短編怪談

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STEELマン

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それは、梅の花が開き、春の訪れを感じさせる日だった。

夜勤を終え、疲れた身体を引きずるように帰宅した俺は、郵便受けに入っている一通のハガキを見つけた。
『ミニシアターのお知らせ』と書かれていた。
4日後、俺の家の近くにあるらしいところにミニシアターが開き、記念の短編映画上映会が行われるらしかった。
タイトルは『STEELマン』。
記念上映かつ短編映画の試写らしく、料金は無料だった。
それを見た俺は「ロックマンの敵きゃらみたいだな……」とつぶやきながら、カレンダーをチェックした。
ちょうど休みだった。

俺は映画を観るのが好きだった。
休みならいいか……と思った俺は、カレンダーに赤ペンで『映画』と書き、シャワーを浴びに行った。



4日後。
俺はハガキに書かれた住所を頼りにミニシアターへ向かった。
春の陽気が心地よい、よく晴れた日の昼下がりに映画を観るのは勿体ないかと思ったが、せっかく無料で映画を観られるならいいかと思った。

ミニシアターは閑静な住宅街を抜けた路地の角にあった。
一見、ただの家にも見えた。
インターホンを押すと、痩せた初老と思しき男が出迎えた。

「ようこそ、ようこそ。今日はご足労いただきありがとうございます。どうか映画を楽しんでいってください」
柔和な笑顔の男が少し高めの声で話してきた。
俺は、軽い会釈で男に応えてハガキを渡すと、男にミニシアターへと案内された。

一段に5席、それが三段なので、15人ほど座れる座席と、壁一面のスクリーン。
少し見回すと、スピーカーが至るところに設置されていた。
思ったより本格的なシアターであることに少し驚いた。
俺は入口近く、スクリーンから一番奥の真ん中の席に案内された。
俺の他にはスクリーンの前に2人、二段目に3人の客が座っていた。
それぞれ連れ合いなのか、雑談を交わしている。

俺が席に座ると、男は「では、これから上映開始します。初上映なので不手際があるやもしれませんが、どうぞお楽しみに」と告げ、入口の扉を閉めた。

ほどなくして、照明が落とされ、上映が始まった。

映画は、STEELマンと名乗るサイコパスのシリアルキラーを追う刑事の物語だった。
STEELマンの手口は背後から獲物に近付き、喉を一気にかき切るというものだった。

刑事はSTEELマンの行動パターンなどから犯人像や足取りを推測し、追い詰めていった。
そして刑事が、逮捕状を持ちSTEELマンの部屋に向かった。

呼び鈴を何度か押すが反応はない。
扉に手を伸ばす。
鍵はかけられてない。
扉を開けて玄関から部屋の中を見るが人気がない。
物音ひとつしない。

「くそ、空振りか……」
そう言って今日の逮捕はないと他の捜査官に告げた。
他の捜査官がその場を離れたが、刑事は名残惜しそうに室内を見ていた。
刑事が諦めたように玄関を出て扉を閉めようとした瞬間、刑事の喉元にナイフがあてがわれた。
と、同時に、俺の喉元に、冷たく、鋭い、金属の感触が伝わった。

『振り向くな』
映画の中のSTEELマンが刑事に声をかけた。
俺は、それが俺にも向けられた声のように思え、振り向けなかった。
STEELマンは刑事に1枚の写真を見せた。
刑事の額に汗が吹き出す。
俺の背筋にも冷たい汗が流れる。

『わかるな、わかったなら俺に構うな……』
STEELマンはそう告げると、喉元のナイフを最後まであてがったまま、やがて気配を消した。
そして、俺の喉元の金属の感触も消えた。

俺とスクリーンの中の刑事が同時に振り向いたが、人の気配はない。
刑事はその場でへたり込み、俺は椅子に崩れ落ちた。

STEELマンが刑事に見せた写真は、刑事が賄賂を受け取って捜査情報を流していた暴力団組長の死体だった。
喉元が無惨に切り裂かれていた。
STEELマンの意図を刑事は悟り、号泣していた。

そして、映画が終わった。


ミニシアターが明るくなり、俺以外の客が帰っていったが、俺はしばらく席を立てずにいた。
「お客様、大丈夫ですか?」
動かない俺に男が声をかけてきた。
「あ、あの、俺の後ろにいませんでしたか?」
俺がそう言うと、男は不思議そうに首をかしげ、俺の言葉を否定した。
「でも、確かに……!」
俺がそう食い下がると、男は「うーん……一応防犯カメラが設置されているので映像を見てみましょう」と言い、俺とともにモニタールームに入った。

「誰も……いない……」
防犯カメラの映像には、俺の後ろに誰もいなかった。
ただ俺が、1人で固まり1人で焦ったように振り向き、1人で崩れ落ちていた。

「誰もいないようです、気のせいだったんでしょう」
男が少し高めだがのんびりした声を出した。
「そうですね、変なことを言ってすみません」
俺はそう言って頭を下げた。
「いえいえ、映画はどうでしたか?」
男の問いに俺は「ある意味、これ以上怖い映画は他にないですよ」と笑いながら答えた。



ミニシアターを出る前に、俺は最後にもう一度、男に頭を下げて、出口の扉を開けようとドアノブに手を伸ばした。
そのとき、俺の喉元に冷たい金属の感触が伝わり、それが横に動いた。
温かい何かが俺の胸に流れた。

そして、俺の視界は暗くなった……
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