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笑うと負けよ
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「ポッキーゲームってあるじゃん」
部屋に入ってすぐ、千夏はそんな事を言いながらテレビをつけた。
今日はお笑い番組を二人で見ようと決めていた。お笑い番組が終われば「ようつべ」と打って出てくるあの動画サイトで、コントを見まくるつもりだった。
「あるね」
「あれ、何がたのしいんだろうね」
千夏は淡々と言って、足でドアを閉めると、こたつの上にコンビニの袋を置いた。
「なにも笑えん」
「笑うためにやるんじゃ……ないんじゃないの?」
千夏は夕飯用に買ったコンビニ飯もこたつに置いた。夕飯には早くないかな、と思ったが、たぶん置いただけだ。千夏は面倒くさいのだ、短時間のために冷蔵庫に入れにいくのが。
「キスしたくない相手の顔が近づいてくるとか無理だし。キスしたいのに途中でポッキー折られるとか、心が折れるし。自分が先に折ったら折ったで、なにか逃げたなって感じするじゃん」
ぶつくさ言う小さな声は、私にはとても可愛らしく感じられる。
「別に勝負でやるわけじゃないし」
「あれは勝負なんだよ。するならさっさとしろよ、キス」
どきんとして、千夏を見る。いまの、私に言った? いやまさか。
「ポッキーあるけど。してみる?」
私は自分の買ってきたコンビニ袋のほうからポッキーを出す。一番の細さを誇るポッキー。ポッキーは細いのが好きだ。
「いやだから、心が折れるようなことをするのは、嫌なんだってば」
千夏はいまいましそうに言った。
なんだよ。誘ってるのかと思ってノッたのに。直か。直にしたいのか。まどろっこしいことすんな。そうやって焦らすと、私から動くぞ。
だんだんその気になってきてドキドキしはじめた私を、千夏は片手で制した。
「――待て」
待てだと? 犬か私は。なんで私が犬側なんだ。
「お手」
しかたないので、彼女の手に私の手を乗せる。
「よし」
彼女はそう言って、私の頭をぐりぐりと撫でた。むかつく。むかつくけど、撫でられるの好きだから仕方ないワン。
「だからね、いいのを買ってあるわけ」
「いいの?」
千夏が漁ったコンビニの袋には飴があった。
ん? ポッキーのかわりに飴を使うとか、それ近すぎない? ってか飴を一緒に舐めるとかそれもうキスなんじゃ?
私の思考を読んだのか、千夏は呆れたような、そして尊敬するような目で私を見た。
「飴は使わないから」
「使わないの」
千夏は時々、呆れながら尊敬のまなざしを向けるという芸当をする。彼女いわく、「考えてることが完全にいやらしすぎて、それを隠そうともしないとこがスゴイ。一周回って尊敬する」ということらしい。
「なにを使うって?」
彼女は飴を口に含んだ。そして部屋の隅に無造作に置かれた籠のなかから、それを取り出した。
「なにこれ」
「グミ」
「生産終了したばっかのやつじゃん!」
感動のあまり声をあげると、千夏はその紐状のグミを私の目の前で揺らした。なんか完全に小ばかにされてる気がする。史上最長126センチ、紐状グミ。
「食べたい?」
「食べたいね」
「これ、ポッキーと違って、折れないわけよ」
「……は?」
「先に嚙みきったほうが負けだから。勝ったほうは相手に何してもいいとか、どう?」
――こいつは。
千夏は紐状のグミを二袋開けると、二袋分のグミを結んで、より長くした。
「結んだとこが、まんなかね」
――これ誘ってるよね? 完全に誘ってるよね? 私が、付き合ってるのにいっこうに動こうとしないから、誘ってるんだよね? っていうか、私が動こうとすると止めるくせに、なんなんだ。
「なんかもったいないなぁ。生産終了しちゃって、もう食べられなくなるんでしょ、これ」
「賞味期限切れてとっとくと、食感悪くなるから、いま食べるべき」
そうですか……。
千夏は紐の端を口で咥えると、私の口にも紐の端を突っ込んできた。
乱暴だね、と言おうとしたが、あんおーだね、となりそうなこととか、そのルールでいいなんて一言もいってないけど、キスできるんならどっちでもいいやと思っていることもあって、文句はいわなかった。
私は赤い糸の伝説や、星占いのページで出てくる紐で繋がった二匹の魚のこと、両端が上手に動いてやっと跳べる縄跳びのことなんかを考えた。
千夏がチャンネルを変えると、ちょうどコントが始まっていた。横並びで手を繋ぎながらテレビを見て、ふと横を見ると、けっこうな勢いで紐が千夏に食われていっている。ポッキーよりもグミのほうが、キスしたときの味が良さそうだな、そう思ったとたん、これから起こることがリアルに感じられてきて、心臓がばくばくと脈打ちはじめた。千夏をあまり見ないようにしよう――テレビのコントに集中する。
「むぐっ! むひっひひ」
笑いかけて、グミを噛みきって口から放してしまいそうになって、危うく耐える。口の中で噛んでもいいけど、咥えてなきゃだめだ。勝負に負ける。
笑ってはまずい。そう思えば思うほど、普段なら笑わないレベルのコントが致命的なダメージを与えてくる。
「ふ、くくく……」
隣を見ないようにしているけど、千夏からは何の声も聞こえてこない。そんなに面白くないのかな。っていうか、これもう私が笑いのモードに入っちゃってるからだ。苦しい。
コントで繰り広げられるギャグに耐えて、もうだめだと思った頃、コメディアンが繰り出した表情に、私は紐の端から空気を吸い込んで耐える。
「フー、フー」
「ヒッ・ヒッ・フー」
「ぶぐっ!」
千夏が隣で意地悪なことを言うので、私はまたグミを口から放しそうになった。
やめろよ、こいつ、私が負けそうなの確信してやってるだろ。
涙目でどうにかコントを乗り切り、紐がいよいよ短くなってきて、私は千夏をなるべく見ないように目を閉じた。千夏の体の向きが変わって、私を向いてきている。肩に手が置かれる。ああこれ、もう近いな、このままキスしちゃうのかな、そう思い、千夏がどこまで近づいたのか確かめるために、目を開けた。
ドアップで、グミで口をパンパンにして、ヒマワリをほお袋に詰め込んだリスみたいになっている千夏が目に入って来た。
「ぶはぁ!!」
彼女は、口の中でも、グミを噛みきっていなかったのだ。
笑いすぎて、よだれたらしそう。グミを口から放したが、それより腹筋が苦しい。
苦しそうで泣きそうな、怒ったような表情のげっ歯類……こいつ……あほだろ……!?
千夏は怒ったような顔のままグミを噛んで飲み下して、言った。
「はい、私の勝ちね」
肩を押されて、床に寝かされた。千夏の唇から果汁の匂いを嗅ぐ。あれ? グミを口から放したら、キスできないんじゃなかったの……。ああそうか、何してもいいの中に、キスがもう含まれてるのか。
こうして、私は、どちらが主導権をにぎるかの最初の戦いに負けたのだった。
部屋に入ってすぐ、千夏はそんな事を言いながらテレビをつけた。
今日はお笑い番組を二人で見ようと決めていた。お笑い番組が終われば「ようつべ」と打って出てくるあの動画サイトで、コントを見まくるつもりだった。
「あるね」
「あれ、何がたのしいんだろうね」
千夏は淡々と言って、足でドアを閉めると、こたつの上にコンビニの袋を置いた。
「なにも笑えん」
「笑うためにやるんじゃ……ないんじゃないの?」
千夏は夕飯用に買ったコンビニ飯もこたつに置いた。夕飯には早くないかな、と思ったが、たぶん置いただけだ。千夏は面倒くさいのだ、短時間のために冷蔵庫に入れにいくのが。
「キスしたくない相手の顔が近づいてくるとか無理だし。キスしたいのに途中でポッキー折られるとか、心が折れるし。自分が先に折ったら折ったで、なにか逃げたなって感じするじゃん」
ぶつくさ言う小さな声は、私にはとても可愛らしく感じられる。
「別に勝負でやるわけじゃないし」
「あれは勝負なんだよ。するならさっさとしろよ、キス」
どきんとして、千夏を見る。いまの、私に言った? いやまさか。
「ポッキーあるけど。してみる?」
私は自分の買ってきたコンビニ袋のほうからポッキーを出す。一番の細さを誇るポッキー。ポッキーは細いのが好きだ。
「いやだから、心が折れるようなことをするのは、嫌なんだってば」
千夏はいまいましそうに言った。
なんだよ。誘ってるのかと思ってノッたのに。直か。直にしたいのか。まどろっこしいことすんな。そうやって焦らすと、私から動くぞ。
だんだんその気になってきてドキドキしはじめた私を、千夏は片手で制した。
「――待て」
待てだと? 犬か私は。なんで私が犬側なんだ。
「お手」
しかたないので、彼女の手に私の手を乗せる。
「よし」
彼女はそう言って、私の頭をぐりぐりと撫でた。むかつく。むかつくけど、撫でられるの好きだから仕方ないワン。
「だからね、いいのを買ってあるわけ」
「いいの?」
千夏が漁ったコンビニの袋には飴があった。
ん? ポッキーのかわりに飴を使うとか、それ近すぎない? ってか飴を一緒に舐めるとかそれもうキスなんじゃ?
私の思考を読んだのか、千夏は呆れたような、そして尊敬するような目で私を見た。
「飴は使わないから」
「使わないの」
千夏は時々、呆れながら尊敬のまなざしを向けるという芸当をする。彼女いわく、「考えてることが完全にいやらしすぎて、それを隠そうともしないとこがスゴイ。一周回って尊敬する」ということらしい。
「なにを使うって?」
彼女は飴を口に含んだ。そして部屋の隅に無造作に置かれた籠のなかから、それを取り出した。
「なにこれ」
「グミ」
「生産終了したばっかのやつじゃん!」
感動のあまり声をあげると、千夏はその紐状のグミを私の目の前で揺らした。なんか完全に小ばかにされてる気がする。史上最長126センチ、紐状グミ。
「食べたい?」
「食べたいね」
「これ、ポッキーと違って、折れないわけよ」
「……は?」
「先に嚙みきったほうが負けだから。勝ったほうは相手に何してもいいとか、どう?」
――こいつは。
千夏は紐状のグミを二袋開けると、二袋分のグミを結んで、より長くした。
「結んだとこが、まんなかね」
――これ誘ってるよね? 完全に誘ってるよね? 私が、付き合ってるのにいっこうに動こうとしないから、誘ってるんだよね? っていうか、私が動こうとすると止めるくせに、なんなんだ。
「なんかもったいないなぁ。生産終了しちゃって、もう食べられなくなるんでしょ、これ」
「賞味期限切れてとっとくと、食感悪くなるから、いま食べるべき」
そうですか……。
千夏は紐の端を口で咥えると、私の口にも紐の端を突っ込んできた。
乱暴だね、と言おうとしたが、あんおーだね、となりそうなこととか、そのルールでいいなんて一言もいってないけど、キスできるんならどっちでもいいやと思っていることもあって、文句はいわなかった。
私は赤い糸の伝説や、星占いのページで出てくる紐で繋がった二匹の魚のこと、両端が上手に動いてやっと跳べる縄跳びのことなんかを考えた。
千夏がチャンネルを変えると、ちょうどコントが始まっていた。横並びで手を繋ぎながらテレビを見て、ふと横を見ると、けっこうな勢いで紐が千夏に食われていっている。ポッキーよりもグミのほうが、キスしたときの味が良さそうだな、そう思ったとたん、これから起こることがリアルに感じられてきて、心臓がばくばくと脈打ちはじめた。千夏をあまり見ないようにしよう――テレビのコントに集中する。
「むぐっ! むひっひひ」
笑いかけて、グミを噛みきって口から放してしまいそうになって、危うく耐える。口の中で噛んでもいいけど、咥えてなきゃだめだ。勝負に負ける。
笑ってはまずい。そう思えば思うほど、普段なら笑わないレベルのコントが致命的なダメージを与えてくる。
「ふ、くくく……」
隣を見ないようにしているけど、千夏からは何の声も聞こえてこない。そんなに面白くないのかな。っていうか、これもう私が笑いのモードに入っちゃってるからだ。苦しい。
コントで繰り広げられるギャグに耐えて、もうだめだと思った頃、コメディアンが繰り出した表情に、私は紐の端から空気を吸い込んで耐える。
「フー、フー」
「ヒッ・ヒッ・フー」
「ぶぐっ!」
千夏が隣で意地悪なことを言うので、私はまたグミを口から放しそうになった。
やめろよ、こいつ、私が負けそうなの確信してやってるだろ。
涙目でどうにかコントを乗り切り、紐がいよいよ短くなってきて、私は千夏をなるべく見ないように目を閉じた。千夏の体の向きが変わって、私を向いてきている。肩に手が置かれる。ああこれ、もう近いな、このままキスしちゃうのかな、そう思い、千夏がどこまで近づいたのか確かめるために、目を開けた。
ドアップで、グミで口をパンパンにして、ヒマワリをほお袋に詰め込んだリスみたいになっている千夏が目に入って来た。
「ぶはぁ!!」
彼女は、口の中でも、グミを噛みきっていなかったのだ。
笑いすぎて、よだれたらしそう。グミを口から放したが、それより腹筋が苦しい。
苦しそうで泣きそうな、怒ったような表情のげっ歯類……こいつ……あほだろ……!?
千夏は怒ったような顔のままグミを噛んで飲み下して、言った。
「はい、私の勝ちね」
肩を押されて、床に寝かされた。千夏の唇から果汁の匂いを嗅ぐ。あれ? グミを口から放したら、キスできないんじゃなかったの……。ああそうか、何してもいいの中に、キスがもう含まれてるのか。
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