 ルクレールが低く呟き、前を鋭く見据える。
ストンボア猪型魔獣は、何かから逃げている!」
 カナードの声が鋭く森に響いた。
 地の底からゴゴゴゴッ――という凄まじい音が響いて来る。
 同時に、騎士団長が手を上げた。
「――後退っ、いや、その場にとどまり戦闘態勢を維持! これは……、音を立てるな!」
 その号令とほぼ同時。
 地鳴りと共に激しい振動が大地を揺らしながら、隊列の真下を何かが通り過ぎた。
 激震。
 ヴァルカリオンたちがいななく。

 次の瞬間、
 地面が脈動し、裂けた。
 土砂を巻き上げながら、巨大な影が隊の最後尾のうしろに土中から姿を現す。

 ぬらぬらとした外殻に覆われた巨体――こいつには、見覚えがある。

 土煙の中からずるりと這い出し現われたそれは、俺たちを振り返るように首をもたげ、無数の牙に覆われた口腔をぎちぎちと開いた。

ソルヴォラックス肉食巨大ミミズ!」
 ボンシャンが叫ぶ。
 その名が告げられた途端、事態の深刻さを悟った生徒たちの悲鳴が、森の木々を震わせるように一斉に轟いた。

 地を割って現れたソルヴォラックス肉食巨大ミミズは、かつて数多の時代から討伐の対象とされ続けてきた魔蟲まちゅうの一種。だが太古に比べ、数は極端に減り、今では滅多に姿を見せない――そのはずだった。

 大地の下を自在に駆け、群れをなすこともなく、音に敏感に反応しては地表に飛び出し獲物を丸呑みにする。ただ、頻繁に捕食するわけではない、しかし、一度狙われれば抗うことは困難。
 目は見えず、視覚に頼らないその感覚だけが、獲物を察知する手段だ。
 さらに陽の光を嫌うため、深い森の影が奴らにとって格好の狩場となる。
 ただし、地中では驚くほどの速度を誇るものの、地上に姿を現した時には動きが鈍くなる。その一瞬が、人の側にとって唯一の好機。

「アルチュール……」
 覚えず、小声で名を紡いでいた。

 原作のスタンピード魔物の集団暴走に現れ、アルチュールを追い詰めたやつだ。
 駄目だ、震えるな。落ち着け。
 あれはスタンピード魔物の集団暴走の真っ只中だった。だが、今回は違う。
 アルチュールはあのとき、一人で飛び込んで行った。今は、リシャールもナタンも、俺も、寮監たちも、数多の騎士たちも居る。

「……怖いのか?」
 背後から、低く響く声が肩越しにかかった。
「違う」
の心配か」
 即座に否定した俺を見透かすように、ルクレールが静かに続けた。
 彼の名を口にしたのが聞こえていたのだろう。

「前進!」デュボアが強い光を帯びた眼差しを前方へと向ける。「奴は陽光を嫌う! ここは木の陰があるからこそ、今、地上に姿を現している! 前進! 荒野はそこだ! 森を抜けろ! 光の下でなら、奴は長くは地上に留まれん!」

 デュボアの第一声の直後、グリフォンに跨る砦の隊士たちが、一斉に動いていた。
 彼らは先に仕留めたストンボア猪型魔獣の死骸を槍で突き刺し、空中へと飛び上がると渾身の力で放り投げる。
 血と土の匂いをまとったその巨躯きょくは弧を描き、ソルヴォラックス肉食巨大ミミズの目前へと叩きつけられた。

 ぬらつく外殻をくねらせ、魔蟲まちゅうが耳障りな咆哮を上げる。次いで、その口腔が裂けるように開かれ――ゆっくりと死骸を丸呑みにした。
 咀嚼の音が生々しく森を震わせ、生徒たちの顔から血の気が引いていく。

 騎士団長も叫ぶ。
「――前進! ファリア・レマルドの遺跡を目指せ! 森を突き抜けよ! 遺跡は魔力防壁に護られている! 結界の内に入れば、奴も手は出せん!」
 と同時に、騎士たちが一斉に前進し、森の出口を目指して駆け出した。

「ここからまだスピードを上げる! 全力疾走、いくぞ!」
 ルクレールが叫ぶ。
「了解」
 俺は短く応え、鐙にかける足に力を込めた。
 ドラゴンに空から追われても逃げ切れるほどの俊足を誇るヴァルカリオン――その圧倒的な速度と疲れを知らない持久力が、今ここで俺たちに希望を与えている。

 森の出口を目指し、隊列は一斉に疾走を始めた。
 枝葉を薙ぎ払いながら、ヴァルカリオンは地を蹴り進む。視界の端で影と光が目まぐるしく流れ去り、耳を打つ風の轟音に心臓がさらに跳ねた。

「多分、もう追っては来ない」
 息を切らすでもなく、確信めいた調子で直ぐ背後からルクレールの声が届く。
「だといいけど」
ストンボア猪型魔獣を何匹も丸呑みにしただろう。奴は一度捕食すれば、しばらく土中にもぐって眠る習性がある。下手をすれば、年単位で眠り続ける。だからこそ、見つけ出して駆除するのが困難なんだ」

 それは知っている。
 だが、スタンピード魔物の集団暴走のときは、そうではなかった。
 嫌な予感がする。

ストンボア猪型魔獣の肉は、すこぶる旨い。顔と背の表皮は硬く解体には関節から刃を入れて、とコツがあるんだが……、ファリアの遺跡まで持って行って食いたかった。まさか、あんなやつに横取りされるとはな」
 わざと軽口を叩くような調子に、思わず苦笑が漏れそうになる。ルクレールは俺を安心させようとしているのだろう。

 やがて木々が途切れ、眩しい光が近づいてくる。
 あちこちで安堵の歓声が上がり、張りつめていた空気が一瞬だけ緩む。
 森を抜け、荒野へと飛び出した瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。
 今のところ、振動も咆哮も聞こえない。陽光の下で奴が追ってくることはあり得ないはず。

 けれど、その束の間の静けさは、一瞬にして打ち砕かれる。
 背後から、地を抉るような轟音が響く。

「……まさか!」
 ルクレールが叫ぶ。

 奴がなおも俺たちを追って来ていたのだ。

「隊列変更! ――横隊! 間隔を開けろ!」
 騎士団長の号令が荒野に轟き、全員が一斉に手綱を引いた。ヴァルカリオンたちが爆走を続けながら縦の列を崩し、黒狼こくろうガーロンを先頭に横一線へ広がってゆく。

 巨大な魔蟲まちゅうの目を散らし、前進するための布陣。いや、奴は目が見えない。この場合、目を散らし、ではなく地中に伝わる音を横の広範囲に広げ分散させ、狙いを定めにくくする――音源を一方向に集中させない布陣だ。

 俺は震える指で手綱を握り直した。
 直後、荒野の大地が盛り上がり、砂煙を伴って波打つ。
 ヴァルカリオンの前脚が踏み損ねたように揺らいだ。動揺は隊全体に波及し、何頭かのヴァルカリオンが後脚で立ち上がり、甲高いいななきを上げる。
 騎士たちは素早く腕を伸ばし、前に乗せた生徒の体をしっかり抱きとめ、落下を防ぎながらもう片方の手で荒れる手綱を抑え込んだ。
 その間も、まるで大地そのものが生き物のように蠢いている。
 
「まさか、これはソルヴォラックス肉食巨大ミミズが全身を震わせて放つ、振動波――」
 ルクレールの声に、険しさが混じる。

 そんな芸当ができるのは――特殊個体しかいない。

 そのわずかな遅滞を突かれる。
 ゴゴゴゴッ――という爆音とともに、大地の下を滑るようにソルヴォラックス肉食巨大ミミズが前方へ走り抜けて行く。次の瞬間、地表が真っ二つに割れ、荒野の面を突き破るようして、奴は俺の真ん前に姿を現した。
 口腔は無数の牙で縁取られ、粘液を滴らせながら天を仰ぐ。パイパーが短く嘶き、怯えたように後ずさった。蹄が土を掻き、俺の体がぐらりと揺れる。

「こいつは目が見えないはずだが……そのせいで、視覚以外の感覚が極端に研ぎ澄まされている。俺の魔眼には、お前の光属性の揺らぎがかすかに視えている。眼帯越しでもだ。……だが、もしかしたら、奴は――それ以上に鮮明に、お前の光を感じ取っているのかもしれない」
 ルクレールの低い声が背中越しに響く。
「……ああ、俺も同じことを考えていた。狙いは――俺か?」
 全身の毛穴がざわりと逆立った。

「セレーーースーーー!」
 アルチュールの叫びが裂けるように届く。リシャールとナタンの声も続き、殿下の担当騎士ロジェ・ラクロワが鋭く背後の男の名を呼んだ。
「ルクレール!」
 その呼びかけに応えるように、ルクレールが即座に指示を飛ばす。
「――ロジェ! フォルメシオンフォーメーショントレイズ!」
 一拍の沈黙を挟み、ラクロワの声が荒野に響いた。
フォルメシオンフォーメーショントレイズ! 生徒を乗せている騎士は、全力前進!」
 次の瞬間、隊が一斉に動き出す。
 アルチュールが振り返り、必死に俺の名を叫んでいる。
 騎士団長と副団長、そして寮監たちとデュランが方向転換し、こちらへ向かってヴァルカリオンを走らせた。
 同時に、グリフォンに跨る砦の隊士たちも、荒野を滑空するように飛んで来る。

「ルクレール……今のは、何の合図だ?」
 恐怖と疑念を押し隠して問いかけた俺に、彼は一瞬だけ静かな目を向け、次の瞬間、抜身の剣を手に迷いなくパイパーから飛び降りた。

「こういうことだ」
 短く言い放ち、彼はパイパーの尻を叩く。
 パイパーは嘶き、俺を乗せたまま巨石遺跡『ファリア・レマルドの環』の方向に向かって駆け出した。
「俺がおとりになるってことだ!」
 ルクレールの声が大地に轟いた。手に持つ剣が陽光を反射し、孤高に立つ姿は、まるで一振りの刃そのもののようだった。
「来い! このミミズ野郎!!」
 振り返った俺の視界に映ったのは、荒野に孤立して立ち向かうルクレールの背中と、牙を剥き出しにして迫る巨大な魔蟲。

 胸の奥で何かが爆ぜた。

 なにが、お前は守られるだけの存在じゃないだ! なにが俺と肩を並べるにふさわしい相手だ!
 なのに――結局は一人でそこに残りやがった。
 騎士として、生徒を守るという責務を果たすため。理屈では理解できる。ああ、それが最良の選択なんだろう。けれど、そんなもん素直に納得なんて――、

「できるわけ、ねぇーーだろう! くっっっそ野郎ーーーーーーッ!!」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます

水凪しおん
BL
三十代半ばの平凡な会社員だった俺は、ある日、乙女ゲーム『君と紡ぐ光の協奏曲』の世界に転生した。 しかも、最推しの悪役令嬢リリアナの兄、アシェルとして。 このままでは妹は断罪され、一家は没落、俺は処刑される運命だ。 そんな未来は絶対に回避しなくてはならない。 俺の夢は、穏やかなスローライフを送ること。ゲームの知識を駆使して妹を心優しい少女に育て上げ、次々と破滅フラグをへし折っていく。 順調に進むスローライフ計画だったが、関わると面倒な攻略対象、「氷の騎士」サイラスになぜか興味を持たれてしまった。 家庭菜園にまで現れる彼に困惑する俺。 だがそれはやがて、国を揺るがす陰謀と、甘く激しい恋の始まりを告げる序曲に過ぎなかった――。

悪役キャラに転生したので破滅ルートを死ぬ気で回避しようと思っていたのに、何故か勇者に攻略されそうです

菫城 珪
BL
サッカーの練習試合中、雷に打たれて目が覚めたら人気ゲームに出て来る破滅確約悪役ノアの子供時代になっていた…! 苦労して生きてきた勇者に散々嫌がらせをし、魔王軍の手先となって家族を手に掛け、最後は醜い怪物に変えられ退治されるという最悪の未来だけは絶対回避したい。 付き纏う不安と闘い、いずれ魔王と対峙する為に研鑽に励みつつも同級生である勇者アーサーとは距離を置いてをなるべく避ける日々……だった筈なのになんかどんどん距離が近くなってきてない!? そんな感じのいずれ勇者となる少年と悪役になる筈だった少年によるBLです。 のんびり連載していきますのでよろしくお願いします! ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムエブリスタ各サイトに掲載中です。

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可
BL
呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

処理中です...