荒れ地に花を

グタネコ

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第四章  荒れ地

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「砂糖は?」
「私は、いいです」
 和泉がマグカップにコーヒーを入れ、ギタヒの前に置いた。
「バターも何も無いんだよ」
 食パンだけがテーブルに置かれていた。
 和泉は食パンを一枚取り、口に頬張りながら、DNA解析の結果を見ていた。
 松島に頼んだ、あの「葉」のDNA解析の結果がメールで送られてきていた。
 夜遅くまで話し込んでいて、起きたときには昼前だった。あの「葉」の一部をバイク便で送ったのが昨日の夜。最新の解析技術は、驚くほど短時間でDNA解析を行ってしまう。
「どうですか」
 解析結果を真剣な顔で読んでいる和泉に、ギタヒが尋ねた。
「難しいね、これは。予想通り、エアープランツをベースに品種改良したものらしいけど、それにどんな機能を追加したのかは、とても分かりそうにない」
 解析結果は、「葉」がエアープランツに加え、サボテンやツタの特徴があるとコメントが付けられていた。サボテンはサボテン科、ツタはブドウ科、エアープランツはパイナップル科に分類されている。これらの特徴を持つとしたら、それだけでも驚きだった。さらに、幾つかの異なった植物の遺伝子も組み合わされているのではと推測されていた。
「想像以上だよ」
 和泉は信じられないというように首を振った。
「どうするかな……」
 和泉はデータを机に置き、腕組みをした。
「ニールは、この花を見たんだろ」
「はい」
「研究室に、まだあるのかな」
「さあ……」
「無いかな」
「ええ……」
「無くなるわけがないから、どこかへ運んだんだろうな。遺伝子組換え植物だから、密閉型の温室とか……」
「ええ……」
 ギタヒは、力なく相づちを打つだけだった。
「自分の家にでも、持って帰ったのかな」
 和泉の言葉は、独り言になっていた。
「とすると‥‥」
 あのドアの向こうに花はいるのか……。和泉は麻生圭子のマンションを思い浮かべた。
 亮子の叫び声を聞いた日、和泉は、たまたま同じマンションに観葉植物を届けに行った。五階に住んでいる緑好きの老夫婦で、季節毎に居間に飾る鉢を変えていた。
 送り届けた帰り、女性の悲鳴が聞こえ、駆けつけてみると、亮子がドアの前で座り込んでいた。
 亮子が麻生圭子の妹であることを和泉は知らなかった。英子から亮子の姉が自殺したことは聞いてはいたが、その姉が和泉の知っていた麻生圭子だったとは全く想像もしなかった。
 和泉は人間関係が苦手だった。人の噂にも出世にも興味はなかった。人と関わるよりも、何もしゃべらない植物と付き合っているほうが気楽でよかった。
 恵美からは渡された葉が机の上にあった。面倒なことは嫌いなのだが、ギタヒから麻生圭子の「花」の話を聞いた以上、最後までやらないと気が済みそうになかった。
「ニール、これから、どうするつもり?」
 和泉が、俯いているギタヒに言った。
「ここに居てもいいけど、ずっと、ここに居て、何もしないわけにもいかないだろ」
「はい……」
「研究室に、戻りたかったら、僕が片山先生に言ってあげてもいいけど。まあ、多分、あの人の事だから、君が休んでいることも、気づいていないかもしれないけどね」
 和泉が言い、ギタヒは弱々しい笑いを返した。
 確かに、片山という教授は、自分の業績や評判以外に関心はない。アフリカからの留学生が一人休んでいようがいまいが、全く気にするような人間ではなかった。
「もう少し……」と思い詰めた様子で、ギタヒは言った。もう少し何をするのか、それは言わなかった。
「無茶はするなよ」
 和泉が言ったが、ギタヒは黙ったままだった。
 和泉の携帯電話が鳴った。
「はい、和泉です」
「ちょっと、何してるの。今、何時だと思ってるの。忙しいのよ。すぐに来て」
 英子が怒っていた。
「すいません」
 和泉は言って、あわてて着替えを始めた。
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