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第五章

43.山之辺の物語

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「ゲーム山之辺・川口ペア。ゲームスカウント3―2」
 第5ゲームをキープするとすぐに和也が俺の方へ歩いてきた。俺も和也に近寄り静かにタッチを交わす。
「一つ前のゲームで打ったストレートのリターン、惜しかったね」
「ああ。だけど入らなかったものは仕方ない。次へ切り替えよう」
 実際俺はさっきのブレークチャンスをものにできなかったことについてはなにも引きずっていない。確かにあのショットを決めていればブレークできていたけど、結果は決めらなかった。それだけだ。今俺がすべきことは次のゲーム、次のポイントへ気持ちを切り替えることだ。
 ベンチへ腰かけ、顔や首元の汗を拭う。
「でも今日の亮、調子よさそうだね」
「和也もな」
「そう見える? よかった」
 和也はホッとするように微笑み、水を飲んだ。
 さすがは和也。中学からずっとペアを組んでいるだけあって俺のことはお見通しだな。まぁ俺も和也のことは誰よりも知っているけど。
「あの二人、やっぱり強いね。並行陣もすっかり板についてるし。上手く崩せるかな……」
 和也は向こうベンチを見て呟く。俺は意地でも見ないようにしている。
「また弱気になってるぞ」
「ゴメン」
 和也は俺よりも器用だし高いテクニックも持っている。でも自信のないところが玉に瑕だ。昔よりはましになった方だけど。
「並行陣がなんだ。あんなのなんともない。実際今は俺たちの方がリードしているんだ。自信持とうぜ」
「うん!」
 和也が頷く。和也が弱音を吐いてもそれを俺が否定して和也が俺に頷く。こんな感じで俺たちはいつも士気を上げている。昔からの俺たちのやり方だ。
「さて肝心なところ、どうやってアイツらを攻略していくかだけど……」
 俺たちのサービスゲームではアイツらを完璧に後方に足止めできている。問題はリターンゲームだ。これまでの2ゲームは好きにやらせてしまったが、次はアイツらが嫌がるところを攻めていく。
「徹底的に足元を攻めて、浮いてきたところを見逃さずに仕留めるぞ。前にガン詰めされたらロブも使っていこう」
「分かった」
「タイム」
 主審のコールで立ち上がる。
「さぁ行くぞ!」
 気合いを入れ直すためにさっきよりも力を入れて和也の手を叩いた。和也も同じだけの力で返してきたから手がジンジンする。だけど心地いい。俺にも気合いが入った。


『ダブルス、金子・桜庭ペア』
 昨年の都大会団体戦のオーダー発表は今でも忘れない。
 瀬尾が大会前にケガをして、その時はまだオーダー発表はされていなかったけど、大方出場が確定していたアイツの枠が一つ空いた。あの時、俺は俺自身が選ばれると、そう思っていた。全く根拠のない自信だ。
 でもその自信はあっけなく打ち砕かれた。監督は桜庭を選んだ。今思えば当たり前のことだ。でもあの瞬間、俺はそれまでのテニス人生の中で一番悔しかった。和也ならまだしも、桜庭に負けたなんて……
 監督には俺のプレーは自己満だと言われた。悔しいけどその通りだった。なにも言い返せなかった。俺は悔しさのあまりなにも悪くない桜庭に当たってしまった。最低なことをした。でもあの時の俺はああすることでしか俺自身を許せなかった。きっと言い訳をしたかったんだ。心の底では桜庭のことを見下していたから。まだテニスを始めて一年そこらしか経っていないヤツに負けるはずがない、と。俺は自惚れていた。
「ゲーム瀬尾・桜庭ペア。ゲームスカウント4―3」
 和也のサーブが次第に捕まり、遂にはブレークを許してしまった。
「ゴメン……」
 下を向いて今にも泣き出しそうな顔をする和也の肩に手を置いて慰める。
「大丈夫だ。逆転するチャンスはまだまだある。だから顔を上げろ」
 和也は顔を上げて頷いた。よし、まだ目の奥の火は燃えているな。
「挽回するね」
「その意気だ。さぁ反撃開始だ!」
 力を入れてタッチを交わす。パンッと気持ちいい音が鳴った。
 オーダー発表が終わってからも俺の心へのダメージは予想以上に大きく、飯を食べても中々喉を通らなかった。練習でも次第に力任せにボールを打つこともできなくなり、俺の代名詞だった〝自己満プレー〟すらできなくなっていた。
 そんなあるオフの日のことだった。和也が気分転換にと遊園地に誘ってきた。和也とは中学の時にも何度も一緒に遊びに行っていたけど、高校に入ってからは練習漬けの毎日で一度も行けてなかった。俺はひと時だけなにもかもを忘れて、久々のジェットコースターや他のアトラクションに大いにはしゃいだ。すごく楽しかった。
 帰る間際、最後にフリーフォールに乗ろうと列に並んだ時、おもむろに和也が口を開いた。
「最近元気ないけど、大丈夫? ……って、理由はあれしかないよね」
 後頭部をかきながら苦笑いを浮かべている。そっか、俺のこと心配して今日は誘ってくれたんだ。
「僕もね、思うことがあるんだ」
 和也は普段、弱気で自信のないそぶりを見せるくせに――話し方は変わらずオドオドしているけど――俺と二人の時はなんでもズバズバ言ってくる。まぁ、中学の時から一緒にいるから慣れているんだろう。俺も和也の話は真剣に聞く。
「確かに瞬がレギュラーに選ばれたのは僕もびっくりした。でも、なぜか納得している自分もいるんだ」
 和也はそう言って俺の目を見ると少しビクッとした。俺は決して睨んでなんかいなかったけど、自然と顔が強張っていたのかもしれない。
「いやっ、その……確かに亮はテニス上手いよ。けど瞬はなんていうか、一球一球を一生懸命に追っかけているし、すっごく練習もがんばっているし、なんか惹かれるっていうか、応援したくなるんだよね」
 身振り手振りを交えながら、和也はやけに楽しそうに話す。誰かのことをこんなにも楽しそうな顔して話す和也は今まで見たことがなかった。
「テニスに対するひたむきさとか情熱とか、相手が誰であろうと最後まで諦めない気持ちとか、そういうの僕たちは長くやっている分もしかしたら薄れちゃっているのかもしれないね。そういう部分は瞬の方が強い・・。そしてその強さはそのままプレーに現れている。俺も瞬には負けてるなって思うもん。実際試合でも負けてるしね」
 エヘヘと笑う和也。
「悔しいけど、僕たち・・・は瞬より弱い・・。それは現実だよ」
 俺は人よりもセンスがあると思っていた。日頃の練習をこなしていればそれだけで十分強くなれると。それで試合に負けたとしても、それは相手のセンスの方がよかったんだと諦める。大体そういうヤツは俺よりもテニス歴が長い。そんなヤツに負けるのは仕方のないことだと思っていた。でもそんな時、桜庭がレギュラーに選ばれた。当時の俺は桜庭よりも自分の方が強いと高をくくっていた。根拠のない自信によって。
 心のどこかでは悟っていた。俺でなく桜庭が選ばれたわけを。けど、ずっと認めたくなかったから逃げていた。認めてしまったらそれまでの俺の過去を否定することになる気がしたから。でも和也にこうも面と向かって言われてしまったら認めざるを得ない。
「……うん」
「でも、僕もこのままじゃいけないって思うんだ。だから亮もがんばろうよ。一緒に強くなってあの二人に勝とうよ。見返してやろう!」
「うん……そうだな」
 まさか和也から慰められる日が来るとはな。俺は笑って答えたけど、目からこぼれ落ちる涙は止められなかった。
 失意のどん底にいた俺は和也の言葉でやっと自分の弱さと向き合うことができた。そして今まで見て見ぬふりをしていたことに、これからはもう逃げないと誓った。
 ゴゴゴ、と機械音を響かせながらフリーフォールは地上を離れていく。ゆっくりと上がっていくにつれて遠くまで見える景色は俺の目には眩しく映った。でもそこから目を逸らしてはダメだと、必死に目を凝らした。俺もいつか、必ず……
 カウントダウンが始まり隣の和也を見た。それに気づいて和也も俺に顔を向ける。
「ここから再スタートだな」
「うん」
 俺たちはその日最後のフリーフォールを最高に楽しんだ。


 3―5。次は俺のサービスゲーム。このゲームは必ず取るぞ。簡単に流れを渡しはしない。逆転へつなげるために。
 ファーストサーブはボール一個分フォルトしてしまい、セカンドサーブを入れにいく。しかし桜庭のリターンが深くに決まってきて、体勢に詰まる。でもボールスピードはそれほど速くない。体勢は悪いけど強打で攻めるか? ――いや、それはダメだ。体勢が整わないまま攻めてもミスをするだけだ。ここはスピンをかけて深くつなげるんだ。
 桜庭サイドに深く返し、体勢を整える。桜庭も遅いスピードながらまた深くつなげてきた。でもさっきの一球で俺の体勢は整った。攻めるか? ――いや、ここもダメだ。桜庭のボールが深い分、俺の立ち位置はコートの外へ追いやられている。ここで強打しても決まるスペースはほとんどない。ここは我慢だ。
 桜庭との我慢比べが始まった。この試合、一体これで何回目だろう。もう数えきれないほどラリーを交わしている。去年までの俺からは決して考えられない展開だ。
 あれから俺は真剣に自分を見つめ直した。桜庭にあって俺に足りないものはなにか。それは和也が言った通りテニスへの真摯さであり、情熱であり、しつこいまでの粘り強さだった。逆に俺にあって桜庭にないものは過剰なまでの自信や慢心。まずは現実を受け入れることから始めた。
 そしてその上で強くなるためにはどうしたらいいか。俺は毎日毎日桜庭を観察した。アイツがなにを考え、どういう気持ちでプレーしているのかを知るために。
 和也にも教えを乞うた。俺たちは正反対のプレースタイルだけど、和也は桜庭に近い戦い方をする。なにか参考になるかもしれないと思った。案の定、俺とは全く違った考えでプレーしているということを知り、今まで一番近くでテニスをしていたのに俺は和也のことを全然知らなかったんだと恥じた。同時にもっと早くお互いのことを知っていればと後悔もした。
 練習も人一倍自分に厳しく取り組んだつもりだ。基礎からもう一度徹底的に鍛え直そうと思い、特に基礎練習は入念に、神経を研ぎ澄ませて臨んだ。お陰で練習の序盤から尋常じゃないほどの汗が出てくるし、疲れも半端じゃなかった。基礎練習だけでこんなにも疲れるなんて、今までどれほどテキトーにしていたのか痛感した。
 初めはネガティブになることも多かった。意識を変え、真面目に練習に取り組むも、俺はこんなこともできていなかったのかと自分自身に失望するばかりだった。でもそうこうしていたらいつの間にか自分の世界は広がっていき、もっと強くなりたい、もっと練習したいと思うようになっていた。今までこんな感情が湧いてくるなんてことはなかった。
 そして俺たちには新しい目標ができた。それは、いつか桜庭たちに勝つことだ。
 我慢してつないだかいがあり、十球目にしてやっと浅い返球が来た。視界も良好。この位置でなら、いける!
 アレイ(シングルスサイドラインとダブルスサイドラインの間のスペース)めがけ、渾身の力を込めてラケットを振り抜いた。ボールがガットに食いついて潰れる感触があり、放ったボールは狙い通りアレイへ。ウィナーを取りにいったつもりだったけど、それでもしぶとく桜庭はボールに食らいついてきた。でも追いつくのに精いっぱいで返球は高く上がった。
「和也!」
 すぐさまスマッシュの構えを取った和也は落ちてきたボールを地面へ叩きつけた。高く弾んだボールは瀬尾の頭上を大きく越え、フェンスの上段に当たった。
「ゲーム山之辺・川口ペア。ゲームスカウント4―5」
『よしっ!』
 互いに雄たけびを上げ、興奮のまま力強くタッチを交わした。試合は1ブレークダウンのまま瀬尾のサービスゲームを迎えた。
「15―15」
 一本先行したと思いきやセンターにキレのあるスライスサーブ――ここにきて今日初めての球種――を打たれ、俺のリターンは前衛の桜庭に捕まりボレーで決められた。
 終盤だっていうのに瀬尾は更にえげつないところを狙ってくる。本当にバケモノだ。その瀬尾とペアを組み堂々と渡り合っている桜庭も俺からしてみれば十分バケモノ染みている。
「30―15」
 俺たちの目標を達成する舞台はなんでもよかった。部内戦でも、練習試合でも。いつだってアイツらは本気で相手をしてくれた。でもそんな機会はいつまでもあるわけじゃなく、三月の部内戦を最後になくなってしまった。俺たちは結局一度もアイツらに勝てなかった。
「30―30」
 でも都大会個人戦のドロー表が配られた時、これはチャンスだと思った。勝ち上がればアイツらと当たる。その道のりは険しいけど、絶対にこのチャンスを掴み取ってやると決心した。和也も同じことに気づいたらしく、目が合ってともに頷いたのを覚えている。
「40―30」
 瀬尾の強烈なサーブと桜庭の隙のない前衛の動きになす術なくポイントを取られ和也が肩を落とす。そして相手のマッチポイントを迎えた。
 アイツらにはこれまで何度も何度も勝負を挑んできて、その度に幾度となくはね返されてきた。でも今日は俺も和也も今まで最高のプレーができている。それでも、それでもダメなのか……
 握った拳に汗が滴り落ちる。
「亮」
 下を向いていた和也が口を開けた。
「……俺、負けたくない。勝ちたい……。亮と一緒に勝ちたい!」
 和也の言葉が俺の中で木霊する。負けたくない……。勝ちたい……。亮と一緒に勝ちたい!
 初めてだ。和也の口から「勝ちたい」なんて言葉を聞いたのは。いつも弱気で、俺がいないと緊張で潰れそうになるくせに、こういう時だけは俺を焚きつけやがる。まったく。そんなことお前に言われたら、燃えないわけないだろうが!
「ああ。俺も勝ちたい!」
 左手で拳をつくり、和也の胸を突いた。
「任せろ。チャンスは必ず俺がつくってやる」
「うん!」
 お互い腕から大量の汗が手のひらまで滴り落ちている。でもそんなことは気にもせず、思いきり互いの手を叩いた。パンッ! という音とともに汗が弾けた。
 あぁ、いつ以来だろうか。これほどまでに勝利に飢えた感情は。心の底から勝利が欲しいと願ったことは!
 瀬尾がベースラインにボールをつき、トスを上げた。
 ここで終わらせなんてしない。負けてたまるか!
 ワイドへ打ち込まれてきたフラットサーブに俺は即座に反応した。視界の隅で瀬尾が前に詰めてきていることを確認し、足元へ沈めるようにリターンを返す。よし、上手く瀬尾の足元に沈められた、と思ったのもつかの間、瀬尾も反応早くかつ丁寧に深いボレーをつなげてきて、更に一歩前へ詰められる。同じことをもう1ラリー繰り返すと、瀬尾は完全にネット前まで詰めてきた。足元へのスペースは消され、次まともに打ち返したらボレーで決められるのは間違いない。でも、狙い通りだ。
 俺がここにいられるのは和也のお陰なんだ。和也がいなかったら俺はあの時のショックから立ち直ることができなかった。和也には感謝してもしきれない。だから和也に「勝ちたい」なんて言われたら叶えてやるしかないだろ。それが最高の恩返しになるのなら。
「上げた!」
 俺は瀬尾の頭上を抜くロブショットを放った。瀬尾を前へ前へとおびき出し、空いた後ろのスペースを攻める作戦だ。俺が放ったボールはベースラインの内側に収まった。後ろを抜かれた瀬尾は急いで戻り、2バウンド目スレスレのボールを後ろ向きのまま又抜きショットで今度はポーチに詰めていた和也の頭上を抜いてきた。前も見えないくせに和也がポーチに出ていることを読んで又抜きロブを打つなんて、ホントすげぇヤツだ。
 瀬尾はそのまま後ろに陣取り俺とのラリー戦になった。だけど、今日の俺は打ち合いで負ける気がしねぇ! 押して、押して、押しまくる!
『ダブルスってね、二人でつくり上げていくものなんだよ。一人がつないで、もう一人はペアを信じ前だけを見る。そしてペアがつくってくれた一瞬のチャンスを見逃さず確実に決める。それがダブルスなんだ。決して一人ではできない。でも二人の息を合わせれば1+1が3や4、いやそれ以上の力にだって変わる。そこがおもしろいところだと思うんだよね。エヘヘ』
「和也!」
 俺が声をかけるまでもなく、和也はたった一瞬だけ現れたチャンスを見逃さず飛び出していた。俺がポイントを決めたわけじゃないのに、こんなに嬉しい気持ちになるのはなぜだろう。そうか、これがダブルスなんだな。
「デュース」
『よっしゃあ!』
 お互いガッツポーズからのタッチを交わした。まだ終わらねぇ。終わらせねぇぞ!
 不意に和也がニコニコしながら俺の顔を覗き込んできた。
「なんだよ和也?」
「亮、すごく楽しそうな顔してるなって思って」
 楽しそう? 俺が? ……そうか。俺、今楽しいんだ。自分でも笑っていることに気づいた。
 不思議だ。こんな大舞台で、1ポイントで試合の流れが変わってしまうかもしれない状況で、しかも相手はずっと目標にしてきた桜庭と瀬尾で、普通ならこのプレッシャーで体にも力が入って表情も強張るはずなのに、思わず笑ってしまうほど楽しい。
 もちろん勝ちたいけど、相反するようにこの試合が一生続けばいいと願ってしまっている自分もいる。ダメだよな。やっぱりここは「死んでも勝ってやる」みたいなセリフが出てくるくらいじゃないと。でも、言葉を交わさずとも和也からも同じ気持ちが伝わってくるんだ。それがより一層俺に楽しさを与えてくれる。
「和也」
「なに?」
「……いや。次も頼むぜ」
「うん!」
 タッチを交わし、前衛のポジションへ戻っていく和也の後ろ姿に言いかけた言葉を呟く。
 ありがとな。
 そして俺もリターンの位置へ戻る。
 俺が今ここにいられるのは和也のお陰だ。和也が俺を絶望の淵から救い出してくれたからだ。和也にはいくら感謝してもしきれない。本当にありがとう。だからこそ俺は今、お前のために戦いたいと思っている。お前が勝ちたいって言ったから俺も戦う。それだけが今の俺の原動力だ。
 そしてもう一人。桜庭、俺はお前にも感謝しなければならない。あの時、お前が選ばれて、俺は選ばれなかった。今でもあの時の悔しさは覚えている。でも、あの悔しさがあったからこそ俺は強くなれた。変わることができた。だから今はお前に負けたことにも感謝している。ただ、今日だけは負けたくない。二度も負けるつもりはさらさらないぞ!
「アドバンテージ・レシーバー」
 和也と二人で耐えて、つないで、やっとたどり着いたブレークまでの道。俺はその場で軽くジャンプをしながら集中力を研ぎ澄ます。顔から滴り落ちる汗がコートに模様をつけては消えていく。
 瀬尾が高々とトスを上げ、サーブを放つ。ファーストはフォルト。セカンドはワイドへ入れてきた。俺はそれを読んでいたとばかりにフォアで回り込んだ。コートに強く踏ん張り、足から伝わってくるエネルギーを膝、腰、胸、肩へと伝えていく。そして最後に腕を思いきり振り抜き、ボールへありったけのパワーをぶつけた。感覚は最高。ボールはサイドラインの線上をかすめ、瀬尾が伸ばしたラケットを横目に見ながら後ろのフェンスに激突した。
 勝つのは俺たちだ!
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