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前編
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私の家は、代々『水守(みもり)』の家系でございます。
神社でも寺でもございません。けれども、昔から水にまつわる仕事や祭事を担って生きてまいりました。
井戸の清掃、用水路の管理、雨乞いや水神様への祈祷。
いまどきの感覚では信じがたいような習わしも、祖父母の代までは、実際に執り行われていたそうです。
周囲からは『[ruby=すいりゅうおんみょうじ]水流陰陽師[/ruby]』などと、冗談めかして呼ばれておりました。
令和の今となっては、父が地元の浄水場で働いている程度のことで、「ちょっと変わった家族ですね」と笑われるくらいには、色濃い因習も色あせつつあります。
……とは申せ、我が家の内部では、未だにいくつかの『[ruby=きんき]禁忌[/ruby]』がございます。
井戸に物を落としてはならない。
夜の蛇口はむやみに捻るな。
一人で入る風呂は湯船で西を背にしてはならない――。
例えば、風呂については、曾祖母がこう言っておりました。
仏教では「西方浄土」と申しますように、西は死者が辿り着く『彼岸』の方角とされております。
「西というのは、死者が水辺を渡り、還る方角。だから風呂の湯船で西を背にするというのは、[ruby=みもり]水守[/ruby]の者が、死者の通り道に背を向けて無防備になるということなのです。私たちは、、水神様のお力を借りて、この世に居てはいけない者たちを三途の川まで導き、あの世へ送り出す役目も負ってきました。見送ったみんなが感謝してくれるわけじゃない。ときに、恨みを持ったまま去る者もいる……。だからこそ、『通り道』には背を向けるな、っていうのよ。いつ、誰が戻って来るか分からないのですから」と。
子供の頃は、どれも迷信だと思っておりました。
けれど、よくわからぬまま頷いていた曾祖母の言葉が、大人になった今では、どこか胸に引っかかって離れないのです。
私自身、幼いころから人より少しばかり『水』に敏感なところがございました。
夏の盛り、夕立のあとに背筋をひやりと這う気配。
誰もいない水場で、ふと感じる視線。
そういったことを、誰にも話さず心の奥にしまってきたのです。
けれど、三年前のある夜の出来事が、私の考えを根底から覆しました。
◇
それは、幼馴染だった友人の四十九日を間近に控えた夏の夜のこと。
私は久しぶりに実家へ帰省しておりました。
一言でいえば、彼の死因は、川での転落死。 大学のサークル仲間と訪れた渓谷の淵で足を滑らせ、濁流にのまれたのです。
私はその場に、いませんでした。 けれど、いなかったことが、かえって罪のように私自身を責めていたのです。
「もしかして──あいつは、私の代わりに流されたのではないか」
そんな思いすら、心を掠めました。
根拠などありません。ただ、ふとそんな考えが頭のすみをよぎるのでした。
彼は、誰よりも私をよく見てくれていました。
私の些細な変化にもすぐに気づくような人でした。
たとえば、ある年の夏祭り。大人たちの人混みに酔って体調を崩した私に気付き、水を買ってきてくれたのは、彼でした。
自転車で転んで膝を擦りむいたときも、公園の水道で傷口を洗ってくれたのは彼でした。
私は、彼が『幼馴染』で『友人』であることを何の疑いもなく信じていました。
けれど、もしかしたら……彼の側[ruby=・]にも[/ruby]また、私に伝えられない想いがあったのかもしれません。
彼から向けられる視線は、ときおり私の頬や首筋に戸惑いのような光を宿していた気がするのです。
それを見ないふりをしたのは、私だったのかもしれません。
◇
夜も更け、就寝の時刻をとうに過ぎても、私は眠ることができませんでした。
網戸越しに聴こえる[ruby=よぜみ]夜蝉[/ruby]の声は、いつもよりもどこか粘ついたように耳にまとわりつき、重く感じました。
廊下の灯りが襖の隙間から漏れるのも、熱を帯びているかのようで、部屋の空気は、湿り気を帯びてぬるく感じられたのです。
明かりをつけず、私は台所へと足を運びました。
喉を潤すため、コップを手に取ったとき、どこかでふと、誰かの視線を感じた気がしました。
気のせいだと笑い、蛇口をひねり、水を注ぐ――。キッチンのシンクは東向きで、西を背にして立つことになる。そのとき私はまさに、死者の通り道に背を向けていたのです。
そのときでございます。
水に、違和感を覚えたのです。
それは、ぬるい……、明らかにぬるかったのです。
真夏の深夜、地下水を引いているこの台所の水は、例年なら指が痺れるほどではなくとも、冷たいはずなのです。
ところが、その夜に限って、妙に体温に近い温度をしていたのです。
流れる音が遅れて届く。
まるで、どこか別の場所から水が引かれてきているような、そんな感覚――。
いや、それよりも……。
私は気づきました。水を受け止めていたはずのコップが、いつの間にか、手の中から滑り落ちていたことに。
パシャ……ン。
水音が、夜の静けさに異様なほど鮮明に響きました。
しかし、それで終わりではなかったのです。
床に広がったはずの水が、流れずにそこに『留まっている』――。それどころか、やがてそれは、ゆっくりと『形』を持ち始めました。
腕、手のひら、肩……。
人の上半身のような形を成したそれは、床から立ち上がろうとしながら、私の方へと這い寄ってまいりました。
神社でも寺でもございません。けれども、昔から水にまつわる仕事や祭事を担って生きてまいりました。
井戸の清掃、用水路の管理、雨乞いや水神様への祈祷。
いまどきの感覚では信じがたいような習わしも、祖父母の代までは、実際に執り行われていたそうです。
周囲からは『[ruby=すいりゅうおんみょうじ]水流陰陽師[/ruby]』などと、冗談めかして呼ばれておりました。
令和の今となっては、父が地元の浄水場で働いている程度のことで、「ちょっと変わった家族ですね」と笑われるくらいには、色濃い因習も色あせつつあります。
……とは申せ、我が家の内部では、未だにいくつかの『[ruby=きんき]禁忌[/ruby]』がございます。
井戸に物を落としてはならない。
夜の蛇口はむやみに捻るな。
一人で入る風呂は湯船で西を背にしてはならない――。
例えば、風呂については、曾祖母がこう言っておりました。
仏教では「西方浄土」と申しますように、西は死者が辿り着く『彼岸』の方角とされております。
「西というのは、死者が水辺を渡り、還る方角。だから風呂の湯船で西を背にするというのは、[ruby=みもり]水守[/ruby]の者が、死者の通り道に背を向けて無防備になるということなのです。私たちは、、水神様のお力を借りて、この世に居てはいけない者たちを三途の川まで導き、あの世へ送り出す役目も負ってきました。見送ったみんなが感謝してくれるわけじゃない。ときに、恨みを持ったまま去る者もいる……。だからこそ、『通り道』には背を向けるな、っていうのよ。いつ、誰が戻って来るか分からないのですから」と。
子供の頃は、どれも迷信だと思っておりました。
けれど、よくわからぬまま頷いていた曾祖母の言葉が、大人になった今では、どこか胸に引っかかって離れないのです。
私自身、幼いころから人より少しばかり『水』に敏感なところがございました。
夏の盛り、夕立のあとに背筋をひやりと這う気配。
誰もいない水場で、ふと感じる視線。
そういったことを、誰にも話さず心の奥にしまってきたのです。
けれど、三年前のある夜の出来事が、私の考えを根底から覆しました。
◇
それは、幼馴染だった友人の四十九日を間近に控えた夏の夜のこと。
私は久しぶりに実家へ帰省しておりました。
一言でいえば、彼の死因は、川での転落死。 大学のサークル仲間と訪れた渓谷の淵で足を滑らせ、濁流にのまれたのです。
私はその場に、いませんでした。 けれど、いなかったことが、かえって罪のように私自身を責めていたのです。
「もしかして──あいつは、私の代わりに流されたのではないか」
そんな思いすら、心を掠めました。
根拠などありません。ただ、ふとそんな考えが頭のすみをよぎるのでした。
彼は、誰よりも私をよく見てくれていました。
私の些細な変化にもすぐに気づくような人でした。
たとえば、ある年の夏祭り。大人たちの人混みに酔って体調を崩した私に気付き、水を買ってきてくれたのは、彼でした。
自転車で転んで膝を擦りむいたときも、公園の水道で傷口を洗ってくれたのは彼でした。
私は、彼が『幼馴染』で『友人』であることを何の疑いもなく信じていました。
けれど、もしかしたら……彼の側[ruby=・]にも[/ruby]また、私に伝えられない想いがあったのかもしれません。
彼から向けられる視線は、ときおり私の頬や首筋に戸惑いのような光を宿していた気がするのです。
それを見ないふりをしたのは、私だったのかもしれません。
◇
夜も更け、就寝の時刻をとうに過ぎても、私は眠ることができませんでした。
網戸越しに聴こえる[ruby=よぜみ]夜蝉[/ruby]の声は、いつもよりもどこか粘ついたように耳にまとわりつき、重く感じました。
廊下の灯りが襖の隙間から漏れるのも、熱を帯びているかのようで、部屋の空気は、湿り気を帯びてぬるく感じられたのです。
明かりをつけず、私は台所へと足を運びました。
喉を潤すため、コップを手に取ったとき、どこかでふと、誰かの視線を感じた気がしました。
気のせいだと笑い、蛇口をひねり、水を注ぐ――。キッチンのシンクは東向きで、西を背にして立つことになる。そのとき私はまさに、死者の通り道に背を向けていたのです。
そのときでございます。
水に、違和感を覚えたのです。
それは、ぬるい……、明らかにぬるかったのです。
真夏の深夜、地下水を引いているこの台所の水は、例年なら指が痺れるほどではなくとも、冷たいはずなのです。
ところが、その夜に限って、妙に体温に近い温度をしていたのです。
流れる音が遅れて届く。
まるで、どこか別の場所から水が引かれてきているような、そんな感覚――。
いや、それよりも……。
私は気づきました。水を受け止めていたはずのコップが、いつの間にか、手の中から滑り落ちていたことに。
パシャ……ン。
水音が、夜の静けさに異様なほど鮮明に響きました。
しかし、それで終わりではなかったのです。
床に広がったはずの水が、流れずにそこに『留まっている』――。それどころか、やがてそれは、ゆっくりと『形』を持ち始めました。
腕、手のひら、肩……。
人の上半身のような形を成したそれは、床から立ち上がろうとしながら、私の方へと這い寄ってまいりました。
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