ノイズの都市

久遠 司

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第7章「ドッペルゲンガー」

第3話 自分の席に戻る

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ドッペルゲンガーは、最後まで丁寧だった。

騒がない。
脅さない。
力で奪おうともしない。

「……本当に、
“代行業”だな」
鷹宮は、静かに言った。

「だからこそ、
拒否しにくい」
久遠は答える。「優しすぎる」



最後の被害報告は、
これまでで一番、はっきりしていた。

「……“戻ってきた”んです」

依頼人は、そう言った。

「朝、会社に行ったら——
私の席に、
“私”が座っていました」

「どうした?」
鷹宮が問う。

「……声をかけました」

久遠は、息を止める。

「“どいてください”って」

沈黙。

「……向こうは?」

「何も言わず、
立ち上がって——
私に、席を譲りました」



それは、
ドッペルゲンガーにとって、
致命的な瞬間だった。

「……席だ」
久遠が、低く言う。

「役割じゃない」
鷹宮が理解した。「居場所だ」

ドッペルゲンガーは、
“正しく振る舞う存在”ではいられる。

だが——
“そこにいる理由”は、
本人にしか持てない。



その夜。

久遠は、
再び“自分”と向き合っていた。

場所は、事務所。
机の向こう。

《……もう、
必要ありませんか》

もう一人の久遠は、
静かに問う。

「必要だった時期は、
あった」

久遠は、正直に答えた。

「でも——」

《……でも》

「今は、
自分でやる」

もう一人は、
わずかに目を伏せた。

《失敗します》

「するだろうな」

《後悔します》

「たくさんな」

《それでも?》

久遠は、少し笑った。

「それでもだ」



鷹宮の足音が、近づく。

「……一人で抱えるな」

「抱えてない」
久遠は首を振る。「取り戻してる」

もう一人の影が、
徐々に薄くなる。

《……あなたが、
羨ましい》

「なぜだ」

《間違えることを、
恐れていない》

久遠は、静かに答えた。

「恐れてるさ」

「でも——
恐れたまま、選ぶ」



影は、
最後に一度だけ、振り返った。

《……では》

「さよなら、じゃない」
久遠は言う。

「ありがとう」

影は、
何も言わずに消えた。



翌日。

ドッペルゲンガーの報告は、
ほぼ途絶えた。

完全消滅ではない。
だが、
“代わりに生きる存在”として
語られることはなくなった。

代わりに、
こんな言葉が残る。

《自分の席は、
自分のものだ》

《誰にも、
代わってもらえない》



事務所で、
久遠は椅子に深く座った。

「……今回は、
自分が対象だったな」

「いつか来ると思ってた」
鷹宮は、淡々と言う。

「避けられないテーマだ」

「自分自身だからな」

沈黙。

窓の外で、
夕方の街が動いている。

人々は、
自分の席に戻り、
自分の役割を生きている。



端末が、震えた。

新着通知。
差出人不明。

《次は、きさらぎ駅“再訪”》

久遠は、画面を見つめた。

「……一周、するか」

鷹宮は、静かに頷く。

「最初の場所に戻る時、
人は一番変わってる」

ドッペルゲンガーは終わった。
だが、
物語は——
円を描き始める。

都市伝説は、
決して一直線ではない。

——第7章・了。
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