潜魔窟物語

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第一章『潜魔窟に挑む者たち』

第五話『もう一つの出会い』

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「さて、と……」
 と、ナシャは呟き、一つ伸びをした。

「ど、どうされるんですか?」
 ナシャが何かの行動をするのだと気付いたハーシマが、ナシャに尋ねた。

「まずは私が戦士ギルドから承認証をもらわなければならないだろうから、まずは戦士ギルドに行ってみる。兵士である私には戦士になるしかないからな」
 ナシャが相変わらずの堅苦しさで答えた。

「わ、わかりました。青い篝火の期間は1日で、それを過ぎると中の人は存在が消え去ると言われています。確か青い篝火になったのは朝日が昇った頃ですから、明朝までにレンジャーの、か、勧誘が間に合えば潜魔窟に入ることができると思います。わた、私は念のために自分の準備をしておきます」
 ハーシマがとても丁寧に伝えてきた。

 ナシャはハーシマに頭を下げて了承の意思を伝え、戦士ギルドの場所を店主に聞いてから歩き出した。


 潜魔窟から街の西側へ歩いていくと、やや街外れの辺りに、赤土の大きな建物が見えてきた。

 金属製の立派な門には、長剣を構えた戦士の意匠が施されている。
 一目で戦士ギルドだと判る作りだ。

 建物に一歩踏み入ると、小さな草食動物なら素手で倒せるのではないかと思われるほど二の腕の筋肉が発達した男が立っていた。
 顔の下半分が濃い髭で覆われていて、見た目は南方に生息する猩々と呼ばれる猿類に近いものがある。


「ん、戦士ギルドに用かな?」
 見た目同様の渋い声と、見た目に反した屈託のない笑顔で、男はナシャに話しかけてきた。

「私はヤタガ王国のナシャと申す。王命により潜魔窟にて探索しなければならないが、ここのギルドから承認証をもらい受けたくてやってきたのだ」

「そうか。なら、入って受付で申請書をもらってくれ。記入が終わったら資格があるか確認させてもらうよ」

 ナシャは男に促されるまま受付で申請書を受け取り、堅物らしさが読み取れる字で書き進める。
 全ての記入を終え、申請書を受付に渡すと、先ほどの男がナシャを大広間に案内してきた。

 大広間は四方がおよそ20ケーブ(1ケーブ=1.8m)と広々としていて、壁にはにはあらゆる種類の武器が置かれていた。

「見た目からして兵士だろうし、ヤタガ王国出身なら蛮族との実戦経験も豊富だろうから確認不要かと思うが、これも規則なんでな」
 男が武器を吟味しながら、ナシャにも武器を選ぶように伝えてくる。

 ナシャは幾つか武器を手に取り、普段から馴染みのあるメイスを選択した。
 訓練用なのか、厚手の革が巻かれている。

「では、まず君が仕掛けてくれ。機を見て私が反撃する」
 男は右手にメイス、左手に小型の円状盾を持っている。

 ナシャはコクリと頷くと、1度深呼吸をしてから一気に男との距離を詰め、鋭い突きを放つ。

 男はナシャの突きの速度に驚きながらも冷静に盾で突きを薙ぎ払った。

 しかしナシャは払われた方向に身体を回転させ、勢いを乗せてメイスを男の顔めがけて振るう。

 咄嗟の反応でナシャの致命的な一撃を掻い潜り、男は下からメイスを上げ、ナシャは身を反らして反突き撃を避ける。

 その隙に男は半歩だけ下がり、盾でナシャの顔を殴りかかり、それがナシャの視界を盾で塞ぐ形となる。

 意図的に生み出した死角から回避困難な攻撃を仕掛ける、男の常套手段だ。

 が、男は不意にナシャに足を払われてしまった。

 ナシャに死角を作ったはずが、ナシャは技が決まるはずという男の油断、いわば心の死角をついていた。


「ん、見事だな。ここまで完璧に返されたのは初めてだ」
 男はパッと起き上がり、ニンマリと笑いナシャを称えた。

「では、試験は合格ということでよいのか?」
 誇ることも謙遜することもなく、ナシャは男に聞くと、男は大きく頷いた。

 こうしてナシャは、無事に戦士ギルドから承認証をもらうことができた。




 ナシャが承認証をもらうために戦っていた頃、ハーシマは半ば混乱状態にあった。

 ハーシマはウェスセス出身で、今年で30歳となる。
 幼いころから魔術や潜魔窟の謎に興味を持ち13歳で魔術師ギルドに入り、15歳で承認証を受けているが、未だに潜魔窟には入ったことがなかった。

 それは、幼いころから両親から言われてきた「あんたなんて何もできない」という言葉が大いに影響していた。

 両親としては命の危険がある潜魔窟に入ってほしくない一心で投げかけていた言葉であり、結果として今までは功を奏していた。
 しかし、ハーシマの自尊心や自信を丸ごと喪失させるあまりにも大きな副作用があり、誰かの指示なくしては不安で動けないようになってしまっていた。


 そして今、ナシャの指示で念願の潜魔窟探索に臨むことになったものの、自信のなさ故の不安感がハーシマに取り憑いていた。

「あぁ、何を持って行けばいいの?どうしよう……」

 そう言って、ハーシマはリュックの中身を何度も何度も出したり入れたりを繰り返した。




 翌早朝。
 まだ夜明け前だが、ナシャが潜魔窟に着いた時には、幾人もの人が来ていた。

 最初は潜魔窟の探索待ちかと思ったが、よくよく見ると人々は平易な服装をしていることから、潜魔窟探索組ではないように思えた。


「お、お、お待たせしました」
 ハーシマがナシャの元へ駆け寄ってきた。
 背中にはパンパンに膨らんだ大きなリュックと、パンパンに膨らんだ肩掛けカバンを持って。

「おはよう……何を持ってきたのだ?」
 ナシャが怪訝そうな表情で聞く。

「お、おは、おはようございます!何が必要がわからなくて、あとで後悔しないように色々と持ってきました」
 ハーシマの顔には潜魔窟に入る前から疲れが見えた。
 目の下にはくまもくっきり出ている。


 そんな様子のハーシマに一抹の不安を抱きつつも、ナシャは「そうか……ところで、あの人だかりはなんだろうか?」と気になることを聞いてみた。

「あ、あれは多分、い、遺品回収待ちの人達です。遺品回収のせ、成否で、探索者の命運が変わりますから」

「命運?」

「はい、潜魔窟に入った、た、探索者は、命尽きても、神への祈祷により命が蘇る可能性があります。い、遺品はできれば肉体や髪などの身体の一部が望ましいですが、探索者が身に着けていた鎧や剣、靴などでもかろうじて蘇る可能性はあります」

 ハーシマの説明を聞いて、ナシャは人だかりの意味を理解した。

 潜魔窟に入ったものの家族としては、最後の砦になるのが遺品回収の結果次第なのだ。


 すると、入口の篝火の色がスッと緑色に変化した。
 様子を見守っていると、遺品の回収に向かっていた者か潜魔窟から出てきて、人々に囲まれていた。
 浅黒く、痩せこけた男だ。


「む、息子は!?息子の何かを見つけられましたか!?」
 母親らしき壮年の女性の悲痛な叫びが周囲に響いた。

「パーティそれぞれの遺髪、それと身に付けていただろう武器だけは回収できた……」
 男の声は低く物悲しく聞こえた。

 男は、遺品を遺族の人々に渡し、遺族たちは男に礼を述べつつ謝礼を渡していた。


「あぁ、ウル・カカさんか」
 ハーシマが男を見て、名前を呟いたので、ナシャは「知っているのか?」と聞いた。

「ウル・カカさんは、い、遺品回収の第一人者で、か、回収率も高いんです」
 ハーシマが男の説明をしたところで、ナシャはウルと目が合った。


 ナシャに向けるウルの眼差しは悲しみを帯びていて、ナシャは形容し難い不思議な感情を抱いた。
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