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81話 シルエット家領地へ -2-
「――ところで、この馬車の乗り心地は最高だな」
リシャールが感心したように座面を軽く叩く。
外から見れば、どこからどう見ても普通の四輪馬車。落ち着いた木製の車体に最低限の装飾。
質素と言ってもいいほど。王太子殿下が乗っているとは、誰も思わないだろう。
だが、扉を開けた途端――見た者は必ず、感嘆の声を漏らすに違いない。
まるでリムジン――そもそも“リムジン”という呼び名自体、元は馬車の一種に由来するのだけれど……と、それはさておき。
内部はアンティーク調。テーブルを挟んで向かい合う赤いベルベットの座席がゆったりと車体の左右に配され、魔石ランプが柔らかく揺らめき、八人ぐらい乗っても窮屈にならない広さ。
外観からはとても想像できない”空間拡張魔法”を施した、移動式個室のティーサロンになっている。
そして揺れがほとんどないのは、俺がナタンに相談した車のサスペンション構造を、彼が魔法陣であっさり再現してしまったからだ。
車輪の上にスプリングを置く――ただそれだけのごく簡単な図を描いて見せただけだというのに。
本来なら、金属加工も精密調整も必要なはずの構造を、彼は魔力制御と小規模の陣式だけで実装してしまった。
それだけではない。
「車輪に衝撃を吸う帯のようなものを巻きたい」と言った俺の一言に、ナタンは目を輝かせて即座に反応した。
樹海に自生する植物から採れる弾力性の高い“伸縮樹液”――既に中庭に植えられていた――を使い、柔らかくも強靭な天然素材へと加工して、あっという間に車輪へ巻き付けた。
そもそもこの世界では『魔法』の存在ゆえに、「困れば魔法で解決できる」という発想が根強く、科学や技術の発展はどうしても遅れがちだ。
だが、ナタンのように頭の回転が異常に早い人間に、ほんの少しでも“理屈のヒント”を与えると、途端に景色が変わる。
魔法と技術をつなぐ発想さえ与えれば、彼らは一気に未知の領域へ踏み込み、世界を何歩も先へ進ませてしまうのだ。
きっと今後、この国の馬車は次々とこの構造へと切り替わっていくだろう。
「先日、セレスさまから内部拡張機能のご相談を受け、「外観は、シャーのために変えないように」とのご要望でしたので、急ぎ設計をまとめました。学院に許可を得てうちの馬車を一台持ち込み、オベール警備官とカナード寮監にも手伝って頂き、作り上げたものです」
ナタンが誇らしげに語る。
「セレスが私のためにっ!? この礼は、私が王位継承権を辞退し、コルベール家に婿入りして人生を捧げる事しか思い付かない」
「いや、そんな礼は要らないです。ルクレールと同じようなこと言わないでください」
「即、断られるとは残念だ。しかし、これを旅行が決まってからの短期間で仕上げるとか……さすがな、ナタン」
「光栄です、シャー」
今のところ俺にとってナタンは、「助けてナタン」と言った瞬間に何かしら凄いものを出してくれる“便利すぎる例のアレ”みたいな存在になりつつある……ような気がする。
そんなことをぼんやり考えていたときだった。
ふと視線を横にやると――、
「……ん? おい、これはまた上等な酒じゃないか」
サイドボードを漁っていたルクレールが、立派な木箱を引っ張り出した。
中には濃い琥珀色の液体。年代物のスピリッツだ。
「デュラン副官からの差し入れです。今夜、屋敷で開けましょう」
ジュールが穏やかに制止する。
「いや、今飲みたい」
「王太子殿下の警護中だろ」
俺が冷静にツッコむと、ルクレールは悪びれもせず、「俺は休暇中だ」と肩をすくめた。
「駄目です」
ジュールがぴしゃりと遮る。
ルクレールは少し考えたあと、突然ニヤリと笑った。
「……よし。アン・ブラ・ド・フェールで勝負だ、ジュール」
「ずるいですよ! 俺に勝ち目はありません。ヴァロアさんに勝てるのは、グルネル指揮官だけじゃないですか!」
ジュールが眉を寄せる。
「なら、俺が相手する」
俺が言うと、ルクレールの口角が吊り上がった。
「勝てると思っているのか、セレス?」
「やってみなきゃわからないだろう?」
リシャールが感心したように座面を軽く叩く。
外から見れば、どこからどう見ても普通の四輪馬車。落ち着いた木製の車体に最低限の装飾。
質素と言ってもいいほど。王太子殿下が乗っているとは、誰も思わないだろう。
だが、扉を開けた途端――見た者は必ず、感嘆の声を漏らすに違いない。
まるでリムジン――そもそも“リムジン”という呼び名自体、元は馬車の一種に由来するのだけれど……と、それはさておき。
内部はアンティーク調。テーブルを挟んで向かい合う赤いベルベットの座席がゆったりと車体の左右に配され、魔石ランプが柔らかく揺らめき、八人ぐらい乗っても窮屈にならない広さ。
外観からはとても想像できない”空間拡張魔法”を施した、移動式個室のティーサロンになっている。
そして揺れがほとんどないのは、俺がナタンに相談した車のサスペンション構造を、彼が魔法陣であっさり再現してしまったからだ。
車輪の上にスプリングを置く――ただそれだけのごく簡単な図を描いて見せただけだというのに。
本来なら、金属加工も精密調整も必要なはずの構造を、彼は魔力制御と小規模の陣式だけで実装してしまった。
それだけではない。
「車輪に衝撃を吸う帯のようなものを巻きたい」と言った俺の一言に、ナタンは目を輝かせて即座に反応した。
樹海に自生する植物から採れる弾力性の高い“伸縮樹液”――既に中庭に植えられていた――を使い、柔らかくも強靭な天然素材へと加工して、あっという間に車輪へ巻き付けた。
そもそもこの世界では『魔法』の存在ゆえに、「困れば魔法で解決できる」という発想が根強く、科学や技術の発展はどうしても遅れがちだ。
だが、ナタンのように頭の回転が異常に早い人間に、ほんの少しでも“理屈のヒント”を与えると、途端に景色が変わる。
魔法と技術をつなぐ発想さえ与えれば、彼らは一気に未知の領域へ踏み込み、世界を何歩も先へ進ませてしまうのだ。
きっと今後、この国の馬車は次々とこの構造へと切り替わっていくだろう。
「先日、セレスさまから内部拡張機能のご相談を受け、「外観は、シャーのために変えないように」とのご要望でしたので、急ぎ設計をまとめました。学院に許可を得てうちの馬車を一台持ち込み、オベール警備官とカナード寮監にも手伝って頂き、作り上げたものです」
ナタンが誇らしげに語る。
「セレスが私のためにっ!? この礼は、私が王位継承権を辞退し、コルベール家に婿入りして人生を捧げる事しか思い付かない」
「いや、そんな礼は要らないです。ルクレールと同じようなこと言わないでください」
「即、断られるとは残念だ。しかし、これを旅行が決まってからの短期間で仕上げるとか……さすがな、ナタン」
「光栄です、シャー」
今のところ俺にとってナタンは、「助けてナタン」と言った瞬間に何かしら凄いものを出してくれる“便利すぎる例のアレ”みたいな存在になりつつある……ような気がする。
そんなことをぼんやり考えていたときだった。
ふと視線を横にやると――、
「……ん? おい、これはまた上等な酒じゃないか」
サイドボードを漁っていたルクレールが、立派な木箱を引っ張り出した。
中には濃い琥珀色の液体。年代物のスピリッツだ。
「デュラン副官からの差し入れです。今夜、屋敷で開けましょう」
ジュールが穏やかに制止する。
「いや、今飲みたい」
「王太子殿下の警護中だろ」
俺が冷静にツッコむと、ルクレールは悪びれもせず、「俺は休暇中だ」と肩をすくめた。
「駄目です」
ジュールがぴしゃりと遮る。
ルクレールは少し考えたあと、突然ニヤリと笑った。
「……よし。アン・ブラ・ド・フェールで勝負だ、ジュール」
「ずるいですよ! 俺に勝ち目はありません。ヴァロアさんに勝てるのは、グルネル指揮官だけじゃないですか!」
ジュールが眉を寄せる。
「なら、俺が相手する」
俺が言うと、ルクレールの口角が吊り上がった。
「勝てると思っているのか、セレス?」
「やってみなきゃわからないだろう?」
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