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果実 派遣先の先輩を好きになりたくない
果実 第21話
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名前で私を呼ぶこと。毎週1回は家に遊びにくること。隆史さんと会った後は、必ず私の家に泊まること。
翌日に約束させた。
「今から麻生が児嶋さんを襲うのと、どっちがいいですか?」
冗談で脅したら、児嶋さんは、すんなり条件をのんだ。私の言っていることは滅茶苦茶だ。本当にいやだったら、その場限りの約束をして、破ればいい。それができない児嶋さんじゃない。
おとなしく、児嶋さんは家に来続ける。少し強引にするだけで。
酔ってうちに来た夜のことを、彼女はしれっとした顔で「おぼえていない」と言った。そんなことだろうと思った。
私の気持ちを知っているのに、友達のような顔をして、目の前で普通に笑っている。なにを考えているのか、全くわからない。
一緒にいたいと思ってくれるからこそ、黙って脅しに乗っているんだろう。でも、私じゃなきゃダメなわけじゃない。単に「だれか、自分を好きでいてくれる人と、一緒にいたい」だけだろう。私を好きになってきているのかもしれない……、感じることはある。そういう空気を出すことがあるから惑わされてしまう。
初めの頃、隣に座ると、児嶋さんは体を固くした。緊張しているのを隠すように、黙って紅茶を飲んでいる。この距離だと本当にこのまま押し倒すことができる。何回かは、そうしたい、と思った。一瞬の無言を児嶋さんは感じとって、目をそらす。
いまここで、児嶋さんに触りたいと言ったら、どんな顔をするだろう。手をつなぎたいと言ったら?
私が何もしないとわかって、児嶋さんがリラックスしてくると、余計に、触れたくなる。セックスがしたいというより、密着したくてたまらなくなる。キスがしたくて、気が狂いそうになることがある。
でも、同時に、そんな静かな我慢の時間と空間を、大切に包むように、体全体で感じているもう一人の自分がいる。
一緒にテレビを見て、本の話をして、ネイルの雑誌を見て。一緒にごはんを作って。彼女の指先が作り出した料理を私が食べて。私の作った料理に彼女の可愛い唇が触れる。録画に失敗しただの、何気ないことを笑いあう。同じ空気を吸って同じ時間を過ごしているとどうでも良くなってくる。
今までで一番幸せな時間はいつだったろう、と考えた時、児嶋さんが私に寄りかかるようにして一緒にTVを観ている時間が思い浮かんで、自分で驚いてしまった。家族関係はよかった。友達もいて、仕事が楽しかった時期もあれば、学校での部活で生きがいを感じた時間もあった。それが――その私が、流れているTVを観ているだけの時間を、一番幸せだと感じているなんて。
私が貰った特別な時間。
この時間がずっと続くなら、これ以上は望まない、我慢できる、友達でいい、こんなに近くにいられるのなら。余計なことを言って、壊すようなことはしたくない。
気がつくと、少しずつ、私は息をとめていた。
児嶋さんは、電話があると、私をちらっと見る。隆史さんからだと、すぐわかる。私は、気付かないふりをする。
私の顔色を窺う児嶋さんに、いらっとする。
取ってもいいですよ。電話。
言葉に出すと、どんなに冷静に言おうとしても、感情が出てしまう。だから、気付かなかったふりをする。
妬いてほしいんですか? だからそんなふうに目に見えるところに携帯を置いておくの? 着信が気になるから?
見たくない、という仕草をするのもわざとらしい。手持無沙汰になってしまう。
私たちの関係は、今のところ、友達にすぎない。友達のふりをしているだけかもしれない。演技の上にやっとなりたっている時間の脆さを、時々、かき乱したい欲求にかられる。友達のふりをして、あわよくば自然に恋人のような近さになりたいと、私は思ってしまっている。逆に、児嶋さんは、デートとも思える感覚を装って、友達関係に自然に戻していきたいのかもしれない。
児嶋さんが少しずつ、友達としての関係を私と作ろうとしていることはわかっていた。私の前で、あえて隆史さんの話題を出すのは、友達のふりをしたいときなのかもしれない。ふりじゃなく、本当に友達として、大切に思ってくれているのかもしれない。児嶋さんは、私の顔色を読む。隆史さんの話題を出すべきとも、出さないべきとも答えが出せないでいる。隠すことにも違和感があるのだろう、中途半端に合わせてくる。
来た電話に、隆史さんですか、と聞けば、うんそう、と答える。聞かなければ、児嶋さんは何も言わない。多分、友達として追及すれば、友達として答えてくれるだろう。今、こういうことになっていて、こういう気持ちだ――と。
聞けない……。
隆史さんとしょっちゅう会っているらしいとわかってから、彼女を見るのが苦しくなってきた。
メールを見たあと、児嶋さんが、顔を突っ伏してしまったことがあった。私は言葉に出せずに、児嶋さんの肩に触れた。児嶋さんは私を見ずに、ちょっと疲れた、と言って私の肩に頭をのせた。
ずるい――これは、抵抗できない。
そこへ、電話が来た。ああ、そうか、今のメールは、「今電話してもいいか」という内容か?
「取らないんですか」
「んー……」
児嶋さんは、隆史さんと会っているとき、私からの電話を取らない。隆史さんの前でも、こういう態度をするのだろうか?
「取っていいですよ?」
こたつに放置してある携帯を児嶋さんの手に握らせる。後藤隆史、とはっきり表示されている。顔が急に暑くなって、心臓がばくばくしてきた。児嶋さんは私を見つめ、困惑した表情を見せた。取ってほしいのかほしくないのか、私の気持ちを見極めようとする目。私はわざと近くに放ってあった本を読み始める。児嶋さんは電話を取り、席を立って部屋の端で話し始めた。隆史さんの電話に、言葉少なに答えていたが、途中から、隆史さんがなにかおどけでもしたのか、笑いだした。
……あ、なんか。
実際に目の前で電話をされて、はじめて、私は、それがかなり苦しいということを思い知ったのだった。自分が電話をとらせたくせにだ。
体が、絞られたみたいに痛い。胸の奥がジンジンと痺れている。
なんか、無理だ……。
見ていられない。
胃がねじられるみたいだ。しぼられる――、目から何かがほとばしりそうになるのを、私はうまく止められているのだろうか?
電話を終えた児嶋さんは私の顔を見て、ちょっと考え込むようにした。
声を、無理やり喉の奥から押し出した。
「ビデオ、続き、観ますか?」
早くビデオに集中してほしかった。顔を見られたくなかった。
児島さんは、にっと笑い、頷いた。
「観よっか」
どれだけわかっているのだろう、この人は。どれだけ気づいていないのだろう。
気づいているのに無視しているのか。無視せざるを得ないのか。困っているのか。本当は少し、私が嫉妬を感じているのを楽しんでいるんじゃないだろうか? 私の表情を見て、何か言いかけたはずなのに、児嶋さんは、私に合わせて、なかったことにする。
そんな日々が続いたある日。児嶋さんの携帯がまた光りだすのを見て、私は携帯ごと児嶋さんの手を押さえていた。
だんだん、我慢ができなくなっていたと思う。
期待感ばかりが降り積もって、私は児嶋さんが迷う表情をみせるたびに、苦しくなっていっていた。
もう駄目です、と口から出ていた。
「ひどいじゃないですか」
児嶋さんは黙っていた。気がつくと、ぽろぽろと、口から児嶋さんを責める言葉がこぼれていた。
「児嶋さんがですよ。ひどいですよ。ずるいです。私は今、児嶋さんには手が出せないじゃないですか。約束したから。こういうものを見せつけて何か楽しいんですかね? 児嶋さん、本当に性格がわるいですよ!!」
――電話を取っていいと言ったのは、私だったのに。
とまらなくなっていた。
滅茶苦茶だ、だって、児嶋さんは、私の前では電話を取らないようにしていた。取れと言ったのは私だ。隠したら隠したで、もやもやしていたはずだ。
言葉を投げつけられた児嶋さんの目が、まっすぐ私を見ていた。瞬間的に、びりびりと体が響いてしまうように感じた。視線が、あまりにも直通で私の心と通じたように見えたから。迷っている視線の中で、児嶋さんは私を受け止めていた。それどころか、捨てないでほしいと顔を近づけてくる子犬のような目つきをしていた。
キスしたい。触れたい。目をみたら死ぬ。もう無理だ苦しい。
「なんでそんな目で見るんですかね?」
「はるか」
「ん?」
児嶋さんが何を言うか、待った。彼女の唇はなかなか言葉を発さない。もう本当に触れたくて気が狂いそうだった。唇を吸おうと、肩に手を伸ばしかけて、抑えた。
「友達でいられるなんて嘘です。児嶋さんが……児嶋さんの気持ちがほぐれるのを、待っちゃってる自分がいるんです。でも、友達でもいいんです……」
児嶋さんの手を引っ張り寄せて、両手で指を開いた。児嶋さんの握っていた携帯を離してこたつに置いた。そのまま私の指を彼女の指に絡めて、握った。このまま、体重をのせてしまいたい。抱きしめたい。児嶋さんはぴくりと肩を動かしたが、振り払いはしなかった。
「いつ会いましたか」
声がかすれた。
「え? 何?」
「隆史さんと最後に会ったの、いつですか」
児嶋さんは私を見つめ、迷ったように唇が動き、はっきりと言った。
「おととい」
自分が何を言ったのか、よくわからなかった。
児嶋さんの肩を押してベッドに押し付けて、私は彼女の肩に額を乗せた。今児嶋さんと目を合わせたら、感情がまるわかりだ。
自分を止めるのに必死だった。暴れまわる感情が、私を突き抜けようとして、抑えつける私の身体を痛ませる。
どうにかしてくれ、コントロールできない、おかしくなる、そう訴えてしまいたい。
泣いてしまうほうが楽だった。ひとりになってしまうほうが楽だった。そばにいて息を殺すよりも。いつから、児嶋さんといる時間が苦行になったのか。
もう、もたない。
児嶋さんは私に体重をかけられながら、黙っていた。どんなに感情を吐露しても、変わらずに、私の感情自体を受けとめてくれるような空気があった。
「児嶋さん、はるかはもうリタイアです」
そっと、児嶋さんに強いていた約束を、自分が仕掛け続けていた強引さを、ゆるめた。児嶋さんが受け止めてくれるから……私はそれに頼って、言うはずのなかった弱音を、本人に向かって吐いている。
「きめてください。隆史さんとはもう付き合わないって決めるか、私ともう会わないか、きめてください」
ずっと、考えていたこと。何回も言おうか迷って、やめたこと。
「隆史とは、もう付き合ってない」
小さい声で、児嶋さんが言った。
「デートしてるじゃないですか」
「会ってるだけで、手もつないでいないもの」
そう言われて、児嶋さんの指をもう一度握った。それ以上はもう自分から触れることができなかった。せめてもの独占欲は、私をかえって餓えさせた。たぶん、これ以上触れたら、触れようとしたら、私の気持ちは流れ出し、あふれ出してしまう。それが怖くて。
「私が、隆史さんと連絡をとってデートしている児嶋さんを見ていられないんです。手をつないだとかそういうのは関係ない」
「はるか」
「友達でもいいです。でも、はるかと友達でいたかったら、隆史さんとはもうデートしないでください」
滅茶苦茶に聞こえるかもしれない。これが、私のぎりぎりだった。
しばらく黙っていた児嶋さんは、言った。
「わかった」
すごく、決意に満ちたような言い方だった。――終わった。そう思った。
「隆史と、別れる」
聞き間違えたかと思った。
「もうしないよ。隆史とは会わない」
「え……は……?」
思わず顔をあげて、児嶋さんを見る。彼女は首をかしげて私を見返した。
「ちょ……っと、なにをいい加減なこと、なんでそんなこと言うんですか!」
半泣きの私に、児嶋さんは、真剣な表情で聞いた。
「はるかは、いい加減に、言ってるの?」
「そういうわけじゃないです! いい加減なわけないじゃないですか」
「だったら、こうするしかない」
まるで怒っているような言い方に聞こえた。選択しろと言われたらはるかを選ぶのが当然だ、何言ってるの、とでも言いたげな断定口調。急に児嶋さんとの関係が、わからなくなった。売り言葉に買い言葉みたいなものなのか? デートしないってことがどんな意味なのか、いちいち確認したが、児嶋さんはどうもよくわかっていないような気もする。彼女の思いがけない決断は、私を、ひどく期待させた。
その日、児嶋さんは、隆史とはもう一度だけ会って別れると言ってくる、と私に約束した。
翌日に約束させた。
「今から麻生が児嶋さんを襲うのと、どっちがいいですか?」
冗談で脅したら、児嶋さんは、すんなり条件をのんだ。私の言っていることは滅茶苦茶だ。本当にいやだったら、その場限りの約束をして、破ればいい。それができない児嶋さんじゃない。
おとなしく、児嶋さんは家に来続ける。少し強引にするだけで。
酔ってうちに来た夜のことを、彼女はしれっとした顔で「おぼえていない」と言った。そんなことだろうと思った。
私の気持ちを知っているのに、友達のような顔をして、目の前で普通に笑っている。なにを考えているのか、全くわからない。
一緒にいたいと思ってくれるからこそ、黙って脅しに乗っているんだろう。でも、私じゃなきゃダメなわけじゃない。単に「だれか、自分を好きでいてくれる人と、一緒にいたい」だけだろう。私を好きになってきているのかもしれない……、感じることはある。そういう空気を出すことがあるから惑わされてしまう。
初めの頃、隣に座ると、児嶋さんは体を固くした。緊張しているのを隠すように、黙って紅茶を飲んでいる。この距離だと本当にこのまま押し倒すことができる。何回かは、そうしたい、と思った。一瞬の無言を児嶋さんは感じとって、目をそらす。
いまここで、児嶋さんに触りたいと言ったら、どんな顔をするだろう。手をつなぎたいと言ったら?
私が何もしないとわかって、児嶋さんがリラックスしてくると、余計に、触れたくなる。セックスがしたいというより、密着したくてたまらなくなる。キスがしたくて、気が狂いそうになることがある。
でも、同時に、そんな静かな我慢の時間と空間を、大切に包むように、体全体で感じているもう一人の自分がいる。
一緒にテレビを見て、本の話をして、ネイルの雑誌を見て。一緒にごはんを作って。彼女の指先が作り出した料理を私が食べて。私の作った料理に彼女の可愛い唇が触れる。録画に失敗しただの、何気ないことを笑いあう。同じ空気を吸って同じ時間を過ごしているとどうでも良くなってくる。
今までで一番幸せな時間はいつだったろう、と考えた時、児嶋さんが私に寄りかかるようにして一緒にTVを観ている時間が思い浮かんで、自分で驚いてしまった。家族関係はよかった。友達もいて、仕事が楽しかった時期もあれば、学校での部活で生きがいを感じた時間もあった。それが――その私が、流れているTVを観ているだけの時間を、一番幸せだと感じているなんて。
私が貰った特別な時間。
この時間がずっと続くなら、これ以上は望まない、我慢できる、友達でいい、こんなに近くにいられるのなら。余計なことを言って、壊すようなことはしたくない。
気がつくと、少しずつ、私は息をとめていた。
児嶋さんは、電話があると、私をちらっと見る。隆史さんからだと、すぐわかる。私は、気付かないふりをする。
私の顔色を窺う児嶋さんに、いらっとする。
取ってもいいですよ。電話。
言葉に出すと、どんなに冷静に言おうとしても、感情が出てしまう。だから、気付かなかったふりをする。
妬いてほしいんですか? だからそんなふうに目に見えるところに携帯を置いておくの? 着信が気になるから?
見たくない、という仕草をするのもわざとらしい。手持無沙汰になってしまう。
私たちの関係は、今のところ、友達にすぎない。友達のふりをしているだけかもしれない。演技の上にやっとなりたっている時間の脆さを、時々、かき乱したい欲求にかられる。友達のふりをして、あわよくば自然に恋人のような近さになりたいと、私は思ってしまっている。逆に、児嶋さんは、デートとも思える感覚を装って、友達関係に自然に戻していきたいのかもしれない。
児嶋さんが少しずつ、友達としての関係を私と作ろうとしていることはわかっていた。私の前で、あえて隆史さんの話題を出すのは、友達のふりをしたいときなのかもしれない。ふりじゃなく、本当に友達として、大切に思ってくれているのかもしれない。児嶋さんは、私の顔色を読む。隆史さんの話題を出すべきとも、出さないべきとも答えが出せないでいる。隠すことにも違和感があるのだろう、中途半端に合わせてくる。
来た電話に、隆史さんですか、と聞けば、うんそう、と答える。聞かなければ、児嶋さんは何も言わない。多分、友達として追及すれば、友達として答えてくれるだろう。今、こういうことになっていて、こういう気持ちだ――と。
聞けない……。
隆史さんとしょっちゅう会っているらしいとわかってから、彼女を見るのが苦しくなってきた。
メールを見たあと、児嶋さんが、顔を突っ伏してしまったことがあった。私は言葉に出せずに、児嶋さんの肩に触れた。児嶋さんは私を見ずに、ちょっと疲れた、と言って私の肩に頭をのせた。
ずるい――これは、抵抗できない。
そこへ、電話が来た。ああ、そうか、今のメールは、「今電話してもいいか」という内容か?
「取らないんですか」
「んー……」
児嶋さんは、隆史さんと会っているとき、私からの電話を取らない。隆史さんの前でも、こういう態度をするのだろうか?
「取っていいですよ?」
こたつに放置してある携帯を児嶋さんの手に握らせる。後藤隆史、とはっきり表示されている。顔が急に暑くなって、心臓がばくばくしてきた。児嶋さんは私を見つめ、困惑した表情を見せた。取ってほしいのかほしくないのか、私の気持ちを見極めようとする目。私はわざと近くに放ってあった本を読み始める。児嶋さんは電話を取り、席を立って部屋の端で話し始めた。隆史さんの電話に、言葉少なに答えていたが、途中から、隆史さんがなにかおどけでもしたのか、笑いだした。
……あ、なんか。
実際に目の前で電話をされて、はじめて、私は、それがかなり苦しいということを思い知ったのだった。自分が電話をとらせたくせにだ。
体が、絞られたみたいに痛い。胸の奥がジンジンと痺れている。
なんか、無理だ……。
見ていられない。
胃がねじられるみたいだ。しぼられる――、目から何かがほとばしりそうになるのを、私はうまく止められているのだろうか?
電話を終えた児嶋さんは私の顔を見て、ちょっと考え込むようにした。
声を、無理やり喉の奥から押し出した。
「ビデオ、続き、観ますか?」
早くビデオに集中してほしかった。顔を見られたくなかった。
児島さんは、にっと笑い、頷いた。
「観よっか」
どれだけわかっているのだろう、この人は。どれだけ気づいていないのだろう。
気づいているのに無視しているのか。無視せざるを得ないのか。困っているのか。本当は少し、私が嫉妬を感じているのを楽しんでいるんじゃないだろうか? 私の表情を見て、何か言いかけたはずなのに、児嶋さんは、私に合わせて、なかったことにする。
そんな日々が続いたある日。児嶋さんの携帯がまた光りだすのを見て、私は携帯ごと児嶋さんの手を押さえていた。
だんだん、我慢ができなくなっていたと思う。
期待感ばかりが降り積もって、私は児嶋さんが迷う表情をみせるたびに、苦しくなっていっていた。
もう駄目です、と口から出ていた。
「ひどいじゃないですか」
児嶋さんは黙っていた。気がつくと、ぽろぽろと、口から児嶋さんを責める言葉がこぼれていた。
「児嶋さんがですよ。ひどいですよ。ずるいです。私は今、児嶋さんには手が出せないじゃないですか。約束したから。こういうものを見せつけて何か楽しいんですかね? 児嶋さん、本当に性格がわるいですよ!!」
――電話を取っていいと言ったのは、私だったのに。
とまらなくなっていた。
滅茶苦茶だ、だって、児嶋さんは、私の前では電話を取らないようにしていた。取れと言ったのは私だ。隠したら隠したで、もやもやしていたはずだ。
言葉を投げつけられた児嶋さんの目が、まっすぐ私を見ていた。瞬間的に、びりびりと体が響いてしまうように感じた。視線が、あまりにも直通で私の心と通じたように見えたから。迷っている視線の中で、児嶋さんは私を受け止めていた。それどころか、捨てないでほしいと顔を近づけてくる子犬のような目つきをしていた。
キスしたい。触れたい。目をみたら死ぬ。もう無理だ苦しい。
「なんでそんな目で見るんですかね?」
「はるか」
「ん?」
児嶋さんが何を言うか、待った。彼女の唇はなかなか言葉を発さない。もう本当に触れたくて気が狂いそうだった。唇を吸おうと、肩に手を伸ばしかけて、抑えた。
「友達でいられるなんて嘘です。児嶋さんが……児嶋さんの気持ちがほぐれるのを、待っちゃってる自分がいるんです。でも、友達でもいいんです……」
児嶋さんの手を引っ張り寄せて、両手で指を開いた。児嶋さんの握っていた携帯を離してこたつに置いた。そのまま私の指を彼女の指に絡めて、握った。このまま、体重をのせてしまいたい。抱きしめたい。児嶋さんはぴくりと肩を動かしたが、振り払いはしなかった。
「いつ会いましたか」
声がかすれた。
「え? 何?」
「隆史さんと最後に会ったの、いつですか」
児嶋さんは私を見つめ、迷ったように唇が動き、はっきりと言った。
「おととい」
自分が何を言ったのか、よくわからなかった。
児嶋さんの肩を押してベッドに押し付けて、私は彼女の肩に額を乗せた。今児嶋さんと目を合わせたら、感情がまるわかりだ。
自分を止めるのに必死だった。暴れまわる感情が、私を突き抜けようとして、抑えつける私の身体を痛ませる。
どうにかしてくれ、コントロールできない、おかしくなる、そう訴えてしまいたい。
泣いてしまうほうが楽だった。ひとりになってしまうほうが楽だった。そばにいて息を殺すよりも。いつから、児嶋さんといる時間が苦行になったのか。
もう、もたない。
児嶋さんは私に体重をかけられながら、黙っていた。どんなに感情を吐露しても、変わらずに、私の感情自体を受けとめてくれるような空気があった。
「児嶋さん、はるかはもうリタイアです」
そっと、児嶋さんに強いていた約束を、自分が仕掛け続けていた強引さを、ゆるめた。児嶋さんが受け止めてくれるから……私はそれに頼って、言うはずのなかった弱音を、本人に向かって吐いている。
「きめてください。隆史さんとはもう付き合わないって決めるか、私ともう会わないか、きめてください」
ずっと、考えていたこと。何回も言おうか迷って、やめたこと。
「隆史とは、もう付き合ってない」
小さい声で、児嶋さんが言った。
「デートしてるじゃないですか」
「会ってるだけで、手もつないでいないもの」
そう言われて、児嶋さんの指をもう一度握った。それ以上はもう自分から触れることができなかった。せめてもの独占欲は、私をかえって餓えさせた。たぶん、これ以上触れたら、触れようとしたら、私の気持ちは流れ出し、あふれ出してしまう。それが怖くて。
「私が、隆史さんと連絡をとってデートしている児嶋さんを見ていられないんです。手をつないだとかそういうのは関係ない」
「はるか」
「友達でもいいです。でも、はるかと友達でいたかったら、隆史さんとはもうデートしないでください」
滅茶苦茶に聞こえるかもしれない。これが、私のぎりぎりだった。
しばらく黙っていた児嶋さんは、言った。
「わかった」
すごく、決意に満ちたような言い方だった。――終わった。そう思った。
「隆史と、別れる」
聞き間違えたかと思った。
「もうしないよ。隆史とは会わない」
「え……は……?」
思わず顔をあげて、児嶋さんを見る。彼女は首をかしげて私を見返した。
「ちょ……っと、なにをいい加減なこと、なんでそんなこと言うんですか!」
半泣きの私に、児嶋さんは、真剣な表情で聞いた。
「はるかは、いい加減に、言ってるの?」
「そういうわけじゃないです! いい加減なわけないじゃないですか」
「だったら、こうするしかない」
まるで怒っているような言い方に聞こえた。選択しろと言われたらはるかを選ぶのが当然だ、何言ってるの、とでも言いたげな断定口調。急に児嶋さんとの関係が、わからなくなった。売り言葉に買い言葉みたいなものなのか? デートしないってことがどんな意味なのか、いちいち確認したが、児嶋さんはどうもよくわかっていないような気もする。彼女の思いがけない決断は、私を、ひどく期待させた。
その日、児嶋さんは、隆史とはもう一度だけ会って別れると言ってくる、と私に約束した。
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