ノイズの都市

久遠 司

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第8章「きさらぎ駅・再訪」

第2話 振り返った先にあるもの

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きさらぎ駅は、完全には消えなかった。

だが、以前のように
「気づいたら立っていた」
という形では、もう現れない。

「……呼ばれる条件が、
はっきりしてきたな」
鷹宮が、調査メモを閉じながら言った。

「うん」
久遠は頷く。「迷っている人間じゃない」

「決めた人間だ」

「決めて、進んだ人間」



再訪者たちの証言は、微妙に一致している。
• 駅に立っても、恐怖がない
• 帰り道を知っている
• ただ一つ、
“見たいもの”がある

「……過去だな」
鷹宮が言う。

「正確には——」
久遠は修正する。
「選ばなかった過去」



新たな依頼人は、四十代の男性だった。

「……若い頃、
音楽を続けるか、
就職するかで迷いました」

彼は、淡々と話す。

「就職を選びました。
後悔は……していません」

「だが」
久遠が促す。

「……夢で、
きさらぎ駅に立ったんです」

彼は、少しだけ笑った。

「そこに、
ギターケースを持った
“俺”がいました」



夢の中で、
男性は“もう一人の自分”と
言葉を交わさなかった。

ただ、
すれ違った。

「……それだけです」
男性は言う。「でも——」

「目が覚めた後、
胸が軽かった」

久遠は、静かに息を吸った。

「……統合が起きてる」

「統合?」

「選ばなかった自分を、
否定しなかった」



きさらぎ駅は、
今や“分岐点の残骸”だ。

人が決断するたび、
可能性は枝分かれする。

そのうちの、
切り落とされた枝。

「……普通なら、
忘れる場所だ」
鷹宮が言う。

「でも——」
久遠は続ける。「忘れきれない人が、
必ずいる」

「だから、駅が残った」



夜。
再び、あの無人駅。

今度は、
久遠自身が立っていた。

「……夢か?」

否定できない。
だが、
感覚は、あまりに鮮明だ。

ホームの端に、
少年が立っている。

見覚えがある。

「……きさらぎ駅、
最初の時の」

少年は、頷いた。

「まだ、終わってない人がいる」

「誰だ」

少年は、久遠を見つめる。

「……あなた」



久遠は、
何も言えなかった。

「俺は、
もう進んでいる」

少年は、首を振る。

「進んだつもりになってるだけ」

列車の音が、遠くから近づく。

今回は、
止まらない。

通過列車だ。

「……乗らない」
久遠は言った。

「乗らなくていい」
少年は答える。「見るだけだ」

車窓に、
映る景色。

もし、
別の選択をしていたら——
という連なり。

だが、
そこに“後悔”はない。

ただ、
静かな可能性があるだけだ。



目を開けると、
事務所だった。

鷹宮が、椅子に腰掛けている。

「……見たな」

「見た」
久遠は、短く答えた。

「どうだった」

「……悪くなかった」

鷹宮は、わずかに笑った。

「なら、大丈夫だ」



翌日。

きさらぎ駅の再訪報告は、
さらに減った。

完全消滅ではない。
だが、
“戻れない場所”として
語られることはなくなった。

代わりに、
こんな表現が増えた。

《あそこは、
戻る場所じゃない》

《振り返るだけの場所だ》



久遠は、窓の外を見た。

人々は、
前を向いて歩いている。

だが、
時折、立ち止まり、
後ろを振り返る。

それでいい。

「……都市伝説も、
歳を取るな」

鷹宮が、静かに言った。

「人と一緒にね」

端末が、震えた。

新着通知。
差出人不明。

《次は、
“存在しない友達”》

久遠は、画面を見つめる。

「……今度は、
一人じゃない」

鷹宮は、頷いた。

「孤独の形だ」

きさらぎ駅は、
完全には消えない。

だが、
迷わせることもない。

物語は、
さらに内側へと進んでいく。
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