ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

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9.

 

 目が覚めると抄介はいつものように枕元に置いてある携帯を手探りで捕まえ、ぼやけた視界で時間を確認すると午前九時になっていた。
 頭がまだ働かない状態でベッドからゆっくり体を起こすと、ぼんやりと昨夜起きた出来事を思い出してくる。
(そうだった、俺、思わず玲に気持ちを伝えたんだ)
 伝えるつもりがなかったのに会えなくなるのが淋しくて、気持ちとは裏腹な行動に走ったのだ。
 終わったと思った。もう二度と玲と会うことはないだろうと覚悟したが・・・。
 結果、なぜか付き合うことになった。
(なんでそうなったんだ?いや、付き合ってくれたのは嬉しいけど、けど・・・)
 何とも言えないモヤモヤが抄介の胸に占める。
 なぜ玲が抄介と付き合うことができると言い出したのか。
(普通だったら告白すればその返答次第で付き合うことになるんだけど、俺たちの場合は特殊だからそんなに簡単に決められることじゃない。おまけに・・・)
 玲が言った最初の返事は、自分のことを恋愛感情で考えたことがないと言っていたのだ。
 それなのに恋愛関係になるのは難しいのではないだろうか?
(そして俺にキスしてきたのは?)
  触れるだけの一瞬の柔らかい感触が思い出される。
 あのキスは同情からくるものじゃないのだろうか?
 気持ちを伝えた後、抄介はかなり自分を卑下した発言をしていた。
 それを見て哀れに思い、付き合うことを承諾したのでは?と勝手に思ってしまう。
 そう考えると突然のキスは本来は嬉しい出来事のはずなのに、複雑な気持ちで喜べる気分にはなれなかった。
(玲は優しい子だから無理させてるかもしれない)
 気遣われているかもしれないと思うと、再び自身に惨めさがもたげる。
(やっぱり本人にちゃんと聞かないと)
 全てがマイナス思考となるのでこのままでは埒が明かない。
 ずっとスッキリしないままで玲と付き合っているなんて言えない。
 色んな思いが頭の中で巡り、起きたばかりなのに大きく溜息を吐いた。
 




 二週間玲とは休憩室では会えなかったがLINEのやり取りだけはしており、その時に少しだけ会う約束ができた。
 食事だけなのだが会えると思うと抄介は少し心躍るが、玲の本心が気になって複雑な心境に傾いてしまう。
 今回も職場が入っているビルの最寄り駅で待ち合わせをし、そこから少し歩いたところに洋食屋があるので、そこで食事をすることになった。
 待ち合わせ場所に着くとまだ玲は来ていなかった。
 腕時計を確認すると八時になっている。辺りを見渡しながら待っていると、何組か男女のカップルが歩いて行く姿を目にした。
 腕を組んだり、手を繋いで歩いている姿を少し羨ましく見る。
 ああやって当たり前のようにしている行動が、自分たちにはできないだろうなと心の中でぼやく。
(いつかあんなことできるようになるんだろうか?)
 羨ましさでいちゃついているカップルをつい見えなくなるまで視線を送ると、不意に自分を呼びかける声が聞こえてきた。
「すみません、遅くなりました!」
 玲の声で我に返った抄介は、慌てて彼の方へと顔を向けた。
「あ、ああ。大丈夫だよ」
 久しぶりに見た玲は(と言っても一週間振り)変わらず愛らしく、僅かに潤んだ瞳で見つめられ、思わず抱き締めたい衝動に駆られてしまった。
「どうしました?」
 高揚している抄介に玲は怪訝そうに尋ね、彼は焦って言った。
「ああ、いやなんでもないよ。久しぶりだね」
 慌てて冷静になり抄介は少しぎこちなく答え、玲は優しく笑んで返した。
「はい、あの夜以来ですね・・・」
「ああ・・・うん」
 あの晩のことを思い出すと二人とも照れくさくなり、気恥ずかしくなる。
 お互い自分の気持ちを隠すことなく伝え合い、あの日を境に関係が変わってしまったのだ。
 友達じゃなく、恋愛関係になった・・・。
「なんか照れくさいな」
「そうですね」
 玲は薄く頬を赤く染め笑顔で言った。
 顔を赤くして可愛らしい笑顔の玲を見ながら、抄介は思い切ってあの晩のことに触れてみた。
 触れることに少し怖さはあるが曖昧にはしたくない。
「あのさ、玲はその、俺と本気で付き合ってるって思ってる?」
 緊張な面持ちで抄介は問いかけるが、玲はもちろんと言いながら頷いた。
「俺は抄介さんと付き合ってるつもりですよ?どうしてですか?」
 迷いのない即答に抄介は少し戸惑った。
「いや・・・だってさ、俺のこと恋愛感情で考えたことがないって言ってたから。なんで付き合えるなんて言い出したのか」
「それは・・・」
 少し言い淀み、恥ずかしそうに続けた。
「ごめんなさい、この人混みの中で話すのはちょっと・・・」
 辺りをうかがう玲を見て抄介は慌てて周りに視線をやると、丁度仕事を終えて帰る人たちが忙しなく歩いていた。
「そうだよな、ごめん。あっちへ行こうか」
 確かにこの人だかりの中で話す内容じゃない。
 おまけに多数の人が往来する改札口前だ。
 抄介は辺りを見渡すと改札口から出た近くに公衆用トイレがあり、そこから少し歩いたところに空いているベンチが幾つか置いてあるのでそこへ玲を促した。


 二人はベンチまで歩き辿り着くと静かに座り、玲は抄介を見ながら話し始めた。
「確かに抄介さんの気持ちを知るまでは恋愛感情で見てなかったです。でもあの時の抄介さんの態度を見ていたら、もう二度と会えなくなるように思えて」
「え?」
 驚く抄介に玲は慌てては続けて言った。
「だってあの時の抄介さんは自分をすごく卑下していたし、言ったことを忘れてくれっ言ったり、距離を保つとか言い出したので、ひょっとしてもう会ってくれなくなるかもしれないって」
「それは・・・」
 口籠り、抄介はそれ以上話を続けることができなかった。
 玲が言ったことは間違っていなかった。
 確かにあの時、玲と今後顔を合わせることが辛くなるので会うのを止めようと思っていた。
 お互い気まずいし会わない方が二人の為だと思えた。そして何より玲から避けられ嫌われるのが一番嫌だった。
「やっぱり俺と会うのを止めようとしてたんですね」
「・・・それは自分の気持ちを伝えて、どの面下げて玲と顔を会わせていいかわからなかったんだ。それに・・・」 
「それに?」
 言葉が尻すぼみになり、玲はじっと抄介を待った。
「玲から嫌われるのが怖かったんだ」
「抄介さん・・・例え恋愛感情で想われていても嫌ったりなんかしませんよ」
 少し呆れた表情で玲は言うが、実際その状況にならないと事実は知り得ない。
 たまたまその現実が来なかっただけで、自分がラッキーなだけなのだ。
 口噤む抄介を尻目に、玲は一呼吸を置き再び続けた。
「あとは抄介さんに抱きしめられた時、感じたことのない感覚になって・・・」
「感じたことのない感覚?そりゃあ男に抱き締められれば変な気分にもなるよな」
 玲の言葉を揶揄するように言う抄介に、少し怒ったように反論した。
「そんなんじゃないです!抱きしめられた時、変な感覚というか妙に安心してしまったというのか」
 頬を赤らめて言う玲に、抄介は驚きを隠せず思わずどういう意味かと尋ねた。
「安心したってその・・・俺に抱きしめられて?」
 ゆっくりと玲は頷きながら更に続けた。
「不思議と居心地の良さを感じたんです。だからその後に距離を保つからって言われて俺・・・」
 玲はたどたどしい口調で続けた。
「抄介さんと離れたくないって思ってしまったんです」
「玲・・・」
 玲は俯きながら更に顔を赤らめていて、抄介は胸の高鳴りが止まらなかった。
 彼の話を聞いた限り、抄介に対して少なからず好意があると思っていいのだろうかと恐れながら心中で呟いた。
 自惚れではないよなと必死に抄介は自問自答していると、玲はすっと自分の手を抄介の手の上に重ねてきた。
 玲の手の平の温もりが抄介の手の甲から緩く伝わる。
 この優しい暖かさが抄介の硬くなになる気持ちを少し溶かしていくようだった。
「でなきゃ俺、抄介さんにキスしません」
「・・・同情じゃなく?」
「同情で付き合うほど、俺はお人好しじゃありません」
 玲の訴えるような真っ直ぐな瞳に抄介は目が離せない。
 この目が嘘を吐いているとは到底思えなかった。
「・・・そ、そうだよな」
 そう答える抄介に玲はホッとした表情で微笑んだ。
 その笑顔に抄介は少しずつ彼を信じる気持ちに傾いて行く。
「俺なりにあの短時間で考えたんです。抄介さんの気持ちを知って態度を見ているうち、俺の感情が抄介さんを失いたくないって感じたんです。その結果、恋愛関係になるなら抄介さんとなら大丈夫かもって思えて」
「大丈夫かもか・・・」
 彼の発言に抄介は思わず繰り返し呟くが、玲は焦った表情になって言った。
「俺がそう本能として感じたとしか言い様がないんですけど、信じてもらえますか?」
 伺うように玲は抄介を不安げに見つめる。
 確かに、自分に好意を持たれることが本当に嫌だったらあの晩の後、玲から連絡はないだろうしそもそも今日会う約束をしない。
 おまけにここまで必死になって自分に訴えたりするだろうか?
 冷静に考えれば既に答えはあったのだ。
 抄介は真っ直ぐに見る玲を信じようと、ようやく決意した。
「わかった。玲の言葉を信じるよ」
「よかった。嬉しいです。抄介さん」
 ホッとした表情になる玲の肩をポンと抄介は叩いた。
「さ、行こう。腹減っただろう?」
「はい」
 二人は立ち上がり、ベンチを後にする。
 抄介はちらりと玲を見ると玲もその視線に気がついたのか、彼を見た。
 お互い微笑み合い、少し腕が触れ合うぐらいの近さで洋食屋に向かって歩き出した。


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