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2: とある親子(2)
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「さあ横山悠介くん、ここに寝るんだ」
アパートの住人の大半が、仕事や学校で留守にしている時間帯。
そんな中…夢野駄略(24歳)は、5歳の男児を部屋に招いていた。
新品のランドセルに目を輝かせ、鉛筆や消しゴムを用意して、小学校への入学を控えたその男児を「聖域」に寝かせていた…
—————————————————————
「こんなの事情を知らない人が見たら完全に事案よ…ナレーターのトーンもすっかり暗くなってるわ」
廊下の突き当たりには白い間仕切りが。そこをくぐった先にある12畳ほどのリビングは、他のどの部屋とも似つかない有様となっていた。
「あの、夢野さん…その丸いものって…」
男児の母親の横山香苗は、怖がる男児をよそにひとり横たわる駄略を見て怪訝そうにつぶやいた。
「見ての通り、ごく普通のベッドだが?」
何を聞いているのだとばかりにとぼけた顔で返答する駄略。
「どこが普通のベッドよ!」
マリーの叫びは真っ当であった。そもそもベッドというよりはトランポリンのような形状をしており、黒い生地の中心には大きな六芒星が描かれている。複雑な円陣がその周りにあしらわれており、「ベッド」の側面は鎖で取り囲まれている。鎖で布を固定しているのか、はたまた別の理由があるのか定かではない。
「よし…浮島未来!」
名前を呼ばれたバディは溜め息をつきながらも近づいた。駄略はベッドの上で膝立ちをし、両腕を広げて目をつぶる。
「…何が始まるんでしょう?」
「さぁね…見当もつかないわ…」
少し離れた場所から気持ちを分かち合う母親とマリー。ベッドを見ていた悠介が、困惑した表情で母親のほうをチラリと見た…そのときだった。
ドスッ…
鈍い音が部屋に響いた。
悠介は慌ててベッドのほうを向き直したが、そのとき目に映ったのは、スローモーションのように後ろへ倒れる駄略の姿だった。
駄略は膝を畳んだまま両腕を投げ出し、すっかりと気を失っているようだった。
「ちょっと浮島さん!? あんた何やってんの!?」
「はは…ビックリするっすよね、こんなの見たら」
未来は右手をヒラヒラさせながら苦笑いした。その場にいた誰もが、野蛮人を見るような目つきで彼女を注視している。
「あ、勘違いしないでください! こいつ不眠症なんすよ。依頼がきたときは毎回こんな感じで首筋めがけて…はい」
先ほどの素早い手刀をゆっくりと、茶目っ気を含んだ表情で再現する未来だったが、それでも3人は納得のいかない様子だった。
「…まぁ、なんとかこいつが眠りについたところで…あとは、えー…悠介くんだっけ? が、真ん中に寝てくれたら、儀式の始まりってわけっす」
未来は人の名前を覚えるのがさほど得意ではないようだった。当の悠介は、不安そうに母親を見上げる。
「…もう一回確認したいんですけど、本当に悪夢を取り除いてくれるんですよね?」
頼む相手を間違えたのかもしれない。そのような考えは実に普遍的である。
依頼人を不安にさせることに慣れているのか、未来は優しく微笑んで答えた。
「確かにこいつは身だしなみがなってなくて、こんなボロボロのアパートに住んでます」
(はっきりとボロボロのアパートって言ったわね…いや否定はしないけど…)
無意識にマリーを複雑な気持ちにさせつつも、未来は続けた。
「けど、本当に実力だけはあるんすよ。現にあたしも、学生時代にこいつに救ってもらったクチで…だからこうやって、助手的な立場にいるんすよ。だから横山さん、ここはひとつ、あたしらを信じてくれませんか?」
胸に手をあて、熱心に語る未来を見た母親は、少しの沈黙の後に口を開いた。
「…とりあえず、この子を寝かせたらいいんですよね?」
未来は心の緊張がほぐれた。それを見かねてか母親は続けざまに言った。
「そのかわり、効果が見られなかったらお金は支払いませんからね?」
「もちろんです…! よし、じゃあさっそく取りかかりますね!」
そう言うと未来は、悠介をベッドの上に誘導した。
「ここで寝たらいいの?」
「そう。…あ、こいつと手を繋いでもらってもいいかな?」
「え…」悠介は思わず口にした。
「どうして夢ちゃんと手を繋ぐの?」
腕組みをして興味深そうに尋ねるマリーに、未来は返事をした。
「手を繋いで寝ないと、あたしらは依頼人の夢の中に入れないんすよ」
「へー…てことは浮島さんも?」
「繋ぎます。真ん中に悠介くんがいるんで、最終的にあたしとこいつの板挟みになりますね」
2人の会話を聞いた母親は、ベッドの上に座る悠介に言い聞かせた。
「ゆうくん、このお姉さんの言うことをちゃんと聞くのよ」
乗り気ではない悠介に母親は苦笑いをして、さらに言葉をかけた。
「そんな顔しないでよ…そうだ、終わったらご褒美にアイス買ってあげる!」
悠介は「ご褒美」の一言に顔をあげ、少しだけ表情がやわらいだ。その様子に、未来とマリーも微笑んだ。
「というわけなんで、悠介のこと…お願いしますね?」
「はい。…じゃあ悠介くん。3人で手を繋いで、一緒に寝よっか?」
渋々、という様子はまだ残っていたが、それでも悠介はゆっくりと首を縦に振った。
この歳にして、覚悟を決めることを覚えたようだった。
「マリーさん、それとお母さん」
名前を呼ばれた2人は、未来の言葉に耳を傾ける。
「さっきもこいつが言ってましたけど…くれぐれもあたしらを起こさないでくださいね? ここから先は夢の中が主戦場になります。もし1人でも起きたらいろいろと面倒なんで、どうか気をつけて…」
何がどう「面倒」なのかが気になるところだが、2人はその忠告に頷いた。
アパートの住人の大半が、仕事や学校で留守にしている時間帯。
そんな中…夢野駄略(24歳)は、5歳の男児を部屋に招いていた。
新品のランドセルに目を輝かせ、鉛筆や消しゴムを用意して、小学校への入学を控えたその男児を「聖域」に寝かせていた…
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「こんなの事情を知らない人が見たら完全に事案よ…ナレーターのトーンもすっかり暗くなってるわ」
廊下の突き当たりには白い間仕切りが。そこをくぐった先にある12畳ほどのリビングは、他のどの部屋とも似つかない有様となっていた。
「あの、夢野さん…その丸いものって…」
男児の母親の横山香苗は、怖がる男児をよそにひとり横たわる駄略を見て怪訝そうにつぶやいた。
「見ての通り、ごく普通のベッドだが?」
何を聞いているのだとばかりにとぼけた顔で返答する駄略。
「どこが普通のベッドよ!」
マリーの叫びは真っ当であった。そもそもベッドというよりはトランポリンのような形状をしており、黒い生地の中心には大きな六芒星が描かれている。複雑な円陣がその周りにあしらわれており、「ベッド」の側面は鎖で取り囲まれている。鎖で布を固定しているのか、はたまた別の理由があるのか定かではない。
「よし…浮島未来!」
名前を呼ばれたバディは溜め息をつきながらも近づいた。駄略はベッドの上で膝立ちをし、両腕を広げて目をつぶる。
「…何が始まるんでしょう?」
「さぁね…見当もつかないわ…」
少し離れた場所から気持ちを分かち合う母親とマリー。ベッドを見ていた悠介が、困惑した表情で母親のほうをチラリと見た…そのときだった。
ドスッ…
鈍い音が部屋に響いた。
悠介は慌ててベッドのほうを向き直したが、そのとき目に映ったのは、スローモーションのように後ろへ倒れる駄略の姿だった。
駄略は膝を畳んだまま両腕を投げ出し、すっかりと気を失っているようだった。
「ちょっと浮島さん!? あんた何やってんの!?」
「はは…ビックリするっすよね、こんなの見たら」
未来は右手をヒラヒラさせながら苦笑いした。その場にいた誰もが、野蛮人を見るような目つきで彼女を注視している。
「あ、勘違いしないでください! こいつ不眠症なんすよ。依頼がきたときは毎回こんな感じで首筋めがけて…はい」
先ほどの素早い手刀をゆっくりと、茶目っ気を含んだ表情で再現する未来だったが、それでも3人は納得のいかない様子だった。
「…まぁ、なんとかこいつが眠りについたところで…あとは、えー…悠介くんだっけ? が、真ん中に寝てくれたら、儀式の始まりってわけっす」
未来は人の名前を覚えるのがさほど得意ではないようだった。当の悠介は、不安そうに母親を見上げる。
「…もう一回確認したいんですけど、本当に悪夢を取り除いてくれるんですよね?」
頼む相手を間違えたのかもしれない。そのような考えは実に普遍的である。
依頼人を不安にさせることに慣れているのか、未来は優しく微笑んで答えた。
「確かにこいつは身だしなみがなってなくて、こんなボロボロのアパートに住んでます」
(はっきりとボロボロのアパートって言ったわね…いや否定はしないけど…)
無意識にマリーを複雑な気持ちにさせつつも、未来は続けた。
「けど、本当に実力だけはあるんすよ。現にあたしも、学生時代にこいつに救ってもらったクチで…だからこうやって、助手的な立場にいるんすよ。だから横山さん、ここはひとつ、あたしらを信じてくれませんか?」
胸に手をあて、熱心に語る未来を見た母親は、少しの沈黙の後に口を開いた。
「…とりあえず、この子を寝かせたらいいんですよね?」
未来は心の緊張がほぐれた。それを見かねてか母親は続けざまに言った。
「そのかわり、効果が見られなかったらお金は支払いませんからね?」
「もちろんです…! よし、じゃあさっそく取りかかりますね!」
そう言うと未来は、悠介をベッドの上に誘導した。
「ここで寝たらいいの?」
「そう。…あ、こいつと手を繋いでもらってもいいかな?」
「え…」悠介は思わず口にした。
「どうして夢ちゃんと手を繋ぐの?」
腕組みをして興味深そうに尋ねるマリーに、未来は返事をした。
「手を繋いで寝ないと、あたしらは依頼人の夢の中に入れないんすよ」
「へー…てことは浮島さんも?」
「繋ぎます。真ん中に悠介くんがいるんで、最終的にあたしとこいつの板挟みになりますね」
2人の会話を聞いた母親は、ベッドの上に座る悠介に言い聞かせた。
「ゆうくん、このお姉さんの言うことをちゃんと聞くのよ」
乗り気ではない悠介に母親は苦笑いをして、さらに言葉をかけた。
「そんな顔しないでよ…そうだ、終わったらご褒美にアイス買ってあげる!」
悠介は「ご褒美」の一言に顔をあげ、少しだけ表情がやわらいだ。その様子に、未来とマリーも微笑んだ。
「というわけなんで、悠介のこと…お願いしますね?」
「はい。…じゃあ悠介くん。3人で手を繋いで、一緒に寝よっか?」
渋々、という様子はまだ残っていたが、それでも悠介はゆっくりと首を縦に振った。
この歳にして、覚悟を決めることを覚えたようだった。
「マリーさん、それとお母さん」
名前を呼ばれた2人は、未来の言葉に耳を傾ける。
「さっきもこいつが言ってましたけど…くれぐれもあたしらを起こさないでくださいね? ここから先は夢の中が主戦場になります。もし1人でも起きたらいろいろと面倒なんで、どうか気をつけて…」
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