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虫 派遣先に入って来た後輩が怖い
第7話
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「昇進したんだ」
ホテルのシャンデリアがきらきら光る中、白い布のひかれたテーブルに落ち着かなさげに両手を置いて、隆史は切り出した。
ちょうどいい匂いに焦げ目のついた肉が来たところだった。スタッフが金色の小テーブルの上で光沢のあるソースをかけると、盛大に脂を跳ねさせて肉とソースが絡まり踊る。彼は肉を食べるようにすすめ、自分もナイフで一口大に切り分けはじめた。じゅっと赤い肉汁がしみて、香ばしい香りが湯気とともに立ち上る。
「そう」
「冷たいね」
しん、とした空気が流れる。最近、なんでこうも重苦しい空気の場所にばかりいるのだろう、私は。沈黙のなか、私は不思議なことを考えていた。
ここに麻生がいたらいいのに。
私をみつけてくれたらいいのに……。
そんな考えを振り払い、目の前の食事に集中する。が、やっぱり考えてしまう。どうして、麻生にいて欲しいと思うのだろう。自分が隆史だけだという人間じゃないことを見せつけたいのか? 嫉妬してほしいのだろうか。隆史に? それとも麻生に?
止めて欲しいのだろうか。今の、時間の止まったような状態から動いてほしいのだろうか。全部当たっているような気もする。
麻生が、何を言うのか知りたい。けっこうしっかりした事を言ってくれそうな気もする。
ふいに、私を一晩抱きしめてくれていた麻生のふわりとした優しい手の暖かさが肌によみがえった。
「何を考えているの?」
隆史にそう言われて我に返る。逆に聞き返した。
「どうして私と食事したいと思ったの?」
車で送られ、家に帰ってきて、初めて携帯のランプが点滅していることに気がついた。
――麻生はるか。
3件も着信が入っている。
かけ直そうか、迷った。もう寝ているかもしれない。何か用事が……仕事のことで用事があったのかもしれない。いや、そんなことは今までなかった。
どちらにしても、もう12時を回っている。
久しぶりに会った隆史の声が、耳を離れない。
私は落ち着かない気分で、布団をかぶった。
朝、仕事場につくやいなや、麻生は今まで以上の挙動不審さで、こちらを見た。そして目をそらした。
「おはよ」
話しかけると、麻生は座ったまま、また複雑そうな顔で私を見上げて、黙っていた。
「昨日……」
電話の話をさせるために、麻生にうながす。
「電話しました。ごめんなさい」
「こちらこそごめんね、出られなくて」
久しぶりの会話だった。
「何かあったの?」
麻生は唇をあけて何か言おうとしたが、そのまま黙ってしまった。そして、ふと目線をずらして、「仕事のことで」と言った。
「うん?」
「ええと、慌てていたので、何をどこから聞けばいいのか整理するの忘れました。あとでまた聞きます」
「ちょっとぉー? 朝のお茶入れてあげて! 今日のお茶当番!」
正社員のお局が叫んだので、私と麻生は急いで給湯室へ駆け込んだ。
ここの会社にはお茶当番なるものがある。本来なら派遣社員はしなくていい仕事だったのだが、前回一緒に仕事していた派遣さんが性格のいい人で「私もやります!」と当番を買って出てしまったのだ。それからなんとなく派遣でもやるようになってしまった。いい迷惑と言っちゃ、いい迷惑である。
給湯室で、二人して用意する。
「遅くなっちゃいましたね。話してたから」
麻生が申し訳なさそうに言った。
「大丈夫」
いきなり、関係が変になる前の空気が戻ってきた。二人でもくもくと茶碗を並べていると、
「……昨日、」
また言いかけて、麻生は黙る。
「よりは戻してないです」
先制して言ってしまうと、麻生はわかりやすく、ほっと息をついた。
「…………」
やっぱり、昨日一緒に出かけるところを見たんだな。私も変にほっとしながら、洗いが足りない茶碗を洗いなおす。
目を合わせないで隣で作業をしながら、麻生がまた聞いた。
「……食事だけ?」
「うん」
本当はプロポーズもされたけど。よりを戻してない以上、それを言う必要もない。
「何回もかけちゃったんです。ごめんなさい」
「いいよ」
自分でも予想していなかったくらい、緩んだ声が出た。わざとではなかった。
「笑顔もう見れないかと思ってました」
「…………」
「あの、……アレ……は、ごめんなさい……。もうしません」
ズキッ……私の胸が、ちいさく変な声をあげた。……なんだ?
「児嶋……さんに、お願いが」
「なに?」
「目を合わせてほしいんです」
…………。
自分の目が泳いだのがわかった。
「今じゃなくて、普段です」
「…………」
そうか。私が、目を合わせなかったんだ。だから、麻生は、話しかけようにも話しかけにくかったんだ。
麻生は私の肩に触ろうとして、とまどい、迷ってから、やわらかく肩を押して自分の方を向かせた。私が嫌だと思えばすぐに身を引けるくらいのやわらかさで。
「こんなこと言えたことじゃないけど……お願いですから、ちゃんと私を見てください。もうあんなことしないから」
搾り出すように麻生は言う。目を合わせると、麻生は苦しそうに目を潤ませていた。そして、目を合わせろ、といったくせに自分は目を伏せるように下を向いてしまった。
「避けていたわけじゃなくて、どうしていいかわからなくて」
「そうですよね」
あんなことの後では仕方のないことだ、という風に聞こえる。
「とりあえず、オッケです……ごめんなさいでした」
そういい残して、麻生はお茶を運び始めた。
ホテルのシャンデリアがきらきら光る中、白い布のひかれたテーブルに落ち着かなさげに両手を置いて、隆史は切り出した。
ちょうどいい匂いに焦げ目のついた肉が来たところだった。スタッフが金色の小テーブルの上で光沢のあるソースをかけると、盛大に脂を跳ねさせて肉とソースが絡まり踊る。彼は肉を食べるようにすすめ、自分もナイフで一口大に切り分けはじめた。じゅっと赤い肉汁がしみて、香ばしい香りが湯気とともに立ち上る。
「そう」
「冷たいね」
しん、とした空気が流れる。最近、なんでこうも重苦しい空気の場所にばかりいるのだろう、私は。沈黙のなか、私は不思議なことを考えていた。
ここに麻生がいたらいいのに。
私をみつけてくれたらいいのに……。
そんな考えを振り払い、目の前の食事に集中する。が、やっぱり考えてしまう。どうして、麻生にいて欲しいと思うのだろう。自分が隆史だけだという人間じゃないことを見せつけたいのか? 嫉妬してほしいのだろうか。隆史に? それとも麻生に?
止めて欲しいのだろうか。今の、時間の止まったような状態から動いてほしいのだろうか。全部当たっているような気もする。
麻生が、何を言うのか知りたい。けっこうしっかりした事を言ってくれそうな気もする。
ふいに、私を一晩抱きしめてくれていた麻生のふわりとした優しい手の暖かさが肌によみがえった。
「何を考えているの?」
隆史にそう言われて我に返る。逆に聞き返した。
「どうして私と食事したいと思ったの?」
車で送られ、家に帰ってきて、初めて携帯のランプが点滅していることに気がついた。
――麻生はるか。
3件も着信が入っている。
かけ直そうか、迷った。もう寝ているかもしれない。何か用事が……仕事のことで用事があったのかもしれない。いや、そんなことは今までなかった。
どちらにしても、もう12時を回っている。
久しぶりに会った隆史の声が、耳を離れない。
私は落ち着かない気分で、布団をかぶった。
朝、仕事場につくやいなや、麻生は今まで以上の挙動不審さで、こちらを見た。そして目をそらした。
「おはよ」
話しかけると、麻生は座ったまま、また複雑そうな顔で私を見上げて、黙っていた。
「昨日……」
電話の話をさせるために、麻生にうながす。
「電話しました。ごめんなさい」
「こちらこそごめんね、出られなくて」
久しぶりの会話だった。
「何かあったの?」
麻生は唇をあけて何か言おうとしたが、そのまま黙ってしまった。そして、ふと目線をずらして、「仕事のことで」と言った。
「うん?」
「ええと、慌てていたので、何をどこから聞けばいいのか整理するの忘れました。あとでまた聞きます」
「ちょっとぉー? 朝のお茶入れてあげて! 今日のお茶当番!」
正社員のお局が叫んだので、私と麻生は急いで給湯室へ駆け込んだ。
ここの会社にはお茶当番なるものがある。本来なら派遣社員はしなくていい仕事だったのだが、前回一緒に仕事していた派遣さんが性格のいい人で「私もやります!」と当番を買って出てしまったのだ。それからなんとなく派遣でもやるようになってしまった。いい迷惑と言っちゃ、いい迷惑である。
給湯室で、二人して用意する。
「遅くなっちゃいましたね。話してたから」
麻生が申し訳なさそうに言った。
「大丈夫」
いきなり、関係が変になる前の空気が戻ってきた。二人でもくもくと茶碗を並べていると、
「……昨日、」
また言いかけて、麻生は黙る。
「よりは戻してないです」
先制して言ってしまうと、麻生はわかりやすく、ほっと息をついた。
「…………」
やっぱり、昨日一緒に出かけるところを見たんだな。私も変にほっとしながら、洗いが足りない茶碗を洗いなおす。
目を合わせないで隣で作業をしながら、麻生がまた聞いた。
「……食事だけ?」
「うん」
本当はプロポーズもされたけど。よりを戻してない以上、それを言う必要もない。
「何回もかけちゃったんです。ごめんなさい」
「いいよ」
自分でも予想していなかったくらい、緩んだ声が出た。わざとではなかった。
「笑顔もう見れないかと思ってました」
「…………」
「あの、……アレ……は、ごめんなさい……。もうしません」
ズキッ……私の胸が、ちいさく変な声をあげた。……なんだ?
「児嶋……さんに、お願いが」
「なに?」
「目を合わせてほしいんです」
…………。
自分の目が泳いだのがわかった。
「今じゃなくて、普段です」
「…………」
そうか。私が、目を合わせなかったんだ。だから、麻生は、話しかけようにも話しかけにくかったんだ。
麻生は私の肩に触ろうとして、とまどい、迷ってから、やわらかく肩を押して自分の方を向かせた。私が嫌だと思えばすぐに身を引けるくらいのやわらかさで。
「こんなこと言えたことじゃないけど……お願いですから、ちゃんと私を見てください。もうあんなことしないから」
搾り出すように麻生は言う。目を合わせると、麻生は苦しそうに目を潤ませていた。そして、目を合わせろ、といったくせに自分は目を伏せるように下を向いてしまった。
「避けていたわけじゃなくて、どうしていいかわからなくて」
「そうですよね」
あんなことの後では仕方のないことだ、という風に聞こえる。
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そういい残して、麻生はお茶を運び始めた。
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