ある休憩室で突然一目惚れをした話

リツキ

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10.

 

 自席から軽く背伸びをした抄介は、パソコンの右下にある時刻を見ると、もうじき三時になろうとしていた。
(そろそろ休憩室行くかな)
 そんなことを思い立ち上がると、抄介の背後を通り過ぎた女性社員に声をかけられた。
「倉沢君、最近変わったね」
 急にそう言われ抄介は少し驚いた。
「そうかな?なんで?」
 逆に問いかけると、女性社員の小川が笑いながら答えた。
「話しかけやすくなったかな。今まで死んだ目をして“話しかけるな”オーラがすごかったから、女子社員みんな声をかけづらかったって言ってたよ」
「え、本当?」
 そう答え、抄介は最近会社で起きた出来事を思い出してみる。
 確かに最近、女性陣から声をかけられる頻度が多くなった気がしていた。大したことじゃなくても、今までだったら別の人に尋ねていたはずなのに、自分に声をかけてくるのだ。
 その時は疑問に思わなかったが、改めて言われると確信する。
「確かに、小川さんの言う通りかもしれない」
「そうだよね。今まで棘を張り巡らせたような感じだったけど、今はその棘がないもの」
「なるほどね」
 他人から言われるとそう思われても仕方なかった。
 本当に仕事しか興味がなくて、職場の人間は適当に付き合っていた。
 そういう態度が近寄りづらく見えても仕方なかっただろう。
 思い巡らせていると、小川はニヤニヤしながら続けて言った。
「だから噂してるよ。彼女ができたんじゃないって」
 言われて内心抄介は動揺する。“彼女”ではないがある意味間違ってはいない。
「そ、そんなことないよ」
「本当に?」
 探るような目で見つめられ、抄介は慌ててその場を去ろうとする。
「怪しいなぁ~もしなにかあったら相談にのるよ!」
 小川の声を背に、抄介はそそくさと休憩室へと歩いて行った。
 そんな抄介の姿を笑む小川の背後から、ボソッと誰かが話しかけて来た。
「なに?倉沢さん、彼女できたの?」
 急に話しかけられ小川は驚いて振り返った。しかし話しかけられた人物を見て少し表情が曇る。
「田所さん」
「倉沢さん、最近楽しそうですよね?好きな人でもできたのかなとは思っていたけど」
 暗い表情で探るように見てくる田所に小川はさあ、と言った。
「いるかはわかりませんけど、明るくなったねっていう話はしましたよ」
「へぇ~じゃあ彼女がいるかどうかはわからないんですね?」
 田所の言い様に若干小川は気分が悪くなった。
 正直田所は苦手な男だった。というより、社内で彼の事を良く思う人はいない。
 いつも人の行動を探るような会話をしてくるのだ。
 職場の人間の情報を仕入れたいのか、色々探られていい気分をする人はいないだろう。
 おまけに抄介に対してかなり強めに聞いてくるし、仕事においても対抗している節がある。
 年が近いから対抗しているのだろうかと想像するが、あまり田所のことは考えたくなかった。
「ええ、わかりません。本人に聞いてみたらどうですか?」
 サラッとかわすと田所はジッと小川を見て、愛想のない声でそうですねと答え、自席へと戻っていった。
 本当に気味の悪い男だと思いながら、少し抄介のことを心配した。





 リズムを刻むような歩みで抄介は休憩室に辿り着く。
 玲がいると思って笑顔で扉を開くと、そこにはまだ玲の姿はなかった。
(あれ?確か今日は来るって言ってたはず)
 そう思い、昨日やり取りしたLINEを立ち上げ確認した。
 確かに玲の返信で明日は行くと書いてある。
 変だと思いながら自販機へと足を向けた瞬間、扉が開く音がしたのでそちらへ顔を向けると、渋い表情をした玲が休憩室へ入ってきた。
「どうした?何かあったのか?」
「抄介さん・・・」
 抄介に向けて困った表情で見る玲に、思わず彼の頭に手の平を軽く載せた。
「何かあった?」
「うん・・・」
 ポスっと長椅子に座る玲の為に、抄介は彼がいつも飲んでいるオレンジジュースをついでに自販機で注文した。
 抄介はオレンジジュースとコーヒーの紙コップを持ち、玲の隣に座りオレンジジュースを渡した。
 ありがとうございますと玲は言いながら、一口オレンジジュースを飲む。
 玲の明らかな落ち込み様に抄介は心配そうに見つめた。
「実は苦手な人から食事に行かないかって誘われて」
 話すことすら嫌そうに言う玲に、抄介はなぜか少し胸騒ぎを覚えた。
「どんな奴なんだ?」
「変なことを言ってくるんです。可愛いねとか、綺麗な顔だねとか」
「え」
 聞いているだけで抄介は苛立ちが胸に迫る。
 その相手は自分と同じ感情を抱いている奴なのではと感じたのだ。
 つまり、玲に好意があるかもしれないということだ。
「時々触ろうとする動作をしてくるので俺、必死に逃げてるんですけど、さっき連絡が来て、一緒にご飯行こうって」
「触ってくるのか?」
 驚いて思わず玲に尋ねてしまったが、彼は苦々しい顔で頷く。
 触れようとする行動は、間違いなく玲に特別な好意があるとしか思えなかった。
「・・・そいつは玲とはどんな関係なんだ?」
「なんていうか仕事の先輩というか、あ、仕事っていっても清掃業じゃないですよ」
「飲食の方?」
「え、ええ。まぁ」
 言って玲は再び渋い顔をし出す。それに伴って抄介の表情も怒りに染まった。
 玲を食事に行かせるのは危険な気がしたのだ。
「返事はなんて送ったんだ?」
「まだしてないです。ついさっき送られてきたから。なんて送ったらいいかなって思って」
 悩み落ち込んだ表情で紙コップを見つめている玲を抄介は更に尋ねた。
「玲は行きたくないんだよな?」
「行きたくないです、絶対に」
 大きく溜息を吐き頭を抱えている。
 いつも太陽のように明るい玲の笑顔が、今は曇天のように陰っていることに抄介は心を痛める。
「うまく相手を傷つけないように断るのって何て言えばいいんですかね?」
「そうだよな、難しいよな」
 どんな言い方をして断ったとしても、結局相手を傷つけることには変わらない。
 相手の様子がわからないので、抄介は相手のことを詳しく聞いてみた。
「その人って男?」
「はい、男性です」
「性格とかはどんな感じの人?」
「うーん。ちょっと粘着質ぽい感じですね。わりとしつこい人です」
「なるほどな」
 粘着質と聞いて抄介は更に頭を悩ませた。
 性格がしつこいとなると一度断っても何度も誘われそうで、断ったらそれをネタにしつこく言いってきて根に持たれそうだ。
 色々二人で考えていたが、ふと抄介はある提案を思いついた。
「だったらもう一人、玲が誰かを連れて行けばいいんじゃないか?」
「え?誰かをですか?」
「そう、もう一人連れて行きたいけどいいですかって」
 抄介の案に玲は一気に元気を取り戻したように言った。
「なるほど!だったら二人きりにはならないから」
「そう、変な空気にはならないし、取り敢えず約束は守るし」
「そっか!それいい案ですね!それにしよう!」
 玲は満面な笑顔になり抄介はようやく安堵した。
 これだけの美麗な容姿だから、変な奴に好かれても仕方ないのかもしれない。
 可哀そうだと思いつつ、そういう人から少しでも守れたらと抄介は思った。
 玲は暫く誘う相手を考えていたが誰かを思いついたらしく、携帯を取り出しメッセージを送っている。
 抄介はその相手が心配で思わず玲に尋ねた。
「今送っている相手は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。俺の先輩なんですけど苦手の人にとっても先輩になるので、その人が来たら何も言えないと思います」
 笑顔で言うので抄介はそうかと言ったが、それでも心配で更に問いかけた。
「その先輩はその苦手の人と玲の事情って知ってるのか?」
「知ってます。時々相談もしているので」
「そうなんだ。事情を知ってるなら安心だな」
 ようやく安心する抄介の表情を見て、玲は笑みを作って抄介の腕に寄り添った。
「心配してくれてありがとうございます」
「食事会、楽しく過ごせるといいな」
「はい!」
 玲は笑顔で返答すると、甘えるかのように抄介の肩に頭を寄せて来る。
 抄介も彼の頭に自分の頭とそっとくっつけ、思わず二人は笑い合った。
 二人は寄り沿いながら、一緒にいる幸せを噛みしめていた。



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