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読書の秋編
⑨
しおりを挟む「誠先輩って多忙だったんですね」
「別にそんなことないと思うけど……」
美術部でのゼッサンモデルが終わった後、学校の自販機で奢ってもらったココアを啜りながら波留斗がしみじみ呟くと上島はいつもの変わらない穏やかな笑みを浮かべて言った。
「アトリエはいつ行っているんですか?」
「土日はずっとアトリエだね。あと、実は平日の夕方の6時から9時までもアトリエにいるよ」
「いやいやいや、やっぱり超多忙じゃないですか!」
『図書委員の仕事は減らせないんですか?』と訊ねれば、『好きでやっていることだしね』とさらりと言われた。
「す、好きで?」
「そう。ずっと絵ばっかり描いていると精神的に病んじゃうから。かといって、僕は運動があまり好きじゃないしね。読書をしたり、図書委員の仕事をするのが僕の大事な息抜きなんだよ」
『もちろん、波留斗とおしゃべりとするのも大事な息抜きの一つだよ』と微笑まれて、改めて上島を尊敬してしまう波留斗だった。
「凄いですね誠先輩は……好きな事ややりたい事に全力で取り組んでいるんですね」
「そうなんだ。僕は好きな事にはとことん打ち込める人間だからね……だから、波留斗との時間を減らす気はないよ。これからも」
波留斗を見つめる上島の顔はいつもと同じように見えた。でもなぜか波留斗は少し居心地の悪さを感じて視線を逸らした。
「そういえば約束の絵まだ見せてなかったね」
『おいで』と上島は美術室の隣にある部屋に波留斗を案内した。美術準備室と書かれたそこにはたくさんのキャンパスが乱雑に置いてあった。その一角から、上島が取り出したのは波留斗の身長程はあろうかという大きなキャンパスだった。
「これは去年の文化祭で展示した油絵なんだ」
それは大きな海辺の絵だった。夕暮れ時の誰もいない砂浜。雄大でありながら、どこか寂しさも感じる不思議な絵だった。
「綺麗……」
「ありがとう」
「ここ、どこの海なんですか?」
「沖縄だよ」
「沖縄?」
「僕は大阪の前には沖縄にいたんだ」
「……誠先輩は意外性の塊みたいな人ですね」
『そうかな』と不思議そうにする先輩の手は、先ほどゼッサンしていた時の名残がまだ残っていた。その黒ずんだ指先をみて『職人の手だな』と素人ながらに思った波留斗だった。
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