腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

文字の大きさ
35 / 114

35話 アザレ座の怪人 -3-

しおりを挟む
 もっとも、これはただの文化祭ではない。
 魔法、剣術、音楽、工芸――それぞれが日々の研鑽けんさんの成果を披露する祭典。

 俺は腹をくくって、午後の練習と準備に全力を注ぐことにした。

 舞台衣装や小道具は、学院の倉庫に保管されているものを使用できるという。
 指定された場所に向かうと、すでに扉が開け放たれていた。
 中では、上級生を中心に何人かの生徒たちが劇の準備をしているらしく、色とりどりの衣装や帽子、壁に掛けられた数々の仮面を手に取っては賑やかに相談している。
 倉庫というより、まるで舞台の幕が上がる直前の楽屋のようだ。

 皆で先客に「失礼します」と声をかけ、中に足を踏み入れると、そこはまるで別世界だった。
 北側の高窓から差し込むわずかな光を受けて、ドレスやマントの布地がわずかにきらめいている。

「……なにこれ、小道具保管庫っていうより、貴族のクローゼットだな」
 思わず呟くと、隣でヴァロンタンが愉快そうに笑った。
「宝の山だな。――さっそくだが、ほらセレス、これなんかどうだ?」
 そう言って彼が手に取ったのは、深紅のドレス。
 濃い赤の絹に黒いレースが重ねられ、胸元には銀糸で繊細な刺繍が施されている。光を受けて、まるで焔のように輝いた。
「派手じゃないか?」とマチアスとルドヴィクが眉をひそめる。
「俺はこっちの水色のドレスがいいと思うな。弦の女神らしいじゃないか」
 意見を挟んだのはオクタヴィアン・ド・ルフェーヴル。
 遺跡見学の際に「担当騎士が怖すぎる」と嘆いていたあの彼だ。警部補役を演じる。
「水色か……。まあ、両方とも舞台映えはするな」
 俺は腕を組みながら、深紅と水色のドレスを見比べた。どちらも手の込んだ仕立てで、布地の艶が光を受けて揺れている。

 ――どちらを選ぶか。舞台映えを考えれば、水色も悪くない。

 そう思いかけたとき、ふと背中に柔らかな視線を感じて、俺は振り向いた。
 倉庫の入り口に立っていたのは、ガルディアン学校のデコール管理・警備員の副官、藤一郎デュラン。

「副官!」
 俺が声を上げると、周囲の生徒たちが一斉に姿勢を正した。
 デュランは軽く手を上げて笑う。
「そんなに固くならなくていい。前を通ったら扉が開いていてね。中をのぞいたら――君たちがあまりにも楽しそうだったから、つい眺めていた」
 その穏やかな声音に、場の空気がより一層、和んだ。

「……一年、水属性は『アザレ座の怪人』をやると聞いたが?」
 こちらにやって来るデュランの視線が、ラックにかかるドレスにゆっくりと移る。
「ええ。衣装を選んでいるところです」
 ルドヴィクが頷く。
「そうか。少し一緒に見てもいいかな?」
「もちろんです!」
 マチアスが嬉しそうに答えた。

 この双子は、遺跡見学のとき、ヴァルカリオンの疾走訓練で体調を崩し、デュランに介抱されて以来、彼には特別な親しみを抱いているところがある。

 優しいもんな、藤一郎・デュラン副官。
 綺麗だし、落ち着いた物腰。彼のあの静かな思いやりに触れて、憧れないほうが難しい。
 ……いやしかし。
 こうして双子と副官がつどっているところを見ると、なんというか――これこそ受けの花園。
 思わずそんなことを考えてしまい、自分で苦笑した。

 それから俺たちは、ゆっくりと衣装の間を歩いた。時おり手に取った布を光に透かし、縫い目の細やかさや色の深みを確かめる。
 やがて、デュランが一着のドレスの前で足を止めた。
「……これだな」
 その声に全員の視線が集まった。

 それは、白のレースで仕立てられた美しいドレスだった。
 胸元には繊細な銀糸の刺繍が施され、スカートの裾には青い光沢のある布が重ねられている。
 まるで夜明け前の空気のような透明感があった。

「これはいい」と、オクタヴィアンが感嘆の息をもらす。
「うん、まさに“弦の女神”だな」
 ヴァロンタンがうなずき、双子が「華やかすぎず、上品」、「今回の劇にぴったりです」と評する。

 そんな中で、デュランが瞼をわずかに伏せ、静かに、ふっと微笑んだ。
「……懐かしい」
「ん?」と俺が首を傾げると、デュランは言った。
「これは、カナード寮監が学生時代に『アザレ座の怪人』で“弦の女神”クリスティーヌ・ダーエを演じたときに着たドレスだ」

「…………ええっ?」
 全員が一斉に固まる。
 一拍ののち、ヴァロンタンが一番先に口を開いた。
「え、まさか……カナード寮監って、あのジャン・ピエール・カナード寮監ですか?」
「ああ。学院中が沸いたよ。凄まじかった。客席は満員で立ち見まで出た」

 衝撃のあまり、誰も言葉が出なかった。
 あの厳格で真面目を絵に描いたような教官が……ドレスを着てヒロインを演じただなんて。

「カナード寮監が……弦の女神……?」
 俺がもらした言葉に、デュランが小さく頷き、懐かしそうに笑った。
「そうだ。ヴァイオリンも見事だった。もし何か困ったことがあったら、彼に相談してみるといい」

「ヴァイオリン……、カナード寮監……」
 口の中でその二つの言葉を転がしながら、俺はぼんやりとドレスを見つめた。
 まさか、女神を実際に演じた人物が、こんなに身近にいたとは思わなかった。

 ……それなら。

 もし、少しでも手ほどきを受けられるなら。
 完璧でなくてもいい。水属性班の仲間たちが作り上げようとしている舞台のために、できる限りのことはしたい。
 デュランはそんな俺の様子を見て、軽く肩を叩いた。
「安心しろ。彼は、面倒見がいい。担当属性が異なっても、喜んで協力してくれる」


  ༺ ༒ ༻


 その夜。
 俺は小道具倉から借り出したヴァイオリンを抱えて、カナード寮監の自室の前に立っていた。黒革のケースには、淡い銀色の魔法陣がうっすらと刻まれている。劣化防止と調律保持の陣――蓋を開けたときに漂った松脂のやわらかな匂いからも、手入れが行き届いているのが分かった。小道具にしては、やたら上等だ。

 拳を軽く二度、扉に当てる。
 コツ、コツ。間を置かずに中から足音が近づき、鍵が外れる音。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

彼はやっぱり気づかない!

水場奨
BL
さんざんな1日を終え目を覚ますと、そこは漫画に似た世界だった。 え?もしかして俺、敵側の端役として早々に死ぬやつじゃね? 死亡フラグを回避して普通に暮らしたい主人公が気づかないうちに主人公パートを歩み始めて、周りをかき回しながら生き抜きます。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【完結】白豚王子に転生したら、前世の恋人が敵国の皇帝となって病んでました

志麻友紀
BL
「聖女アンジェラよ。お前との婚約は破棄だ!」 そう叫んだとたん、白豚王子ことリシェリード・オ・ルラ・ラルランドの前世の記憶とそして聖女の仮面を被った“魔女”によって破滅する未来が視えた。 その三ヶ月後、民の怒声のなか、リシェリードは処刑台に引き出されていた。 罪人をあらわす顔を覆うずた袋が取り払われたとき、人々は大きくどよめいた。 無様に太っていた白豚王子は、ほっそりとした白鳥のような美少年になっていたのだ。 そして、リシェリードは宣言する。 「この死刑執行は中止だ!」 その瞬間、空に雷鳴がとどろき、処刑台は粉々となった。 白豚王子様が前世の記憶を思い出した上に、白鳥王子へと転身して無双するお話です。ざまぁエンドはなしよwハッピーエンドです。  ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

処理中です...