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さようなら、ロザリア様。
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どうしてこんな事になったんだろう。
「―――被告、ロザリア・セラフィーナ・エーデルハイト。貴様は私欲のために、この国の慈悲深き光であり、何より貴様の婚約者であったヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン殿下を毒殺した。未来の王妃として誰よりも殿下を支えるべき立場にありながら、あろうことかその杯に毒を盛り、殿下の命を奪ったのである!」
違う。私はそんなことしていない。
そうだ、きっと誰かに嵌められたんだ。
―――誰に?わからない。
私は「悪女」で有名だった。敵なんて、何人いたのか見当もつかない。
「人殺し!」「さっさと死んでしまえ!」「公爵家の面汚しが!」
民衆の罵声、兵士たちの冷たい鎧の擦れる音。その中心で、私は地面に膝をつき、後ろ手に縛られている。
鈍色の空から、すべてを覆い隠すような雪が舞い落ちる。
私にはもう、かつての華やかな公爵令嬢の面影はない。泥に汚れた白い囚人服と、乱れた髪。思い出すだけでも吐き気を催すような酷い拷問を受けて、肌は傷だらけだ。
そんな私を見下ろす高い壇上に、私を鋭く睨みつける第二皇子セオドールと、彼の腕にしがみついて泣きじゃくる、私の双子の妹―――エミリアが立っていた。
エミリアが、ハンカチで目元を拭いながら、震える声で言う。
「お姉様……っ、嘘……嘘だと言って…!どうして……どうしてこんなこと……!!」
ごめんねエミリア、悲しませて……。
エミリアは優しい子だ。器用で、気配りができて、姉である私なんかよりずっとできた子だ。
彼女なら、私がいなくなったあとでも、お母様やお父様を支え、この公爵家を立派に守っていってくれるはず―――
そのとき、民衆から投げつけられた石が額に当たり、じわりと熱い何かが溢れて垂れた。
しかし、その痛みよりも私の心を殺したのは、群衆の影に立つ母と父の姿だった。
お母様は顔を背け、お父様は……一瞥もくれず、どこまでも興味が無さそうな素振りで、踵を返した。
(どうして、私を見ないの? 私の言葉を、一度も聞いてくれないの……?)
愛されていたと思っていた。しかし内心、家族である彼らでさえ、あまりに強欲な私のことを疎ましく思っていたのだろう。
あぁ、そうか。
これはきっと、罰なんだ。
傲慢で我儘な私に課せられた、最後の罰。
神様。
もしも生まれ変われるのならば、今度は誰からも疎まれない、優しい人間になります。
そうしたら、エミリアのように愛され、誰かの隣で笑い合えるような…そんな当たり前の幸せを、私にもください―――。
その時だった。
「……ロザリア様。」
ふと隣から、聞きなれた声がする。
冷たくて、鋭くて、でもどこまでも優しいあの声。
隣を見ると、血まみれの服を着て、見るも無惨なほどにボロボロになった――私の執事、ユリウスがいた。
「……まったく、ひどいお顔をなさいますね。……公爵令嬢とあろうものが、そのようなはしたないお顔をなさってはいけません。」
彼は縄に繋がれ、身体中傷だらけだ。指一本動かすことすら苦痛なはずなのに、血に濡れた顔を上げて私を見つめていた。
その指先は二度とフォークも握れないほどに潰されている。
私を逃がそうとして、王室の騎士団を相手にたった一人で抵抗し、捕らえられた末の姿。
彼は、私を一度も裏切らなかった唯一の人だ。
「ごめんね、ユリウス。……貴方まで、私の身勝手に巻き込んでしまって……」
声にならぬ私の呟きに、彼はかすかに―――ほんの少しだけ口角を上げ、不敵に笑ってみせた。
「……貴女の身勝手に付き合うのは……今に、始まったことではないでしょう?……それに、私が保身のために貴女を捨てるような、つまらない男に見えますか? 」
ぐったりと膝をつきながらヒューヒューと苦しげな呼吸を繰り返す彼は、もはや目も当てられないほどに傷ついている。それなのに、余裕を崩さずいつもの憎まれ口を叩く姿には、不思議な安心感さえ覚える。
こんな状況下でも、彼は不遜なほどに、いつもの完璧な執事らしさを崩さない。彼の声は、朝の着替えの時に聞く小言と何ら変わりない。
「……ありがとう、ユリウス……」
普段は腹が立って仕方がなかった彼の「生意気な態度」も、今となっては愛おしいとさえ思えた。
「……全く。あなたほど騙されやすく、救いようのない令嬢はいませんね。……あれほど、周囲を疑えと言ったのに。……おかげで私の最後のお仕事が『主と心中』になってしまいました」
……騙されやすい?何の話よ、ユリウス。
「……次は、もう少しマシな頭を持って生まれてくることです。その時はまた、私が一から教育して差し上げますから」
そう言って彼は、皮肉げに目を細めた。
いつも私を突き放すような冷ややかな瞳が、今はひどく熱を帯びて、潤んでいるように見える。
「うるさいわよ、バカユリウス」
縛られたまま、私は精一杯の強がりを込めて言い返した。
視界が歪んで、彼の血に汚れた顔がぼやけていく。
処刑の鐘が鳴る。
「……死ぬのは怖いですか」
彼の言葉で、私は自分が泣いていることに気づいた。
「そりゃあ、怖いわよ……怖いに決まってるじゃない。」
体の震えが止まらない。
寒いからだけじゃない。恐怖だ。心の底から湧き出すような震えに、歯がガチガチと音を鳴らす。
「死にたくない……死にたくないよ、ユリウス……」
情けなく零れた私の本音に、ユリウスは「ふっ」と満足そうに笑った。
「貴方様は本当に、手がかかるお人だ。……これほど手のかかる方を、一人残していくのはいささか不安ですが。」
……一人、残していく……?
どういうこと、ユリウス?
ユリウスは、もはや立ち上がることなど叶わないはずのその身を、軋ませながらゆっくりと押し上げた。
彼は、広場を埋め尽くす民衆と、高台から見下ろす妹たちの前に、傲然と立ち塞がる。まるで、ボロボロに傷ついた私を背に隠すように。
「……ユリウス……?」
彼は掠れた声で、けれど広場中に響き渡るような峻烈な声で宣言した。
「―――聞け。皇太子暗殺を含むこれらすべての計略を指示したのは、この私だ。この愚かな令嬢は、私の駒に過ぎなかった。」
……え?
何を言っているの、ユリウス?
「……この命、主への不敬の罪にて返上いたします。」
何を馬鹿なことを。
貴方は何もしていないわ。
「ユリウス、やめて!!一体なんのつもり!?」
縛られた私の叫びは、民衆の罵声にかき消される。
「……最後まで……聞き分けの悪い方だ……」
彼は一度だけ振り返り、血に濡れた唇を動かす。
「……あぁ、本当に……手がかかる。……そんな顔をされたら、死ぬのが惜しくなってしまうじゃありませんか。」
「ユリウス!!やめて!貴方はなにも―――!」
「……もし来世があるのなら、きっと貴方は……また、私を困らせるのでしょう。……楽しみに、待っています。」
ユリウスは最後に、片方が潰れて開かなくなった目でありながら、残った片方の黒色の瞳で、真っ直ぐに私を見つめていた。
「……あとの始末は、ご自分でするのですよ。」
これが彼なりの「生きろ」というメッセージなのか。
そんなの駄目よ。ユリウスがいなくちゃ、私は何も出来ないのよ。
第二皇子セオドールが、勝ち誇ったような顔で羊皮紙を広げる。
「罪状を読み上げる。被告ユリウス。貴様はエーデルハイト公爵令嬢ロザリア・セラフィーナ・エーデルハイトの執事としての身分を偽装し、彼女の行動を意のままに操った上、皇太子ヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン殿下に対し毒物を投与し、殺害した。以上の行為は国家への反逆および皇族殺害に該当する!」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
そんなの嘘よ。
騎士団の兵に両脇を固められたユリウスは、一度もこちらを見なかった。しかしこれまでに聞いた事のないほど優しい声で、言った。
「最期までお仕えできて光栄でした。……さようなら」
いかないで!ユリウスは何も悪くないのよ!
「ヴィルヘルム殿下の名において、反逆者ユリウスの処刑を執行する。」
待って!!やめて、お願い!!
ユリウス―――
ギロチンが振り下ろされる。
ぐしゃっ。
ユリウスの、首が落ちる。
ただ、赤が舞う。
世界から音が消えた。
ユリウスの首は二度、三度と跳ねて、そして止まった。
ユリウスは、こちらを硝子玉のような無機質な瞳で見つめたまま、動かない。
ただでさえ感情の無い瞳が、完全に光を失っていた。
そこには、もうユリウスという人間の気配はなかった。
……死んだ。
あんなに強くて、完璧だった彼が。私のために、嘘を吐いて。
……こんなので、死んじゃうの?ユリウスなのに?
彼の瞳は、今はもう、何も映していない。
それでも私は、そこに自分の姿を探してしまった。
「ロザリア・セラフィーナ・エーデルハイト。貴様を国外追放に処す。」
……国外追放。
ユリウスは死んだのに、私にはまだ「生きろ」というの?
これは私への罰であるはずなのに。どうしてユリウスが死んで、私はまだ生きなきゃいけないの。
「……それにしても、ロザリア。貴様も哀れな女だな。この男は先日、拷問の末にすべての事実を自白したぞ。……毒を調達したのも、殿下を殺せと貴様に唆したのも、すべてはこの執事の独断だったと、全て吐き出したのだ。」
違う。それは全てユリウスの嘘だ。
私を生かすための、優しすぎる嘘。
ユリウスはそんなことをしていない。当然私も、していない。
けれど、セオドールの言葉は止まらない。
「それを貴様は……最後までこの男を庇い、罪を被ろうとしたのか? ……ふっ、実に見上げた殊勝さだな。飼い犬であるはずの執事に従順になり、あまつさえヴィルヘルム兄上を殺めるとは……滑稽すぎて反吐が出る」
地獄だ。
ユリウスはこんな世界で私にまだ生きろというの?
最後まで本当に、意地が悪い人だ。
「おえ……げっ、う、あぁぁ……!!」
公爵令嬢である威厳など微塵も残されていない、汚らしいえずき声。
公爵令嬢の矜持など、とうに壊れていた。
私は雪の上に這いつくばり、嘔吐した。
「―――被告、ロザリア・セラフィーナ・エーデルハイト。貴様は私欲のために、この国の慈悲深き光であり、何より貴様の婚約者であったヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン殿下を毒殺した。未来の王妃として誰よりも殿下を支えるべき立場にありながら、あろうことかその杯に毒を盛り、殿下の命を奪ったのである!」
違う。私はそんなことしていない。
そうだ、きっと誰かに嵌められたんだ。
―――誰に?わからない。
私は「悪女」で有名だった。敵なんて、何人いたのか見当もつかない。
「人殺し!」「さっさと死んでしまえ!」「公爵家の面汚しが!」
民衆の罵声、兵士たちの冷たい鎧の擦れる音。その中心で、私は地面に膝をつき、後ろ手に縛られている。
鈍色の空から、すべてを覆い隠すような雪が舞い落ちる。
私にはもう、かつての華やかな公爵令嬢の面影はない。泥に汚れた白い囚人服と、乱れた髪。思い出すだけでも吐き気を催すような酷い拷問を受けて、肌は傷だらけだ。
そんな私を見下ろす高い壇上に、私を鋭く睨みつける第二皇子セオドールと、彼の腕にしがみついて泣きじゃくる、私の双子の妹―――エミリアが立っていた。
エミリアが、ハンカチで目元を拭いながら、震える声で言う。
「お姉様……っ、嘘……嘘だと言って…!どうして……どうしてこんなこと……!!」
ごめんねエミリア、悲しませて……。
エミリアは優しい子だ。器用で、気配りができて、姉である私なんかよりずっとできた子だ。
彼女なら、私がいなくなったあとでも、お母様やお父様を支え、この公爵家を立派に守っていってくれるはず―――
そのとき、民衆から投げつけられた石が額に当たり、じわりと熱い何かが溢れて垂れた。
しかし、その痛みよりも私の心を殺したのは、群衆の影に立つ母と父の姿だった。
お母様は顔を背け、お父様は……一瞥もくれず、どこまでも興味が無さそうな素振りで、踵を返した。
(どうして、私を見ないの? 私の言葉を、一度も聞いてくれないの……?)
愛されていたと思っていた。しかし内心、家族である彼らでさえ、あまりに強欲な私のことを疎ましく思っていたのだろう。
あぁ、そうか。
これはきっと、罰なんだ。
傲慢で我儘な私に課せられた、最後の罰。
神様。
もしも生まれ変われるのならば、今度は誰からも疎まれない、優しい人間になります。
そうしたら、エミリアのように愛され、誰かの隣で笑い合えるような…そんな当たり前の幸せを、私にもください―――。
その時だった。
「……ロザリア様。」
ふと隣から、聞きなれた声がする。
冷たくて、鋭くて、でもどこまでも優しいあの声。
隣を見ると、血まみれの服を着て、見るも無惨なほどにボロボロになった――私の執事、ユリウスがいた。
「……まったく、ひどいお顔をなさいますね。……公爵令嬢とあろうものが、そのようなはしたないお顔をなさってはいけません。」
彼は縄に繋がれ、身体中傷だらけだ。指一本動かすことすら苦痛なはずなのに、血に濡れた顔を上げて私を見つめていた。
その指先は二度とフォークも握れないほどに潰されている。
私を逃がそうとして、王室の騎士団を相手にたった一人で抵抗し、捕らえられた末の姿。
彼は、私を一度も裏切らなかった唯一の人だ。
「ごめんね、ユリウス。……貴方まで、私の身勝手に巻き込んでしまって……」
声にならぬ私の呟きに、彼はかすかに―――ほんの少しだけ口角を上げ、不敵に笑ってみせた。
「……貴女の身勝手に付き合うのは……今に、始まったことではないでしょう?……それに、私が保身のために貴女を捨てるような、つまらない男に見えますか? 」
ぐったりと膝をつきながらヒューヒューと苦しげな呼吸を繰り返す彼は、もはや目も当てられないほどに傷ついている。それなのに、余裕を崩さずいつもの憎まれ口を叩く姿には、不思議な安心感さえ覚える。
こんな状況下でも、彼は不遜なほどに、いつもの完璧な執事らしさを崩さない。彼の声は、朝の着替えの時に聞く小言と何ら変わりない。
「……ありがとう、ユリウス……」
普段は腹が立って仕方がなかった彼の「生意気な態度」も、今となっては愛おしいとさえ思えた。
「……全く。あなたほど騙されやすく、救いようのない令嬢はいませんね。……あれほど、周囲を疑えと言ったのに。……おかげで私の最後のお仕事が『主と心中』になってしまいました」
……騙されやすい?何の話よ、ユリウス。
「……次は、もう少しマシな頭を持って生まれてくることです。その時はまた、私が一から教育して差し上げますから」
そう言って彼は、皮肉げに目を細めた。
いつも私を突き放すような冷ややかな瞳が、今はひどく熱を帯びて、潤んでいるように見える。
「うるさいわよ、バカユリウス」
縛られたまま、私は精一杯の強がりを込めて言い返した。
視界が歪んで、彼の血に汚れた顔がぼやけていく。
処刑の鐘が鳴る。
「……死ぬのは怖いですか」
彼の言葉で、私は自分が泣いていることに気づいた。
「そりゃあ、怖いわよ……怖いに決まってるじゃない。」
体の震えが止まらない。
寒いからだけじゃない。恐怖だ。心の底から湧き出すような震えに、歯がガチガチと音を鳴らす。
「死にたくない……死にたくないよ、ユリウス……」
情けなく零れた私の本音に、ユリウスは「ふっ」と満足そうに笑った。
「貴方様は本当に、手がかかるお人だ。……これほど手のかかる方を、一人残していくのはいささか不安ですが。」
……一人、残していく……?
どういうこと、ユリウス?
ユリウスは、もはや立ち上がることなど叶わないはずのその身を、軋ませながらゆっくりと押し上げた。
彼は、広場を埋め尽くす民衆と、高台から見下ろす妹たちの前に、傲然と立ち塞がる。まるで、ボロボロに傷ついた私を背に隠すように。
「……ユリウス……?」
彼は掠れた声で、けれど広場中に響き渡るような峻烈な声で宣言した。
「―――聞け。皇太子暗殺を含むこれらすべての計略を指示したのは、この私だ。この愚かな令嬢は、私の駒に過ぎなかった。」
……え?
何を言っているの、ユリウス?
「……この命、主への不敬の罪にて返上いたします。」
何を馬鹿なことを。
貴方は何もしていないわ。
「ユリウス、やめて!!一体なんのつもり!?」
縛られた私の叫びは、民衆の罵声にかき消される。
「……最後まで……聞き分けの悪い方だ……」
彼は一度だけ振り返り、血に濡れた唇を動かす。
「……あぁ、本当に……手がかかる。……そんな顔をされたら、死ぬのが惜しくなってしまうじゃありませんか。」
「ユリウス!!やめて!貴方はなにも―――!」
「……もし来世があるのなら、きっと貴方は……また、私を困らせるのでしょう。……楽しみに、待っています。」
ユリウスは最後に、片方が潰れて開かなくなった目でありながら、残った片方の黒色の瞳で、真っ直ぐに私を見つめていた。
「……あとの始末は、ご自分でするのですよ。」
これが彼なりの「生きろ」というメッセージなのか。
そんなの駄目よ。ユリウスがいなくちゃ、私は何も出来ないのよ。
第二皇子セオドールが、勝ち誇ったような顔で羊皮紙を広げる。
「罪状を読み上げる。被告ユリウス。貴様はエーデルハイト公爵令嬢ロザリア・セラフィーナ・エーデルハイトの執事としての身分を偽装し、彼女の行動を意のままに操った上、皇太子ヴィルヘルム・ヴァレンシュタイン殿下に対し毒物を投与し、殺害した。以上の行為は国家への反逆および皇族殺害に該当する!」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
そんなの嘘よ。
騎士団の兵に両脇を固められたユリウスは、一度もこちらを見なかった。しかしこれまでに聞いた事のないほど優しい声で、言った。
「最期までお仕えできて光栄でした。……さようなら」
いかないで!ユリウスは何も悪くないのよ!
「ヴィルヘルム殿下の名において、反逆者ユリウスの処刑を執行する。」
待って!!やめて、お願い!!
ユリウス―――
ギロチンが振り下ろされる。
ぐしゃっ。
ユリウスの、首が落ちる。
ただ、赤が舞う。
世界から音が消えた。
ユリウスの首は二度、三度と跳ねて、そして止まった。
ユリウスは、こちらを硝子玉のような無機質な瞳で見つめたまま、動かない。
ただでさえ感情の無い瞳が、完全に光を失っていた。
そこには、もうユリウスという人間の気配はなかった。
……死んだ。
あんなに強くて、完璧だった彼が。私のために、嘘を吐いて。
……こんなので、死んじゃうの?ユリウスなのに?
彼の瞳は、今はもう、何も映していない。
それでも私は、そこに自分の姿を探してしまった。
「ロザリア・セラフィーナ・エーデルハイト。貴様を国外追放に処す。」
……国外追放。
ユリウスは死んだのに、私にはまだ「生きろ」というの?
これは私への罰であるはずなのに。どうしてユリウスが死んで、私はまだ生きなきゃいけないの。
「……それにしても、ロザリア。貴様も哀れな女だな。この男は先日、拷問の末にすべての事実を自白したぞ。……毒を調達したのも、殿下を殺せと貴様に唆したのも、すべてはこの執事の独断だったと、全て吐き出したのだ。」
違う。それは全てユリウスの嘘だ。
私を生かすための、優しすぎる嘘。
ユリウスはそんなことをしていない。当然私も、していない。
けれど、セオドールの言葉は止まらない。
「それを貴様は……最後までこの男を庇い、罪を被ろうとしたのか? ……ふっ、実に見上げた殊勝さだな。飼い犬であるはずの執事に従順になり、あまつさえヴィルヘルム兄上を殺めるとは……滑稽すぎて反吐が出る」
地獄だ。
ユリウスはこんな世界で私にまだ生きろというの?
最後まで本当に、意地が悪い人だ。
「おえ……げっ、う、あぁぁ……!!」
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