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管理人からの電話
しおりを挟む冬の朝、灰色の空が頭上に垂れ込めていた。外は冷たく、暗く、世界が圧し潰されそうな重さを持っている。その冷気が部屋にまで忍び込んできて、空気がひんやりと静まり返っている。僕は布団に包まって肩をすくめていると、何もかもがこのままであればいいと思えてくる。動く気力も、考える気力も、少しも湧かない。
目を開けた瞬間、無意識に手がスマホを掴んでいた。画面に「管理人」と表示されているのを見た途端、心臓がひときわ速く鼓動し始めるのがわかった。
「はい。」声がどこかくぐもっていた。眠気がまだ体を包んでいる。
「もしもし。ゴミ出しのことで、また問題があるんだよ。ちょっと来てくれる?」
管理人の声は冷たく、あまりにも無機質だ。その中に、ほんの少しだけ苛立ちが滲み出ているような気がした。
「なんで、いつも僕なんですか?」
自分でも驚くほど、声が乾いて響いた。その声に少しの沈黙が続いたあと、ため息が聞こえ、管理人は少し芝居がかった口調で言った。
「君、過去にいろいろあっただろ? 他の住人たちが君を適任だって思ってるんだ。本当は私がやるべきなんだけど、年末で忙しくて。助け合いって大事だろ?」
その言葉が胸に突き刺さった。無意識に「またか。」と心の中で呟きながら、布団を乱暴に蹴り上げ、冷たい床に足を下ろす。
________
数年前、僕は大きな過ちを犯し、このアパートに流れ着いた。世間は僕を許さなかった。そのことを誰も言わないけれど、住人たちの冷たい視線は、まるで僕の背中に鋭いナイフを突き刺すようだった。でも、その視線は決して正面から向き合おうとはしない。いつも、あいまいで無言の敵意として僕を追い詰める。
________
ゴミ捨て場に着くと、思ったよりもひどく散らかっていた。破れた袋から中身がこぼれ、カラスが集まっている。黒い羽音が耳をつんざき、足元には食べかけのパンやガラス瓶が無造作に転がっている。そんな光景に、胸が締めつけられるような気がした。
「これを片付けろって?」思わず口に出すと、管理人はただ肩をすくめ、何も言わなかった。
無言で僕の動きを見守るその姿に、怒りがじわじわと湧き上がってきた。
ゴミ袋を掴み、カラスを追い払う。その手は冷たく、動作は無感情に続いていく。掃除をしている間も、背後に冷たい視線を感じる。その視線が、僕の苦しみをさらに増幅させる。
部屋に戻り、布団に潜り込む。目を閉じようとするが、管理人の冷徹な言葉が耳にこびりついて離れない。
「過去があるから。」その一言が、まるで僕の人生を定義するように深く響く。過去は決して切り離せない。どんなに捨てようとしても、世間はそれを忘れなそれが、この冷酷な世界のルールだ。
夕方、薄曇りの空がわずかに開き、オレンジ色の光が部屋に射し込んだ。僕は天井を見つめながら、壁に貼られた一枚の写真に目を止めた。それは、かつての僕。笑顔で、自由で、何も恐れていなかった頃の僕だった。その写真を見つめながら、僕は自問自答する。この重いラベルを、僕は超えられるのだろうか。それとも、永遠にそのラベルに縛られてしまうのだろうか?
光が消えると、部屋は再び闇に包まれた。僕は再び布団に身を委ねる。少なくとも、眠りの中では過去も未来も消え、ただひたすら深い闇の中で漂うことができる。その安らぎの中に、ほんの少しだけ救いを感じる。しかし、それが永遠に続かないことを、心の片隅で知っている。
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