ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

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2.

(嘘だろう?)
 あの青年との出会いは先週の木曜日だった。
 今日はその日から一週間の時が経っていたのだが、休憩室の扉を開くと例の青年が、前回のように座って飲み物を飲んでいて驚いた。
 出会った日の翌日、また会えるのではと密かに期待しつつ休憩室へ行ったが青年はおらず、あの時偶然出会ったのだと思いどこか残念な気持ちでいたが、まさか再び出会えるとは思わなかった。
「あ!あなたはこの前の・・・」
 パッと花が咲くような笑顔で話しかけられ、抄介は動揺しながら返事をした。
「ど、どうも。掃除は頑張ってる?」
 大したことのない返答しかできず抄介は情けなさを感じた。
「はい。なんとか」
「そう」
 短く返答すると自販機へと抄介は向かった。
 青年は抄介の背中越しから色々と話しかけてきた。
「そういえば三階で何の仕事をされてるんですか?えーと、お名前は・・・」
「え?」
 名前を尋ねられ抄介は振り返りながら口を開こうとするが、先に青年は話し始めた。
「あー相手の名前を尋ねる前に俺から名乗らないと駄目ですよね」
「いや、別に・・・」
 言いかけるがそれを遮るように青年は話を続けた。
「俺の名前はりょうって言います。あなたは?」
「玲君か、俺は倉沢だよ」
「玲でいいですよ。下の名前は何て言うんですか?」
 ニコニコしながら尋ねてくる玲に、照れながら抄介は答えた。
「・・・抄介だ」
「抄介さん。カッコいい名前ですね?」
 フフッとなんとも愛くるしい玲の微笑みに抄介は惹きつけられる。春のセーターを着ているせいか、少し体が暑くなるのを感じた。
「そ、そうか?そんなことないけど」
 視線を逸らし抄介は、コーヒーの入った紙コップを手にし、玲に話かけた。
「じゃあ苗字はなんて言うんだ?」
 抄介の問いかけに不意を突かれたような表情になった玲だが、
芹沢せりざわです」
 そう返答した。
「芹沢玲って言うんだね。年はいくつなんだ?」
「いくつに見えます?」
 玲の黒い瞳がクルクルといたずらっ子のように動きながら逆に尋ねられる。
「そうだな、25歳?」
「惜しい!26です」
「本当に惜しかったな。俺は君より五つ上の31だよ」
「え、そうなんですか?」
 そんな会話をしながら抄介と玲は、一人分のスペースを開けて一つの長椅子に座った。
 抄介は座りながら、ふと彼に対し疑問だったことを思い出した。
 ビルは五階建ての中層ビルで、確か玲は一階と二階を清掃していると言っていた。
 不思議に思ったのは、どうしてここの休憩室で休んでいるのだろうと思っていたのだ。
「玲って掃除の担当が一階と二階だって言ってたけど、どうしてここで休憩してるんだ?休憩室って一階と二階にもあったよな?」
「ああ」
 少し気まずそうに玲は返す。
「一階、二階の休憩室って人が多かったり、一緒に働いている先輩がいるので、ゆっくりできないかなと思ったんです」
「そうなんだ」
 先輩と一緒は気まずいのだろうかと抄介は一瞬思考したが、自分も休憩ぐらいは一人になりたいと思っているので、気持ちは理解できた。
「あまり仕事仲間に色々と詮索されるのが好きじゃないので・・・」
 言いにくそうに玲は答えるが、抄介もその気持ちは理解できるので、そうだよなと返した。
「確かに俺もそうだな。あまり仕事仲間に深いプライベートの話はしないし、休憩ぐらいゆっくりしたいよな」
 玲は安堵した表情になり、微笑んで答えた。
「抄介さんも同じなんですね。よかった!」
 その笑顔を見て抄介も安堵する。一瞬困った顔をしたのでマズい質問でもしたかと不安だったのだ。
 玲は空気を換えたかったのか、そうだと、言い話題を変えた。
「さっき聞き損ねた話。抄介さんは何のお仕事されてるんですか?」
 なぜか興味津々に尋ねてくる玲に抄介は一瞬気後れした。
「えっと・・・システムエンジニアの仕事をしている」
「システムエンジニア?パソコンとかでやる仕事ですか?」
 明らかに仕事の内容を知らなさそうに尋ねてくる玲に、抄介は一瞬詳しく説明しようかと思ったが、説明をするのは気が引けて、そうだよと優しく言った。
「大変ですか?」
「そうだね、毎日ぐったりするね」
「動いていないのに?」
「体動かしていなくても頭ばかり使うと結構疲れる。血行が悪くなっているせいかもな」
 言いながら紙コップを口に付ける抄介に、玲の手が彼の肩にすっと伸びる。
 驚きのあまり抄介の体は思わず硬直してしまった。
「本当だ!すごく肩硬いですね!」
 抄介の肩を揉み出した玲は屈託なく言い、思わずその様子を抄介は凝視してしまう。
 肩が硬いのは当然血行不良のせいだが、硬直したことも理由の一つに思えた。
 玲のまつ毛は長く、傷やくすみのない滑るような白い顔肌に一瞬見とれ、長々と彼の顔を思わず観察してしまった。
 一瞬触れてみたい衝動に掻き立てられたのだが必死に堪えた。
 まつ毛の長さがわかる程、予想外のお互いの距離の近さにようやく気づいた抄介は我に返った。
 下手したらずっと玲の顔を見つめていたかもしれない。それくらいずっと見つめていられる自信があった。
「あ、ああ。かなり硬いよ」
 金縛りにかかったように動けなかった体をようやく解放することができ、慌てて抄介は身をよじりながら、早鐘を打つ胸の鼓動を必死に抑え付けていた。
 その姿を見た玲は驚いて抄介に頭を下げた。
「ごめんなさい。急に触って嫌でした?」
「べ、別に嫌じゃなかったけど驚いて」
「そうですよね?そんなに親しいわけでもないのに急に肩を触るなんて。俺、ついこういうことをやりがちなんですよね」
 苦笑いをしながら言う玲に抄介は優しく言った。
「まぁ、人によっては苦手な人もいるよな。俺はその、びっくりしただけだから、知らない人に触れられることに苦手意識はないよ」
「抄介さんって優しい人ですよね」
 微笑みながら言う玲に抄介は胸が高鳴った。
「え?」
「今日で二回目なのに、俺の勝手な行動を許してくれるから」
「優しくなんか・・・」
 そう言って抄介は俯いた。
「俺・・・つい思い立つと行動してしまう癖というか、動いちゃうんですよね」
 寂しげな目になって玲は話し始める。
「え?」
「その人がいい人だと思うと調子に乗るんです。よく怒られたりします」
 怒られると聞いて、怒る相手は両親か友達なのだろうかと想像する。
「いけないんですけどね」
 言って玲は再び苦笑いをした。
「まぁ色んな人がいるから、全ての人が君の行動に良しとはしないかもだけど、どこかでその行動を慎むことで、人間関係が円滑になるし」
「・・・本当にこの性格直したいです」
 落ち込んでいる玲に慰めも込めて抄介は付け加えた。
「君が損をすることになるしね」
「抄介さん」
 ハッとした表情で玲は抄介を見ると、少し落ち込んだ表情になる。
 それを見て抄介はバツが悪そうに言った。
「ごめん、俺偉そうなこと言ったな」
「そんなこと」
 お互い俯き合いながら沈黙の時間が流れた。
 気まずくなった抄介は、残っているコーヒーを飲み干し、顔を窓へ向けて外を見た。
 今日はあいにく天気が悪く、ガラス窓には雨露が流れ落ちている。
 風のない静かな雨音が僅かに聞こえてきた。
「俺、年齢の割には行動が子供で、本当にちょっと悩みの一つなんですよね」
 ポツリと玲は言う。
「何度も怒られて・・・ダメになった」
「え?」
 意味深に言う玲に抄介はどう返したものかと思考した。
 詳しいことはわからないが、自分が感じた咄嗟の行動が止められないことを悩んでいるんだろうと感じた。
 無意識にしてしまっているのかもしれない。
「玲とは知り合って間もないからはっきりとは言えないけど、無邪気な部分があると思うんだ。その無邪気さが故意でやっているわけじゃなくてもそれを嫌がる人もいる。でも性格だからついやってしまう」
「抄介さん」
 僅かに玲の瞳が揺れたように見えた。
「でも何度も言われるということは、君にとってマイナスになるから言われるんだと思う。だから注意されたことはちゃんと受け止めた方がいいと思うよ」
「・・・・」
「無邪気さを無くせって言ってるわけじゃなくて、少し頭を使って空気を読むというか・・・なんだか段々説教臭くなってきたな」
 苦笑いをしながら抄介は頭を掻く。
 でも玲の笑顔は少しだけぎこちなかった。
「ごめん。それほど親しいわけじゃないのに」
「そんなことないです。人生の先輩なので言って貰ってありがたいです。俺も本当にそれができるようにならないと」
 言葉尻が小さくなる。本当に身に染みているようだった。
 ずっと自覚しながらもそれが改善できなくて悩んでいたのだろう。
「一度相手の様子を見て行動してみたら?」
「え?」
 玲の不安な表情から驚きの表情へと変わる。
「そう、相手を見ること。一呼吸置く感じで様子を見る。これならできるんじゃない?」
「・・・確かに」
 感心した表情になって玲は静かに頷いた。
「今、行動したことで相手がどう思うかを少し考えてみる。それからでも行動するのは遅くない気はするんだ。特に仕事関係の人とか、初めて会った人とか。まぁ考え過ぎると人と接するのがぎこちなくなるからほどほどにね」
「なるほど・・・」
 何か腑に落ちたように、玲は納得した表情になっていた。
「少しずつでいいんじゃないかな?焦ってもきっと上手くいかないだろうし」
 抄介はそう励ます気持ちで言い、ちらりと玲の顔を覗くと、少しだけ笑みを浮かべて自分を見ていた。
 本当はその無邪気さが玲の魅力なんじゃないかと抄介は感じていた。
 それを全て無くしてしまったら、きっと彼の良さは消えてしまう。
 だから無邪気さの加減を本人がコントロールできた時、もっと魅力が深まる気がしたのだ。
「ありがとうございます。やっぱり抄介さんは優しい人ですね」
 玲の微笑みが更に増し、抄介はドギマギしながら答えた。
「い、いや。そんなことないよ。大したこと言ってないし」
 先ほどまで普通に会話ができたのに、再び抄介はぎこちない態度になった。
 玲に微笑まれると抄介は異常に緊張してしまう。
 どうしてこんなに動揺しているのか、抄介は戸惑うばかりだった。
 すっと玲は自分の作業着のポケットからスマホを出し見ると、
「あ、俺そろそろ行きます」
「そ、そうか」
 残念な知らせに少し寂しさを感じた抄介は、玲が休憩室から出て行こうとする背中に視線を送る。
 また話せたらいいのになと心中思っていると、くるっと玲は踵を返した。
「また話せますか?」
 思わぬ発言に抄介は胸が高鳴った。
「あ、ああ。もちろん」
「来週の木曜日、またここで一緒に休憩したいです」
 柔らかい微笑みを向けられ、抄介は一気に心を奪われた。
「いいよ、また来週ここで会おう」
「よかった!それではまた。仕事頑張って下さい!」
 軽く手を振りながら部屋を出て行く姿を、抄介は惜しみつつ見送った。
 また来週も玲に会えるのかと思うと、それを楽しみしている自分がいることに再び気づく。
(なんでこんなにワクワクしてるんだ?)
 またもや動揺が訪れた。



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