104 / 180
104話 シルエット家領地へ -25-
低く唸るように言った声に、俺は違和感を覚えて振り向いた。
見上げた先で、ルクレールが、耳まで真っ赤になっていた。明らかに、照れている。
焚き火のせいにするには、さすがに無理だ。
俺は一瞬、言葉を失い、次の瞬間、思わず視線を逸らした。
百戦錬磨のヤリチンが……。
過去の浮名をどれだけ掘り返されようが、誰とどうだったと暴露されようが眉一つ動かさないくせに、魚釣りを頑張ったことを知られただけでこの有様かよ。
思春期ですか、コノヤロー。
反応が中学生男子すぎて、こっちがどうしていいか分からない。
しかし、ジュールは、そんな空気を読むことはなく、悪気なく続ける。
「そこまで頑張ったのに、んん? ……美味っ、……洞窟に……着いた瞬間」
もう一口。
「婚約宣言を……、魚、フワフワっ……、うーんっ、絶品ですね、これっ、……聞かされたんですもんねー。そりゃ、膝から崩れ落ちます」
ジュールの言葉が落ちた瞬間、焚き火の爆ぜる音だけが、妙に大きく響く。
ルクレールは一拍置き、何事もなかったようにグラスを卓に置いた。
「……お前、モローさんに似てきたな」
軽い調子の言葉だったが、その裏に、少しだけ棘が混じっている。
「まあ、元ノクターンの先輩ですしー」
ジュールは気にも留めず、肩をすくめて続ける。
「ガルディアンに配属された当初は俺の世話係をかって出てくれて、今でも何かと一緒にいる時間が一番長い気もしますし」
……え?
思わず、声が漏れた。
「……元ノクターン?」
「はい。元テネブリス・ノクターンの所属でしたよ、モロー隊長」
「……見えない……」
「強いでしょ、あの人」
ジュールは当然のことのように頷く。
「……よし、ジュール。明日は魚に化けろ。川に放り込んでやる」
「えー、嫌ですよー」
ルクレールの口元が、ほんのわずかに緩んでいる。
それを見て、俺はつい、堪えきれずに吹き出した。
広場のざわめきは穏やかで、笑い声と食器の音が、星明りに溶けていく。
アルチュールの足元で、ノアールが静かに伏せ、同じ空を見上げていた。
やがて、宴は静かに終わりへと向かっていった。
寝落ちしてしまった子供を背に負い、名残惜しそうに頭を下げながら帰っていく通いの召使たち。
その背を見送りつつ、メイドたちは手際よく卓を片付け、空になった皿や杯を次々と下げていく。
焚き火も少しずつ火勢を落とされ、広場に残るのは、夜風と星明りだけだった。
……そういえば。
さっきまで場を賑わせていたダンサーの姿が見当たらない。
いつの間にか、俺の前だけでなく、あちこちに引っ張り出されては踊っていたはずだ。
「上手、上手!」と手を叩かれ、「きれーい!」と子供たちに囲まれ、気が付けば広場の端から端まで、呼ばれるままに羽を広げていた。
人の輪ができては解け、そのたびに小さな歓声が上がっていたのを覚えている。
どこへ行ったのかと周囲を見回していると、背後から気配が近づいた。
「彩尾鳥のエルなら厩舎ですよ」
振り向くと、マルセルが小さな器を手に立っていた。
中には、つやつやとした白いプリンが揺れている。
「基本、夜は見えない“鳥目”ですから……寝ています」
くすりと笑って、続けた。
「セレスさまが羽を受け取ってくださったでしょう? あれで、ずいぶんご機嫌でしたね」
そう言われて、俺は無意識に腰元に触れた。
ズボンのポケットに差し込むように収めてある、羽の束。
動くたび、羽軸がかすかに布越しに主張してくる。
その仕草を見て、マルセルは小さく笑う。
「はい、どうぞ。特製のデザートです」
そう言って、手にしていた器を差し出して来た。
受け取りながら、嫌な予感がして眉をひそめる。
「これ……もしかして、白卵瑞鳥ココリウスの……」
「正解」
即答だった。
「ちゃんと食べてやってください。あれなりの、最大級の歓迎ですから」
その横から、ぐいっとジュールが顔を突っ込んでくる。
「俺には無いんですかー?」
完全に出来上がっていた。足取りも危うく、目もとろんとしている。
「これは、ココリウスがセレスさまに捧げた愛ですから」
マルセルは淡々と言い切った。
「なんか……性態系、崩してませんか……?」
ジュールが真顔で呟く。
「上司と同じこと言わないでください」
俺はそう返しながら、スプーンを入れる。
口に運んだ瞬間、思わず声が出た。
「……美味っ」
舌の上でほどけるように広がる、濃厚な卵黄のコクと甘み。
まろやかな余韻が喉の奥まで残り、今日一日の疲れが、ゆっくりと溶けていく気がした。
見上げた先で、ルクレールが、耳まで真っ赤になっていた。明らかに、照れている。
焚き火のせいにするには、さすがに無理だ。
俺は一瞬、言葉を失い、次の瞬間、思わず視線を逸らした。
百戦錬磨のヤリチンが……。
過去の浮名をどれだけ掘り返されようが、誰とどうだったと暴露されようが眉一つ動かさないくせに、魚釣りを頑張ったことを知られただけでこの有様かよ。
思春期ですか、コノヤロー。
反応が中学生男子すぎて、こっちがどうしていいか分からない。
しかし、ジュールは、そんな空気を読むことはなく、悪気なく続ける。
「そこまで頑張ったのに、んん? ……美味っ、……洞窟に……着いた瞬間」
もう一口。
「婚約宣言を……、魚、フワフワっ……、うーんっ、絶品ですね、これっ、……聞かされたんですもんねー。そりゃ、膝から崩れ落ちます」
ジュールの言葉が落ちた瞬間、焚き火の爆ぜる音だけが、妙に大きく響く。
ルクレールは一拍置き、何事もなかったようにグラスを卓に置いた。
「……お前、モローさんに似てきたな」
軽い調子の言葉だったが、その裏に、少しだけ棘が混じっている。
「まあ、元ノクターンの先輩ですしー」
ジュールは気にも留めず、肩をすくめて続ける。
「ガルディアンに配属された当初は俺の世話係をかって出てくれて、今でも何かと一緒にいる時間が一番長い気もしますし」
……え?
思わず、声が漏れた。
「……元ノクターン?」
「はい。元テネブリス・ノクターンの所属でしたよ、モロー隊長」
「……見えない……」
「強いでしょ、あの人」
ジュールは当然のことのように頷く。
「……よし、ジュール。明日は魚に化けろ。川に放り込んでやる」
「えー、嫌ですよー」
ルクレールの口元が、ほんのわずかに緩んでいる。
それを見て、俺はつい、堪えきれずに吹き出した。
広場のざわめきは穏やかで、笑い声と食器の音が、星明りに溶けていく。
アルチュールの足元で、ノアールが静かに伏せ、同じ空を見上げていた。
やがて、宴は静かに終わりへと向かっていった。
寝落ちしてしまった子供を背に負い、名残惜しそうに頭を下げながら帰っていく通いの召使たち。
その背を見送りつつ、メイドたちは手際よく卓を片付け、空になった皿や杯を次々と下げていく。
焚き火も少しずつ火勢を落とされ、広場に残るのは、夜風と星明りだけだった。
……そういえば。
さっきまで場を賑わせていたダンサーの姿が見当たらない。
いつの間にか、俺の前だけでなく、あちこちに引っ張り出されては踊っていたはずだ。
「上手、上手!」と手を叩かれ、「きれーい!」と子供たちに囲まれ、気が付けば広場の端から端まで、呼ばれるままに羽を広げていた。
人の輪ができては解け、そのたびに小さな歓声が上がっていたのを覚えている。
どこへ行ったのかと周囲を見回していると、背後から気配が近づいた。
「彩尾鳥のエルなら厩舎ですよ」
振り向くと、マルセルが小さな器を手に立っていた。
中には、つやつやとした白いプリンが揺れている。
「基本、夜は見えない“鳥目”ですから……寝ています」
くすりと笑って、続けた。
「セレスさまが羽を受け取ってくださったでしょう? あれで、ずいぶんご機嫌でしたね」
そう言われて、俺は無意識に腰元に触れた。
ズボンのポケットに差し込むように収めてある、羽の束。
動くたび、羽軸がかすかに布越しに主張してくる。
その仕草を見て、マルセルは小さく笑う。
「はい、どうぞ。特製のデザートです」
そう言って、手にしていた器を差し出して来た。
受け取りながら、嫌な予感がして眉をひそめる。
「これ……もしかして、白卵瑞鳥ココリウスの……」
「正解」
即答だった。
「ちゃんと食べてやってください。あれなりの、最大級の歓迎ですから」
その横から、ぐいっとジュールが顔を突っ込んでくる。
「俺には無いんですかー?」
完全に出来上がっていた。足取りも危うく、目もとろんとしている。
「これは、ココリウスがセレスさまに捧げた愛ですから」
マルセルは淡々と言い切った。
「なんか……性態系、崩してませんか……?」
ジュールが真顔で呟く。
「上司と同じこと言わないでください」
俺はそう返しながら、スプーンを入れる。
口に運んだ瞬間、思わず声が出た。
「……美味っ」
舌の上でほどけるように広がる、濃厚な卵黄のコクと甘み。
まろやかな余韻が喉の奥まで残り、今日一日の疲れが、ゆっくりと溶けていく気がした。
あなたにおすすめの小説
本の虫な転生赤ちゃんは血塗りの宰相の義愛娘~本の世界に入れる『ひみちゅのちから』でピンチの帝国を救ったら、冷酷パパに溺愛されてます
青空あかな
ファンタジー
ブラック企業に勤める本の虫でアラサーOLの星花は、突然水に突き落とされた衝撃を感じる。
藻掻くうちに、自分はなぜか赤ちゃんになっていることを理解する。
溺死寸前の彼女を助けたのは、冷徹な手腕により周囲から「血塗りの宰相」と恐れられるアイザック・リヴィエール公爵だった。
その後、熱に浮かされながら見た夢で前世を思い出し、星花は異世界の赤ちゃんに転生したことを自覚する。
目覚めた彼女は周囲の会話から、赤ちゃんの自分を川に落としたのは実の両親だと知って、強いショックを受けた。
前世の両親もいわゆる毒親であり、今世では「親」に愛されたかったと……。
リヴィエール公爵家の屋敷に連れて行かれると、星花にはとても貴重な聖属性の魔力があるとわかった。
アイザックに星花は「ステラ」と名付けられ彼の屋敷で暮らすようになる。
当のアイザックとはほとんど会わない塩対応だが、屋敷の善良な人たちに温かく育てられる。
そんなある日、精霊と冒険する絵本を読んだステラはその世界に入り込み、実際に精霊と冒険した。
ステラには「本の世界に入り込み、その本の知識や内容を実際に体験したように習得できる特別な力」があったのだ。
彼女はその力を使って、隣国との条約締結に関する通訳不在問題や皇帝陛下の病気を治す薬草探索など、様々な問題を解決する。
やがて、アイザックは最初は煩わしかったはずのステラの活躍と愛らしさを目の当たりにし、彼女を「娘として」大切に思うようになる。
これは赤ちゃんに転生した本好きアラサーの社畜OLが、前世の知識と本好きの力を活かして活躍した結果、冷徹な義父から溺愛される話である。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
召喚された聖女の俺は生真面目な護衛騎士に愛されたい
緑虫
BL
バイト帰りにコンビニを出た瞬間、西洋風な服装のおじさんたちに囲まれた片桐隼人(かたぎり はやと)。
「聖女様が御姿を現されたぞ!」
「え、あ、あの」
だが、隼人を聖女と呼ぶ赤毛の王子は隼人が男と知ると態度を豹変。金髪碧眼の美貌の騎士レオが「――ここにもうひとりおります!」と言ったことで、聖女召喚に巻き込まれただけの一般人としてレオと共に城を追い出されてしまう。
てっきりこれはドッキリの類だと思い込む隼人は、「早く家に帰ってインスタント焼きそば(辛子マヨネーズ味)を食べたい!」と願うが、事はそううまくは運ばない。
「我レオ・フェネオン、騎士の名誉に誓い、真の聖女様に揺るぎなき忠誠を捧げる」
あまつさえ、レオにそんなことを言われてしまう。
レオに連れられて異世界を移動するうちに、魔物に襲われてしまう二人。
光り輝く剣で敵を倒すレオは格好いいけど、隼人は最早リバース寸前だった。
――ここまできたら、いい加減認めざるを得ない。俺がいる場所が施設の中とかプロジェクションマッピングとかじゃなくて、本物の異世界だってことを!
だが、元の世界に帰る為には、別の召喚陣がある場所まで行かなければならない。そんな訳でレオと二人、隣国に向けて逃亡を始めた。
レオ以外に頼る相手のいない隼人は、ひとりになった瞬間恐怖に襲われる。
するとレオが「では、私の祖国に到着し王家に保護されるまでの間、私とハヤトは結婚を間近に控えた恋人同士の設定でいきましょう」と何故か言い出し――?
オメガバースは独自設定です。ご了承下さい。
秘密多き生真面目イケメン騎士攻めx明るい勤労大学生受け
ハピエン、完結保証。ムーンライトノベルズにも掲載中。
聖女(男)・騎士・追放・後宮・溺愛・執着・王子・異世界・召喚・敵国・偽装・オメガバース(α、Ω)
また恋人に振られたので酒に飲まれていたらゴツい騎士に求婚していた件
月衣
BL
また恋人に振られた魔導省のエリート官吏アルヴィス。失恋のショックで酒に溺れた彼は勢いのまま酒場に現れた屈強な王宮騎士ガラティスに求婚してしまう。
翌朝すべての記憶を保持したまま絶望するアルヴィスだったが当のガラティスはなぜか本気だった。
「安心しろ。俺は誠実な男だ。一度決めたことは覆さない」
逃げようとするエリート魔導師と絶対に逃がさない最強騎士
貢ぎ体質な男が捕まる強制恋愛コメディのつもりです!!
僕に双子の義兄が出来まして
サク
BL
この度、この僕に双子の義兄が出来ました。もう、嬉し過ぎて自慢しちゃうよ。でも、自慢しちゃうと、僕の日常が壊れてしまう気がするほど、その二人は人気者なんだよ。だから黙って置くのが、吉と見た。
そんなある日、僕は二人の秘密を知ってしまった。ん?知っているのを知られてしまった?が正しいかも。
ごめんよ。あの時、僕は焦っていたんだ。でもね。僕の秘密もね、共有して、だんだん仲良くなったんだよ。
…仲良くなったと、そう信じている。それから、僕の日常は楽しく、幸せな日々へと変わったんだ。そんな僕の話だよ。
え?内容紹介が内容紹介になってないって?気にしない、気にしない。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
春野くんち―僕の日常は、過保護な兄弟たちに囲まれている―
猫に恋するワサビ菜
BL
春野家の朝は、いつも賑やかで少しだけ過保護。
穏やかで包容力のある長男・千隼。
明るくチャラめだが独占欲を隠さない次男・蓮。
家事万能でツンデレ気味な三男・凪。
素直になれないクールな末っ子・琉生。
そして、四人の兄弟から猫のように可愛がられている四男の乃空。
自由奔放な乃空の振る舞いに、兄たちは呆れながらも、とろけるような笑顔で彼を甘やかす。