ノイズの都市

久遠 司

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第8章「きさらぎ駅・再訪」

第3話 置いていくという選択

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きさらぎ駅は、待たなかった。

列車が来るわけでも、
誰かを閉じ込めるわけでもない。

ただ、
立ち止まった人間だけを映す。

「……再訪者が減った理由が、
はっきりしたな」
鷹宮は、駅の構造図を閉じながら言った。

「うん」
久遠は頷く。「役割を終えた」

「何の」

「選ばなかった自分と、
向き合う役割」



最後の依頼人は、
二十代の女性だった。

「……夢なんです」
彼女は言う。「でも、
夢じゃない気もして」

「きさらぎ駅に?」

「はい」

久遠は、ゆっくり頷いた。

「……誰が、いました?」

彼女は、少し迷ってから答えた。

「……小学生の私です」



駅のホームで、
彼女は“過去の自分”と向き合った。

泣いていたわけでも、
怒っていたわけでもない。

ただ、
黙って立っていた。

「……何も言われませんでした」
彼女は言う。「でも——」

「何も言わなくていい、
って分かった」

久遠は、目を閉じた。

「……それでいい」



夜。

久遠は、再び駅に立っていた。

今度は、
完全に一人。

標識も、
構内放送も、
ほとんど消えかけている。

「……もう、
残す人がいない」

ホームの端に、
小さな影が現れた。

少年——
最初のきさらぎ駅の、案内役。

「……終わりだね」

「ああ」

「……寂しい?」

久遠は、少し考えてから答えた。

「役割を終えた場所は、
寂しくない」

少年は、微笑んだ。

「じゃあ——」

「置いていこう」



風が、吹いた。

駅の輪郭が、
少しずつ薄れていく。

線路は、
現実のものと重なり、
区別がつかなくなる。

「……帰るか」
鷹宮の声。

いつの間にか、
隣に立っている。

「うん」

二人は、
ホームを後にした。

振り返らない。



翌朝。

きさらぎ駅の検索数は、
ほぼゼロになった。

完全消滅ではない。
だが、
“行ける場所”としては
機能しなくなった。

代わりに、
こんな言葉だけが残る。

《あそこは、
行く場所じゃない》

《思い出す場所だ》



事務所で、
久遠は椅子に腰掛けた。

「……一つ、
大きな円が閉じたな」

「だが——」
鷹宮は、静かに言う。「次は、
もっと身近な円だ」

端末が、震えた。

新着通知。
差出人不明。

《次は、
“存在しない友達”》

久遠は、画面を見つめる。

「……誰もが、
一度は作る」

鷹宮は、頷いた。

「自分を守るための、
誰か」

きさらぎ駅は、終わった。

だが、
都市伝説は——
さらに、人の内側へ潜る。

置いていくという選択は、
前に進むということだ。

——第8章・了。
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