縫包螺旋

更紗

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 ヤア、わたしです。小坂天涅さん、わたしですよ。夏場の御付ともいうわたしです。もうそろっとたまらなく暑くなりますね。そろそろわたしが、皆さんを涼ませてあげる季節です。ところで、あなた奇談はお好きですか。わたしは大好きなんですよ。聞くより話すほうなんですけどね、人を涼ませるのが何よりも楽しいからか、そんな類いも大好きなんです。出番でない時分は、炬燵布団やら手鞠やらがよく聞いてくれていましたから。えぇ、気になるならあなたにもお話しますよ。小説ほど面白いものでもないですが、長いものじゃないんで、ちょっと聞いてってくださいよ。
 わたし、二年前まである家にいました。えぇそうですよ。あなた、わたしを中古屋で買い付けたでしょう。この小坂家に来る前はもともとは別の家にいたんです。けっこう金回りのよい家でした。母親のほうが銀行勤めだとか何とか、一種の情報ナンタラいう資格も持っていたとか、マァ結構富んでいた様子でしたよ。今から話すのが、わたしが売られる理由になることなんですけどね。ちょっと今ぐらいの時期です。その家でまだ無垢らしい、可愛らしい少女が惨たらしく殺されたのです。なんてったって目の前で事切れる様を見ましたからね。その娘は家の一人娘でした。
 わたしは居間にいたんですが、そこに逃げるように少女が入ってきましてね。すぐ大柄めな男が現れて首根っこ掴んで、バターンと伏せるんです。先にも幾ばか何かされてたのか、少女は気管が叫ぶような咳を二度しました。そうして息漏れ声しか出ない少女を、まずは頬を張るんです。そこで一瞬間抵抗が緩むとこを逃さず、首を掴みなおしてグギュゥと絞め上げまして、少女の呻きが肥えた蛙のような声に変わりますと、重低音と共に少女の身体は力なく床に広がりました。そこでようやく気付きましたが、少女は裸同然で、少々はでな下着を腕に絡めたままでした。ははあ強姦殺人かと思っていると、男は私に躓きながらも窓から逃げていきました。少女は動かず、そのうち口からは血を、股からは血の交じった小便と大便をしばらく垂れ続けていました。そうして畳にひと頻り出すものを出しますと、喉からグゲとでも言った唸りを漏らしたきり、完全に止まってしまったのです。そこからは川のような時でした。悲鳴を上げる女、鑑識、ビニール、続く女の泣き叫び…………。そんなことがあるうち、その部屋どころかおそらく家ごとでしょう、特段必要のなさそうなものたちは質に入れられました。どうしてそんな事をしたかなんて想像が着きすぎて逆に分かりませんが、娘を亡くしたんですからわたしが考えたところでどうにも解らないだろうなと。えぇ、売られたうちのひとつがわたしです。一時はほんとうに不安でしたが、あなたが買ってくださったのでありがたい限りです。
 さて、わたしの見た奇談はこれで終わりなんですけどね、ちょいとわたしの脚の底を見てもらいたいのです。ええ、そこの裏でございます。わたしもつい最近まで気付かなかったのですがね、誰にもお話していないものが、そこにはございますから…………。







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