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呪いの絵
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「女性……ですか?」
とある会社の会議室の扉を開いたのが自分の期待と違ったようで、小太りの男は薄い頭髪を掻きながら、困惑を示す問いかけをした。
「何か問題でも?」
私は問いかけに対し、苛立ちの感情を隠すことなく問いかけで返した。
「問題というか何と言うか……女性にはちょっと……」
男は、若いころから広くなったであろう額に浮かぶ汗を妙にアイロンの効いたハンカチ几帳面に拭う。
「私が女だから、信用できない。 そう仰りたいのですね」
「いや、いや、それは違います。今回お願いしたい案件が女性だと不都合なのです」
「では、どうしてでしょうか? 理由を伺わせてください」
私の圧を受けてなお、しばらく言い澱んでいた男だったが、どんどん無言の圧を強めていった私に根負けしたのか、ようやく重くなった口を開いた。
ーーーー
「私が除霊をお願いしたいのは一枚の絵なのですが、何故か女性にだけ災いが起こるのです。私が燃やしてしまえばいいかとも思ったのですが、その結果、私が呪われてしまうかもと考えると怖くなってしまいまして……」
男は話しながら恐怖を覚えたのか、一つ身震いをした。
「災いとは、どんなものでしょう?」
私は話の続きを促す。
「絵は何も変哲のない女性が描かれたものです。私が見ても綺麗な絵としか思えないのですが、女性が見ると、何と言うか、魅せられてしまうのです」
「魅せられる?」
「ええ、そうです。最初はそうでもないのですが、次第にその絵のことしか頭になくなり、寝食も忘れてしまい、最終的に衰弱して死に至ってしまうのです」
男の話を聞きながら、私は、男の横に置かれている木箱に視線を投げた。
会議室に入るなり、私には何とも形容し難い気配が感じられていたけど、きっとそれは、その木箱の中にある絵から発せられているのだろう。
木箱を見つめながら私は「わかりました、預からせていただきます」と答えた。
「いや、しかし……」と断りの言葉を告げようとする男を私は手で制する。
「5年間の除霊師として経験から、その絵はとても危険なものであることは私にはわかります。だからこそ、一刻も早く除霊しなければなりませんし、私であれば除霊することができます、お任せください」
私が一気にまくし立て、一歩も引かない雰囲気を察したのか、男は深い溜め息を一つつくと「では、お願いします」と頭を下げた。
男が折れたことで、ようやく満足感を得られた私は、名刺を渡し、事務所に絵を送るよう指示して会議室を後にした。
会議室の扉が閉められると、男は「もう魅せられちまったか……」とつぶやいていたが、私の耳に届くことはなかった。
ーーーー
2日後、事務所に送られてきた絵を、私はまじまじと見つめた。
美しい女性の肖像画だ。
柔らかく儚げな表情と物憂げな眼差しは、女性より、むしろ男性を虜にするように思えた。
でも、絵から放たれる妖気とも言える気配は、この絵をただならぬものであることを私に伝えてきている。
私は両頬を両手でピシャリと叩くと、冷水で身を清め、白装束を纏った。
そして絵を祭壇に立て掛け、盛り塩を施すと、祭壇の前に座り、念仏を唱えはじめた。
しばらくすると、除霊されまいと絵に取り憑いた霊が抵抗しているのか、軽い吐き気と眩暈のような感覚を覚えた。
私は一息だけ間を空けると、より力強く念仏を唱えながら、霊との対話を試みた。
除霊は、霊と対話し、この世への未練、恨みや憎しみを解消させることが第一歩だけど、この霊は、私との会話を拒み、強い怨念をぶつけてくるように私には感じられた。
対話が通じない霊の場合、御仏に霊魂の救済を祈念し、対話の糸口を作ることが必要になるけど、そのためには極めて高い集中力と強い信念が求められるし、かなりの体力を消耗する。
私は目の前の絵に意識を向け、一心不乱に御仏へ救済を願い続けるが、反応が見えない。
時間が過ぎていくにつれ集中力が途切れ、脳内に危険を告げる警報が鳴り響き、除霊失敗の不安が募っていく。
私の除霊師人生で、ここまでの霊と対峙したことはない。
もしかしたら、私の能力を超えた相手なのかもしれない。
だけど、私が今、除霊をしなければ、他の人に被害が及んでしまう可能性は高い。
だからこそ、私は必ず、除霊を成し遂げなければならない。
私は、一層強い信念を固め、念仏を唱えた。
ーーーー
除霊師の事務所は、物音一つなく、静まりかえっていた。
男は事務所の中に入ると、ゆっくりと奥に進み、除霊のための祭壇の前に立った。
足元には、除霊師の遺体がある。
まだ若い女性の除霊師の表情は、穏やかに天寿を全うした者と通じるものがあった。
男は除霊師に向かい両手を合わせ「ナンマンダブ、ナンマンダブ……」と感情が込められていない念仏を唱えた。
そして、祭壇に立て掛けられた絵を取ると、慎重に木箱に収めた。
男は大事そうに木箱を持つと、事務所の出口へと歩を進めた。
「また、女の除霊師を探さなきゃな……フサコ……」とつぶやきながら。
とある会社の会議室の扉を開いたのが自分の期待と違ったようで、小太りの男は薄い頭髪を掻きながら、困惑を示す問いかけをした。
「何か問題でも?」
私は問いかけに対し、苛立ちの感情を隠すことなく問いかけで返した。
「問題というか何と言うか……女性にはちょっと……」
男は、若いころから広くなったであろう額に浮かぶ汗を妙にアイロンの効いたハンカチ几帳面に拭う。
「私が女だから、信用できない。 そう仰りたいのですね」
「いや、いや、それは違います。今回お願いしたい案件が女性だと不都合なのです」
「では、どうしてでしょうか? 理由を伺わせてください」
私の圧を受けてなお、しばらく言い澱んでいた男だったが、どんどん無言の圧を強めていった私に根負けしたのか、ようやく重くなった口を開いた。
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「私が除霊をお願いしたいのは一枚の絵なのですが、何故か女性にだけ災いが起こるのです。私が燃やしてしまえばいいかとも思ったのですが、その結果、私が呪われてしまうかもと考えると怖くなってしまいまして……」
男は話しながら恐怖を覚えたのか、一つ身震いをした。
「災いとは、どんなものでしょう?」
私は話の続きを促す。
「絵は何も変哲のない女性が描かれたものです。私が見ても綺麗な絵としか思えないのですが、女性が見ると、何と言うか、魅せられてしまうのです」
「魅せられる?」
「ええ、そうです。最初はそうでもないのですが、次第にその絵のことしか頭になくなり、寝食も忘れてしまい、最終的に衰弱して死に至ってしまうのです」
男の話を聞きながら、私は、男の横に置かれている木箱に視線を投げた。
会議室に入るなり、私には何とも形容し難い気配が感じられていたけど、きっとそれは、その木箱の中にある絵から発せられているのだろう。
木箱を見つめながら私は「わかりました、預からせていただきます」と答えた。
「いや、しかし……」と断りの言葉を告げようとする男を私は手で制する。
「5年間の除霊師として経験から、その絵はとても危険なものであることは私にはわかります。だからこそ、一刻も早く除霊しなければなりませんし、私であれば除霊することができます、お任せください」
私が一気にまくし立て、一歩も引かない雰囲気を察したのか、男は深い溜め息を一つつくと「では、お願いします」と頭を下げた。
男が折れたことで、ようやく満足感を得られた私は、名刺を渡し、事務所に絵を送るよう指示して会議室を後にした。
会議室の扉が閉められると、男は「もう魅せられちまったか……」とつぶやいていたが、私の耳に届くことはなかった。
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2日後、事務所に送られてきた絵を、私はまじまじと見つめた。
美しい女性の肖像画だ。
柔らかく儚げな表情と物憂げな眼差しは、女性より、むしろ男性を虜にするように思えた。
でも、絵から放たれる妖気とも言える気配は、この絵をただならぬものであることを私に伝えてきている。
私は両頬を両手でピシャリと叩くと、冷水で身を清め、白装束を纏った。
そして絵を祭壇に立て掛け、盛り塩を施すと、祭壇の前に座り、念仏を唱えはじめた。
しばらくすると、除霊されまいと絵に取り憑いた霊が抵抗しているのか、軽い吐き気と眩暈のような感覚を覚えた。
私は一息だけ間を空けると、より力強く念仏を唱えながら、霊との対話を試みた。
除霊は、霊と対話し、この世への未練、恨みや憎しみを解消させることが第一歩だけど、この霊は、私との会話を拒み、強い怨念をぶつけてくるように私には感じられた。
対話が通じない霊の場合、御仏に霊魂の救済を祈念し、対話の糸口を作ることが必要になるけど、そのためには極めて高い集中力と強い信念が求められるし、かなりの体力を消耗する。
私は目の前の絵に意識を向け、一心不乱に御仏へ救済を願い続けるが、反応が見えない。
時間が過ぎていくにつれ集中力が途切れ、脳内に危険を告げる警報が鳴り響き、除霊失敗の不安が募っていく。
私の除霊師人生で、ここまでの霊と対峙したことはない。
もしかしたら、私の能力を超えた相手なのかもしれない。
だけど、私が今、除霊をしなければ、他の人に被害が及んでしまう可能性は高い。
だからこそ、私は必ず、除霊を成し遂げなければならない。
私は、一層強い信念を固め、念仏を唱えた。
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除霊師の事務所は、物音一つなく、静まりかえっていた。
男は事務所の中に入ると、ゆっくりと奥に進み、除霊のための祭壇の前に立った。
足元には、除霊師の遺体がある。
まだ若い女性の除霊師の表情は、穏やかに天寿を全うした者と通じるものがあった。
男は除霊師に向かい両手を合わせ「ナンマンダブ、ナンマンダブ……」と感情が込められていない念仏を唱えた。
そして、祭壇に立て掛けられた絵を取ると、慎重に木箱に収めた。
男は大事そうに木箱を持つと、事務所の出口へと歩を進めた。
「また、女の除霊師を探さなきゃな……フサコ……」とつぶやきながら。
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