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グレーのスチールドアを開けた瞬間、目の前にあるガラス窓から入る四月の陽光が眩しくて一瞬目を細めるが、目の前に小柄で若い男性が座っている姿が見えた。
今の職場にはいない、異色な雰囲気を持つ青年。
自分よりは若く感じ、肌は白く薄茶の髪が緩くウェーブがかかっている。
顔立ちは綺麗でだが幼さも感じられ、俗に言うイケメンの部類に入るのだが、自分の周りにいる顔の良い男とはレベルが違う気がした。
雰囲気というのだろうか、輝いて見えたのだ。
自分は見た目も普通の男で、お洒落でもないし髪型もただのストレートの黒髪で、唯一身長が180cmあることが自慢できるレベルだ。
あと青年が自分と同じ職場の人間ではない理由がもう一つあった。
それは上下青みがかった緑の長袖作業着を着用しており、どう見ても清掃員だったのだ。
青年は自分の存在、倉沢抄介を見るや否や、手に持っていた紙コップを口元から離す。
「あ、すみません」
「い、いいえ」
抄介は動揺しながら返答をする。
室内は六畳ぐらいの広さで、飲み物と間食用の自販機がある休憩室だった。
窓側には三人分座れる、背もたれのない長椅子が向かい合わせに置いてある。
いつも午後三時ぐらいに休憩を取っている抄介は、毎日のルーティンをこなす為に休憩室へ入ろうとしていたのだ。
室内で利用する者が少なく、自販機を使ったとしても、自席に戻って飲食をしているので休憩室で過ごす者がほぼいなかった。
抄介としてはそれが有難く、仕事のことを忘れて頭を空っぽにしたくてここへ来ていのだが、思わぬ先客に驚いてしまったのだ。
静寂な空気の中、抄介は自販機の前に立ちホットコーヒーを選ぶ。
紙コップが落ちその後コーヒーが注がれるまで待ち、手に取る。そして青年が座っている向かい側の長椅子に座った。
コーヒーの良い匂いが室内に漂う。その匂いを味わいながら暫く二人は黙って飲み、外から見える景色を眺めていたのだが、急に青年が抄介に声を掛けてきた。
「何階でお仕事をされているんですか?」
柔らかく微笑みながら質問された抄介は、青年の顔を見た。
童顔でありながらも綺麗な顔立ちと、驚くほど大きな瞳で見つめられ、少し緊張してしまってぎこちなく返答をする。
「さ、三階です」
「ああ、そうなんですね。僕が清掃している場所は一階と二階なのでお見かけしてないんですね」
「そ、そうなんですね」
それ以上話が続かず、抄介は気まずさを感じていたが、しかし変わらず青年は話を続けてきた。
「今日からこの清掃の仕事を始めているので、戸惑うばかりなんですよ」
「そうなんですね。やってみてどうですか?」
「いや、こんなに清掃業って大変とは知らず、驚いています」
大変と言いながらも、どこか楽しそうに話す姿に抄介は怪訝に思った。
初めてだから大変、でも楽しいってことなのだろうか?
「頑張れそうですか?」
逆に問いかけると青年はニッコリと笑って答えた。
「はい。頑張りたいですね」
笑顔が眩しく、抄介は再度動揺する。
どう見ても男なのに、この青年が笑うとなぜこんなに心動かされるのだろう。
体は細くあまり肉体労働に向いていないように見えるが、意外と筋肉質なのだろうかと思わず青年の体系をこっそりと見る。
抄介の視線に気が付いたのか、青年はすっとこちらへと顔を向けた。
「何ですか?」
「あ、いや・・・」
抄介は思わず視線を逸らし、顔を赤らめた。
まさか男にまじまじと見つめられているなんて、それを知った青年は不快に思うだろう。
そう思うと抄介は再び気まずさと恥ずかしさが込み上げた。
「あ、そろそろ行かないと」
抄介は腕時計を見ると慌てた様子で、まだ残っているコーヒーを急いで飲み干すと、紙コップを潰しゴミ箱へと捨てた。
「それじゃあ、これで失礼します」
「あ、はい。頑張って下さい」
にっこりと笑む青年に抄介は一言、どうもと言いそそくさと休憩室を後にした。
廊下を歩きながら抄介は、何度も清掃業の青年のことを思い出していた。
(もうちょっと話せばよかったかな。いや、おっさんに声なんてかけられて鬱陶しいだけだろうし)
抄介は現在31歳ではあるが、若い子からすればもうおじさんになる年齢になっている。
可愛らしい女の子だったらともかく、初対面で31歳の男に何の興味があるのだ。
色々考えているうち大きく溜息が吐いた。
(俺は何を考えているんだ。いい年して馬鹿なんだろうか)
速足で自分の職場に戻る。
いつもなら休憩室で十五分程ゆっくりするのだが、今日はあまり休憩も取れなかった。
しかしなぜかテンションが上がっていた。
あの青年に出会ったから?
今日清掃業を初めて行うと言っていたので、しばらくはこのビルで働いてくれるだろう。
(でも今時の子は大変だとすぐ辞めたりするらしいからな)
もしかして一週間程働いたら辞めているかもしれない。
彼も言っていた、今日が初日だったが結構大変だったと。
再び青年についての思考が止まらない。
ハッと我に返り抄介は頭を振った。
(仕事だ)
一つ咳払いをすると、自分のデスクへと向かった。
仕事を終えた抄介は疲れた頭をぼんやりとさせ、自宅のベッドで寝っ転がって天井を見つめた。
抄介がしている仕事はシステムエンジニアで、常にパソコンに向かっているせいか、仕事を終えた後は頭の中がかなり疲れている。だから一旦ソファーなりベッドなりに体を預け、頭をまず休めるのだ。
今日は正直、あまり仕事も進めることができなくて、余計疲れている気がする。
休憩室から戻るなり後輩から仕事について色々尋ねられ、その対応をしつつ自分の仕事を進めていたが、自分だけの世界になると休憩室で出会ったあの青年のことを思い出していた。
大きな瞳と白い肌、そして笑顔になるとぐっと胸が締め付けられる。
男相手に何を動揺しているのかわからない。それでも今日起きた出来事の中で何度も思い返す。
(これじゃあまるで・・・)
これ以上考えるのは怖くて思い出すことを避け、逆に過去の事を思い出した。
抄介は四年前に四年間付き合っていた彼女と別れて以降、誰とも付き合っていない。
むしろ今は付き合う相手は必要ないと思っている。
それだけ仕事に没頭したいと思っていた。
今の仕事を始めた時、この業務が好きで無我夢中になっていた。しかしある日、
「そんなに仕事が好きなら私は必要ないわね」
そう彼女から別れを告げられた。
そんなつもりはなかったが、確かに仕事を始めてから彼女と会う機会は減っていった。
彼女より仕事を完全に優先していた。
別れを告げられた時は一瞬呆然としたが、直ぐに仕事に集中していた。
・・・後悔しているのかと問われたら、言葉にし難い。でももう終わってしまった関係は戻ることはない。
(勘弁してくれ、俺は仕事に集中したいんだ)
大きく溜息を吐くとゆっくり立ち上がり、夕食を取るためキッチンへと向かった。
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