ノイズの都市

久遠 司

文字の大きさ
21 / 25
第7章「ドッペルゲンガー」

第2話 代わりに生きる者

しおりを挟む
ドッペルゲンガーは、急がない。

それが、最も不気味な点だった。

「……出没時間がバラけてる」
鷹宮は、被害報告の時系列を眺めながら言った。
• 朝の通勤時間
• 昼休み
• 深夜のコンビニ

規則性はない。
だが、狙いは一貫していた。

「本人が、
“判断を避けたい瞬間”だ」
久遠が言う。



被害者の生活を追うと、共通点が浮かぶ。
• 重要な決断を先延ばしにしている
• 誰かに判断を委ねがち
• 「自分がやらなくてもいい」と思っている

「……逃げてる、ってわけじゃない」
鷹宮が言う。

「うん」
久遠は首を振る。「委ねてる」



新たな被害者は、若い女性だった。

「……気づいたら、
仕事が全部終わってて」

「覚えは?」
久遠が問う。

「ありません。
でも……助かりました」

その言葉が、
久遠の胸に引っかかる。

「助かった?」

「はい。
私、決めるのが苦手で……」

彼女は、少し笑った。

「代わりにやってくれるなら、
それでいいって思ったんです」



その夜、
久遠は夢を見た。

事務所。
机の向こうに、もう一人の自分。

書類を整え、
電話を受け、
正しい判断を下している。

《……楽でしょう?》

「……楽だな」

《失敗しません》

「……失敗しない人生は、
生きてないのと同じだ》

もう一人は、
肩をすくめた。

《結果が良ければ、
それでいい》



目を覚ますと、
胸に重さが残っていた。

「……久遠?」

鷹宮の声。

「夢を見た」

「俺もだ」

二人は、短く視線を交わす。

「……侵食が、深い」
鷹宮が言う。

「本人が、受け入れ始めてる」
久遠は、低く答えた。



調査を進めるうちに、
決定的な事実が判明する。

ドッペルゲンガーは、
本人が“不要だ”と思った部分だけを代行している。
• 決断
• 説明
• 対立

「……切り離された役割だ」
鷹宮が言う。

「赤い部屋と似てる」
久遠は頷く。「でも——」

「選択を奪うんじゃない」

「肩代わりする」



「だから、消えにくい」
久遠は続ける。

「便利だから」

「便利なものは、
手放されにくい」

沈黙。

「……どうする」
鷹宮が問う。

久遠は、しばらく考えてから言った。

「代行できない状況を作る」

「どうやって」

「間違えさせる」



翌日。

久遠は、わざと曖昧な指示を出した。

「この案件、
“一番良さそうな方向”で」

結果は、
致命的なミスだった。

「……やったな」
鷹宮が言う。

「ドッペルゲンガーは、
“正しさ”に依存してる」
久遠は、冷静に答える。

「正解が定義できないと、
存在できない」



その夜。

街灯の下に、
再び現れた。

もう一人の久遠。

《……やりすぎです》

「そうか?」
久遠は、まっすぐ見る。

「間違える権利は、
本人にある」

《それは、非効率です》

「生きるって、
そういうもんだ」

ドッペルゲンガーの輪郭が、
わずかに揺れた。



《……あなたが、
本当に望んでいるのは》

言葉が、続かない。

久遠は、静かに言った。

「楽じゃない人生だ」

沈黙。

風が、街を通り抜ける。

「……鷹宮」

「分かってる」

二人が並んだ瞬間、
影が、一つに重なった。

ドッペルゲンガーは、
一歩、後ずさる。

《……選ばれない存在は、
消えます》

「違う」
久遠は言う。

「必要なくなっただけだ」

影が、
都市のノイズに溶けていく。



翌日以降。

「もう一人の自分」の噂は、
徐々に語られなくなった。

代わりに、
こんな言葉が残る。

《決めるのは、
怖い》

《でも、
決めないまま生きる方が、
もっと怖い》

ドッペルゲンガーは、
完全には消えない。

だが——
代わりに生きる役割は、
拒否された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

百万年の孤独

プレアデス
ミステリー
世界中の人々から愛されるスーパーアイドル、ヨハン。しかし彼の心は虚ろだった。かれは成功したK−POPアイドルで、すべてを手に入れたかのように思われていた。しかし気づいたときには、一番大切なひとは彼のそばから永遠に去っていた。

処理中です...