ノイズの都市

久遠 司

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第8章「きさらぎ駅・再訪」

第1話 同じ場所には、戻れない

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再訪は、意図されたものではなかった。

「……ログが、戻ってきてる」
久遠は、端末の画面を指でなぞった。

数値ではない。
座標でもない。

**“文脈”**だった。

「きさらぎ駅に関する検索が、
再び増えている」
鷹宮が言う。「だが——」

「内容が違う」
久遠は即座に答えた。

かつては、
《帰れない》
《異界に迷い込んだ》

今は違う。

《帰ってきた》
《前と違う》
《同じはずなのに、違う》

「……再訪者だな」
鷹宮が、低く言った。



最初の依頼人は、
あの時の“きさらぎ駅体験者”ではなかった。

「……夢の話なんですけど」
青年は、困惑した表情で言った。

「夢の中で、
きさらぎ駅に“行ったことがある”気がして」

「行った覚えは?」
鷹宮が問う。

「ありません。
でも——」

彼は、はっきり言った。

「“帰ってきた”感じだけが、残ってる」

久遠は、目を閉じた。

「……入口が、変わったな」



調査を進めるにつれ、
奇妙な共通点が見えてきた。
• 体験者は、過去に
“何かを選び直した”人間
• 大きな決断を終えた直後
• 後悔ではなく、納得がある

「……条件が、真逆だ」
鷹宮が言う。

「うん」
久遠は頷く。「最初のきさらぎ駅は——」

「選択不能の象徴だった」

「今度は、選択を終えた人間が呼ばれてる」



夜。

久遠は、無人駅のホームに立っていた。

終電後。
風の音だけが、線路をなぞる。

「……ここだ」

見覚えがある。
だが、
同じではない。

標識の文字が、少しだけ違う。
色褪せ方も、角度も。

「……再現じゃない」
鷹宮が言う。

「更新されてる」

列車の音が、遠くから近づく。

だが、
到着しない。

代わりに——
構内放送が流れた。

《——次は、きさらぎ》

久遠は、息を吸った。

「……今度は、
“止まる駅”として現れた」



ホームに、
人影が一つ。

女性。
見覚えがある。

「……あなたは」

彼女は、振り返った。

「前に、来ました」

「帰れたのか」

「はい」
彼女は、穏やかに頷く。「でも——」

視線が、線路の奥へ向く。

「置いてきたものが、あった」

鷹宮が、低く言う。

「……後悔か?」

「違います」
彼女は、はっきり答えた。

「選ばなかった可能性です」

久遠は、理解した。



列車が、入ってくる。

今回は、
普通の電車だった。

扉が、開く。

《ご乗車の際は——》

案内は、正常。

「……罠じゃない」
鷹宮が言う。

「うん」
久遠は頷く。「確認だ」

「何の」

「選ばなかった人生を、
見に行くかどうか」

女性は、
一歩、踏み出した。

だが、
振り返る。

「……あなたたちは?」

久遠は、答えた。

「俺たちは——」

言葉を、選ぶ。

「降りる側だ」



列車は、
何事もなく発車した。

ホームに残ったのは、
二人だけ。

構内放送が、静かに告げる。

《——次は、現実》

風が、止んだ。

駅は、
ゆっくりと
存在感を失っていく。



事務所に戻り、
久遠は椅子に腰を下ろした。

「……きさらぎ駅は、
変わった」

「都市伝説も、
成長する」
鷹宮が言う。

「“迷う場所”から——」

「振り返る場所へ」

端末が、震えた。

新着通知。
差出人不明。

《次は、八尺様“再接触”》

久遠は、画面を見つめる。

「……終わらせたはずのものほど、
戻ってくる」

鷹宮は、静かに言った。

「それだけ、人が変わった証拠だ」

きさらぎ駅は、
もう迷わせない。

だが——
振り返る者を、
確かに選んでいる。

物語は、
螺旋を描いて進む。
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