腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

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27話~古代遺跡~

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~古代遺跡 ~

  ༺ ༒ ༻


 翌朝。
 目を開けたとき、テントの中には誰も居なかった。
 隣の寝台は、きれいに片づけられているが、畳まれた毛布の端に残る皺とか、その上に置かれた枕の位置だとか、微妙な変化が、そこに誰かがいたことを教えていた。

 ――ロジェ、か。

 外からは、遠くのざわめきが風に乗って届く。
 足音、馬の嘶き。
 笑い声――は、生徒たちのものではなさそうだ。
 午前中の遺跡見学には騎士と砦の隊士は同行せず、午後にここを出立するため、その準備に残っているはず。

 寝返りを打つと毛布の中の空気が冷え、その途端、腹のあたりが妙に空っぽだと気づく。
 そういえば、昨夜は何も食べていなかった。

 幕の外で、軽い足音が止まった。
「――起きていたか。おはよう」
 低く落ち着いた声とともに、仕切り幕を開けてロジェが入ってくる。
 鎧は脱ぎ、簡素な外套姿。片手に小型の手提げ鍋、もう片方に木皿を持っていた。
「おはようございます」
 声が思ったより掠れていて、自分でも驚く。
「他の生徒たちはもう出た。セレスは休めとボンシャン寮監の指示だ。……腹、減ってるだろ?」
 言いながら、簡易机に鍋を置き、湯気の立つスープをよそう。
 野菜の甘い匂いが鼻をくすぐった。
「ありがとうございます」
「気にするな」
 そう言ってロジェは、俺に皿を渡してから隣の寝台の端に腰を下ろした。
 ふっと笑った顔に、どこか兄のような温かさが滲む。
「ゆっくり食え。あとで、少し外を歩こう」
「……はい」
「それと、服は椅子の上に置いてある」
「ありがとうございます」
「ございますを外して、もう一度」
「あ、りがとう……」
「うん」
 腹が鳴るのを誤魔化すように、スープをひと口すくって口に運ぶ。塩気と香草の香りが舌に広がって、空っぽだった胃が一気に目を覚ました。気付けば、もう一口、もう一口と匙が止まらなくなる。
「……うまいか?」
「めちゃくちゃうまい!」
「味付けは、デュラン副官だからな」
 そう言われて、丸薬のことを思い出した。
「薬もうまかったんですけど……」
「この場合、“副産物”って言い方をするのが正しいのかな……。彼には胃に優しい薬草を覚えなきゃならない切羽詰まった事情があった」
「あっ……」

 直属上司が拗らせているブラック職場だからな。

「気付けば、数々の混合調味料シーズニングを創り出していた」
 ロジェが肩をすくめるように笑った。
 思わず、俺もつられて吹き出した。

「今年の生徒は、当たりだ。飯が旨い。しかも、優しいだろ、彼は。デュラン副官がこの課外授業に参加した年の学生は、彼に憧れを抱く者も多い。見た目もあれだ」
「すごく綺麗……ですよね」俺は自然と頷いた。「静かで、穏やかな感じで」
「彼の母親は、極東の女性だ。なので、彼も少し雰囲気が違う」
「極東……!?」
「ああ。彼の父親が昔、一目惚れして連れて帰ってきたらしい。当時、この国では《絹虫疫(けんちゅうえき)》が流行して、カイコが壊滅的な被害を受けた時期があった。そのとき、極東の日出ずる国“ヤシマ”から、カイコの卵が産み付けられた蚕紙さんし三万枚が寄贈されたんだ。返礼として、ヴァルカリオンを二十五頭、ヤシマの将軍に献上するための使節団が組まれ、彼の父親は、その随行員の一人だった」

 セレスタンの記憶を探れば、家庭教師が教えてくれた外交史の中に、確かに同じ話があった。

「外交任務で向かった先で、神に仕えていた舞姫に出会い、帰還の折、彼女を伴って戻ったそうだ。妾腹だから、本人も母親も公の場にはあまり出ない。セレスでも知らなかったんじゃないか?」
「知りませんでした」

 神に仕えていた舞姫ということは、巫女か。
 まさか、極東の血が流れているとは――そう聞かされても、すぐには実感が湧かなかった。
 一見したところ、黒髪と細身の体つき以外は、ほとんどドメーヌ・ル・ワンジェ王国の人種に近い。
 原作にも“日系”の登場人物は一人もいなかったから、まるで想像もしなかったのだ。
 確かに――あの平安貴族のような雅な顔立ちと、無駄のない所作。
 シュッとしてはる、とは思ったが……。

 それにしても、この世界で言う「極東、ヤシマ」とは、やはり日本のことに違いない。

 少しの沈黙のあと、ロジェが思い出したように言葉を継いだ。
「そういえば――デュラン副官の名前を知ってるか?」
「いえ……『デュラン副官』としか呼ばれてないですね」
「言いにくいんだよ、あれ」ロジェが苦笑する。「グライシーヌに、“一番目の男児”って意味の名前だ」
「……藤一郎とういちろう?」
 ロジェは一瞬、目を見開いたまま固まった。
 驚きがそのまま表情に出て、息をするのも忘れたように俺を見つめている。
「なんで言えるんだ? というか、なんで分かった?」
「な、んとなく……、以前、極東の本を読んだことがあって」
 慌てて誤魔化す。
「そういうところは、噂にたがわず勉強家だな。ぶっ飛んだこともするけど」
「反省してます……」

 そのとき、ふっと、ロジェが遠くを見た。
グライシーヌで思い出した。昔な、デュラン副官のことを“ウィステリア”って呼んで、親しくしていた留学生がいたそうなんだが……」
「ウィステリア……」
「“グライシーヌ”のルーザン・アルビオン語だ。彼は、短期交換留学生で、春にやって来て秋には帰国し、……噂では、のちに騎士になって任務中に亡くなったって話だ……」そう言いながら、ロジェは自分の心臓の上を、指先で軽く叩いた。「鎧のここらへんに、グライシーヌの紋章を刻んでいたらしい……まあ、詳しいことは誰も知らないけどな」

 掌が熱くなり、胸が強く締め付けられた。
 騎士の鎧の胸に刻まれた藤の紋章――察するところ、デュラン副官の名前であり、また、母方の家紋ではないのだろうか。

 友情よりも重い、感情の証。

 気付けば、目から一筋の涙が流れていた。
 それに気付いたロジェは、慌てて手を差し伸べて来る。

「……セレス、すまない。泣かせてしまったか?」
「いえ……、大丈夫です」
 ロジェはしばし黙ってから、静かな声で呟いた。
「……やさしい子だな」そして、体勢を整え、立ち上がる。「さて、パイパーの点検をしてくる。すぐ戻る。それから近辺の散策だ」
 一歩、テントの外へ向かいながら、彼は小さく振り返った。
「ああ、ルクレールは護衛の名目でカナードに連れて行かれている。ここに勝手に入ってくるやつは居ないから、安心しろ」

 言葉を返す間もなく、静けさが残る。
 朝の光が一気に流れ込み、遠くに白い石環の影が淡く浮かび上がった。
 その眩しさに目を細めながら、俺は木皿を両手で包み込むように持ち上げた。
 冷えた指先に、スープの温もりがゆっくりと沁みていく。


  ༺ ༒ ༻


 しばらくして、テントの外からロジェの声がした。
「パイパーも異常なし。あぶみの位置も確認しておいた」
 続いて布の帳を押し分け、中へ入ってくる。外気の冷たさを連れてきたロジェは、軽く顎で外を示した。
「食べ終わってるな。片付けはあとでしておく。散歩しようか。せっかく来たんだ、なにか見て帰らないと」
 俺は小さくうなずき空になった木皿をそっと机に置いて、朝の光がまだ薄く揺れる中、服を着替え指先で襟元を整えた。

 外に出ると、朝の空気はまだひんやりとしていて、草の露が靴の先を濡らした。
 見張り交代の騎士たちが数人、通路を行き来していて、すれ違いざまに「おはよう」と声がかかり、俺も「おはようございます」と挨拶を返した。互いに軽く笑みを交わしながら、それぞれの持ち場へと戻っていく。
 野営地のあちこちからは焚き火の残り香が漂い、昨夜の煙が淡く立ちのぼっている。
 遠くでは騎獣たちが鼻を鳴らし、翼をたたむ音がした。

 ロジェは歩幅を合わせながら、周囲に点在する遺構を一つひとつ示していく。
「詳細は既にデュボアから教わっているよな? あれが神殿、右手に見える崩れかけた柱群が、かつての浴堂の跡……、そして、あの奥の斜面には、祭具庫だったと思しき基壇が残っている」

 この遺跡のことは、原作ではほんの数行でしか触れられていなかった。
 “荒れ果てた神殿跡”と、簡単に。
 でも実際に目の前にすると、とてもそんな言葉で片づけられるものじゃない。
 風と光が石を撫でるたび、長い時間がここに息づいていることを、肌で感じ取れた。

 そのとき――。

「セレス!」
 後方から声がした。振り返ると、こちらへ駆けてくる人影があった。
 陽光を反射して、まっすぐな黒髪が揺れる。
「アルチュール」
 少し息を切らしながら、彼は肩を上下させ、俺とロジェのもとに立ち止まる。
「救護テントに行ったらいなかったから、もしかしたら、近辺を案内してもらっているんじゃないかと思って」そう言って、彼は地面に視線を落とす。「途中、足跡を見付けた。……二人分、こっちへ続いていたから」
 彼はわずかに肩の力を抜き、安堵の息を洩らす。
 ロジェはそれを見て、口元に小さな笑みを浮かべた。
「見学はもう終わったのか?」
「はい。火属性の班が最初だったもので、思ったより早く終わり、出立までのあいだ自由時間になりました」
 アルチュールは軽く息を整え、俺の方を見た。
「体調はどうだ、セレス?」
「ああ、ボンシャン寮監に貰ったポーション飲んで、昨日は夕飯を食べる間もなく爆睡。起きたらかなり動けるようになってた。もう走れるぞ」
「そうか……よかった」
 柔らかく笑うその顔を見て、なぜだか胸の奥が少し温かくなる。

 その空気を感じ取ったのか、ロジェが咳払いをひとつして言った。
「……ん。そういうことなら、俺は先に戻るとしようか。朝食の片付けもしないといけないしな」
「えっ、ロジェ?」
「さっき、セレスが食べた朝食の後片付けをしに俺は戻らなければならない」
 妙に芝居がかった口調だ。肩で笑っているのが分かる。
 俺が横目でにらむと、彼は軽く手を広げて言った。
「おいおい、ここは、そろそろあとは若いおふたりで……だろう?」
 その声音には、わざとらしいほどの軽さがあった。
「ちょっ、ロジェ!」
「もしかして……、俺が来たのは迷惑だったか?」
 俺を見つめながらそう言うアルチュールの頭の上に、また垂れた耳が見えた気がする。
「違うっ、そうじゃない! 来てくれて嬉しい!」
 慌てて否定すると、ロジェは心底、愉快そうに笑って手をひらひらと振った。
「まあまあ。三十分くらいしたら戻ってこい。あんまり遠くまで行くなよ」
 そう言い残して、まるで昔の映画なんかに出て来る見合いの席の仲人のように満足げな顔で立ち去って行く。

 なんなんだよ。
 これは、気まずい。
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