ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

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4.

 

 木曜日当日、抄介は緊張な面持ちで休憩室へと向かう。
 いつもの通りに歩いているつもりだが、僅かにギクシャクしながら足が動いてるように見える。
 休憩室の扉の前に辿り着く。心臓が高鳴り、扉の取っ手に触れる手が少し震えていた。
 思い切って開き、息を吸って声を上げようとした瞬間だった。
「あ、あれ?」
 抄介から抜けた声が漏れた。
 開いた扉の先には誰もおらず、窓から晴れた太陽の光が射しこみ、眩しさだけが視界に飛び込んできた。
「まだ来てないのか?」
 誰もいないのに思わず呟く。
 抄介は辺りを軽く見回しながら自販機へ向かいコーヒーのボタンを押す。
 拍子抜けをし、そしてじわりと落胆する気持ちが沸き上がった。
 木曜日と言っていたので間違いではない。思わず携帯を取り出し曜日を確認したが、やっぱり今日だ。
(遅れているんだろうか?)
 コーヒーが紙コップに注がれ、それを手にしながら長椅子に座った。
 コーヒーを飲みながら、携帯をいじり出す。
 玲と出会うまではこれが日常だった。それなのに来ると言っていた彼がいないだけで、どこか落ち着かないでいた。
 ネットニュースを読んでいても、頭は玲が来ていない理由ばかり考えている。
 会うことに気まずさを感じていたはずが、会えないかもしれないと思うと、安堵と淋しさが交互に抄介の心を行き交った。
 複雑な感情を抱きながら携帯をいじっていると、部屋の外から人の声が聞こえてきた。
 思わずちらりと扉へ視線を向けてしまうが玲が来る気配はない。
 それを何度か繰り返すが、ふと時間を気にして携帯を見ると、既に自分で決めている休憩時間が終了する時刻となっていた。
(来るって約束をしていたのに来なかった。もしかして用事でもできたのか?)
 そうぼんやりと思うと同時に思わぬ考えが浮かぶ。
(清掃業を辞めたとか?)
 そう思った瞬間、気持ちが落ちて行くのを感じた。
(今後会えなくなる?)
 清掃業が大変だと言っていたから続けるのが難しくなることだってあるだろう。
 マイナスな感情が抄介の胸の中に巡り、少し動揺しながら紙コップを手で潰すとゴミ箱へと投げ入れた。
 そして休憩室を後にする。
 抄介の背中は寂しげに哀愁が満ちていた。





 翌日、仕事の量が尋常ではなく、抄介はかなりハイペースで仕事に取り組んでいたので玲のことは忘れていたが、一旦昼休憩が入ると、昨日玲と会えなかったことが頭に浮かんだ。
(こんなにもテンションが下がるものか?)
 思い出すと一気に昨日の落ちたテンションに戻り、そんな自分を情けなく思った。
(なんで会えなかっただけでこんなにがっかりしてるんだ?)
 五歳も年下の男に振り回されている恥ずかしさと、疲れも相まって重い足取りで休憩室へと向かった。
(もし会えるなら来週の木曜日か?)
 まだ玲と会えるんじゃないかと考えてしまう。そんな気持ちで休憩室に入ると、若い男性の声が抄介を迎えた。
「あ、抄介さん!お疲れ様です」
 抄介はその声を聞いた瞬間、鼓動が高鳴るのを感じ、体内の血流が一気に沸き上がるような感覚を感じた。
「り、玲!昨日、なんで来なかったんだ?」
 緊張しながら尋ねた抄介の声が少し上擦ってしまった。
「すみません、実は急遽用事が入ってしまってバイトを休んだんですよ。だから昨日は行けなくて・・・でも昨日抄介さんと約束してたし、抄介さんは毎日ここへ来てるって行ってたから、金曜日は夕方からなので早めに行けば会えるかなと思って来ました!」
 満面な笑みで話す玲を見て、抄介は昨日までの落ち込みは一気に吹き飛んだ。
「そ、そうなんだ。もしかしてバイトって掛け持ちしてるのか?」
「あ、そうなんです。生活するのに一つだけだと無理で」
 笑う玲に抄介は納得した。
「大変だな」
「まぁ仕方ないですね」
 玲は短くそう言い、コーヒーのボタンを押して準備を始めていた。
「あ、俺がやるよ」
「いいですよ!ドタキャンしたお礼です。俺が奢ります」
 ニコニコと笑顔で拒否をされ、ついその笑顔に見惚れた抄介はそれ以上言わず、
「ありがとう」
 短くお礼を言った。
 自販機で玲はコーヒーを取り出し、抄介の方へと振り向く。
 改めて知ったが、玲の身長差がおそらく抄介より10cm以上は低く感じた。
 コーヒーを受け取ってからは長椅子に二人は座り、他愛のない会話が始まった。
「玲の清掃業ってシフトがいつ入ってるんだ?」
「木曜日は昼の11時から3時に入ってて、火曜日と金曜日は夕方の4時から7時ですね」
「そうなんだ。だから今日は元々来る曜日だったんだ」
「はい。だから今日は早めに来て昨日の挽回をしようかなって思って」
「じゃあ清掃業以外って何のバイトをしてるんだ?」
 抄介は更に質問を続けた。
「えっと飲食業ですね。ここに来ない日はその仕事をしてます」
 一瞬玲の会話が止まり、そういえばと言いながら話題を変えて来た。
「そういえば、掃除する階が違うので抄介さんの仕事する姿を見たことがないんですよね」
「え、見なくていいよ」
 困惑した表情で断る抄介に玲はからかうように更に続けた。
「え~見たいな。きっとパソコンに向かって仕事に集中してる抄介さんってカッコいいんだろうな」
 少し覗き込むように抄介の表情を伺う玲に、抄介はドギマギする。
「カ、カッコいいわけないだろう。多分、目が死んでると思う」
「目が死んでる?」
 驚く玲に、抄介は静かに頷いた。
「ずっとパソコンに向かって仕事してるからな。多分目が疲れてきて死んだ魚のような目をしてると思う」
「嘘だぁ~」
 笑いながら言い返す玲を見た抄介は、釣られて自分も笑っていた。
「本当。同僚に言われたことがある。“お前、目が死んだ魚の目になってるぞ”って」
「あはははは!そうなんですね。俺、パソコンは全然ダメだからどんなことをやってるのかわからないんですよね」
「システムエンジニアはかなりコアな事をやっているから、見ても多分わからないと思うよ」
 少し笑みを作って言う抄介に玲は少し不服そうだった。
「そりゃあパソコンのプロみたいな仕事だから、俺では一生理解なんてできませんよ」
 パソコンのプロってなんだと思いながら、抄介は呆れた表情になった。
「俺だって難しいなと思いながらやってるんだ。新しいプログラムの開発をしていかないといけないし、なんだかんだ忙しいし」
 つい抄介は仕事の愚痴を零す。なんだか年下に愚痴るのは情けなく感じた。
「ごめん、つい愚痴った」
 そう言う抄介に玲は優しく笑んだ。
「全然。大丈夫ですよ。俺で良ければ愚痴聞きます」
 可愛らしい玲の優しさに抄介は嬉しそう言った。
「・・・ありがとう」
 お互い微笑み、会話をしている二人の空気感は春の季節に合う、穏やかな暖かさと柔らかな空気感が流れていた。
(この感じ、いいな)
 抄介は一人心中呟いた。
 そして隣に座っている玲にこんなことを感じてしまっていた。
(愛しいな)
 その時は自然と感じていた気持ちが、自席に戻る最中、抄介は我に返り再び狼狽えていた。





 自宅に戻った抄介は食事をする間もなく椅子に座って頭を抱えた。
「俺、愛しいとか思ってた!?」
 髪の毛を掻きむしり、思わず声を出しひたすら混乱していた。
(愛しいってなんだ?そりゃあ玲は可愛らしい雰囲気を持っていて、無邪気でそれで・・・)
 そんな思いに耽ると今日会ったことを思い出す。
 抄介にとっては尊い思い出になっているのか、つい顔が緩んでしまっていた。
(いかん!俺、流されてるんじゃないか?アキラさんが言っていたことに)
 好きなんじゃないかってことだ。
(いやいやいやいや、まさかまさかまさか)
 緩んだ頬を叩き、再びアキラが言った言葉を拒否してしまった。
 いや、受け止めるにはなかなか難しいだろう。
(でも愛しいなんて思うのは、別に“好き”ってことにはならないのでは?)
 必死に抄介は愛しいと感じる理由を考える。
(そうだ、犬とか猫を見て愛おしいと思うことがある。そういう感情の“愛おしい”だったんだよ)
 自分でそう納得しうんうんと頷くが、納得しながらもどこか心に靄がかかる。
(考えてる場合じゃない。腹が減っているんだ。今は飯を作る時間だ)
 再び思考しそうになる自分を止めて、キッチンへと向かった。


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