TICKET

草餅よもぎ

文字の大きさ
上 下
2 / 15

日常的で在ること

しおりを挟む
目が覚めて、朝ご飯を食べて仕度をして学校に行く。玄関を出る前の気怠さと、行かないと、という謎の使命感。扉を開けて外に出たときの少し冷え始めた朝の空気。

全てを当たり前に受けて、今日も私は生きている。

秋野と書かれた表札の一軒家を出て、いつもの通学路を黙々歩く。閑静な住宅街はまだ人気が薄く、時々朝ご飯らしいにおいが漂ってくる。

暫く歩いて、目的のバス停が見え始める。数人の学生が既にバス停で待っており、そこに友人の姿も。

私はそっとその横に立って、いつものように。

「おはよぉ」

私の間延びした挨拶に、隣の人物は微笑んで返してくる。

「おはよう、紫」

少し前に流行ったらしいウルフヘアーに、1ミリも短くしていない制服のスカート、飾り気の無い学校指定の紺のスクールバック。少しだけ真面目な子、夏川実鈴(ナツカワ ミスズ)。

櫛をサッと通しただけの重たいミディアムヘアーに、同じく短くしていない規定の長さのスカートと飾り気のないスクールバック。だらしない子である私、秋野紫(アキノ ムラサキ)。

実鈴は隣にたったの私を見て小首を傾げた。

「あれ?合い服にしたんだ」

半袖に明るめの色合いの夏服を着ている実鈴に対し、形は似ているが少し暗めの色をした七分袖の制服を着た私。

「んー最近寒いからさぁ。今日から合い服で行ってもいいって先生から聞いたし」

「少し肌寒いけど、朝方だけだよ。昼間はまだ暑くない?」

苦笑する実鈴に、私は無言で制服の腕まくりをして大丈夫と伝える。

実鈴は更に苦笑した。

「そろそろだね」

腕まくりついでに腕時計を見て確認すると、 聞き慣れたバスのエンジン音が近付いてくる。

各々読者をしたりスマホを弄ったりしていた他の学生が身仕度を始めた。

いよいよ、学校が始まる。 





学生で満ちたバスに乗り、数十分揺られて漸く私の通う学校に着いた。

バスの中では人が多くて実鈴と話す余裕はないし、そういう雰囲気でもないので朝の実鈴との会話は学校に着いてからが本番になる。

バスを降りて直ぐに実鈴は私の横に並んで歩き、辺りを見渡して呆れ顔で言う。

「またあの子は遅刻かな?」

「さぁねぇ、途中で乗ってこなかったもんね。もう今更珍しくもないでしょ」

「こないだ呼び出されてたから、懲りたかなと思ったんだけど」

「どぉでしょー。あの子は遅刻じゃなくて、遅刻スレスレで来るようになるんじゃないかねぇ」

私と実鈴が話している『あの子』は遅刻常習犯。本来ならば私達の乗っていたバスに途中で乗り込んでくる筈が、その確率は五分五分。

朝礼まで後15分。

私も実鈴も慣れすぎていて、『あの子』を待つことはしない。

他愛のない話をしながら下駄箱を抜けて教室に辿り着く。

私は残念ながら教室の後ろの通路側の席だが、実鈴は同じ列の窓側。見物には持ってこいだ。

後5分。

クラスの皆が話を切り上げて自分の席に着き始め、私も実鈴の席から自分の席に戻ろうとしたとき、グラウンドの向こう側に見える校門に自転車に乗った一人の生徒の姿が見えた。

「「あ」」

二人で顔を見合わせて笑う。

さてさて、残り5分足らずでここまでこれるかな。

自転車置き場から校舎に向けて猛然と走るその姿を少し眺めた後、私はすぐさま自分の席に戻り廊下の方に耳を澄ませる。

少しして、数人の歩く足音。

これは恐らく先生。ちらほらと教室の扉を開ける音も聞こえてくる。私のクラスの担任の特徴的な足音が近付いてくる、その後ろから。

バタバタバタ!!

と忙しない足音が。

「先生!どいてーー!」

「な、なん……おいっ春名!廊下を走るな!!というか、また遅刻か!?」

バシーーン!!

教室の扉が壊れるのではないかと思うほどに激しく開かれ、私の友人が飛び込んできた。

「ギッリギリ、せぇーーふ!!」

少し小柄なポニーテールの女子、春名 花南(ハルナ カナ)。

飛び込んできた勢いで、そのまま教室の真ん中にある自らの席に滑り込んだ。残像の見える勢いで。

と、当時にチャイムが鳴る。

はぁふぅと息切れを起こして机に突っ伏す彼女に、クラスからまたお前かと笑いが起きる。

和やかな雰囲気のクラスに先生が入ってくる。

「おはよう!」

ガタイの良い男性教師、松尾先生。

五部刈りでパッと見とても厳ついが、とても良い先生で褒めるときは褒めるし、優しいときは優しいし、でも叱るときは恐い。正に『良いお父さん』という感じの人。

先生が入ってくるとクラス委員が号令を掛け、皆が立ち次の号令で一斉に挨拶を返す。

へろへろの花南もそれに倣って挨拶し、着席の声で崩れ落ちた。

「春名ー、いい加減間に合うようにしろよ」

「き、きょうはっ、まにあいました、よ………」

「間に合ってないだろバカヤロウ、チャイムが許しても俺が許さん」

「チャイムは…がっこの、神様ですよぅ……」

「俺がこのクラスの神だ」

「だぁあ~なにそれぇええ~」

先生と花南のそんなやり取りにクラスメイトが笑い、治まった頃に朝礼が始まった。

私の日常の始まり。これとそう変わらない生活の繰り返し。



なんて、和やかで素敵なことだろう。

しおりを挟む

処理中です...